表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/57

武道大会

数日後


王都セリアの中心に設けられた大広場には、すでに千を超える民衆が詰めかけていた。王国主催の武道大会――その名にふさわしく、王の威信を示す壮大な催しだった。各地から集った騎士や冒険者、そして名のある傭兵たち。大会場を取り囲む観客席には熱気が充満し、旗や紋章が翻り、太鼓の音が鳴り響く。


カーヴェルはその喧騒の中、アンジェロッテと並んで観客席に座っていた。普段の冷静な彼も、この日の空気にはさすがに口元を緩ませている。隣のアンジェロッテは瞳を輝かせ、手を口元に添えて「ジェシカ様、頑張って!」と声援を送る。その姿は少女のように無邪気で、カーヴェルもつい横顔に視線を奪われた。


――出場者は総勢百名。だが、実力者の顔ぶれを見れば、観客たちの視線はすでに限られた数名へと注がれている。


武技に秀でた女騎士ジェシカ。

冷静沈着な大盾剣士アルトル。

豪腕の槍使いアルファーム。

異国から来た勇者つかさ。

剣と炎の魔術を自在に操るフェリカ。

軽快さで知られる第15騎士団長ミーシャ。

そしてお調子者のログル――。


彼らが、この大会の真の見せ場を作るだろうと誰もが予感していた。



---


一回戦


開幕の号令とともに、参加者たちはいくつもの舞台に分かれて戦いを始めた。


冒険者たちは健闘するも、攻撃力・防御力の差は歴然だった。多くが初戦で敗退していく。剣を交えた瞬間に吹き飛ばされる者、盾を砕かれ地に沈む者。


ミーシャは素早さと高い攻撃力を駆使し、冒険者を難なく下す。鮮やかな剣捌きで観客から歓声が上がった。

ジェシカは防御力の高さを生かし、相手の攻撃を全て受け止めたうえで反撃を加える。その堅牢さに、観客席から「鉄壁の女騎士だ!」と声が飛ぶ。

アルトルは攻撃力こそ低いものの、重厚な盾さばきで相手の剣をことごとく弾き返す。消耗戦の末に勝利をもぎ取った。

アルファームは力任せの槍で、相手を地面に叩き伏せる。豪快な戦いぶりにどよめきが広がる。

つかさは異国流の体術と剣技を組み合わせ、力強さと柔軟さを両立させた戦いを見せ、圧倒的な勝利。

フェリカは詠唱と同時に炎の剣を放ち、観客席からどよめきが起こる。美しい炎の光景に歓声が響いた。

ログルは……開始十秒で相手に叩き伏せられ、観客から笑いが起こった。「やっぱりな!」という野次すら飛んで、彼は頭をかきながら退場した。



---


二回戦~予選及び準々決勝


強者同士の対決が次第に増え、戦場の熱はさらに高まった。


ミーシャは軽快さで勝ち進むが、三回戦でアルファームの圧倒的な力に押し切られ敗退。観客からは惜しむ声が飛んだ。

アルトルは盾を駆使して勝ち進むが、四回戦でつかさと対峙。鉄壁の防御を誇るアルトルに対し、つかさは攻撃力と防御力が拮抗していた。長い攻防の末、つかさの渾身の突きがアルトルの防御を貫き、勝敗が決した。

フェリカは魔法による華麗な戦いぶりで会場を沸かせる。炎と剣を組み合わせ、剣士を次々と退けた。


そして――ジェシカ。

彼女は鉄壁の防御に加え、冷静な判断力と攻撃の鋭さで敵を圧倒していく。対峙した騎士や冒険者は、彼女の盾と剣の間に一撃も通せず敗れ去った。


観客席からは「ジェシカ様!」「あの防御は破れぬ!」と声援が飛び、アンジェロッテも立ち上がって両手を叩いた。カーヴェルも小さく頷きながら、その姿を見守る。



---


準決勝


つかさ vs アルファーム。

フェリカ vs ジェシカ。


――観客の熱気は最高潮に達していた。


つかさとアルファームの戦いは、力と技の激突だった。アルファームの豪槍が何度もつかさを襲うが、つかさは紙一重でかわし反撃する。最後は体術を交えた崩しからの一閃で、アルファームを場外へと叩き落とした。


フェリカとジェシカの戦いは、観客の誰もが固唾を呑んで見守った。

フェリカの炎は轟音と共に舞い上がり、舞台を赤々と染める。だがジェシカは盾を構え、焦げ跡を残しながらも一歩も退かない。

「燃え尽きなさい!」とフェリカが放った最大の炎剣を、ジェシカは全身の力で受け止め、跳ね返す。その隙を逃さず踏み込み、剣を突きつけた。


「勝負あり!」

審判の声と共に、会場は割れんばかりの歓声に包まれる。



---


決勝戦


ジェシカ vs つかさ。


観客は総立ちとなり、旗を振り、名を叫ぶ。

アンジェロッテは両手を握りしめ、カーヴェルは静かにその一戦を見つめていた。


一撃の重さと防御の堅さを誇るジェシカ。

力と技を兼ね備えたつかさ。


二人の戦いは長きにわたり、剣と盾が激しく打ち合う音が響き渡った。汗が飛び散り、舞台の石が砕ける。


最後に、互いの渾身の一撃が交錯した。

剣と盾が激突し、轟音と共に砂煙が立ち込める――。


審判が割って入ると、勝者は……


ジェシカ。


彼女の盾が最後の瞬間、つかさの剣をわずかに逸らし、反撃の刃が首筋へ届いていたのだ。




会場は大歓声に包まれる。

ジェシカは剣を下ろし、荒い息のまま観客席を見上げた。そこには、両手を高く掲げて喜ぶアンジェロッテの姿。そして静かに微笑むカーヴェルの姿があった。


その視線を受けたジェシカの胸は、勝利の誇りだけでなく、抑えきれぬ熱に震えていた。


――この武道大会は、彼女の名を王国に轟かせる戦いとなったのだった。




――王国主催の武道大会が幕を閉じたその翌日。

城下はまだ興奮の余韻に包まれていた。各地から集った百余名の騎士や冒険者たちの熱戦は、多くの民衆に希望と誇りを与えたのだ。そして、その熱気の中心にいたのは間違いなく「副団長ジェシカ」であった。


表彰式の場面


王城大広間。

高く掲げられた王国旗と、幾重にも垂れ下がる鮮やかなタペストリーの下、長い赤絨毯が玉座へと続く。左右に並ぶのは王国騎士団と貴族たち。さらに、武道大会に出場した冒険者や騎士たちも整列し、荘厳な雰囲気の中で表彰式は始まった。


王が立ち上がり、声高に宣言する。

「今回の武道大会は、我が王国の武勇と気概を示す大いなる場であった。勇気を示し、力を振るい、そして誇りを守った者たちよ、よくぞ戦った!」


その声に、場に集った者たちが胸を張る。


まずは各部門の敢闘賞や殊勲賞が次々に読み上げられた。名を呼ばれた者たちは前に進み、王自らの手から勲章を受け取る。その度に民衆から拍手が湧き起こり、名誉を得た者は誇らしげに一礼する。


やがて――会場の視線が、一人の女性騎士に注がれた。


「副団長ジェシカ・スティール!」


名が告げられた瞬間、大広間が大きく揺れるような歓声に包まれる。

鮮やかなブロンドの髪を揺らし、凛とした姿勢で前に進むジェシカ。その鎧は激戦の跡を磨き上げられ、輝きと傷跡が同時に彼女の誇りを示していた。


王は微笑を浮かべて言葉を重ねる。

「汝はその卓越した剣技と堅固なる防御により、数多の強者を退けた。なかでも準決勝での激戦は、騎士団における汝の実力を世に知らしめるものであった。ゆえにここに、副団長としての名誉をさらに高め、勲章と褒賞を授ける」


黄金に輝く勲章が王の手からジェシカへと渡される。

ジェシカは片膝をつき、深く頭を垂れてその栄誉を受けた。


「……光栄の極みです、陛下。この剣、この盾、すべては王国と民のために」


その凛々しい言葉に、再び拍手が鳴り響く。

観覧席で見守っていたカーヴェルも、無意識に胸を打たれていた。隣に座るアンジェロッテが「すごいね、ジェシカさん……」と呟いた時、彼の心に複雑な感情が芽生える。――誇らしさと同時に、彼女が遠い存在になっていくような寂しさ。


ジェシカは勲章を掲げ、仲間たちに視線を送った。

アルトル、アルファーム、フェリカ、ミーシャ、つかさ、ログル――共に戦った仲間たちが、満面の笑みで彼女を讃えている。

その光景に、ジェシカの胸も熱くなる。戦いは孤独ではなく、仲間と共にあったからこそ乗り越えられたのだと。


クライマックス


式の終盤、王はさらに宣言する。

「副団長ジェシカよ。汝の功績を称え、次期騎士団長候補としての名をここに記す!」


大広間がどよめいた。

ジェシカは驚きに目を見開く。しかし、すぐにその瞳は強い決意の光を宿す。

「……陛下のご期待、必ずや応えてみせます」


その声は力強く、揺るぎなかった。


こうして、ジェシカは武道大会を経て「王国最強の女騎士」としての地位を不動のものとし、新たな未来へと歩み始めるのだった。



夜更け。

ジェシカの部屋は、表彰式の緊張と余韻からまだ完全に抜けきれず、静かな熱気を帯びていた。窓辺にかけられたカーテンからは月明かりが淡く差し込み、彼女の磨かれた鎧と軍服を淡い光で照らし出している。机の上には未だ片付けられていない祝福の花束や勲章が置かれ、部屋の主の新たな立場を象徴していた。


そのとき――ふっと空気が揺れ、淡い光が一点に集まった。

転移魔法の気配だ。


「っ……!」

ジェシカは反射的に剣に手を伸ばしかけたが、次の瞬間その姿を認め、驚きと同時に胸の奥が温かくなる。


「ちょっと、びっくりするじゃない……」

彼女は安堵の息をつき、頬に笑みを浮かべた。


「悪い悪い。」

姿を現したのはカーヴェルだった。いつもの飄々とした態度で、しかしその眼差しには柔らかな色が宿っている。

「……逢いたかったんだよ。それに、おめでとうが言いたくてな。」


「おめでとう……?」

ジェシカは肩をすくめ、しかし口元は隠しきれない笑みに緩む。


「副団長、 それに、よくつかさに勝ったじゃないか。」

カーヴェルは軽く顎をしゃくってみせた。

「一応“勇者”ってことになってるんだぞ。そんな相手に勝ったってのは、とんでもないことだ。」


「ふふ……一応、副団長やってますからね。」

照れ隠しに軽く笑い、髪を耳にかけながら言い返すジェシカ。彼女の横顔に、カーヴェルは満足そうに目を細めた。


「じゃあさ……俺とやって勝てるかな、副団長さん?」


「えっ、まさか……ここで戦うっていうんですか?」

ジェシカの目が驚きに見開かれる。剣か、それとも魔法か。だが彼の次の言葉に、思わず頬が赤くなる。


「ああ。そうだよ――ベッドの上での戦いだがな。」


「……っ!」

ジェシカは言葉を失い、思わず目をそらした。真面目で責任感の強い彼女にとって、軍の場では常に冷静で強く在ろうと努めてきた。けれど今、彼の眼差しと声にだけは、どうしても抗えない。


「……そんなの、勝てるわけないじゃないですか。」

彼女は小さく呟き、しかし次の瞬間には笑いがこぼれていた。


カーヴェルもまた、ふっと笑みを浮かべて彼女の傍に歩み寄る。

月明かりに照らされる二人の影が重なり合い、静寂の夜に優しいぬくもりが広がっていく。


――その夜、二人は言葉を交わしながら、そして互いの温もりを確かめ合いながら、一夜を共にした。

戦場とは違う、けれど確かに“戦い”とも呼べる激しさと甘やかさの中で。

そしてジェシカの胸の奥にあった緊張と孤独は、彼の腕の中でゆるやかに解けていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ