誰かさん
やがて話題は「なぜ魔族が魔獣を使って王都を襲おうとしているのか」に移った。
ミーシャやサーシャ、フェリカ、カリスタが口々に推測を語る。
「単純に戦力強化のためよ」
「でも、魔獣をわざわざ……裏があるはず」
「王都を落とすのが目的とは限らないわ」
皆が真剣に考え、議論は夜更けまで続いた。
その中で、カーヴェルだけは黙って皆のやり取りを眺めていた。
やがて、ふっと笑みを浮かべる。
「なるほど……そういうことか」
「えっ、どういうこと!?」
全員の視線が一斉に集まる。
「ちょっと待って、教えて!」
「カーヴェル様、分かってるなら!」
カーヴェルは腕を組み、わざとらしく考える素振りを見せる。
「どうしようかなぁ」
「お願いします!」
「少しでもいいから!」
女騎士たちは必死に食い下がる。
だがカーヴェルは肩をすくめて、首を振った。
「後でな」
「そんなぁ……」
全員の落胆の声が重なった。
しかし彼は笑みを崩さず、静かに言葉を続けた。
「客観的に考えれば、答えは出てくる。どうして魔族がそう動くのか、自分の頭で考えてみろ。
そうすれば、もっと深く理解できる」
その言葉に押され、皆は順番に自分なりの答えを口にしていった。
「資源を奪うため……?」
「人間を恐怖で支配するためかも……」
「いや、別の狙いがある……?」
議論は再び熱を帯び、夜はさらに更けていった――。
カーヴェルがマジックバックに手を入れると、中から見慣れぬ物が取り出された。
木製の胴に弦が張られ、細長い首を持つ不思議な道具。
「旦那様、それは何ですか?」
フェリカが目を丸くする。
「初めて見ました」
ロゼリアも興味津々だ。
「これは――楽器だ」
カーヴェルは穏やかに答える。
女騎士たちが一斉に首を傾げる中、つかさだけが小さく呟いた。
「懐かしいです……」それはギターだった。
その表情は一瞬、遠い記憶を見ているようだった。
カーヴェルが弦を弾いた瞬間、澄んだ音色が室内に広がった。
ゆっくりとした旋律はどこか寂しさを含み、それでいて優しさに満ちている。
柔らかい響きが心の奥をくすぐり、過去の温かい思い出を呼び起こすようだった。
やがて、ロゼリアは目頭を押さえながら声を漏らす。
「……なんか……めちゃくちゃ感動しちゃったんですけど……」
演奏が終わったとき、しばしの沈黙が流れ、皆はただ余韻に浸っていた。
感極まった表情でミーシャがカーヴェルの前に立つ。
「感動する音楽をありがとう……」
しかしその瞳はすぐに真剣な色に変わった。
「先ほどの話……詳しく聞かせてください」
「もしかして、女神様の話か?」
カーヴェルが軽く笑うと、ミーシャの頬が赤くなる。
「そうなんです! あの神々しさと来たら、さすが女神様! 私の女神様……またお会いしたい……って、違います!」
「ミーシャ団長が一瞬壊れた!」
マリアが叫び、場が大爆笑に包まれた。
「ほんと好きですね、女神様」
カリスタが呆れ気味に言うと、他の女騎士たちも一斉に茶化す。
ミーシャは顔を真っ赤にしながら咳払いをし、仕切り直した。
「とにかく……魔族の思惑を教えてほしいのです」
「機密事項に該当するかもしれん。それでもいいか?」
カーヴェルの声音が重く落ちた瞬間、場が静まり返った。
つかさ、アルトル、アルファーム、ホフラン、ロゼリア、フェリカ、マリア、サーシャ、アン、クロエ、ナーリア、カリスタ――皆が固まり、呼吸すら忘れる。
その中で、ミーシャだけが真っ直ぐに頷いた。
「それでも……お願いします」
「分かった。俺の寝言だと思って聞け」
カーヴェルの言葉は淡々としていたが、その内容は皆の背筋を凍らせた。
「魔族には頭の切れる奴がいる。そいつは帝国と王国を戦わせ、さらに魔獣を使って内側を疲弊させる。そして両国が焦土となったところで、魔族全軍が帝国と王国を滅ぼすつもりだった」
「……っ!」
全員の顔から血の気が引く。部屋の空気が一瞬だが凍結された部屋のように感じた。
「だが、その作戦は頓挫した。俺が阻止したからだ」
「物的証拠はありますか?」
ミーシャが絞り出すように尋ねる。
「ない。だが何かを仕掛けてきたのは確かだ」
カーヴェルの瞳が鋭く光った。
「ジェシカが守った砦……あれで俺がいなくて帝国に占領されていたらどうなる?」
ミーシャはすぐに答えを導いた。
「帝国軍は大挙して王都へ進軍する……!」
「そうだ。王国は防衛のために兵を動かし、帝国も勢いを増す。乱戦状態になり、王国の領土はがら空き……そこに魔獣の大軍が襲いかかれば、王都は焦土と化す」
誰もが言葉を失った。
「だが俺がそれも阻止した。だから今度は――魔族の誰かさんの興味は俺に移る」
「どういうことですか?」
ミーシャ、フェリカ、ロゼリアが一斉に尋ねる。
「つまり俺は邪魔者になった。暗殺するか、あるいは監視や接触してくる可能性がある、ということだ」
「そんな……!」
フェリカとロゼリアは同時にカーヴェルに抱きつき、涙を浮かべて訴えた。
「暗殺なんて絶対いや!」
「まあ、その可能性は低いさ」
カーヴェルは笑い、二人の頭を軽く撫でた。
場が落ち着くと、それぞれがカーヴェルの言葉を噛み締めた。
ミーシャ:「私には到底想像すら出来ない視点……これが本物の戦略眼か」
つかさ:「やっぱりこの人は……私と同じ場所から来た人なのかも」
アルトル:「戦場で鍛えた俺でも……先を読む力はここまでじゃない」
アルファーム:「槍では届かぬ……未来を突き刺す眼差しだ」
ホフラン:「学者である私でさえ……ここまでの構想は読めぬ」
ロゼリア:「恐ろしいけど……だからこそ信じたい」
フェリカ:「旦那様を失うなんて絶対に嫌……」
マリア:「……強いだけじゃない。頭まで回るなんてずるいです」
サーシャ:「私なんかじゃ足手まといになるだけかも……でも、ついていきたい」
アン:「剣を振るうことしか知らないけど……守れるものを守りたい」
クロエ:「冷静に状況を読む……憧れるわ」
ナーリア:「矢のように未来を見抜く眼……すごすぎる」
カリスタ:「やっぱり……この人はただの人間じゃない」
アリエル:「ご主人様……やっぱりすごい。私、絶対に裏切らない」
その場にいた全員が、畏怖と尊敬を胸に、彼の背中を改めて見つめていた。




