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2人と結婚

王国 王宮内


ジェシカは王に報告する際、胸の奥に複雑な思いを抱えていた。

「カーヴェルは客将として、国を守るためならば命を賭けてでも進軍を阻止すると申しました。ただし……侵略を目的とする戦であれば、一切参加しない、とも」


その言葉を口にする時、ジェシカは王の反応を窺った。王の性格を知る彼女にとって、この条件はあまりに危ういものに映る。命令に忠実な軍人にとって、国王の指示よりも己の理念を優先する者は、得てして“危険人物”と判断される。ましてや、他国に欲しがられるほどの才覚を持つ男だ。王がどう受け止めるか、それは彼女の立場をも左右することだった。


一方で、ジェシカの心は妙に軽やかでもあった。

(やはり彼は……ただの武人ではない。勝つために血を流すのではなく、守るために戦う。その言葉が、嘘ではないことを私は見た)


三万対千五百という絶望的な戦況を、カーヴェルはたった一声で覆した。剣を振るわず、命を刈り取らず、兵を動かすだけで戦を終わらせた――その姿は、ジェシカにとって憧憬に近いものとなっていた。


王が「その方針で行く」と答えたとき、ジェシカは思わず胸を撫で下ろした。

(……よかった。少なくとも今は、彼の意思が尊重されるのだ)


心のどこかで、ジェシカは自分がカーヴェルの“盾”であらねばならないと感じ始めていた。王の猜疑の眼差しから、彼を守るために。


そして、報告を終えて謁見の間を下がるとき、不意に自分の頬が熱を帯びていることに気づく。

(私が……彼にここまで心を動かされているのか? ただの義務感ではない。敬意と、憧れと……それ以上のものが)


ジェシカの心には、淡いが確かな好意が芽生えた。




村に戻ったカーヴェルは、すっかりこの生活に馴染んでいた。アンジェロッテが庭先を駆け回り、笑顔を見せる姿に、カーヴェルは心底安堵した。暖かい陽光の中で、彼女の小さな手を握るだけで、この世界の穏やかさを実感できるのだった。


ある日、カーヴェルは村長を呼び出した。ダンジョンで手に入れた財宝を、村のために使ってほしいと申し渡す。


村長はその言葉を聞いた途端、声を震わせ涙を流した。「申し訳ございません……嬉しくて……あまりにも嬉しくて涙が止まりません……!」


カーヴェルは苦笑いを浮かべる。「おいおい泣くなよ。周りから見たら、俺が泣かせたみたいに見えるだろう」


アンジェロッテはそのやり取りを面白そうに見上げ、声をあげて笑った。「パパ、面白いね!」


その夜、穏やかな夜の帳が村を包む中、突如ロゼリアとフェリカが姿を現す。いつも仲の悪い二人が、揃って真剣な表情でカーヴェルの前に立っていた。


「……私たち二人と結婚してほしいのです」ロゼリアが言った。


その言葉にカーヴェルは一瞬、「へっ」口を開けたまま固まった。彼の頭の中は混乱と驚きで一杯になった。毎日競い合っていた二人が、ここで同時に結婚を迫るとは思いもよらなかったのだ。


フェリカが続けた。「毎日毎日、喧嘩ばかりしていました。これ以上、他のパーティーメンバーにも迷惑をかけたくないと思い、二人で話し合った結果なのです」


二人は土下座のように身を低くして、真摯な眼差しでカーヴェルを見上げる。


「どうぞよろしくお願いいたします……!」


カーヴェルは苦笑いを浮かべ、仕方なく頷いた。「……わかったよ、仕方ないな」


しかし、すぐに思わず口を滑らせた。「で、第一夫人はどっちなんだ?」


ロゼリアとフェリカは顔を見合わせて、真剣な表情で答えた。「あ~、それは決めてなかった」


「いや、そんなの決めてないってどういうことだよ……」カーヴェルは困惑しつつも、どこか微笑ましさを感じていた。


二人は譲るどころか、自分が第一夫人だと譲らない様子だった。アンジェロッテは首をかしげながらも、楽しそうに笑い、何が起きているのか理解できていない様子だった。


その時、村の入り口からジェシカが現れた。王からの報告を伝えるためだ。


「カーヴェル殿、王が客将としての承諾を下されました」


しかし、目に映ったのは、まだ取っ組み合いのように口喧嘩を続け、自分が第一夫人だと譲らないロゼリアとフェリカの姿だった。ジェシカの胸は、なぜか締め付けられるように痛んだ。

――この人たちの間で、彼はどれほど大変な思いをしているのだろうか。


ジェシカはその場に静かに立ち、心の奥で思う。

「この男は、誰のものにもなれない……いや、誰のものでもある……それでも、みんなを守り、導く――本当に……並外れた人だ……」


カーヴェルはアンジェロッテに手を差し伸べ、「さあ、パパと一緒に帰ろう」と笑顔を向ける。アンジェロッテは駆け寄り、彼の胸に飛び込んだ。「パパ、やったね!」


ロゼリアとフェリカも肩を組み、互いに視線を交わす。喧嘩をしつつも、この奇妙で幸せな関係を、どうやら受け入れ始めている様子だった。


その夜、村には穏やかで、しかし少し騒がしい笑い声が広がった。

カーヴェルは心の奥で、静かに誓う。

――この世界の人々も、この家族も、この村も、俺が守る。誰も、悲しませはしない。




アンジェロッテの無邪気な笑い声が庭先に響いていた。小鳥のさえずりに混じって、その笑いはカーヴェルの心を温かく包み込む。セリーヌがそばで微笑み、彼女の黒髪が風に揺れている。その姿は以前の冷酷なレイスだった頃の面影などなく、ただ一人の女性として、少女の遊び相手として、優しく穏やかにそこにあった。


――いつまで、この平和が続くのだろうか。

カーヴェルの胸中に浮かぶのは、その一抹の不安だった。戦火の影はいつでも忍び寄る。しかし目の前の光景は、そんな暗雲を忘れさせるほどに柔らかい。セリーヌはあの暗闇のダンジョンから解放され、人間として生き直すことを選んだ。彼女が「ご主人様」と呼ぶたび、忠誠心と同時に、愛情にも似た温かさがこもっていることに気づく。


彼女の闇魔法は群を抜き、重力操作や転移に至っては比肩する者がない。今この村が安全でいられるのは、彼女の存在があってこそだった。そんな誇り高き力を持ちながら、彼女はただ平穏に少女の笑顔を守ることを望んでいる。その姿は、かつての彼女を知る者が見れば信じられないほどの変化だった。


一方で、ロゼリアとフェリカ。普段は剣呑に視線を交わし、互いに張り合うことの多い二人だが、昨日は違った。

入浴を終え、自室に戻ったカーヴェルの目の前に広がった光景――そこには、月明かりに照らされた白い肌が二つ並んでいた。ベッドの上で裸身を重ねるように座り、頬を紅潮させながらも決意に満ちた瞳でこちらを見据えていたのだ。



彼女たちは、ただの気まぐれでその場にいたのではない。

自らの意志で、女としての誇りを賭け、彼にすべてを委ねたのだ。

カーヴェルは知っていた。

「嫁を迎える」などと軽々しく口にすることはできぬ。だが、二人の願いと熱意は、鋼のように強固な彼の心を溶かし、ついに折らせてしまった。


その夜、三人で過ごした時間は、ただの享楽ではなかった。

魂と魂が交わり合い、互いの孤独と渇きを癒やし合う、深く激しいひとときだったのだ。



「旦那様、本当にすごかったです」

ロゼリアの吐息まじりの声は、恍惚と余韻を残していた。彼女は普段、強気で気位の高い女だが、その時ばかりは素直に女としての幸福を口にした。


「旦那様、本当に素晴らしい時間を共有させていただきありがとうございます」

フェリカもまた、誠実な声でそう告げた。パーティー メンバーの戦士としてとして誇る彼女が、剣ではなく心で繋がった瞬間だった。


二人の思いは重く、熱く、そして純粋だった。誰かに嫁ぐなど考えもしなかった彼女たちが、己の心を捧げる相手としてカーヴェルを選んだ。その真っ直ぐな情熱が、彼の理性を打ち砕き、拒むという選択肢を奪ったのだ。


夜は長く、炎のように激しく、そして甘やかに更けていった。

互いの熱が絡み合い、言葉を超えた絆が結ばれてゆく。カーヴェルにとってそれは戦場でも魔法でも得られない、ただ一人の男としての勝利であり、幸福であった。


――まさか、自分がこれほどまでに多くの女性の想いを背負うことになるとは。

胸の奥に湧くのは責任と、それ以上に大きな温もりだった。


そして翌朝、目覚めた時に見た光景――眠りに落ちたロゼリアとフェリカが、安堵の笑みを浮かべながら互いの手を繋ぎ、カーヴェルに身を寄せている姿。それは争い合う二人ではなく、一人の男を通じてようやく心を重ねた、二人の女の姿だった。


その瞬間、彼は悟った。

平和とは戦で勝ち取るものだけではない。こうして繋がった心、守るべき温もりこそが、真に守られるべき平和なのだと。

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