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VOIDLINE:断絶の幻想――死んだら終わりのVRMMOで、俺は薬師として生きる  作者: すいまる


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16/19

16.深まる《閃光瓶》の謎

 ――深夜2時過ぎ、現実世界。


 部屋の照明は落としっぱなしで、『MindPort』のモニターの光だけがぼんやりと室内を照らしていた。


 《VOIDLINE》からログアウトした直後、俺は椅子に移動して、沈むように身を預ける。

 首筋を伝っていた汗が冷えて、少し寒気がした。


 テーブルに置いてあるモニターに映るのは、配信履歴の管理画面。

 淡いグラフが一か月分のログイン時間を視覚化してくれている。

 《VOIDLINE》を始めて、今日がちょうど三十日目だった。


「……ふぅ、200時間。ぴったり、か」


 達成率100.0%。

 数字だけ見れば合格。

 だが、これは“余裕のクリア”ではない。

 日を跨いでギリギリ滑り込んだ、綱渡りみたいな一ヶ月だった。


 それでも、どこか胸をなでおろしている自分がいる。


 ——これで来月も、続けられる。


 配信義務を果たせば、最低限の生活費が支給される。

 それがこのゲームのルールだ。

 プレイヤーであり続けるための、絶対条件。


 この一ヶ月間、暮らしの多くを《VOIDLINE》に投じてきた俺にとって、この数字は“生存証明”のようなものだった。


 冷めきったコンビニのパスタが、机の端にそのまま置かれていた。

 レンジで温める気力もなく、そのまま数口だけ食べて放置していた。


 スマホを手に取ると、通知が3件。

 妹からのLINEと、大学時代のグループトーク。

 それと、SNSのフォロー通知だ。


 まずは、妹からの未読メッセージ。


> 「兄ちゃん、ちゃんと寝てる?ていうか食べてる?

 今月って例のノルマだったよね?終わった?

 たまには返信ちょうだい」


 2日前のタイムスタンプ。

 既読すら付けられていなかった。


「……ごめん、遥香」


 ふと呟いた妹の名前は、誰にも届かない。


 グループトークには、誰かが面白動画のリンクを貼っていた。

 その前は、飲み会の写真。その前は、近況報告。


 どれも、俺がもう“いない場所”の会話だった。


 ふと、指がSNSアプリに触れた。


 《VOIDLINE》を始めたときに作った配信者としてのアカウント。

 フォローが一件増えていたが、誰かは確認しない。

 配信開始は告知するが、DMも開放していない。

 配信のコメント同様、なるべく目に入らないようにしているのだ。


 誰かの言葉が、心の支えになることもある。

 でも同じくらい、たった一言で、折れてしまうかもしれない。

 ムギさんのアドバイスのこともあるが、見ないと決めたのは自分自身だ。


 寝る前に、ポーチの中身を思い返す。

 導草と霧露花、そして、小瓶に入れた《ガラス片》。


 ――閃光瓶。


 あの破片に、あの日の出来事が重なって見える。

 ログアウトしても、記憶は消えない。

 むしろ、より鮮明に残る。


「……明日、ギルドに持って行こう」


 独り言のようにつぶやいて、布団に潜り込んだ。

 起きたら、また次のノルマに向けて《VOIDLINE》をプレイする日々が始まる。


 眠りは浅く、夢はなかった。



――――――



 ――《VOIDLINE》三十一日目・午前。

 薬師ギルド本館。


 朝食代わりの栄養バーをかじりながら、石造りの階段を上っていく。


 昨日の疲れは、まだ体の奥に残っていた。

 けれど、今日はどうしても――自分の手で、“確認”しなければならないことがある。


 受付で名前を告げ、提出物について説明すると、対応に現れたのは見覚えのない職員だった。

 初老のマウロさんでも、この前の女性職員でもない。

 切れ長の瞳に知性が宿る、若い女性だ。


 応対室へと案内され、改めて名札に目をやる。


【セリア・カンティス】


 年の頃は二十代後半。

 白衣の上から錬金装飾の腕輪を巻いているあたり、実務にも通じている薬師なのだろう。


「……《閃光瓶》の破片?どこで拾われました?」


 彼女は警戒を隠さず問いかけてきた。


「昨日、導林で。倒れていた薬師の方が、“仲間が瓶を使って爆ぜた”と……」


 俺は小瓶を慎重に取り出し、カウンターに置いた。

 セリアさんは無言のまま手袋をはめ、破片を魔導計測器の上に置く。

 光が脈打つように漏れ出し、淡く揺れた。


「……これは、一般流通品ではありませんね。素材の選定も、魔力痕も不規則です」

「やっぱり、普通の瓶じゃ……」

「それに……これ、最近どこかで見た記録があるような……」


 そう呟いたセリアさんは、何かを思い出したような表情で奥の部屋へと姿を消した。


 一人になった応対室で、俺は手持ちの素材と一緒に、調査申請の書類を黙々と記入する。


 十数分後、セリアさんが二冊の帳簿を手に戻ってきた。

 一冊は古く黄ばんだもの、もう一冊はごく最近更新されたもののようだった。


「やはり、ありました。《特殊事案登録番号:SZ-38》。昨年の秋、試作薬瓶の爆発事故が一件だけ。製作者名は“匿名”、登録も非公式。詳細不明のまま、処理されています」

「非公式……?」

「はい。正式なギルド経由ではなかったようです。……そしてもう一件」


 セリアさんは新しい帳簿をめくり、ページの一部を押さえながら、俺をじっと見つめる。


「つい先日、これと酷似した《閃光瓶》が持ち込まれた記録があります。登録者名は――“ダイト・ヤナグレイヴ”。……あなた、ですね?」


 一瞬、心臓が跳ねた。

 セリアさんの視線が、明らかに警戒と疑念の色を帯びていく。


 気まずい沈黙の中、俺は少し身を乗り出す。


「……本当に、偶然だったんです。導林で拾った瓶の近くに薬師らしき男性が倒れていて……その人を導林の外まで送ったんです」

「その男性の名前は?」

「……すみません、聞きそびれました」


 セリアさんは沈黙したまま、書類の束を手繰るようにめくっていく。

 やがて、わずかに眉をひそめた。


「……該当しそうな記録は、今のところありません。その話、本当ですよね?」

「……はい。本当です」


 答えた声には、自分でも分かるほどの自信のなさが滲んでいた。


「――分かりました」


 セリアさんはようやく頷き、声を落とす。


「この件、実は上層部でも扱いが分かれていて。公式記録では“参考資料”のまま。――原因不明のまま、追及が避けられているんです」

「避けられている……?」

「ええ。でも、今回のような提供があれば、再調査に繋がる可能性もあります。……ただ」


 そこで彼女の目が鋭くなる。

 ひりつくような警告が、その一言に込められていた。


「……今後、“別の部署”があなたに接触してくるかもしれません。そのときは、正直に答えてください。そして、慎重に行動を」 


 応対室を出ると、廊下の空気がほんの少し冷たく感じた。

 背後で閉じる扉の音が、やけに耳に残る。


 思わず振り返ってしまった自分が、少しだけ情けなかった。

 けれど――


(……誰かが、見てるかもしれない)


 そんな考えが、頭から離れなかった。


 ポーチの中に眠る、小さな破片。

 あれはもう、ただのクラフト素材とは思えなかった。


(閃光瓶……いったい、何なんだ)


 胸の奥に残った疑問は、いつしか確信に変わり始めていた。



――――――



 クラブハウスに戻る頃には、日も高くなっていた。


 玄関を開けると、どこか焦げた香ばしい匂いが鼻をくすぐる。

 キッチンではルカがホットサンドメーカーと格闘していたらしく、食パンの端が黒く焦げているのが見えた。


「ダイト、おかえり。なんか疲れてない?」


 ルカがパンを皿にのせながら振り向く。


「……ちょっとだけ。薬師ギルドで、例の瓶の件を相談してきました」

「そうなんだ。で、どうだった?」


 俺は靴を脱ぎながら、少しだけ間を置く。


「……思ってた以上に、厄介かもしれないです」

「ふーん……そっか。まあでも、あんまり無理すんなよ?ちゃんと寝てる?食べてる?」

「はい、たぶん……」


 談話スペースに移動すると、ユイナが端末を手に連絡確認をしていた。


「ダイト。さっき、傭兵ギルドの掲示板に“素材の追加調査”って依頼が出てた。昨日拾った霧露花とか、反応が強かった場所……心当たりある?」

「……ありますよ。閃光瓶を拾った付近、明らかに魔力の濃度が違ってました。もしかしたら、何か残ってるかも」

「なら、午後か明日にでも再調査に行けるか装備とかアイテム状況を確認しておいて。素材依頼の名義は“中央調整課”になってた。いつもと違う部署」

「……中央」


 セリアさんが言っていた“別の部署”。

 偶然にしては、出来すぎている。


 ソファに腰を下ろし、アイテムボックスの中身を確認する。

 導草と霧露花の予備。

 そして、きらめく小さな破片を収めた瓶が少し。


 それを見つめながら、胸の奥に浮かび続ける疑問には、まだ答えは出なかった。


(ただの素材じゃない……なら、何のために?誰のために?)


 視線を窓の外へ移すと、風に揺れる草花の向こうに、どこか遠い光がかすかにきらめいた気がした。



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