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女神アルファエル

王宮内・第15騎士団本部


山積みになった書類の束を前に、ジェシカは机に突っ伏しそうになっていた。執筆を書く羽ペンの音だけが部屋を支配していた。


「はぁ〜……もう、なんでこんなにいっぱい書類があるのよ〜!」


日々の任務報告、物資調達、兵の訓練計画、他騎士団との連携文書――団長代理ともなれば責務は山のように降り注ぐ。

剣の腕前なら誰にも負けない自信があるが、机に向かってペンを走らせる作業はどうにも性に合わなかった。


「カーヴェル様はどうしているのかしら……あの二人と……」


その瞬間、胸の奥に黒い感情が渦を巻く。

羨望と嫉妬がごちゃ混ぜになり、机を拳でドンと叩いた。


「……クソ羨ましいッ!」


苛立ちを抑えるように剣を掴み、庭へ出てひたすら振る。

鋭い風切り音が夜の空気を切り裂く。

そこに若い女騎士が恐る恐る近づいてきた。


「あの……副団長、剣の指導をお願いできますか?」


ジェシカは一瞬驚いた後、口元に笑みを浮かべた。

「いいわ、付き合ってあげる。気分転換にもなるしね」


彼女の嫉妬は、いつの間にか誰かのための剣へと変わっていった。


 

夜の静寂に包まれた応接室


カリスタは深呼吸を一つしてから、扉をノックした。カーヴェルに呼ばれて来たとはいえ、胸の奥にざわつくものがある。応接室の扉を開けると、そこにはゆったりとソファに腰掛け、ワインを片手にくつろぐカーヴェルの姿があった。


「私に何か御用ですか?」と、カリスタはできる限り落ち着いた声で問いかける。


カーヴェルは片眉を上げ、口元に微笑を浮かべながら答えた。

「ところで女神様、魔族の件についてどう思いますか?」


一瞬、空気が凍り付いた。


「……え?今、なんと?」カリスタは目を見開き、無理やり笑顔を作る。

「私はカリスタで、女神様じゃありませんよ。」


だがカーヴェルはニヤリと笑った。

「俺が女神に化けた時、あんたの心の声が聞こえたんだ。『なんで私に化けるの?』ってな。」


その一言にカリスタは心臓が跳ね上がるのを感じた。彼がすべてを見抜いていることを悟り、観念して大きく息を吐いた。


「……やれやれ。誰も気づかないと思っていたのに、さすがですね。カーヴェルさん。」

彼女は小さく笑いながらも、瞳には尊敬と恐怖が混ざっていた。


カーヴェルはワインを机に置き、真剣な眼差しを彼女に向ける。

「君の正体を知ったからには、俺の正体も明かしておこう。俺はマルス――軍神マルスだ。」


その名を聞いた瞬間、カリスタの脳裏に古代の伝承が走馬灯のように蘇る。十二神の一柱、超一流の戦の神。その存在は神話でしか知られていないはずだった。


「……マルス様?」カリスタは膝を折り、恭しく跪いた。

「なぜ、このような辺境に……?」


カーヴェル――いや、マルスは肩をすくめる。

「軍の最高責任者だったが、罪を着せられ、この星に幽閉されたんだ。魔力は千分の一に削られ、恒星間転移もできない。おそらくあと千年はこの星で過ごすことになるだろう。だから、しばらくは君の世界に世話になる。挨拶代わりだと思ってくれ。」


カリスタは衝撃に言葉を失い、しばらく沈黙した後、絞り出すように言った。

「……それは、なんと無念な。ですが、マルス様のお力は未だ人智を超えています。もし私にできることがあれば、なんでもいたしましょう。」


マルスは頷くと、目を細めて告げた。

「ならば一つ頼みがある。ミーシャに現れて、啓示をしてやってほしい。『王国に裏切り者がいる』と。」


「裏切り者……?本当にいるのですか?」


「ああ、間違いなくな。」


「それだけを伝えればよいのですか?」


「ああ、それで十分だ。」


しばらく考え込んだカリスタは、ふと顔を上げて問いかける。

「……ですがマルス様、あの時町を蘇らせた奇跡、あれこそ女神がすべきことでしょう。なぜ私ではなく、ご自分で?」


マルスは苦笑を浮かべた。

「君じゃあれはできなかったろう?実際はどうなんだ?」


カリスタは肩を落とし、静かに首を振った。

「はい……私の力では一人か二人を生き返らせるのが精一杯です。町ごと蘇らせるなど到底……。まさか魔力を千分の一にされてもなお、あれほどのことを成せるとは。尊敬いたします。」


マルスは軽く微笑み、「これからはよろしく頼むよ」と言った。


「はい……マルス様。」


応接室を出たカリスタは、誰もいない廊下で立ち止まり、顔を真っ赤にして両手で覆った。

(まさか……私が憧れた存在と話してしまったなんて……どうしよう……。)


胸は高鳴り、心臓が破裂しそうなほどの幸福感と畏怖に包まれていた。



女神アルフェエル(カリスタ)の啓示



その夜、ミーシャは深い眠りに落ちていた。

だが夢の中で、天から差し込むような柔らかい光に包まれ、彼女は目を覚ました。視界の中央に現れたのは――神々しい光を纏う、女神アルフェエル。


「……あ、あなたは……女神様……!」

ミーシャは思わず膝を折り、両手を胸に当てて祈りを捧げた。


女神アルフェエル(カリスタ)は静かに微笑み、透き通る声で告げる。

「愛しき我が民よ。ミーシャ、そなたの信仰と忠誠を私は見ていた。だが、王国の中に裏切り者がいる。その者の存在が国を蝕み、いずれ大きな災厄を呼び込むだろう。」


ミーシャの心臓は大きく脈打つ。

「裏切り者……!? まさか、王国の中に……」


女神は頷き、続ける。

「その者を見つけ出し、真実を暴け。王国を守れるのは、そなたの剣と心の純粋さゆえ。恐れることはない。我が祝福は常にそなたと共にある。」


その瞬間、女神の指先から淡い光が放たれ、ミーシャの胸に宿る。温かい力が全身を満たし、心が震える。


「女神様……私は……私は必ずや、あなたの言葉に応えてみせます……!」

感激のあまり、ミーシャの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。夢の中で泣き崩れながらも、彼女は女神に誓った。

「命を懸けてでも……この王国を守ります……!」


アルフェエルは微笑みながら、ミーシャの額に優しく手を添えた。

「その決意を忘れるな。お前の魂は光そのものだ……」


やがて光は収束し、女神の姿は薄れていった。


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