贈り物
(訓練後の夜のミーティング)
夕餉を終え、湯浴みで汗と疲れを流した十四名が、円卓を囲むように集まった。
松明の灯が壁に揺れ、場を包む静けさの中、全員の視線がただ一人に注がれている。
――史上最強の魔術師、カーヴェルであった。
カーヴェルは皆を見渡し、ゆっくりと口を開いた。
「今日は一日、ご苦労だった。
このチームを立ち上げてからまだ日が浅い。正直に言えば、今朝までは連携など皆無に等しかった。だが――」
一拍置いて、彼は円卓の周囲に視線を巡らせる。
「今日の訓練を経て、お前たちは確かに変わった。
連携度合いは三割ほど、まだ未熟だが、形になり始めている。これは大きな一歩だ」
皆の胸に小さな誇りの火が灯った。
普段はおどけるつかさでさえ、思わず背筋を正す。
「明日は午前に今日の復習を兼ねた連携訓練を行う。そして午後は――個別指導をするつもりだ」
その言葉に円卓の空気が揺れた。
ざわ、と小さな囁きが広がる。
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仲間たちの胸中
ミーシャは拳を握りしめていた。
――私は団長として皆を率いなければならない立場だったはずだ。
だが現実には、全てがカーヴェル殿に導かれている。
それどころか、陛下が信じて任せてくれたこの任務さえ、私が背負う意味が薄れているのではないか。
彼の器は、もはや私の想像を超えていた。
戦略も、魔術も、人心掌握も、全てが群を抜いている。
「元帥」という言葉がふと脳裏に浮かび、ミーシャは苦笑する。
――本当に、この人ならどんな戦でも勝ってしまう。
一方、つかさは頬をかきながら落ち着かぬ心を抱いていた。
「私がリーダーの一人って立場なのに……気づけば全部カーヴェルに任せてる」
そんな自責の念に駆られるが、カーヴェルが柔らかく笑って告げた言葉を思い出す。
――「お前はまだ若い、二十歳にもなっていないだろう。これからだ。今は吸収しろ。それでいい」
その声は、慰めではなく未来を信じて託す響きがあった。つかさはその信頼を裏切るまいと拳を握る。
フェリカとロゼリアは、互いに視線を交わし合い、胸の奥から湧き上がる誇らしさに頬を染めていた。
「……やっぱりすごい人。こんな人が、私たちの旦那様なんだ」
言葉にせずとも、その想いは互いの瞳に映っていた。幸福と感謝で胸が満たされる。
女騎士たち――マリア、サーシャ、アン、クロエ、ナーリア、カリスタは、それぞれ目を輝かせていた。
「個別指導……って何だろう?」
「剣の技術か、それとも戦術面か?」
「いや、あの人なら、心構えまで叩き込んでくるかもしれない」
期待と不安が入り混じるが、全員の胸に共通するものがあった。
――もっと強くなりたい。
――あの人に導かれて、前に進みたい。
ホフランは静かに腕を組み、言葉を発しなかった。
だが、心中では深く頷いていた。
(この腕輪をくださったことも含め、私は必ず役に立たなければならない。彼の隣で、戦線を支える魔術師であるために、そして、彼には空気が触れる余韻があった。)
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会議の締め
円卓に静寂が戻る。
カーヴェルは皆の表情を見渡し、深く頷いた。
「――いい顔になったな。明日も鍛えるぞ。期待している」
その一言で、疲労が吹き飛ぶようだった。
十四人の胸に宿る想いは一つ。
明日へ進みたい。
この男の背を追い、共に戦場を駆けたい。
その夜、円卓に集った仲間たちの心は、確かにひとつにまとまりつつあった。
翌日の午前 ― 連携訓練
朝の涼しさがまだ残る訓練場に、カーヴェルを前に13人が整列した。昨日よりも彼らの表情は引き締まっており、緊張感と同時に「もっと強くなりたい」という渇望が滲んでいる。
「今日の午前は連携訓練だ」
カーヴェルの低い声が響く。
アルトルが大盾を構え前衛に立ち、その横につかさやマリアが剣を構える。槍を持つアルファームとクロエは側面を支え、ナーリアが弓を番えて後衛に立つ。さらにホフラン、フェリカ、カリスタら魔法組が後方に位置し、ロゼリアが回復の支援位置についた。
「連携とは、ただ並んで戦うことじゃない。互いの呼吸を感じ、次に相手がどう動くかを信じることだ」
そう言ってカーヴェルは自ら魔力で幻影の魔物を十数体呼び出した。
「全力で来い。俺は援護しない」
その瞬間、巨大な狼型の魔物が前衛へと襲いかかる。
アルトルが盾を構え、つかさが横から斬り込む。しかし動きが噛み合わず、剣が盾と干渉して威力が殺されてしまった。
「呼吸が合っていない。斬る前に仲間の動きを視ろ!」
カーヴェルの一喝。
徐々に隊は呼吸を整え始める。アルファームとクロエの槍が前衛を突き、隙を作った瞬間にフェリカとカリスタの魔法が炸裂。ナーリアが後衛から矢を放ち、魔物の動きを牽制する。
サーシャとマリアは互いに背中を預けあい、左右から迫る敵を掃討。ロゼリアの回復魔法が傷を負った仲間に即座に届き、全体の流れが滑らかになっていく。
「いいぞ、その調子だ!」
カーヴェルは腕を組み、鋭い眼差しで一人一人を見ていた。
戦闘が終わる頃、メンバーたちは息を切らしながらも充実感に満ちていた。ミーシャは剣を握り直し、ふとカーヴェルの姿を見つめる。
(……やっぱり、この人には抗えない。導かれてしまう……)
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午後 ― 個別指導
午後の訓練は一変し、カーヴェルが一人一人を呼び出して直接指導した。
最初に呼ばれたのはアルトル。
「盾は防ぐだけの道具じゃない。味方を活かすための要だ」
カーヴェルは実演し、盾を打ち出して魔力の衝撃波を放つ。アルトルは目を見開き、己の役割の大きさを実感する。
次につかさ。
「剣筋は鋭いが、感情が先走る。無心で振れ」
カーヴェルの冷徹な剣閃に圧倒され、つかさは膝をつきながらも必死に立ち上がった。
ミーシャの番では、彼女の緻密な剣さばきを褒めつつも「相手を信じて任せることも勇気だ」と諭される。
ミーシャは胸の奥で何かが熱く灯るのを感じた。
アルファームとクロエには槍の間合いを活かす連携を、フェリカとカリスタには魔法の詠唱速度の短縮法を。ホフランには圧倒的魔力の制御法を教え、ロゼリアには回復と防御の優先順位を徹底させた。
そして一人一人が終えるたびに、訓練場の空気が変わっていく。
全員が「昨日の自分を越えた」という自信を抱いていた。
最後に全員を集め、カーヴェルは静かに告げる。
「お前たちは確実に強くなっている。だが、これで満足するな。明日には今日の自分を捨てろ。強さとはそういうものだ」
13人は深く頷いた。
その眼差しには、昨日までになかった光が宿っていた。
― 武器選択と贈り物
夕食後、訓練場を兼ねた大広間にカーヴェルは全員を集めた。中央にはずらりと並ぶ武器の数々。魔剣、高級杖、高級弓、聖剣、天槍、竜の大盾……まるで小さな武器屋がそのまま現れたかのような光景である。
ロゼリアが目を丸くして訊いた。
「どうしたんですか、こんなにいっぱい……」
フェリカも手を伸ばしながら笑った。
「まるで、宝の山!これ、全部いただけるんですか?」
カーヴェルは低く微笑みながら言った。
「そうだ。好きなものを選べ。気に入ったものを持っていけ」
驚きの表情を浮かべた全員が、一斉に武器に手を伸ばす。女騎士達は歓声をあげ、まるで子供のように嬉しさを爆発させた。
アルトルは自然と竜の大盾を手に取り、肩にかける。
「これは……すごい!守りが格段に強化される」
カーヴェルは笑みを浮かべ、次に目をつけた人物に近づく。
「つかさ、これだ」
彼が手渡したのは、一見するとただの日本刀。しかしその刀身には淡い光が宿り、持ち上げるだけで微かな振動が手に伝わる。
「この刀には魔力が込められている。振れば斬撃が飛ぶ――遠くの敵も一撃で届く」
つかさは目を輝かせ、刀を両手で握りしめた。
「わあ……すごい……!」
振ってみると、刃先から透明な斬撃が飛び出し、目の前の標的に正確に命中する。つかさは思わず歓声を上げた。
「カーヴェル殿、ありがとうございます!これは……最高です!」
ロゼリアとフェリカは微笑みながら二人を見守る。つかさの笑顔を見て、心から嬉しくなっているのが伝わった。
他のメンバーも順々に武器を選び、魔力や特性を試しながら歓声をあげる。
マリアは鋭利な魔剣を手に取り、その重量とバランスを確認しながら頷く。
サーシャは聖弓を持ち、矢を放って飛距離と威力を確かめた。
アンは大剣を握り、その振り下ろす威力に目を丸くする。
「これは……本当に、凄いです」
クロエが感嘆の声を漏らす。
ナーリアは弓と剣の2種類を選び、手に馴染むのを確かめる。
カリスタは剣と魔法杖を組み合わせ、自身の戦術に合わせて微調整する。
ホフランは上級魔法攻撃に適した杖を手に取り、杖先から炎を試しに発射して笑った。
ロゼリアとフェリカはお互いに小声で囁く。
「旦那様、本当に太っ腹ですね」
「うん……これで私たちも戦いが少し楽になるわね」
「俺が持っていても何の役に立たないからな」
そしてカーヴェルは、全員が武器を手に取るのを満足げに見渡した。
「これで明日の訓練は、さらに効果的になる。全員、明日は新しい武器で実戦に近い訓練をするぞ」
メンバー達は期待と興奮に胸を膨らませ、夜が更けていくのを忘れて武器の扱いを試していた。
つかさは日本刀を握りしめながら、カーヴェルの方を振り返る。
「……こんなにすごい武器をくださるなんて、ありがとうございます。絶対に役立てます!」
カーヴェルは軽く笑みを返す。
「無駄にはするな。戦場で本当に必要になる日が来るかもしれない」
夜空の星を背に、十四人は新たな力と希望を胸に刻み、明日の訓練に向けて準備を整えた。




