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出発

会議室に足を踏み入れた途端、二人の声が同時に飛んでくる。

「旦那様!」

 ロゼリアとフェリカが弾むように抱きつき、両脇から押し寄せてくる。


「お前たち、仲いいな。いつも声が揃う」

 呆れ顔で肩をすくめるカーヴェルに、二人は嬉しそうに笑った。


 その光景を遮るように、部屋の奥、中央の椅子に座ったミーシャが咳払いを一つ。

 厳しい眼差しで視線を巡らすと、つかさのパーティーメンバー、そして顔を知らない女騎士六名が、円卓の両側に分かれて座っているのが見えた。二十人以上が収まる大きな円卓に、熱と緊張が渦巻いていた。


「今回、騎士団から優秀な若者たちを連れて行く。よろしく頼む」

 ミーシャの言葉とともに、一人ずつ女騎士が紹介される。

「マリア」

「サーシャ」

「アン」

「クロエ」

「ナーリア」

「カリスタ」

 それぞれが立ち上がり、凛とした声で名乗りをあげると、空気がぴんと引き締まった。


 しかしカーヴェルはどこか釈然としない表情で椅子に腰を下ろし、ぼそりと独り言を漏らした。

「……武道大会が終わったら、アンジェロッテと川に釣りに行く約束だったのにな。なんでこうなるんだ……。パパは約束を破った、嫌いって言われたらどうすんだ」


 その呟きに、ロゼリアとフェリカは聞こえたらしく顔を見合わせて苦笑いを漏らす。

 さらに女騎士たちの何人かも肩を震わせ、くすくすと笑っていた。


「こほん」

 ミーシャが再び咳払いし、場を引き締め直した。


「皆さん、集まってくれてご苦労。これから捜索の流れを説明する。知っている者もいると思うが、今回の魔獣の侵攻は、人為的に操られた結果だ。どこかの国の思惑であることは確かだ。それを見定め、犯人を突き止めるのが我々の任務だ」


 その言葉に、ざわりと場が揺れた。

 つかさが手を挙げ、ミーシャが「どうぞ」と促す。


「あの……具体的に、どのルートで進むのでしょうか?」


「魔獣が来た道を遡る。奴ら自身が造った道が、道標となる」

 ミーシャの即答に、つかさは眉をひそめる。


「……平地なら構いませんが、森は逆に魔獣の通行による瓦礫で道が塞がっているのでは?」


 ミーシャは思案の表情を浮かべ、しばし沈黙する。

「なるほど……。そうなると馬車では通行できぬな」


「まあ、そりゃ何とかするさ」

 軽く言い放ったのはカーヴェルだった。


 フェリカはすぐさま声を重ねる。

「旦那様にかかれば余裕ですよ」

 ロゼリアも大きく二度頷き、当然とばかりに同調する。


「では……カーヴェル殿にお任せする」

 ミーシャは言葉を絞り出すように告げるが、心の内では そんな簡単にできるはずがない と呟いていた。


「とりあえず、プレートムーンに向かうのですか?」

 アルファームが問いかける。


「そうだ。まずはプレートムーンに到着し、現地の状況を見て改めて話し合おう」


 その言葉で会議は締めくくられ、各人は立ち上がり、出発に向けての準備に取り掛かっていった。



 ミーシャはそのまま王宮に脚を進めた。

謁見の間は、緊張の糸が張りつめていた。大理石の床に映る炎の光が、巨大な柱と天井画を淡く照らし、荘厳な雰囲気をさらに増している。王の前に進み出たミーシャは、姿勢を正し、硬い声で報告を告げた。


「陛下、もうすぐ、出発の準備が整います。」


 王は深く玉座に身を預けながらも、その瞳だけは鋭く光を宿していた。


「そうか、ご苦労。頼んだぞ――」

 一拍置き、意味深に言葉を重ねる。

「……それと、解っているな。」


 その一言に、ミーシャの心臓が一瞬だけ強く脈打った。声に出してはいないが、王が何を指しているかは分かりきっている。捜索は表向きの任務にすぎない。本当の狙いはただ一つ――カーヴェル。その男の動向、行動、人間性、そして胸の奥に潜む野心を見極めること。


 ミーシャは、長年の軍務で磨かれた冷徹な眼差しをわずかに伏せ、即座に答える。


「御意、承知しております。」


 玉座に座る王の口元が、わずかに弧を描いた。満足の笑みとも、試すような嘲笑とも取れる曖昧な笑みだった。


「うむ、期待しておるぞ、ミーシャ騎士団長。」


 呼び名に込められた重みが胸を押し潰す。彼女は片膝をつき、深く頭を垂れた。


「はっ!」


 短い返答は鋼のように硬い。しかしその胸中では、冷静な思考が渦巻いていた。――王はカーヴェルをただの兵士とは見ていない。恐れ、あるいは期待、その両方が混じり合っているのだろう。ならば、彼女に課せられた真の使命は明白だ。

 捜索は「ついで」だ。真に測るべきはあの男。剣の腕でも、指揮の才でもない。その奥底に眠る力と野望を――。


 ミーシャは静かに立ち上がり、深く一礼すると、振り返らずに謁見の間を後にした。

 背後から王の視線が突き刺さるように追ってくるのを感じながら。



朝靄に包まれた王国の広場。

カーヴェルは見送る家族の前で、どこか寂しげな表情を浮かべていた。


彼の腕には小さなアンジェロッテが抱きかかえられている。

子どもの柔らかな体温と匂いが、胸にしみこむように伝わってくる。


「ごめんな、アンジェロッテ。釣りに行けなくて……。今度また連れてってあげるからね」

カーヴェルは娘の髪を撫でながら、まるで自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。


「うん。パパ、お仕事が忙しいんだもんね。仕方ないよ」

アンジェロッテは笑顔を作って答えるが、その小さな瞳の奥にはほんの少しだけ寂しさが滲んでいた。


「……アンジェロッテは、いい子だね」

そう呟くと、娘は顔を赤らめ、恥ずかしそうに胸に顔を埋める。


傍らに控えていたセリーヌが一歩前に進み出る。

「ご主人様。アンジェロッテと村人たちのことはお任せください。安心してお出かけを」


「頼む……セリーヌ」

カーヴェルは短く返し、娘を地面に降ろした。


「じゃあ、アンジェロッテ。行こうか」

セリーヌが手を差し伸べる。


アンジェロッテはカーヴェルの方へ振り返り、元気いっぱいに手を振った。

「バイバイ、パパ!」


――その瞬間だった。


彼女の姿がふっと揺らめき、空気がねじれたかと思うと、まるで蜃気楼のように消え失せた。

確かな転移魔法の痕跡。


「……っ!!」

カーヴェルの目が大きく見開かれた。

そして数秒後、静かに拳を握りしめる。


「……俺は、やっぱり……子供が好きなんだな」

自嘲めいた呟きが、重く残響のように広場に響いた。


その様子を陰から見ていたミーシャは息を呑む。

「転移魔法……!? この時代に、こんな高度な術を使える者がいるなんて……」

背筋に冷たいものが走り、彼女は思わず唇を噛みしめた。

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