18.方向性の違い
――《VOIDLINE》三十三日目、正午過ぎ。
《火群》のクラブハウス二階、談話スペース。
テーブルを囲むようにして、八名の団員たちが集まっていた。
窓から差し込む陽の光はまだ強いが、室内の空気には妙な重さが漂っている。
きっかけは、とある依頼だった。
「だからさ、こんな時こそ行動あるのみでしょ。依頼は受けられるわけだし、私たちも南側の森に行くべきだって」
テーブルの端で声を上げたのは、ルカだった。
背筋を反らし、両手を腰に当てながら、どこか挑戦的な笑みを浮かべている。
そう、とある依頼とは、昨日魔獣の爪痕を見つけたという街の南側にある森の調査。
《火群》でも受注は可能だが、実際に受けるとなると話は別だ。
「賛成。あんまり様子見てばっかじゃ、他の団に先越されるぜ。うちの《火群》って、そういうスタンスじゃなかったはずだろ?」
続けて声を上げたのはダリル。
筋肉質な体格のせいか、ひと言ひと言に重みがある。
「……でも、それは少し急ぎすぎじゃない?」
テーブルの中央寄り、セレナが眉根を寄せて反論する。
落ち着いた口調ではあるが、その声には確かな警戒心が滲んでいた。
「その依頼って、どれも“観察系”か“接触回避”って書かれてるでしょ?本格的な討伐依頼が出てないってことは、ギルド側もまだ状況を見極めてるってことよ」
「僕もセレナさんに同意です。目撃自体は何件かあるみたいですけど、まだ明確な傾向が出てるとは言えませんから……」
静かに補足するように言ったのはマオ。
自分に自信がないのか普段は多くを語らないが、分析に長けていて、情報の扱いには慎重だ。
「だからって、手をこまねいてるのも違くない?」
ルカが肩をすくめて反論する。
「現場に出ないと分からないこともあるし、私たちが様子見てる間に誰かが犠牲になったら、後悔するのはこっちなんだよ?」
「でも、無理に出て犠牲になるのも同じことよ」
セレナの言葉に、ルカがむっと口を閉じる。
空気が、ぴりつく。
言い合いというほどではないが、明らかに温度の異なる意見同士がぶつかり始めていた。
そんな中――
「ねぇねぇ、ちょっとだけ、いい?」
穏やかな声が、空気の綻びを縫うように差し込んだ。
発言したのは、ユイナだった。
手を軽く上げ、視線を一人ひとりに向けながら、場をなだめるような微笑みを浮かべている。
「たぶん、どっちの意見も正しいと思うの。だから、今ここで決めきらなくてもいいんじゃないかな?」
場に沈黙が広がる。
「情報を整理して、必要な準備をしつつ、様子を見ながら動く。慎重すぎず、無謀すぎず。……そういう判断も《火群》らしさだと思うんだ」
言葉を急がず、誰かを否定せず、でも確かに場の軸を整えていく。
その姿は、まるで“焚き火を囲む火番”のようだった。
俺――ダイトは、少し離れた席からその様子を見ていた。
誰かが声を荒げたわけでもない。
誰かが泣き出したわけでもない。
ただ、言葉の奥に、熱と不安が混ざっているのがわかる。
仲間たちはそれぞれ、自分なりにこの状況と向き合おうとしている。
ルカの言う“行動”も、セレナの言う“慎重さ”も、どちらも誰かを守るための視点であり――その中で、ユイナは絶妙なバランスで立ち回っていた。
(……すごいな)
思わず、そんな言葉が口の中に浮かぶ。
俺にはまだ、あんなふうに場を支えることはできない。
けれど――クラフターとして、別の形で仲間を支えることはできるはずだ。
そして、場の静けさを見計らったように――
「よし。今日はここまでにしようか」
テーブルの奥に腰をかけていたハヤトさんが、静かに口を開いた。
団長らしく、威圧するでもなく、けれど芯の通った声だった。
その一言で、空気がすっと落ち着きを取り戻す。
「どっちの意見も理解できるし、どっちも大事な視点だと思う。……だから、ユイナの言う通り、今後の方針は、情報がもう少し揃ってから正式に決めよう。個別の行動も制限はしないけど、必ず報告は入れてくれ」
彼は一度だけ目を伏せ、そして全員を見渡した。
「それと――今のうちに、装備の点検と補給も見直しておいてくれ。調査にせよ行動にせよ、備えはしておくに越したことはない」
無理にまとめようとせず、それでも自然と“道筋”を示すような言い方だった。
団員たちはそれぞれに頷きながら席を立ち、談話スペースを後にしていく。
ルカが口元を引き結びながら「ちょっと走ってくる」と言い、マオは黙ってメモ端末を確認していた。
俺もまた、立ち上がりかけた体を一瞬止める。
クラフターとしてやるべきことは、明確だ。
だけどその一歩先にある“何か”――それはきっと、今こうして、誰かを見つめることでしか得られないのだと思う。
――――――
談話スペースを出たあと、俺は作業場の方へと足を向けた。
ルカのブーツ、ダリルの肩当て、セレナの魔導プレート……整備を依頼されていた装備の一部は、すでに処置を終えているが、まだ幾つか手をつけていないものもある。
作業机の前に立ち、ふと手に取ったのは、ルカのブーツだった。
魔力導膜の補強は済んでいる。
けれど、もう一度、縁の滑り止めを確認したくなった。
(あの口ぶりだと……きっと、近いうちに本気で森に行くつもりだろうな)
無鉄砲に見えて、意外と状況判断はできるタイプだ。
でも、勢いが先行することもある。
滑った一瞬が、命取りになる世界だ。
たとえ本人がそれを意識していなくても、俺には――わかる。
装備を通して、仲間の考えや癖が、少しずつ伝わってきているのだ。
「おつかれー。ダイトくん、真面目モード入ってる?」
背後から声がして振り返ると、ユイナが立っていた。
「……あ、はい。ちょっと気になるところがあって」
「うんうん、いいねいいね。そうやって手を抜かないの、見てて気持ちいいよ」
笑いながら近づいてきたユイナは、作業台の端に軽く腰をかけると、俺の様子をのぞき込むようにして言った。
「さっき、すごい真剣な顔してたからさー、もしかしてまた“責任感メーター”上がってるかなーって」
「え、ああ……そう見えてました?」
「うん。バレバレ。そりゃそうだよね、あんな空気の後だもん」
ユイナは、ふぅと息を吐いて天井を見上げる。
「でも、ダイトくんってえらいよね。自分が発言してなくても、周りちゃんと見ててくれてさ。なんか、あの空間の“奥行き”を保ってくれてた感じがする」
「……奥行き、ですか?」
「うん。意見ぶつかると、つい視界狭くなるでしょ?でもダイトくんみたいに、“言葉じゃない部分”で場を支えてくれる人って、めちゃくちゃありがたいのよ。本人は気づいてないだけで」
冗談めかしていたが、どこか本気の響きがあった。
「……そうだといいんですけど。俺、まだ何にもできてないし……たとえば、装備に不備があったせいで誰かが怪我したらとか、整備ミスだったらとか、考え出すと止まらなくて」
「んー、それはねー、ちゃんと“仲間のこと考えてる証拠”だから。悩んで当然だと思うよ」
ユイナはそう言って、俺の手元をちらりと見やった。
「これ、ルカの?」
「はい。滑り止め、ちょっと厚くしてみました。突撃スタイルなんで、念のため……」
「へぇ~、いいね!そういうの、私すっごく好き」
ユイナはぽんぽんと俺の肩を軽く叩いた。
「ね、せっかくだし今度、私の剣も診てよ。けっこう使い込んじゃってるからさー」
「……いいんですか?」
「もちろん。ダイトくんの整備、みんなに好評なんだから、もっと自信持って!」
そんなふうに言われると、むずがゆしさと、その奥にほんの少しだけ、安心が芽生えたような気がした。
「……ありがとうございます」
「いえいえ〜。じゃ、私はこれから補給係と打ち合わせしてくるね。何かあったらまた呼んで〜」
手をひらひらと振りながら、ユイナは作業場を出ていった。
この世界に慣れたからか、そもそも最初が無理をしていたか――ついそう思ってしまうほど、頼りになるのが今の彼女だ。
その背中を見送りながら、俺は再び視線を手元のブーツに戻す。
……怖さはある。
でも、それ以上に、誰かのために“ちゃんとしたものを作る”という想いが、確かに自分の中にあることに気づいていた。
(大丈夫。俺は俺にできることをやればいい)
もう一度、工具を手に取る。
滑り止めの縁を、少しだけ丁寧に仕上げ直していく。
そんな風に整備を続け、日が少し傾き始めた頃、クラブハウスの一階に設けられたロビーに足音が響いた。
「おーい、ダイトいるか?」
聞き慣れた低い声に顔を上げると、入り口から入ってきたのは――エドさんだった。
その背後には、くまの着ぐるみ姿のノラさんもついてきている。
「あれ、今日もふたりで?」
「素材納品のついでにな。そっちの用事も兼ねて、顔出しに来た」
「というわけで〜!くまちゃん参上っ!」
ノラさんがぽふっと両手を振り上げて挨拶する。
そのテンションの高さに、少しだけ空気が和らいだ気がした。
だが――エドさんの表情は、いつになく渋い。
「……何か、あったんですか?」
「ああ。お前にも関係ある話だ」
エドさんは短くうなずきながら、ロビー脇の小テーブルに腰を下ろす。
俺とノラさんもその向かいに座ると、彼は鞄から紙束を一枚取り出して机に置いた。
「南の森で、薬師ギルドの一団が襲撃された」
「……!」
思わず身を乗り出す。
「薬師は三人。そのうち二人が軽傷、もう一人は何らかの魔道器の影響で意識不明。現場は、お前が数日前に導草を採取してたあたりに近い」
「……そんな」
あの静かな森で、そんなことが起きたなんて。
「しかも、襲撃相手が落としていった魔導器に、“閃光瓶の反応痕”があったらしい」
「……っ!」
エドさんの言葉が胸を刺す。
「まだ断定じゃない。魔導器そのものが破損してるし、分析も時間がかかる。ただ――中央調整課が動き始めてる」
「中央調整課……」
昨日、ユイナから聞いた名だ。
聞いた話では、薬師ギルドの中でも、特例や事故案件を扱う監察的な部署らしい。
「で、お前に話が来るかもしれない。提出した《閃光瓶の破片》との照合結果次第では、“関係者”として聞き取りが入る可能性がある」
「……了解です」
自然と背筋が伸びるのを感じた。
逃げるつもりはない。
けれど、それは決して軽いことじゃない。
「こっちでもできる限り手は打つ。ただ、あのアイテムがどこから出回ってるか、まだはっきりしねぇ。今のうちに、心の準備だけはしておけ」
エドさんはそう言って、手元の紙束を折りたたんだ。
横でノラさんが、いつになく神妙な顔でぽつりとつぶやいた。
「……“閃光瓶”、やっぱり、ただのクラフト品じゃないんだね」
「たぶんな。危険物指定もされてないし、調合法も流通してない。完全な“匿名クラフト”か、あるいは渡り人絡みの試作品だろう」
「渡り人……ですか」
自然と、視線が手元のポーチへと落ちた。
あのとき、俺のアイテムボックスにいつの間にか入っていた《閃光瓶》。
助けてくれたあの女性クラフターと、事件との間に、何らかの繋がりがあるのか。
それとも、彼女自身が――
「……これから、どうなるんでしょうか。俺たち」
小さく、漏れた言葉に、エドさんは少しだけ視線を落とした。
「わからねぇ。ただ、お前がその“答え”に近づきつつあるのは、間違いない」
「うん。ダイトくん、気をつけて。私たち、応援してるから」
ノラさんの声は、いつものように明るかったけれど、そこに確かな真剣さがあった。
団員たちは今、魔獣の動向で揺れている。
ギルド内部でも、対立の気配が少しずつ膨らんでいる。
そして俺の周囲では、また別の“何か”が動き始めている。
全部が、ひとつの点で繋がる日が来るのかもしれない。




