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VOIDLINE:断絶の幻想――死んだら終わりのVRMMOで、俺は薬師として生きる  作者: すいまる


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18/19

18.方向性の違い

 ――《VOIDLINE》三十三日目、正午過ぎ。


 《火群》のクラブハウス二階、談話スペース。


 テーブルを囲むようにして、八名の団員たちが集まっていた。

 窓から差し込む陽の光はまだ強いが、室内の空気には妙な重さが漂っている。

 きっかけは、とある依頼だった。


「だからさ、こんな時こそ行動あるのみでしょ。依頼は受けられるわけだし、私たちも南側の森に行くべきだって」


 テーブルの端で声を上げたのは、ルカだった。

 背筋を反らし、両手を腰に当てながら、どこか挑戦的な笑みを浮かべている。


 そう、とある依頼とは、昨日魔獣の爪痕を見つけたという街の南側にある森の調査。

 《火群》でも受注は可能だが、実際に受けるとなると話は別だ。


「賛成。あんまり様子見てばっかじゃ、他の団に先越されるぜ。うちの《火群》って、そういうスタンスじゃなかったはずだろ?」


 続けて声を上げたのはダリル。

 筋肉質な体格のせいか、ひと言ひと言に重みがある。


「……でも、それは少し急ぎすぎじゃない?」


 テーブルの中央寄り、セレナが眉根を寄せて反論する。

 落ち着いた口調ではあるが、その声には確かな警戒心が滲んでいた。


「その依頼って、どれも“観察系”か“接触回避”って書かれてるでしょ?本格的な討伐依頼が出てないってことは、ギルド側もまだ状況を見極めてるってことよ」

「僕もセレナさんに同意です。目撃自体は何件かあるみたいですけど、まだ明確な傾向が出てるとは言えませんから……」


 静かに補足するように言ったのはマオ。

 自分に自信がないのか普段は多くを語らないが、分析に長けていて、情報の扱いには慎重だ。


「だからって、手をこまねいてるのも違くない?」


 ルカが肩をすくめて反論する。


「現場に出ないと分からないこともあるし、私たちが様子見てる間に誰かが犠牲になったら、後悔するのはこっちなんだよ?」

「でも、無理に出て犠牲になるのも同じことよ」


 セレナの言葉に、ルカがむっと口を閉じる。


 空気が、ぴりつく。

 言い合いというほどではないが、明らかに温度の異なる意見同士がぶつかり始めていた。


 そんな中――


「ねぇねぇ、ちょっとだけ、いい?」


 穏やかな声が、空気の綻びを縫うように差し込んだ。


 発言したのは、ユイナだった。

 手を軽く上げ、視線を一人ひとりに向けながら、場をなだめるような微笑みを浮かべている。


「たぶん、どっちの意見も正しいと思うの。だから、今ここで決めきらなくてもいいんじゃないかな?」


 場に沈黙が広がる。


「情報を整理して、必要な準備をしつつ、様子を見ながら動く。慎重すぎず、無謀すぎず。……そういう判断も《火群》らしさだと思うんだ」


 言葉を急がず、誰かを否定せず、でも確かに場の軸を整えていく。


 その姿は、まるで“焚き火を囲む火番”のようだった。


 俺――ダイトは、少し離れた席からその様子を見ていた。


 誰かが声を荒げたわけでもない。

 誰かが泣き出したわけでもない。

 ただ、言葉の奥に、熱と不安が混ざっているのがわかる。


 仲間たちはそれぞれ、自分なりにこの状況と向き合おうとしている。


 ルカの言う“行動”も、セレナの言う“慎重さ”も、どちらも誰かを守るための視点であり――その中で、ユイナは絶妙なバランスで立ち回っていた。


(……すごいな)


 思わず、そんな言葉が口の中に浮かぶ。


 俺にはまだ、あんなふうに場を支えることはできない。

 けれど――クラフターとして、別の形で仲間を支えることはできるはずだ。


 そして、場の静けさを見計らったように――


「よし。今日はここまでにしようか」


 テーブルの奥に腰をかけていたハヤトさんが、静かに口を開いた。


 団長らしく、威圧するでもなく、けれど芯の通った声だった。

 その一言で、空気がすっと落ち着きを取り戻す。


「どっちの意見も理解できるし、どっちも大事な視点だと思う。……だから、ユイナの言う通り、今後の方針は、情報がもう少し揃ってから正式に決めよう。個別の行動も制限はしないけど、必ず報告は入れてくれ」


 彼は一度だけ目を伏せ、そして全員を見渡した。


「それと――今のうちに、装備の点検と補給も見直しておいてくれ。調査にせよ行動にせよ、備えはしておくに越したことはない」


 無理にまとめようとせず、それでも自然と“道筋”を示すような言い方だった。


 団員たちはそれぞれに頷きながら席を立ち、談話スペースを後にしていく。

 ルカが口元を引き結びながら「ちょっと走ってくる」と言い、マオは黙ってメモ端末を確認していた。


 俺もまた、立ち上がりかけた体を一瞬止める。


 クラフターとしてやるべきことは、明確だ。

 だけどその一歩先にある“何か”――それはきっと、今こうして、誰かを見つめることでしか得られないのだと思う。



――――――



 談話スペースを出たあと、俺は作業場の方へと足を向けた。


 ルカのブーツ、ダリルの肩当て、セレナの魔導プレート……整備を依頼されていた装備の一部は、すでに処置を終えているが、まだ幾つか手をつけていないものもある。


 作業机の前に立ち、ふと手に取ったのは、ルカのブーツだった。


 魔力導膜の補強は済んでいる。

 けれど、もう一度、縁の滑り止めを確認したくなった。


(あの口ぶりだと……きっと、近いうちに本気で森に行くつもりだろうな)


 無鉄砲に見えて、意外と状況判断はできるタイプだ。

 でも、勢いが先行することもある。


 滑った一瞬が、命取りになる世界だ。

 たとえ本人がそれを意識していなくても、俺には――わかる。


 装備を通して、仲間の考えや癖が、少しずつ伝わってきているのだ。


「おつかれー。ダイトくん、真面目モード入ってる?」


 背後から声がして振り返ると、ユイナが立っていた。


「……あ、はい。ちょっと気になるところがあって」

「うんうん、いいねいいね。そうやって手を抜かないの、見てて気持ちいいよ」


 笑いながら近づいてきたユイナは、作業台の端に軽く腰をかけると、俺の様子をのぞき込むようにして言った。


「さっき、すごい真剣な顔してたからさー、もしかしてまた“責任感メーター”上がってるかなーって」

「え、ああ……そう見えてました?」

「うん。バレバレ。そりゃそうだよね、あんな空気の後だもん」


 ユイナは、ふぅと息を吐いて天井を見上げる。


「でも、ダイトくんってえらいよね。自分が発言してなくても、周りちゃんと見ててくれてさ。なんか、あの空間の“奥行き”を保ってくれてた感じがする」

「……奥行き、ですか?」

「うん。意見ぶつかると、つい視界狭くなるでしょ?でもダイトくんみたいに、“言葉じゃない部分”で場を支えてくれる人って、めちゃくちゃありがたいのよ。本人は気づいてないだけで」


 冗談めかしていたが、どこか本気の響きがあった。


「……そうだといいんですけど。俺、まだ何にもできてないし……たとえば、装備に不備があったせいで誰かが怪我したらとか、整備ミスだったらとか、考え出すと止まらなくて」

「んー、それはねー、ちゃんと“仲間のこと考えてる証拠”だから。悩んで当然だと思うよ」


 ユイナはそう言って、俺の手元をちらりと見やった。


「これ、ルカの?」

「はい。滑り止め、ちょっと厚くしてみました。突撃スタイルなんで、念のため……」

「へぇ~、いいね!そういうの、私すっごく好き」


 ユイナはぽんぽんと俺の肩を軽く叩いた。


「ね、せっかくだし今度、私の剣も診てよ。けっこう使い込んじゃってるからさー」

「……いいんですか?」

「もちろん。ダイトくんの整備、みんなに好評なんだから、もっと自信持って!」


 そんなふうに言われると、むずがゆしさと、その奥にほんの少しだけ、安心が芽生えたような気がした。


「……ありがとうございます」

「いえいえ〜。じゃ、私はこれから補給係と打ち合わせしてくるね。何かあったらまた呼んで〜」


 手をひらひらと振りながら、ユイナは作業場を出ていった。

 この世界に慣れたからか、そもそも最初が無理をしていたか――ついそう思ってしまうほど、頼りになるのが今の彼女だ。


 その背中を見送りながら、俺は再び視線を手元のブーツに戻す。


 ……怖さはある。

 でも、それ以上に、誰かのために“ちゃんとしたものを作る”という想いが、確かに自分の中にあることに気づいていた。


(大丈夫。俺は俺にできることをやればいい)


 もう一度、工具を手に取る。

 滑り止めの縁を、少しだけ丁寧に仕上げ直していく。


 そんな風に整備を続け、日が少し傾き始めた頃、クラブハウスの一階に設けられたロビーに足音が響いた。


「おーい、ダイトいるか?」


 聞き慣れた低い声に顔を上げると、入り口から入ってきたのは――エドさんだった。

 その背後には、くまの着ぐるみ姿のノラさんもついてきている。


「あれ、今日もふたりで?」

「素材納品のついでにな。そっちの用事も兼ねて、顔出しに来た」

「というわけで〜!くまちゃん参上っ!」


 ノラさんがぽふっと両手を振り上げて挨拶する。

 そのテンションの高さに、少しだけ空気が和らいだ気がした。


 だが――エドさんの表情は、いつになく渋い。


「……何か、あったんですか?」

「ああ。お前にも関係ある話だ」


 エドさんは短くうなずきながら、ロビー脇の小テーブルに腰を下ろす。

 俺とノラさんもその向かいに座ると、彼は鞄から紙束を一枚取り出して机に置いた。


「南の森で、薬師ギルドの一団が襲撃された」

「……!」


 思わず身を乗り出す。


「薬師は三人。そのうち二人が軽傷、もう一人は何らかの魔道器の影響で意識不明。現場は、お前が数日前に導草を採取してたあたりに近い」

「……そんな」


 あの静かな森で、そんなことが起きたなんて。


「しかも、襲撃相手が落としていった魔導器に、“閃光瓶の反応痕”があったらしい」

「……っ!」


 エドさんの言葉が胸を刺す。


「まだ断定じゃない。魔導器そのものが破損してるし、分析も時間がかかる。ただ――中央調整課が動き始めてる」

「中央調整課……」


 昨日、ユイナから聞いた名だ。

 聞いた話では、薬師ギルドの中でも、特例や事故案件を扱う監察的な部署らしい。


「で、お前に話が来るかもしれない。提出した《閃光瓶の破片》との照合結果次第では、“関係者”として聞き取りが入る可能性がある」

「……了解です」


 自然と背筋が伸びるのを感じた。

 逃げるつもりはない。

 けれど、それは決して軽いことじゃない。


「こっちでもできる限り手は打つ。ただ、あのアイテムがどこから出回ってるか、まだはっきりしねぇ。今のうちに、心の準備だけはしておけ」


 エドさんはそう言って、手元の紙束を折りたたんだ。


 横でノラさんが、いつになく神妙な顔でぽつりとつぶやいた。


「……“閃光瓶”、やっぱり、ただのクラフト品じゃないんだね」

「たぶんな。危険物指定もされてないし、調合法も流通してない。完全な“匿名クラフト”か、あるいは渡り人絡みの試作品だろう」

「渡り人……ですか」


 自然と、視線が手元のポーチへと落ちた。

 あのとき、俺のアイテムボックスにいつの間にか入っていた《閃光瓶》。

 助けてくれたあの女性クラフターと、事件との間に、何らかの繋がりがあるのか。


 それとも、彼女自身が――


「……これから、どうなるんでしょうか。俺たち」


 小さく、漏れた言葉に、エドさんは少しだけ視線を落とした。


「わからねぇ。ただ、お前がその“答え”に近づきつつあるのは、間違いない」

「うん。ダイトくん、気をつけて。私たち、応援してるから」


 ノラさんの声は、いつものように明るかったけれど、そこに確かな真剣さがあった。


 団員たちは今、魔獣の動向で揺れている。

 ギルド内部でも、対立の気配が少しずつ膨らんでいる。

 そして俺の周囲では、また別の“何か”が動き始めている。


 全部が、ひとつの点で繋がる日が来るのかもしれない。



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