武道大会
数日後
王都セリアの中心に設けられた大広場には、すでに千を超える民衆が詰めかけていた。王国主催の武道大会――その名にふさわしく、王の威信を示す壮大な催しだった。各地から集った騎士や冒険者、そして名のある傭兵たち。大会場を取り囲む観客席には熱気が充満し、旗や紋章が翻り、太鼓の音が鳴り響く。
カーヴェルはその喧騒の中、アンジェロッテと並んで観客席に座っていた。普段の冷静な彼も、この日の空気にはさすがに口元を緩ませている。隣のアンジェロッテは瞳を輝かせ、手を口元に添えて「ジェシカ様、頑張って!」と声援を送る。その姿は少女のように無邪気で、カーヴェルもつい横顔に視線を奪われた。
――出場者は総勢百名。だが、実力者の顔ぶれを見れば、観客たちの視線はすでに限られた数名へと注がれている。
武技に秀でた女騎士ジェシカ。
冷静沈着な大盾剣士アルトル。
豪腕の槍使いアルファーム。
異国から来た勇者つかさ。
剣と炎の魔術を自在に操るフェリカ。
軽快さで知られる第15騎士団長ミーシャ。
そしてお調子者のログル――。
彼らが、この大会の真の見せ場を作るだろうと誰もが予感していた。
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一回戦
開幕の号令とともに、参加者たちはいくつもの舞台に分かれて戦いを始めた。
冒険者たちは健闘するも、攻撃力・防御力の差は歴然だった。多くが初戦で敗退していく。剣を交えた瞬間に吹き飛ばされる者、盾を砕かれ地に沈む者。
ミーシャは素早さと高い攻撃力を駆使し、冒険者を難なく下す。鮮やかな剣捌きで観客から歓声が上がった。
ジェシカは防御力の高さを生かし、相手の攻撃を全て受け止めたうえで反撃を加える。その堅牢さに、観客席から「鉄壁の女騎士だ!」と声が飛ぶ。
アルトルは攻撃力こそ低いものの、重厚な盾さばきで相手の剣をことごとく弾き返す。消耗戦の末に勝利をもぎ取った。
アルファームは力任せの槍で、相手を地面に叩き伏せる。豪快な戦いぶりにどよめきが広がる。
つかさは異国流の体術と剣技を組み合わせ、力強さと柔軟さを両立させた戦いを見せ、圧倒的な勝利。
フェリカは詠唱と同時に炎の剣を放ち、観客席からどよめきが起こる。美しい炎の光景に歓声が響いた。
ログルは……開始十秒で相手に叩き伏せられ、観客から笑いが起こった。「やっぱりな!」という野次すら飛んで、彼は頭をかきながら退場した。
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二回戦~予選及び準々決勝
強者同士の対決が次第に増え、戦場の熱はさらに高まった。
ミーシャは軽快さで勝ち進むが、三回戦でアルファームの圧倒的な力に押し切られ敗退。観客からは惜しむ声が飛んだ。
アルトルは盾を駆使して勝ち進むが、四回戦でつかさと対峙。鉄壁の防御を誇るアルトルに対し、つかさは攻撃力と防御力が拮抗していた。長い攻防の末、つかさの渾身の突きがアルトルの防御を貫き、勝敗が決した。
フェリカは魔法による華麗な戦いぶりで会場を沸かせる。炎と剣を組み合わせ、剣士を次々と退けた。
そして――ジェシカ。
彼女は鉄壁の防御に加え、冷静な判断力と攻撃の鋭さで敵を圧倒していく。対峙した騎士や冒険者は、彼女の盾と剣の間に一撃も通せず敗れ去った。
観客席からは「ジェシカ様!」「あの防御は破れぬ!」と声援が飛び、アンジェロッテも立ち上がって両手を叩いた。カーヴェルも小さく頷きながら、その姿を見守る。
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準決勝
つかさ vs アルファーム。
フェリカ vs ジェシカ。
――観客の熱気は最高潮に達していた。
つかさとアルファームの戦いは、力と技の激突だった。アルファームの豪槍が何度もつかさを襲うが、つかさは紙一重でかわし反撃する。最後は体術を交えた崩しからの一閃で、アルファームを場外へと叩き落とした。
フェリカとジェシカの戦いは、観客の誰もが固唾を呑んで見守った。
フェリカの炎は轟音と共に舞い上がり、舞台を赤々と染める。だがジェシカは盾を構え、焦げ跡を残しながらも一歩も退かない。
「燃え尽きなさい!」とフェリカが放った最大の炎剣を、ジェシカは全身の力で受け止め、跳ね返す。その隙を逃さず踏み込み、剣を突きつけた。
「勝負あり!」
審判の声と共に、会場は割れんばかりの歓声に包まれる。
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決勝戦
ジェシカ vs つかさ。
観客は総立ちとなり、旗を振り、名を叫ぶ。
アンジェロッテは両手を握りしめ、カーヴェルは静かにその一戦を見つめていた。
一撃の重さと防御の堅さを誇るジェシカ。
力と技を兼ね備えたつかさ。
二人の戦いは長きにわたり、剣と盾が激しく打ち合う音が響き渡った。汗が飛び散り、舞台の石が砕ける。
最後に、互いの渾身の一撃が交錯した。
剣と盾が激突し、轟音と共に砂煙が立ち込める――。
審判が割って入ると、勝者は……
ジェシカ。
彼女の盾が最後の瞬間、つかさの剣をわずかに逸らし、反撃の刃が首筋へ届いていたのだ。
会場は大歓声に包まれる。
ジェシカは剣を下ろし、荒い息のまま観客席を見上げた。そこには、両手を高く掲げて喜ぶアンジェロッテの姿。そして静かに微笑むカーヴェルの姿があった。
その視線を受けたジェシカの胸は、勝利の誇りだけでなく、抑えきれぬ熱に震えていた。
――この武道大会は、彼女の名を王国に轟かせる戦いとなったのだった。
――王国主催の武道大会が幕を閉じたその翌日。
城下はまだ興奮の余韻に包まれていた。各地から集った百余名の騎士や冒険者たちの熱戦は、多くの民衆に希望と誇りを与えたのだ。そして、その熱気の中心にいたのは間違いなく「副団長ジェシカ」であった。
表彰式の場面
王城大広間。
高く掲げられた王国旗と、幾重にも垂れ下がる鮮やかなタペストリーの下、長い赤絨毯が玉座へと続く。左右に並ぶのは王国騎士団と貴族たち。さらに、武道大会に出場した冒険者や騎士たちも整列し、荘厳な雰囲気の中で表彰式は始まった。
王が立ち上がり、声高に宣言する。
「今回の武道大会は、我が王国の武勇と気概を示す大いなる場であった。勇気を示し、力を振るい、そして誇りを守った者たちよ、よくぞ戦った!」
その声に、場に集った者たちが胸を張る。
まずは各部門の敢闘賞や殊勲賞が次々に読み上げられた。名を呼ばれた者たちは前に進み、王自らの手から勲章を受け取る。その度に民衆から拍手が湧き起こり、名誉を得た者は誇らしげに一礼する。
やがて――会場の視線が、一人の女性騎士に注がれた。
「副団長ジェシカ・スティール!」
名が告げられた瞬間、大広間が大きく揺れるような歓声に包まれる。
鮮やかなブロンドの髪を揺らし、凛とした姿勢で前に進むジェシカ。その鎧は激戦の跡を磨き上げられ、輝きと傷跡が同時に彼女の誇りを示していた。
王は微笑を浮かべて言葉を重ねる。
「汝はその卓越した剣技と堅固なる防御により、数多の強者を退けた。なかでも準決勝での激戦は、騎士団における汝の実力を世に知らしめるものであった。ゆえにここに、副団長としての名誉をさらに高め、勲章と褒賞を授ける」
黄金に輝く勲章が王の手からジェシカへと渡される。
ジェシカは片膝をつき、深く頭を垂れてその栄誉を受けた。
「……光栄の極みです、陛下。この剣、この盾、すべては王国と民のために」
その凛々しい言葉に、再び拍手が鳴り響く。
観覧席で見守っていたカーヴェルも、無意識に胸を打たれていた。隣に座るアンジェロッテが「すごいね、ジェシカさん……」と呟いた時、彼の心に複雑な感情が芽生える。――誇らしさと同時に、彼女が遠い存在になっていくような寂しさ。
ジェシカは勲章を掲げ、仲間たちに視線を送った。
アルトル、アルファーム、フェリカ、ミーシャ、つかさ、ログル――共に戦った仲間たちが、満面の笑みで彼女を讃えている。
その光景に、ジェシカの胸も熱くなる。戦いは孤独ではなく、仲間と共にあったからこそ乗り越えられたのだと。
クライマックス
式の終盤、王はさらに宣言する。
「副団長ジェシカよ。汝の功績を称え、次期騎士団長候補としての名をここに記す!」
大広間がどよめいた。
ジェシカは驚きに目を見開く。しかし、すぐにその瞳は強い決意の光を宿す。
「……陛下のご期待、必ずや応えてみせます」
その声は力強く、揺るぎなかった。
こうして、ジェシカは武道大会を経て「王国最強の女騎士」としての地位を不動のものとし、新たな未来へと歩み始めるのだった。
夜更け。
ジェシカの部屋は、表彰式の緊張と余韻からまだ完全に抜けきれず、静かな熱気を帯びていた。窓辺にかけられたカーテンからは月明かりが淡く差し込み、彼女の磨かれた鎧と軍服を淡い光で照らし出している。机の上には未だ片付けられていない祝福の花束や勲章が置かれ、部屋の主の新たな立場を象徴していた。
そのとき――ふっと空気が揺れ、淡い光が一点に集まった。
転移魔法の気配だ。
「っ……!」
ジェシカは反射的に剣に手を伸ばしかけたが、次の瞬間その姿を認め、驚きと同時に胸の奥が温かくなる。
「ちょっと、びっくりするじゃない……」
彼女は安堵の息をつき、頬に笑みを浮かべた。
「悪い悪い。」
姿を現したのはカーヴェルだった。いつもの飄々とした態度で、しかしその眼差しには柔らかな色が宿っている。
「……逢いたかったんだよ。それに、おめでとうが言いたくてな。」
「おめでとう……?」
ジェシカは肩をすくめ、しかし口元は隠しきれない笑みに緩む。
「副団長、 それに、よくつかさに勝ったじゃないか。」
カーヴェルは軽く顎をしゃくってみせた。
「一応“勇者”ってことになってるんだぞ。そんな相手に勝ったってのは、とんでもないことだ。」
「ふふ……一応、副団長やってますからね。」
照れ隠しに軽く笑い、髪を耳にかけながら言い返すジェシカ。彼女の横顔に、カーヴェルは満足そうに目を細めた。
「じゃあさ……俺とやって勝てるかな、副団長さん?」
「えっ、まさか……ここで戦うっていうんですか?」
ジェシカの目が驚きに見開かれる。剣か、それとも魔法か。だが彼の次の言葉に、思わず頬が赤くなる。
「ああ。そうだよ――ベッドの上での戦いだがな。」
「……っ!」
ジェシカは言葉を失い、思わず目をそらした。真面目で責任感の強い彼女にとって、軍の場では常に冷静で強く在ろうと努めてきた。けれど今、彼の眼差しと声にだけは、どうしても抗えない。
「……そんなの、勝てるわけないじゃないですか。」
彼女は小さく呟き、しかし次の瞬間には笑いがこぼれていた。
カーヴェルもまた、ふっと笑みを浮かべて彼女の傍に歩み寄る。
月明かりに照らされる二人の影が重なり合い、静寂の夜に優しいぬくもりが広がっていく。
――その夜、二人は言葉を交わしながら、そして互いの温もりを確かめ合いながら、一夜を共にした。
戦場とは違う、けれど確かに“戦い”とも呼べる激しさと甘やかさの中で。
そしてジェシカの胸の奥にあった緊張と孤独は、彼の腕の中でゆるやかに解けていった。




