表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/57

強化訓練

翌朝。


町の人々が「奇跡の町」と浮き立つ中、騎士団の宿営地にも柔らかな朝日が差し込んでいた。


ミーシャは――異様なほどご機嫌だった。

昨日の出来事、女神の祝福のキス。夢であったらと思いもしたが、何度思い返しても頬が熱くなる。

(……まるで人生に春が訪れたようだ。いや、これは夢ではない。女神様が、私を……!)

と、ひとりで頬を緩ませている。


そんな彼女に、背後から声がかかる。


「おはよう」


振り返ればカーヴェル。

しかしミーシャは――どこか現実感を失った表情のまま、まるで違う次元に心が飛んでいた。


(……もし、あの女神様が実は「俺なんです」なんて言ったら……? いやいや、そんなはず…………絶対に言えないな!)





「おい」

カーヴェルはわずかに眉をひそめる。

「ミーシャ、しっかりしろ。お前、団長だろう」


その言葉に、まるで眠りから覚めたかのようにミーシャははっとした。

「あっ……も、申し訳ありません!」

「しっかりしろ 32歳」カーヴェルは微笑する

「32歳はやめて!!」ミーシャは耳 まで赤くなる


カーヴェルは小さくため息をつき、指揮の話に移した。

「捜索範囲をどう決めるか、選定してくれ。ここから先は道がない。遭遇戦は必ず至近距離で行われる可能性が高い」


その真剣な声に、ミーシャもついに女神の残像を忘れ、団長としての顔を取り戻す。

「……そうですね。まずは左から順に進めましょう。1日目は左、2日目は中央、3日目は右――そんな布陣でいかがでしょうか」


「よし、それでいい」


カーヴェルは次にホフランへと目を向けた。

「ホフラン、手を出してくれ」


「えっ……? は、はい」

ホフランは戸惑いながら手を差し出す。


その手に、カーヴェルがそっと銀色の腕輪を載せた。

「これは索敵用だ。範囲を十倍に広げることができる」


ホフランは目を見開いた。

「な、なんと……! こんな貴重なものを、私に……?」


「お前にしか扱えない。魔力の消費もほとんどない優れものだ。やるよ」


「カーヴェル殿……ありがとうございます! 必ず大切に使わせていただきます!」

ホフランの胸は熱く震えていた。


その場の空気が少し引き締まったところで、カーヴェルは再びミーシャに視線を戻す。

「ミーシャ、一つ提案がある。全員の訓練をしてもいいか?」


「訓練……? もちろん構いませんが……」


カーヴェルは静かに告げる。

「これから戦うのは魔物だ。パーティーメンバーは精鋭でなければならない。人数は限られている、だからこそ一人のミスが全体を崩壊させる。いくら強くても、連携が取れていなければ烏合の衆になる。だからこそ――今のうちに騎士団と合同で訓練をしておきたい」


その理路整然とした言葉に、ミーシャは目を伏せ、そして深々と頭を下げた。

「……なるほど。さすがカーヴェル様。私が気づくべきことでした。申し訳ありません」


「いや」

カーヴェルはにやりと笑い、わざと声を大きくした。

「誰かさんが祝福のキスを受けて有頂天になって、作戦そのものを忘れてしまったんじゃないかと心配してたんだよ」


「――っ!」


その瞬間、周囲の仲間たちは堪えきれず爆笑した。

「はははっ!」

「団長ったら……!」

「こりゃ図星かもな!」


ミーシャの顔は見る見る真っ赤になり、しどろもどろに両手を振った。

「そ、そ、そんなこと……ありませんっ……!」


――だが彼女自身の胸の内では、確かに自覚していた。

(……間違いなく。あのとき、私はすべてのことを忘れていた……女神様のこと以外は……)


恥ずかしさにうつむくミーシャの横で、カーヴェルは小さく笑いながら、着実に次の戦いへの備えを整えていた。


昼前


ミーシャは心の奥で、どうしても拭い切れない思いを抱えていた。

――私は騎士団長。本来なら私が隊を率い、皆を導かなければならないのに。

だが、現実にはカーヴェル殿が中心となり、全てを采配している。魔力の桁違いさだけではない。彼の人間性、交渉力、決断の速さ、何をとっても私の及ぶところではなかった。


「私は……本当に陛下の期待に応えられるのだろうか。」

そんな自問自答を胸に抱いたまま、彼女は始まる演習に臨んだ。


カーヴェルが一歩前に進み出る。地面に手をかざすと、轟音と共に大地が隆起し、目の前に高さ十メートルはある巨岩が出現した。

「これを敵だと思え。全力でぶつかってみろ」

低い声に皆の背筋が伸びる。


編成は即座に整った。

最前列――アルトルが盾を構えて踏み出す。重厚な鎧の足取りは地を揺らし、鉄壁の壁そのものだった。

その一歩後ろ、つかさとミーシャ、アルファーム、フェリカが左右に展開。彼らが攻撃の要となる。

さらに背後にマリア、サーシャ、アン、クロエ。続いてナーリア、カリスタ、そして後衛にホフランとロゼリア。

最後方にカーヴェルが立つ。その姿は戦場における絶対的な支柱だった。


「――強化開始」

静かな声と同時に、光の奔流が仲間たちの身体を包み込む。筋力、速度、反射神経……全てが十倍に引き上げられる。息を呑む女騎士たち。己の体がこれほど軽く、力強いと感じたことはなかった。


「ホフラン、牽制を」

「了解です!」

地面がぬめり、巨岩の足元に泥沼が広がった。見えない敵の動きを封じる布石。


「行くぞ、俺が道を開く!」

アルトルが雄叫びを上げ、岩へと激突する。盾と岩が衝突し、火花が散った。巨岩がぐらつく。

「今だ、二列目!」

ミーシャたちが同時に剣を振るい、アルファームの槍が突き刺さり、フェリカが魔力を爆ぜさせた。衝撃で岩が裂ける。


「二列目下がれ! 三列目、前へ!」

流れるような指示。サーシャとマリアが斬りかかり、アンの大剣が大きな破壊音を立てる。クロエの槍が連携して突き込む。

その間に前列は素早く後退し、体勢を整える。


「迂回組、今だ!」

ナーリアの矢が岩の亀裂に突き刺さり、カリスタの魔法が爆ぜて破壊を加速させる。

後方からホフランの雷撃が轟き、岩全体を揺さぶった。

ロゼリアはすかさず治癒魔法を展開し、体力を削った者を癒す。


そして最後にカーヴェルが一歩踏み出す。

「――仕上げだ」

手を掲げると、空から巨大な光槍が降り注ぎ、岩は轟音と共に粉砕された。


地に散らばる破片を見つめ、皆が息を呑んだ。

何度も繰り返された演習の中で、動きは磨かれ、連携は研ぎ澄まされていった。

前衛が敵の動きを止め、中衛が確実に削り、後衛が攻撃と支援を担う。流れるような波状攻撃。


「……す、すごい……」

ミーシャは剣を握る手が震えていた。

彼女が知る限り、これほど完成された連携を行える隊など存在しない。王国の精鋭部隊でさえ、ここまでの調和はあり得ない。


「これが……カーヴェル殿の考える戦い方……」

唖然としながらも、胸の奥に熱が芽生える。羨望、憧れ、そして少しの焦り。

――私も、この人の隣に立ちたい。この人に見劣りしない団長でありたい。


訓練を終えた女騎士たちは皆、汗に濡れた顔を紅潮させていた。

「すごい……」「こんな戦い方、初めてです」「これならどんな魔物にも……!」

声が次々と上がり、士気はかつてないほどに高まっていた。


そしてミーシャは静かに拳を握る。

――私は女神の祝福を受けた者。ならば、この隊を率いるに相応しい存在にならねばならない。

その決意が、彼女の胸に深く刻まれていった。


(午後の練習)


昼食を終え、午後の陽が差し込む演習場に13人が整列していた。

大盾を構えるアルトルを先頭に、剣を構える者、槍を握る者、魔法陣を描く者、それぞれの顔に緊張と期待が浮かんでいる。


カーヴェルは腕を組み、静かに彼らを見渡した。

「――では午後は連携を重点に鍛える。お前たちは個々では悪くない。だが、連携は脆い。仲間を活かしきれない限り、強者と戦った時に一瞬で崩れるぞ」


その声には威圧感はないのに、場を支配する圧があった。

ミーシャは思わず背筋を伸ばす。彼の一言が心臓を掴むように響いたからだ。



---


第一段階 ― 連携強化訓練


「まずは基本だ。アルトル、盾を構え前衛に出ろ。剣士たちは彼の周囲で回り込み、槍兵は中衛を固めろ。魔法組は後衛だ。ただ守るだけではなく、呼吸を合わせろ」


掛け声と共に始まった模擬戦。

アルトルが大盾を構え敵役の木人形を受け止め、つかさとマリアが左右から切り込む。

だが動きはまだぎこちなく、つかさの踏み込みとマリアの攻撃が被り、逆に隙を生んでしまう。


「遅い! 声を出せ! 相手の動きを見る前に仲間の動きを感じろ!」

カーヴェルの叱咤に二人が慌てて掛け声を合わせる。


「左から行く!」

「なら右は任せろ!」


ようやく息が合い、木人形の動きが封じられていく。



---


第二段階 ― 中型魔物討伐訓練


次に現れたのは実際に捕獲されていた中型魔物。鋭い牙を持ち、唸り声を上げながら砂を蹴る。

サーシャが息を呑み、ナーリアが弓を引き絞った。


「射手、先制しろ。槍兵は牽制だ。剣士は突進を待ってから左右に分かれろ」

カーヴェルの指示は的確だった。


ナーリアの矢が魔物の脚を貫き、アルファームとクロエの槍が進路を阻む。

そこにフェリカが詠唱し、火球を放つ。爆炎が魔物を包み、つかさとミーシャが刃を振るった。


「よし、仕留めろ!」

最後はアンの大剣が振り下ろされ、魔物は地に伏した。


汗をぬぐいながらも、全員の顔には達成感が浮かんでいた。



---


第三段階 ― 陣形強化訓練


「次は陣形だ。崩すのは簡単だが、立て直すのは難しい。――それを意識しろ」


カーヴェルの号令で、盾兵と槍兵を中心に三角形の布陣が組まれる。

だが魔法組が後衛に下がると、盾との距離が広がりすぎてしまう。


「ロゼリア、前に出ろ! 防御壁は後ろからでも展開できるが、回復は届かんだろう。仲間を守りたいなら一歩前に踏み出せ!」


叱咤にロゼリアの頬が赤らむ。だが勇気を振り絞り前に出た。

その瞬間、アルトルの盾と重なり、布陣がぐっと締まる。


「……いい。これなら長く持つ」

カーヴェルの短い評価に、皆の胸が熱くなる。



---


第四段階 ― 包囲殲滅戦


最後は全員による実戦形式。訓練用の魔法獣が数体、幻影魔術で召喚される。

最初は半包囲。前衛が押さえ、側面から剣士が切り込み、弓と魔法が援護する。


「まだ足りん。包囲を狭めろ。獲物を逃がすな!」


カーヴェルの言葉と同時に、全員が互いの隙を埋め合うように動き、徐々に円を描く。

やがて魔獣たちは逃げ場を失い、一斉に斃れた。


訓練場に静寂が訪れる。

荒い息を整える仲間たちを見回し、カーヴェルは小さく頷いた。


「……悪くない。だが、まだ道半ばだ。今日学んだのは基礎にすぎん。強者と戦う時、基礎がどれほど大切か――いずれ思い知るだろう」


その声音には冷たさと同時に、確かな導きがあった。


ミーシャはその横顔を見つめ、心の底で思う。

――この人には、誰も抗えない。神か魔王か、それとも……。


そう感じさせる圧倒的な存在感だけが、午後の陽射しよりも強く胸に残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ