仲間
日が暮れると、村人たちは冒険者一行を歓喜の渦で迎え入れた。長く死者の呪縛に囚われていた彼らにとって、復活は奇跡に等しい。その立役者であるカーヴェル──軍神マルスであることを隠す男──は、知らぬ間に「神」とさえ呼ばれ、宴の主賓に据えられていた。
広場の中央に並べられた長卓には、肉の煮込み、焼きたてのパン、彩り鮮やかな果物や野草のサラダが所狭しと並び、芳醇な香りが夜風に乗って漂う。野営の冷たい干し肉とパンに慣れきった冒険者たちにとって、それは夢のような饗宴だった。
「わぁ……! すごい、こんなにいっぱい!」
フェリカが目を輝かせ、両手を胸元で組む。その隣でロゼリアも鼻をひくひくと動かし、ついには椅子に飛びつくように腰を下ろした。
「はやいもん勝ちですよ! 食べ放題ですから!」
「ちょっと待て、ロゼリア!」アルファームが呆れ顔で腕を組む。「食べ物は逃げやしない。もう少しマナーというものを……」
「いいじゃないですか~。こんなにいっぱいあるんですから! なんちゃって!」
屈託のない笑みに、思わず周囲がどっと笑いに包まれた。
野営の疲れが心から解きほぐされ、冒険者たちの胸にはようやく安堵が広がっていく。夜は歌と笑い声で更けていき、やがて村長の案内で彼らはラウンジへと移った。香り高い紅茶が振る舞われ、蝋燭の淡い光が七人の顔を柔らかく照らす。
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「……カーヴェルさん」
カップを手にしたつかさが、ふと問いかける。
「どうやって、あんな多数の人々を蘇らせることができたのですか? 私、見たこともない魔術でした」
フェリカもすぐさま身を乗り出す。
「私もです。たとえエリクサーを持っていたとしても、一度に数百人を救うだなんて……常識では考えられません」
視線が集中するなか、カーヴェルは懐から小瓶を取り出した。中には透明な液体が淡く輝いている。
「これは――エリクサーだ」
その一言に、部屋の空気が凍りつく。
「伝説の万能薬……!」フェリカが息を呑み、ロゼリアは目を丸くする。
「な、なんと……ほんとに存在したんですか!?」
カーヴェルは静かに微笑む。
「これを魔術で霧状に散布する。それだけのことだ」
淡々と告げる声に、皆は言葉を失った。もし真実なら、それは神話級の奇跡。だが彼の心の奥底では――*(実際には神としての力だ。だが、今はそれを知られるわけにはいかない)*と、嘘を混ぜた説明をしていた。
「すごい……」つかさは感嘆の吐息を漏らす。「ぜひ、私たちに教えていただきたい。カーヴェルさん。もしよろしければ、私のパーティーに正式に入ってくださいませんか?」
勇者の真剣な瞳。
カーヴェルは一瞬だけ沈黙し、やがて柔らかく頷いた。
「よかろう。構わない」
その瞬間、全員の顔に笑みが広がり、場の空気は温かな光に包まれた。
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そこへ村長が入ってきた。年老いた顔に深い皺を刻みながらも、瞳には光が宿っている。
「皆様……。我らを甦らせてくださり、感謝の言葉もございません。特にカーヴェル様には……返せぬ恩がございます」
頭を垂れる村長に、仲間たちは口々に「いや」「当然のことです」と答える。
だがロゼリアがふいに口を挟んだ。
「骨となってまで村を守ろうとしたなんて……。骨だけに、気骨ある! なんちゃって!」
大真面目に言ったのか、冗談なのか。だが堪えきれず、全員が爆笑した。
やや和んだ空気の中、カーヴェルが村長へ問う。
「ということは……まだ野盗どもは存在しているのだな?」
「はい。奴らのアジトは、この村の西およそ十キロにございます。我らは五年前、奴らに抗えず倒れ……その後は骨となって村を守るしかありませんでした。ですが、冒険者たちに助けを求めたとして我らをただの魔物と見なされ、討たれるばかりで……。何もなすべきことができずにいたのです」
「そうか……難儀なことだ」カーヴェルは目を細める。
立ち上がったのは、勇者つかさだった。
「討伐しましょう。奴らを目に物見せてやりましょう!」
剣道仕込みの眼差しが鋭く光る。
「ダンジョンに挑む前の準備運動、ってところですね」
その言葉にアルトルが胸を打たれるように拳を握った。
「さすがだ、つかさ。やはりお前が俺たちのリーダーだ」
フェリカ、ホフラン、アルファーム、ロゼリア……皆が力強く頷く。
七人の冒険者と軍神カーヴェルの運命を繋ぐ、新たな戦いの幕が、静かに上がろうとしていた。
――出発前夜、七人の語らい
夜は更け、村人たちの賑わいも静まり返っていた。宴の余韻が残る広場から少し離れたラウンジの一角で、七人の冒険者は丸いテーブルを囲み、焚き火の炎に揺れる光を浴びていた。
食後の紅茶と、村の少女が用意してくれた干し果物。外では虫の声が響き、星々が夜空に瞬いている。
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「……なんだか夢みたいですね」
ロゼリアが頬杖をつきながら、ゆったりと笑みを浮かべる。
「村人は五年前、あなた達は骨になってたんですよ? それが今、こうして紅茶を飲んでる。……なんちゃって!」
「またそれか……」アルファームが苦笑し、肩をすくめる。「だがまあ……確かに奇跡だ」
隣でつかさが小さく頷いた。
「アルファームさんもロゼリアさんも、本当に戻ってきてくれてよかった。……私、半年前のあの時、もっと強ければ、二人を……」
言葉が喉で途切れる。唇を噛みしめる勇者の横顔に、アルトルが低く声をかけた。
「つかさ、お前のせいじゃない。むしろお前がいたから、俺たちはここまで来られたんだ」
「そうだな」ホフランが珍しく即座に同意する。「俺も、あの戦いで何度お前の判断に救われたか。……自分を責めるのはやめろ」
フェリカも柔らかく笑む。
「つかさ。リーダーの役目は、一人で全てを背負うことじゃないわ。私たちは仲間。あなたが泣きたいときは、私たちが支える」
その言葉に、つかさの瞳が潤んだ。けれど彼女は泣かず、静かに笑った。
「……ありがとう。みんながいてくれるから、私は進めるんだね」
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「仲間……か」
焚き火の赤を見つめながら、カーヴェルが低く呟く。その声に全員が彼へと視線を向けた。
「俺は……ずっと一人で戦ってきた。だからだろうな。君たちを見ていると、少し羨ましいとすら思う」
「カーヴェルさん……」つかさが目を瞬かせる。
「俺は孤独を選んだ。いや……選ばされた、というべきかもしれん。だが今は、こうして君たちと火を囲んでいる。奇妙だが……悪くない」
不敵に笑うカーヴェル。その笑みに、アルファームが首を傾げた。
「孤独を選ばされた……? 何か訳ありのようだな」
「まあな。だが、過去は語るほどのものじゃない。ただ……」
カーヴェルは紅茶を口に運び、わずかに目を細める。
「もし俺がこの先も君たちと歩むなら……その時は、いつか話すことにしよう」
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しばし沈黙が流れた。だが重苦しいものではなく、焚き火を囲む心地よい静けさだった。
その沈黙を破ったのは、またもやロゼリアだった。
「よーし! なら、みんなで一つ約束しましょうよ!」
「約束?」フェリカが首をかしげる。
「うん! 『絶対に誰も置いていかない』って!」
ロゼリアは胸を張り、大げさに両腕を広げる。
「死んだって復活! 骨になったって蘇生! 七人そろって冒険、なんちゃって!」
その調子に全員が吹き出した。
「お前は……」ホフランが顔を覆い、肩を震わせる。
「だが……悪くない」アルトルが笑いながら手を差し出した。「その約束、俺も賛成だ」
「私も」つかさが頷き、手を重ねる。
「もちろん」フェリカも加わり、続いてアルファームとホフランが。
最後にカーヴェルがためらいながらも、その手に自らの大きな掌を重ねた。
「……約束だ」
七人の手が重なった瞬間、炎の光が一層強く燃え上がり、まるで彼らの未来を照らすかのように夜空を焦がした




