セリーヌ
ダンジョンの深部へ進むにつれて、空気は重く、冷たさが肌を刺す。石壁に反射する松明の光が揺れる中、勇者一行は足音を慎重に響かせながら進んでいた。やがて道が開け、大きな部屋のような空間が目の前に広がる。
「……ここはやっぱり、ボス部屋ってやつなのかしら」アルファームが低く呟く。
「そうかもしれない、油断するなよ」アルトルが剣を握りしめ、前方を警戒する。
カーヴェルは深く息を吸い、冷静に声を響かせた。
「陣形を立て直せ」
その言葉に従い、仲間たちは瞬時に陣形を組み直す。前衛にアルトル、左右にアルファームとつかさ、後衛にはフェリカとホフラン、最後方にロゼリアとカーヴェルが控える。
カーヴェルが手を掲げると、空間に淡く輝く魔法陣が浮かび上がった。
「来るぞ」
すると、突如として天井の影から巨大なワイバーンが飛来した。翼を広げると、部屋のほとんどを覆うほどの巨大さで、鋭い爪と牙を光らせて迫ってくる。
「構えろ!」カーヴェルの声と共に、前衛のアルトルが盾を構え、翼で押し寄せる風を受け止めた。
ワイバーンの爪がアルトルの盾に振り下ろされ、金属が軋む。反動で体勢を崩した瞬間、カーヴェルは後方から魔法の光を発射。ワイバーンの翼を狙い、光の矢が命中すると、鋭い悲鳴と共に翼が切り裂かれた。
「よし、チャンスだ!」アルファームが剣を構え、鋭い突きでワイバーンの腹部を切り裂く。だが、ワイバーンは怒りに目を赤く光らせ、口から炎を吐き出す。
「避けろ!」つかさが仲間に叫びつつ、炎の直撃をジャンプでかわしながら反撃魔法を唱える。氷の刃がワイバーンの前脚に飛び、動きを鈍らせた。
ホフランは風の魔法で翼の隙間を狙い、巻き上げた砂煙でワイバーンの視界を奪う。
「今だ、アルトル!」カーヴェルの合図で、アルトルが力を込めた一閃を振るう。鋭い剣がワイバーンの肩を貫き、獣の叫びが部屋に響いた。
ロゼリアは後方から防御魔法で仲間を守り、同時に魔力の光を放ち、敵の攻撃をさらに弱体化させる。
「動け、フェリカ!」カーヴェルが指示を飛ばすと、フェリカは剣と魔法を駆使し、炎に覆われたワイバーンの脚を切り裂く。痛みにのたうつワイバーンを前に、仲間たちの連携攻撃が止まらない。
カーヴェルは静かに魔力を増幅させ、全員の攻撃力・防御力・敏捷性を強化する魔法を発動。体が軽くなった仲間たちは、まるで自分の体ではないかのように俊敏に動き、連携が完璧に近い形で成立する。
「よし、あと少しだ!」アルトルがワイバーンの顎に剣を突き立て、動きを封じる。
「私に任せて!」フェリカが魔力を込めた一撃で、ワイバーンの胸部を貫く。
最後に、カーヴェルが冷静に前方に立ち、手を掲げる。魔力の渦がワイバーンを包み込み、逃げ場を完全に封じた。ワイバーンは最後の力を振り絞って羽をばたつかせるも、連携攻撃の前には無力で、やがて力尽きて倒れ込んだ。
全員が息を整え、戦いの余韻に浸る。部屋の中は静まり返り、倒れたワイバーンの残骸だけが暗闇に影を落としていた。
「ふぅ……これで一安心か」アルトルが剣を鞘に収め、汗をぬぐう。
「やっぱりカーヴェル様の指示がなければ、危なかったですね」ロゼリアが感謝の眼差しを向ける。
「全員、油断は禁物だ。ボスはまだ先かもしれない」カーヴェルは冷静に部屋を見渡しつつ、次の行動を考えていた。
一同は息を整えながらも、連携の手応えと互いの信頼を改めて確認し、再び奥へと進む覚悟を固めたのだった。
カーヴェルは奥に進む前に一同を立ち止めさせた。
「ボスがいる場合に備え、全員に最強魔法を付与する」
その魔法は、単純な強化ではなく、攻撃力、防御力、魔力、反応速度、体力のすべてを百倍に引き上げるものだった。
「な、何だって……!?」ホフランが目を丸くする。
「全員、感じるか?体の軽さ、力の増幅……全てが違うぞ」アルトルも自分の腕を握り、力の変化に驚いた。
カーヴェルは静かに頷き、「これでどんな敵が現れても、余裕で対処できる」と告げる。
そして、暗いトンネルの奥に進むと、再び広大な部屋が目の前に広がった。そこは先ほどよりさらに天井が高く、岩壁に光が反射してきらめく。
「……これは……」アルファームが息を呑む間もなく、天井の影から三体の巨大ワイバーンが現れた。翼を広げ、鋭い爪と牙を光らせながら、威圧感を放つ。
「よし、全員、陣形を保持せよ!」カーヴェルの声と共に、前衛にアルトル、左右につかさとアルファーム、後衛にフェリカとホフラン、最後方にロゼリアとカーヴェルが配置される。
ワイバーンが咆哮し、空気を震わせながら突進してくる。つかさは剣を構え、一歩も引かずに前に立つ。
「私が、止めます!」つかさが剣を振り抜くと、光の刃がワイバーンの前脚に命中し、爪を粉砕。驚いたワイバーンは翼をばたつかせるが、すぐにアルファームの突きが腹部を貫き、炎のブレスを吐く前に動きを封じられる。
フェリカは魔法を駆使し、三匹のうち二匹を同時に攻撃。氷と雷の連撃で、翼と脚の動きを縛る。
「これで、動きは封じられたわ!」フェリカが叫ぶ。
アルトルは盾を前に掲げ、残る一匹の攻撃を受け止める。鋼鉄の盾に爪が当たり、火花が散るが、全力強化された体はびくともしない。
ロゼリアは後方から防御魔法を展開し、仲間全員を包み込む。魔法陣が光を放ち、ワイバーンの炎や爪攻撃を減衰させる。
カーヴェルは冷静に全体を見渡し、手を掲げると光の矢を三方向に同時発射。ワイバーンの翼を正確に狙い、羽が切り裂かれると三匹は大きくよろめいた。(カーヴェルの攻撃は速すぎて人間の目には見えない)
「今だ!一斉攻撃!」カーヴェルの号令に応じ、つかさは光の剣を振り下ろし、ワイバーンの顎を切り裂く。アルファームは斬撃を重ね、フェリカは魔法で残り二匹を氷結させる。
ホフランは風魔法で三体を巻き上げ、互いにぶつかるように誘導。ワイバーン同士の衝突が部屋中に響く。
アルトルが盾で残る隙間を突き、強烈な一撃を放つ。ワイバーンはもがき苦しみ、最後には三匹とも倒れ込み、重く床に響く音だけが残った。
戦いの後、全員が息を整え、全身の力を確かめる。
「……すごい、全員の動きが桁違いだった」アルトルが呟く。
「つかさの剣さばきも見事だったわ」フェリカが微笑む。つかさも少し照れたように笑う。
その時、アルファームが疑問を口にした。
「そういえば……カーヴェルって攻撃魔法を使ったところ、見たことないんだけど……」
一同は驚き、視線がカーヴェルに向く。戦闘中、あれだけ冷静に指示を出し、魔法で支援していたが、攻撃そのものを一度も放っていなかったことに気づいたのだ。
カーヴェルは静かに微笑み、ただ頷いた。
「そうだな、今回は支援と指示が最優先だった。直接攻撃は必要なかった」
仲間たちは彼の戦略眼に再び感嘆し、戦闘の余韻とともに、カーヴェルの非凡さを改めて認識するのだった。
巨大なドームのような空間が広がり、壁面に光が反射してきらめく。その中心に、大きな魔法陣がゆっくりと浮かび上がる。
「……やっぱり、ここがボス部屋か」アルファームが息を呑む。
カーヴェルは無言で手を上げ、全員に最強強化魔法を施す。体中が熱を帯び、魔力が全身に満ちる感覚が走る。
「これで全員、力は100倍……いや、それ以上だ」カーヴェルの声は冷静そのものだった。
その瞬間、魔法陣の中心から一人の女が現れた。長い銀髪をたなびかせ、幽玄なオーラを纏う。
「……え、これがボス?」ホフランが思わず呟く。フェリカも眉をひそめる。
しかし、カーヴェルだけは表情を変えず、仲間たちに告げる。
「みんな、よく聞いてくれ。こいつはレイスだ」
「レイス……?」つかさが耳を疑う。
「近づくだけで魂を抜かれる。俺の後ろに隠れてくれ。こいつは光魔法を扱える者以外、対抗できない。しかも最上級のレイスと見た」
全員が恐怖で身を震わせる中、レイスは冷たい声で言った。
「あなた、よくわかってるじゃない。その通りよ。私はレイスのセリーヌ。勇敢なる若者たちをよくぞここまで来た。でも……ここで終わり。たっぷりと死を堪能してくださいませ」
突然、セリーヌは闇の剣のような攻撃を放ち、防御魔法は無効化される。パーティーは押され、防御と回避に追われる。
「この魔力……やばい、どれも効かない!」アルトルが叫ぶ。
だが、カーヴェルだけにはセリーヌの攻撃は全く効かず、冷静に距離を詰めていく。光と闇がぶつかり合う空間で、彼の指先から強烈な光の一撃が発せられ、セリーヌはよろめく。
「何なの……何なのこの強さ……」セリーヌは驚愕の表情を見せる。
「君の思念を読んだ。深く傷つき、闇の世界で苦しんだのだろう?だが、もうこれ以上、人を傷つける必要はない。もしよければ、我々の仲間として生きる道を選ばないか?」カーヴェルは静かに語りかける。
パーティーメンバーは目を見開く。霊体の敵と手を組む……常識を超えた、想像を絶する行動だった。
セリーヌは高笑いを上げ、光の中でくるりと舞うようにして答える。
「面白い人ね……では、あなたの下僕になってあげるわ」
「え……!」アルファーム、ロゼリア、フェリカ、ホフラン、アルトル、つかさ――全員が信じられない表情を浮かべる。
カーヴェルは微笑んだまま、仲間たちに視線を向ける。
「さあ、これで本当の意味での連携が始まる」
誰もが言葉を失ったまま、静かにその場に立ち尽くす。
闇の支配者でさえも、理解と優しさによって味方となる――その現実が、今、彼らの目の前に広がっていた。
セリーヌが仲間に加わった――それでもパーティー内には緊張感が残っていた。誰もがその幽玄な存在感と、どこか底知れぬ魔力に戦々恐々としている。
「私をパーティーに迎え入れるなんて、ほんと物好きね。あなたたちのリーダーさんは変わっているのかしら」セリーヌは小首をかしげ、挑発的な笑みを浮かべた。
つかさは顔を真っ赤にして、言葉を震わせる。「わわわ……私が、一応リーダーです、です……」
セリーヌは軽く鼻で笑った。「そうなの?こっちの色男かと思ったわ。で、あなたの名前は色男?」
カーヴェルは落ち着いた声で答える。「カーヴェル・プリズマンだ」
「そうですか。私のご主人、カーヴェル・プリズマン……なかなかいい名前ですこと」セリーヌはその名前を口に含むように言い、楽しげに微笑んだ。
仲間たちはまだ完全には安心できず、つかさは心の中で思った。
――どんな化け物だろうと、あの時のスケルトン、そして今のレイス……それらをすべて味方にしてしまうその力こそ、カーヴェルの最大の強みなのだろう。
ロゼリアとフェリカは恐怖のあまり、カーヴェルの後ろに隠れた。どさくさに紛れて、無意識に体を擦り付けるようにして身を寄せる。
「こら、これじゃ身動きが取れないじゃないか」カーヴェルは苦笑し、軽く手を挙げた。
セリーヌは高笑いをあげた。「ご主人様はモテますな!」
つかさは思わず肩をすくめ、内心で小さくため息をついた。パーティーの空気はまだ緊張と混乱で満ちているが、少しずつ、カーヴェルが持つ圧倒的な力と信頼が、みんなを支えているのを感じた。
「ここでダンジョンは終わりなのか」カーヴェルが問いかけると、セリーヌは優雅に手を翳した。
「いいえ、下の階に続いていますよ。そこには魔獣と財宝が隠されています。ご案内いたします、我がご主人様」
その声には、不気味さと同時にどこか楽しげな響きが混ざっていた。パーティーの面々は互いに顔を見合わせ、息を呑む。これから先、未知の冒険が待ち受けている――だが、カーヴェルがいれば、どんな危険も乗り越えられるという確信が、静かに彼らの胸に宿った。




