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アリエル

午前 ― 外での実践模擬戦


街中では危険すぎるため、模擬戦は街の外れにある広大な平地で行われることになった。朝の冷たい空気の中、十三人のメンバーはカーヴェルの前に整列し、武器を手に戦闘体勢を整える。


「今日は実践形式だ。大型トロールが5体出現する。高さ20メートル級、全員、気を抜くな」

カーヴェルが静かに指示する。彼の声には、訓練場で見せる優しさとは別の緊張感が漂う。


大型トロールが地面を揺らしながらゆっくりと現れる。砂埃が舞い上がり、五体の巨体が空気を押しのけて進む様は、あまりにも圧倒的で、見ているだけで心が揺さぶられる。


「アルトル、先頭だ」

カーヴェルの指示で、大盾を掲げたアルトルが最前列に立つ。最初の衝突を受け止める。


「つかさ、ミーシャ、アルファーム、二列目だ。支援しつつ前衛を補助しろ」

つかさが剣を構え、鋭い眼差しで前方を見据える。剣で、トロールの腕や足を狙い、動きを鈍らせる。


ミーシャも剣を握り、アルファームは槍を構えて後方から支援。フェリカは剣と魔法で、攻撃のタイミングを計りながら前列を補強する。


カーヴェルはメンバーに声をかける。

「トロールの核を狙えば簡単に倒せる。腕や脚を攻撃するより、中心を一撃で潰すことだ」


メンバーは最初は恐る恐るだったが、カーヴェルの指示を思い出し、一斉にトロールの核に照準を合わせる。


アルトルが盾で最初の衝撃を受け止め、つかさとミーシャが剣で核を切り裂こうと狙いを定める。アルファームが槍で正確に突き刺し、フェリカは魔法で補助攻撃。


マリアやサーシャ、アン、クロエも後列から弓や槍で援護し、ナーリアは遠距離攻撃を駆使してトロールを翻弄する。カリスタは剣と魔法を駆使して要所を狙い、ホフランは強力な上級魔法で一気に攻撃の流れを作る。


ロゼリアは体力回復魔法と防御壁魔法を駆使し、前線が疲弊しないよう全員を支える。


次第にトロールの動きが鈍り、核に集中攻撃が集中する。最初は重心を崩されそうになったメンバーも、カーヴェルの指導の元、息を合わせ、波状攻撃を繰り返す。


最後の一撃は、ホフランの魔法とつかさの斬撃が同時にトロールの核に命中。巨大な体が崩れ、地面に激突する。


「倒した……!」


メンバー全員が息を切らしながらも、勝利の喜びを爆発させる。汗まみれで、泥まみれだが、顔には達成感が溢れていた。


カーヴェルは静かに微笑む。

「良くやったな。今日のポイントは連携だ。個々の力も大事だが、全員で攻撃のタイミングを合わせたことで勝てた。これが実戦でも生きる」


ミーシャは目を見開き、感動で声が出る。

「……カーヴェル殿、この指導、すごすぎます。ここまで連携ができるとは思わなかった」


つかさも興奮した表情で頷く。

「教えを守れば、こんな巨大なトロールも倒せるんですね!」


フェリカとロゼリアはお互いに微笑み、頷き合った。全員の心に、今日の模擬戦で得た経験が刻まれたのだ。


午後からの個別指導では、この戦いで見えた課題をさらに磨き、戦術を完成させるための練習が待っていた。



トロールの巨体が地に伏し、勝利の余韻に包まれたその瞬間だった。

森の奥から冷たい風が吹き抜け、木々のざわめきがざわつく。そこに――。


「貴様たち……私の眠りを邪魔するとは。騒がしくて眠れんわ」


低く響く声と共に姿を現したのは、全身が銀に輝く巨大な狼。

その瞳は氷のように冷たく、ただ立っているだけで空気を張り詰めさせる。


「フェンリル……!」

つかさが青ざめた声を漏らす。

その名を知る者は、誰もが本能的に恐れた。魔獣の中でも別格とされ、ただ一頭で一国を滅ぼすとも言われる存在だ。


カーヴェルは少し首を傾げて、その巨獣を眺めた。

「お前、狼なのに喋れるのか。すごいな」


「当然だ」

誇り高く答えるその声音に、全員の背筋が凍る。


ミーシャ、アルファーム、ナーリアらは一斉にカーヴェルへ詰め寄る。

「逃げましょう!あれは格が違う!」

「怒らせちゃダメだ、今すぐ距離を――!」


しかしカーヴェルは、肩をすくめて軽く笑った。

「ふーん。そうなんだ。でも、あんまり強そうには見えないけどな」


その瞬間、場が凍り付いた。

「ちょっ……旦那様!煽らないで!」

「死にますよ!?」


だが、もう遅かった。


「貴様……私が強くないかどうか、貴様の体で確かめてやろう!」


フェンリルは地を蹴り、雷のような速度で突進する。狙いはカーヴェルの喉――噛み切る一撃。


だが、次の瞬間。


ドゴッ!


鈍い衝撃音が響き渡り、フェンリルの巨体が弾かれた。

カーヴェルの拳が、真正面からその頭を撃ち抜いたのだ。


巨体はよろめくことなく、あっけなく地に崩れ落ちた。


「え……」

「うそ……一撃で……?」

「なんで魔法じゃなく、拳で……?」


誰もが言葉を失う中、カーヴェルだけがのほほんと頭をかいた。

「あー、そうだね。まあ 殺す気はなかったし」


そう笑う姿に、場の空気はさらに騒然とした。


やがて、倒れた狼の身体が淡く光り始めた。

毛並みは消え、代わりに白銀の髪を持つ美しい少女の姿が現れる。

人狼――フェンリルの正体だった。


彼女は気を失い、額には見事な大きなたんこぶが浮かんでいる。

その裸身を見て、カーヴェルは目を丸くした。

「あら、裸だ。女か?」


すかさずロゼリアとフェリカが彼の両目を覆う。

「見ちゃダメです!」

「旦那様、横を向いて!」


「いや、別に気にしてないけど……」と苦笑するカーヴェルを無視して、

ロゼリアは急いで外套を掛けてやったカーヴェルが回復魔法を施す様にと指示する。


他の全員がフェンリルにまた襲われるのではないかと心配していた。


「大丈夫だ。また暴れたらぶっ飛ばす。」全員が苦笑いをしていた。


光が傷を癒やし、たんこぶもすぐに治っていった。


目を覚ました女性は、静かにカーヴェルを見つめた。

そして、跪くように膝を折り、声を震わせて告げる。


「……御主人様。強き者に従うのは我らの掟。身も心も、すべてあなたに捧げます」


あまりにも唐突な宣言に、全員が固まった。


カーヴェルは額を押さえて溜め息をつく。

「いやいや。いきなり従うとか言われても信用できないよ。

 さっき俺の喉を噛み切ろうとしたやつに、はいそうですかって従わせられるか」


「……っ」

拒まれたフェンリルの瞳に涙がにじむ。

「そんな……私は……」


「まあ、落ち着け」

カーヴェルはしゃがみ込み、彼女と視線を合わせた。


「そうだな。まずは自己紹介からだ。俺はカーヴェル」

「私は……」

彼女は言葉に詰まる。

「……名は、ない。我ら狼は名前を持たぬ」


「名前がないのか。それじゃ不便だな」

カーヴェルは顎に手をやり、少し考え込むと、すぐに微笑んだ。

「じゃあ……アリエル、ってのはどうだ?」


「アリエル……?」

彼女の表情がぱっと輝いた。

「良い……美しい……とても気に入った!」


その時――。

「えっ……!?」

カリスタが声を上げた。


驚愕に目を見開き、カーヴェルを凝視する。

「アリエル……天使の名前、この世界では天使にすら、名前の概念は存在しないはず……。

 それを当然のように口にするなんて……」


彼女の胸に浮かんだのは、一つの結論だった。

――カーヴェルは、この星の存在ではない。

 或いは、神に近い存在なのではないか、と。




屋敷に戻ると、テーブルいっぱいに料理が並べられていた。

肉のロースト、野菜の煮込み、焼きたてのパンにスープ。

香ばしい匂いが部屋中に満ちている。


「さあ、アリエル。腹も減ってるだろう。遠慮せず食べろ」

カーヴェルが笑顔で促すと、アリエルの目が大きく見開かれた。


次の瞬間、彼女は椅子に座るなり、凄まじい勢いで料理を掻き込んだ。

「うまいっ! うまいっ! うまいっ! こんな……うまいもの、初めて!」

その声はまるで子供のように純粋で、女騎士たちも思わず口元をほころばせる。


皿が空になるごとに、新しい料理が運ばれ、それをまた猛烈な速さで平らげる。

アリエルの前だけ、あっという間に山のような皿が積み上がっていった。

「……あの、狼のときよりも凶暴なんじゃない?」

ナーリアが小声でつぶやき、皆がクスクスと笑う。


やがて、満腹になったアリエルは椅子の背にもたれ、満足げにため息をついた。



カーヴェルは、「魔獣達の動きがおかしいと思ったことはないか?」


「そういえば 魔族が魔獣を操るところを見たよ」


全員に衝撃が走った。


「アリエル」

カーヴェルが真剣な声を出した。

「さっき、魔族が魔獣を操っていたと言ったな?」


彼女はこくりと頷く。

「ええ。黒い石を使って……魔石と呼ばれるものです。あれに触れた魔獣は、意思を失い、命令に従うだけの兵器になる。私も一度……狙われたことがあります」


「……!」

ミーシャやフェリカが思わず身を乗り出した。

「本当なら……王都は危険に晒される」

「魔獣が群れをなして操られるなんて、ただの侵攻どころじゃないわ」


部屋の空気が一気に重くなるが、女騎士の関心はフェンリースの時のアリエルだった。


女騎士たちはアリエルを囲み、次々に質問を浴びせた。

「狼の姿と人の姿、どっちが本当なの?」

「食べ物は、どっちでも食べられるの?」

「寝るときは……やっぱり丸くなる?」


「え、えっと……!」

質問の嵐に押され、アリエルは耳まで赤く染めて俯く。


その中で、つかさが真剣に問いかけた。

「でも、どうして君は魔族に従わなかったの? 魔石で操られるなら……」


カーヴェルが答えるように口を挟んだ。

「単純な話だろ。アリエルの戦闘能力が高すぎて、制御できなかったんだ」


「えっ……」

アリエルの頬が一層赤くなり、思わず視線を逸らす。

「そ、そんな……大したことありません……てへっ」

その仕草は狼の恐怖よりも、年相応の少女を感じさせた。




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