ダンジョン
朝の光が森の木漏れ日を通して柔らかく地面を照らす。冷たい空気がまだ残る中、7人は目覚めたばかりの体に活力を取り戻すべく、それぞれ準備を始める。
つかさは深呼吸を繰り返しながら、今日の戦いに備えて精神を集中させる。心の奥では昨夜のカーヴェルの話が響いていた。「勇者とは王国の道具……でも、私たちの意思で未来を切り開ける」。その言葉が、胸に確かな力を灯していた。
アルトルは剣を磨きながら、肩越しに仲間たちの動きを見ていた。緊張を隠すための余裕の笑みも、心の中では気が引き締まっている。前衛として敵陣を切り開く覚悟を再確認していた。
アルファームは魔法陣を展開し、呪文を確認する。昨日の訓練で得た連携の手応えが、今朝の体に自然と染み込んでいる。仲間との意思疎通は言葉以上のものとなっており、これならばどんな奇襲も対応できると自信を深めていた。
フェリカは弓と短剣を点検し、攻撃順序を頭の中で整理する。攻撃対象の優先順位、援護のタイミング、撤退ルートの確認。戦術的な判断を瞬時に行う準備は万全だ。
ホフランは風魔法の範囲と威力を確認し、補助や足止めの戦略を練る。敵が何をしてくるか、あらゆる状況を想定し、仲間を守る自信を固めていた。
ロゼリアは後衛支援の魔法陣を整え、防御と回復の順序を頭に叩き込む。仲間の体力と魔力の消耗を最小限に抑え、前衛が自由に動ける環境を整える。
そしてカーヴェルは、全員が集まる前に自分の位置で微笑みながら静かに観察していた。仲間たちが互いに確認し合い、準備を整える様子を見て、彼らの成長と覚悟を心の中で確かめる。
やがて全員が円陣を組む。前衛にアルトル、つかさ、アルファーム、後衛にフェリカ、ホフラン、ロゼリア、そして最奥にカーヴェル。昨日の訓練の成果が表れる布陣だ。
カーヴェルは淡々と口を開く。
「今日のダンジョンは、単なる訓練ではない。本番だ。敵は予測不能だが、連携と判断力を活かせば、俺たちは必ず勝てる」
つかさは仲間たちの顔を見渡し、力強く頷く。
「はい。私たちは一緒です。どんな困難が待っていようと、仲間を信じ、全力で戦います」
アルトルも拳を握り、剣に力を込める。
「昨日の訓練の成果を無駄にしない。俺たちが勝つ!」
アルファーム、フェリカ、ホフラン、ロゼリアもそれぞれ頷き、互いの目に決意を宿す。
カーヴェルはその様子を見て、最後に静かに一言。
「なら、行こう。俺たちの力で、未来を切り開くんだ」
そして7人は、日の光を浴びながらダンジョンへと歩を進める。森の香り、冷たい空気、そして仲間たちの呼吸が交錯する中、全員の胸には昨夜の覚悟がしっかりと刻まれていた。
その足取りは、ただの冒険者ではない。勇者としての誇りと、仲間との絆を胸に刻んだ者たちの、確かな決意に満ちていた。
パーティーは狭いトンネル内で立ち止まり、前後左右に身を固めながらも、緊張感とは裏腹に、カーヴェルを巡る女子たちの小競り合いで空気は少し和やかになっていた。
「もう、しょうがないな」とカーヴェルは苦笑いを浮かべ、魔法で淡い光の玉を両手で作り出す。玉は柔らかく輝き、トンネル全体を明るく照らした。
ロゼリアは安心した表情でその光に包まれ、再びカーヴェルの腕に軽くしがみつく。
「これで怖くないですわ」
しかしフェリカは黙っていなかった。
「何やってるのよ、あんた! 私だって怖いんだから!」と声を荒げる。
ロゼリアは腕をしっかりと組み直し、微笑みながら答える。
「でも明るくなった今でも、カーヴェル様と一緒がいいんですの」
フェリカは顔を真っ赤にして悔しそうに言い返す。
「じゃあ、カーヴェルは前に行ってもいいわよ! あんたが後ろに回れば?」
二人の間で小さな押し問答が続く。カーヴェルは両腕に女子二人を抱えたまま、苦笑いを浮かべながらため息をついた。
「だめだこりゃ」
アルトルは後方で頭を抱え、つぶやく。
「全く……緊張感ゼロだな。ここは敵が潜むダンジョンだぞ……」
ホフランは肩をすくめながら、笑いを堪える。
「まあ、こういう緊張と緩和のバランスも悪くない気はするけどね」
アルファームも口元に笑みを浮かべ、腕を組んで状況を眺める。
「これで本当に戦闘になったらどうなるのかな……」
カーヴェルは光の魔法玉を一度上に浮かせ、周囲を照らしながら冷静にフォーメーションを整える。
「さて、冗談はこれくらいにして、進むぞ。前衛はアルトル、つかさ、アルファーム。後衛はロゼリア、ホフラン、フェリカ、俺は最後尾で全体を監視する」
ロゼリアとフェリカはまだ口喧嘩を続けようとしたが、カーヴェルの静かな声にピタリと止まった。二人とも少し頬を赤らめ、互いをちらりと見つめ合う。
「……はい、わかりましたわ」ロゼリアが小さく返事をする。
「仕方ない……従うわよ」フェリカも小声で納得する。
こうしてようやくパーティーは落ち着きを取り戻し、再びトンネルを進み始めた。
光に照らされるその足取りは、笑い声の余韻とともに、未知のダンジョンへと踏み込む勇者たちの決意を静かに示していた。
トンネルの奥、ひんやりとした空気の中で、パーティーは慎重に足を進めていた。すると、岩陰から突如として三体のオークが現れ、ぎらりとした目で襲いかかってきた。
「キヤ〜、カーヴェル様、私を守って〜!」
ロゼリアはわざとらしく悲鳴を上げ、すぐさまカーヴェルに抱きついた。その腕の中で彼女は軽く震えている。
カーヴェルは少し眉をひそめ、淡々と呟く。
「おいおい、落ち着け。いくらなんでも緊張感なさすぎだぞ」
だが、その時、アルトルが大きな盾を前に差し出し、一歩踏み込むだけで三体のオークは弾き飛ばされるかのように倒れてしまった。拍子抜けするほどの圧倒的な力。
「弱……」アルトルは呟き、肩をすくめる。
ロゼリアは倒れたオークを見てもなお、カーヴェルにしがみつき続ける。どうやら「恐怖で抱きついた」というよりは、純粋に甘えているようだった。
しかしフェリカの表情は怒りで歪む。
「ちょっと! ロゼリア、離れて!」と彼女は力強く引き剥がそうとする。
カーヴェルは両腕を広げ、二人の間に立つ。
「落ち着け、二人とも。争うな。戦闘中の態度としては褒められたものじゃないが、今はこうするしかない」
アルファームも眉をひそめ、冷静に声をかける。
「全く、その通りよ。油断大敵。ほんの一瞬でも隙を見せたら、あんなのにやられるわ」
つかさは肩を落とし、大きくため息をついた。自分がリーダーであるにも関わらず、何も手立てを打てないことに情けなさを覚えた。
「……私は……この場で何もできないのか……」
カーヴェルは静かに二人の女子を見渡し、ため息をつく。
「まあ、初めての遭遇だからな。だが、こういう時こそ連携が大事だ」
その言葉に、つかさは少しだけ気を引き締めた。たとえアルトルの力が強大であっても、緊張感を持たなければ、次の敵は簡単に突破されるかもしれない。
フェリカとロゼリアは依然として口喧嘩を続けながらも、少しずつ冷静さを取り戻し、パーティーは再び整列する。カーヴェルの指示の下、前衛・後衛のフォーメーションが組まれ、再びトンネルの奥へと足を進めるのだった。
洞窟内にはわずかに湿った匂いが漂い、岩の壁に反響する足音が緊張を呼ぶ。だが、仲間たちはその不安の中にも、一種の連帯感と、カーヴェルへの信頼を深めていくのだった。
ダンジョン内を歩き続けて小一時間。湿った空気と足元の岩の感触に疲れが溜まり、パーティーは小休止を取ることにした。岩の上や石畳に腰を下ろし、軽く息を整えようとしたその瞬間、フェリカが足元の小石につまずき、バランスを崩してカーヴェルにぶつかってしまった。
「カーヴェル様、すみません……お詫びに……」
彼女の頬がほんのり赤く染まり、そのままカーヴェルに軽く口づけを落とす。瞬間、パーティー内の空気が張り詰める。
ロゼリアはその光景に目を見開き、まるで雷に打たれたかのように立ち上がった。
「なんてことしてくれるのよ! あんた、私のカーヴェル様に――! こんな女の唇、なんて……病気がうつったら大変ですわ。私の唇で、どうか浄化してくださいませ!」
そう言い放つと、ロゼリアは迷わずカーヴェルに駆け寄り、自らの唇をカーヴェルに押し当てた。あまりの大胆さに周囲の全員が凍りつく。
「ちょ、ちょっと、やめ――」カーヴェルは困惑しながらも受け止めるしかなく、体を硬直させたまま。
その瞬間、フェリカが怒りに顔を赤らめ、ロゼリアの肩に手をかける。二人は互いに引っ張り合い、もはや取っ組み合いの喧嘩が始まった。
「離しなさい! あんたの方が先に!」
「何言ってるのよ、あんたがカーヴェル様に触るから――!」
カーヴェルは二人の間で途方に暮れ、アルトルとアルファームは頭を抱えながら茫然と見守る。つかさは深いため息をつき、ホフランも呆れた表情で小さく笑った。
「……本当に、なんで毎回こうなるの……」つかさが呟く。
アルファームも頷き、二人の激しい押し合いの前で手を振りながら仲裁のタイミングを伺う。
「二人とも、少し落ち着きなさい。戦闘中だってのに……!」
それでも、ロゼリアとフェリカはお互いの思いをぶつけ合うことをやめず、円陣のように絡み合ったまま、ダンジョンの暗がりの中で小休止の時間は予想外の混乱と笑いに包まれていた。
カーヴェルはついにため息をつき、両手で頭を抱える。
「もう……本当に油断も隙もないな、俺の周りは……」
その様子を見て、つかさは微笑みながらも少し焦りを覚えた。仲間たちの絆も深まる一方で、この賑やかさがダンジョン攻略の緊張感を少し削いでしまうのではないかと心配になった。




