1.配達された未来
※この小説は、フィクションです。
※本作品は、カクヨム様にも同時投稿しております。
※今後の展開予想等の感想・誤字修正は大歓迎です!(批判コメや過度な指摘コメなど、作品にとってマイナスなコメントは、作者のモチベーション維持のため削除する場合がありますので、予めご了承ください)
ピンポーン
「こんちはーっ」
若い男の声がインターホン越しに響く。
(来た……)
時刻は午後二時を少し過ぎたところ。
今日は、待ちに待った“あの荷物”が届く日だ。
「はーい、今行きます!」
ベッドから勢いよく立ち上がり、小走りで玄関へ向かう。
物が多いながらも整理された八畳一間の部屋。
一人暮らしの俺には、十分すぎる広さだ。
「はーい!」
そう言って扉を開けた瞬間、外の光が目に飛び込んできた。
(うわ、眩しい……)
閉め切ったカーテンのせいで薄暗かった室内とのギャップに、思わず目を細める。
「こんちはっ、柳大都さんで合ってます?」
「はい――」
作業着姿の若い配達員。
チャラそうな見た目だが、ハキハキしていて悪い印象はない。
「これを一人で……?」
「はいっ、慣れてるんで大丈夫っす!」
額の汗を拭いながら、彼は胸を張る。
彼の隣には、台車に載った、人がすっぽり入りそうな大きな箱。
細身な彼だが、見た目に反して力持ちらしい。
「じゃあ、運び入れますねー。色々設定もあるんで」
俺の返事も待たずに、彼は靴を脱いで家に上がり込んできた。
突然の行動に驚いたが、事前に片付けておいたので問題はない。
「電気、つけますねー」
これまた俺の返答を聞く前に、部屋に明かりが灯る。
床のホコリがちょっと気になった。
もう少し掃除しておけばよかったか。
「こっちまでお願いしますー」
「あ……はい」
立ち位置が入れ替わり、今度は彼が玄関で俺を待ち構えている。
俺も手伝うのかよ、と思ったが、言われるがまま、台車ごと玄関の中へ押し込む。
「ここからは任せてください!」
よいしょと声をかけて、大きな箱を軽々と持ち上げる男。
台車に載せていてもかなりの重さを感じたが、思わず見とれるほどの手際の良さだ。
「この辺でいいっすか?」
「あ、はい。そこにお願いします」
テーブルを片付けて確保したスペースに、大きな箱が置かれる。
隣にはセミダブルのベッド。
部屋は少し狭くなったが、これも想定の内だ。
「ちゃんと見といてくださいね。作業が終わったらサインもらうんで」
梱包を解きながら、彼が言う。
中から現れたのは、酸素カプセルのような形をした機械――最新型のフルダイブゲーム機『MindPort』である。
「最近、多いんすよねー」
配線や管を迷いなく繋いでいく姿は、まさにプロ。
色々な機能が取り付けられている『MindPort』は、設置に技術者の力が必須だ。
「お兄さんも、“あのゲーム”に当選した口っすか?」
「ええ、まぁ……運良く当選して」
「うらやましいっすよ!最近配信で観てるんすから!」
倍率が高く、遊びたくても遊べない人が続出しているゲーム。
俺は、少し誇らしい気持ちになる。
“あのゲーム”とは、《VOIDLINE:断絶の幻想》。
今もっとも注目されている、フルダイブ型のファンタジーMMORPGだ。
「配信、やるんすよね?」
「……はい。ルール、ですからね。初めてなんで緊張しますけど」
「初配信っすか?大丈夫っすよ!俺、絶対観ますから!」
明らかなお世辞に、俺は思わず苦笑いする。
特に最初の方は見るに堪えない配信になりそうだし、そもそも彼の配信者の好みと俺は違うだろう。
――しかし、そう。配信。
このゲームをプレイするときには、『Magical Tube』という専用の動画配信サイトで常に生配信を行うことが義務付けられている。
人と関わるのが得意とは言えない俺だが、今回のこればかりは避けて通れない。
ここで、《VOIDLINE》について、少しだけ紹介しておこう。
発売から一年以上が経過しても、その人気は衰えるどころか、ますます加速――動画サイトでの視聴者数も日々更新され、配信ランキングの常連となっているこのゲーム。
フルダイブ型ゲーム機の性能を限界まで引き出したその完成度と、ファンタジーMMORPGという人気ジャンル――それだけでも注目に値するが……
それ以上にプレイヤーを惹きつけているのは、他のゲームにはない独自性にある。
その独自性を形作るのが、次の三つのルール。
一、《VOIDLINE:断絶の幻想》の世界には、同時に2000人までしか登録できない。
二、ゲーム内で一度でも死ねば、復活できない。
三、必ず配信をしながらプレイしなければならない。
冷静に見れば、かなり過酷なルールだ。
だが、この背景には《VOIDLINE》が対応しているフルダイブゲーム機『MindPort』ならではの事情がある。
『MindPort』は、現代技術の粋を集めた究極のゲーム機だ。
五感の再現はもちろん、現実と区別がつかないほどの没入感を実現し、さらに、現実の食事や排泄など生命活動までを自動で管理してくれるという、まさに“理想の仮想世界”を体現する存在。
ただし、夢のような性能には、それ相応の対価が必要である。
『MindPort』の価格は、発売から数年が経った今なお、およそ50万円。
ゲーム好きでも、気軽に出せる価格ではない。
もちろん、それでも買う人はいる。
現実よりもリアルな“幻想”に魅せられた熱心なゲーマーたちが、全国に――いや、世界中に存在するからだ。
とはいえ、ゲーム会社にとっては頭の痛い問題もある。
というのも、『MindPort』は台数が出回りにくいうえに、開発費も法外なほどに膨らむ。
ゲームが“売れる”だけでは、会社の利益に直結しづらいのだ。
そこで生み出されたのが、あの三つのルールというわけだ。
登録人数をあえて制限し、プレイヤーの死をゲームからの永久離脱に設定し、さらに配信を義務化――。
コンテンツとしての価値を最大限に高め、限られたユーザー数でも利益を出せる仕組みを作り上げた。
そうして誕生したのが、《VOIDLINE》。
“ゲーム”でありながら、“コンテンツ”としても異常なまでの完成度を誇る、常識外れの異端作だ。
「お兄さん、お仕事は?」
「……辞めました。思い切って」
「おぉ~!お兄さん、思ったよりやるッスね!まあ、でも……そうか」
何が思ったよりなのかは気になるが、ともかく男は納得したように何度か頷いている。
「ノルマがありますからね」
「ああ、月200時間、でしたっけ?かーっ、すごい!」
男が顔をしかめて言う。
ノルマとは、《VOIDLINE》のプレイヤーに課される“月200時間の配信義務”のこと。
ゲームとはいえ、1日平均で7時間近くの生配信となれば、体力的にも精神的にも楽なものではない。
彼のリアクションにも納得だ。
俺がもともと勤めていたのは、新卒で入った会社。
そこそこ名の知れた企業で、勤務歴も四年。
大きな不満があったわけではないが、最低限の生活はゲーム会社が保障するという話を聞いて、思い切って退職を決めたのだ。
「さ、設定終わったッスよ。一通り読んで、問題なければサインお願いするッス」
雑談の間に作業を終えていたようで、男はタブレットを差し出す。
俺は画面の内容を確認し、サイン欄に自分の名前を記入した。
「ありがとうございます!じゃ、自分は次があるんで!」
タブレットを受け取り、サインを確認した男は、軽く手を振って玄関へ向かうと、勢いよくドアを開けて去っていく。
(……嵐みたいなやつだったな)
再び訪れた静寂の中で、俺は思わずひとりごちる。
目の前に残ったのは、夢にまで見たゲーム機『MindPort』だ。
「ついに、遊べるのか……」
《VOIDLINE》への応募は、タイトルが発表された直後だった。
公式トレーラーを見て衝動的に申し込み、その後にルールを確認して驚愕したのだが、もちろん後悔はしていない。
心が沸き立つようなワクワクと、これからの生活を思うドキドキ。
ノルマをこなし、生計を立てるためにも――
本当に、“このゲームの中で生きていく”覚悟が必要だ。
――――――
【Side:運営】
多数のモニターが煌々と光を放ち、最新鋭のコンピューターが低く唸りを上げる、無機質なサイバールーム。
その中央にあるガラス張りのデスクを挟み、大人の男がふたり、静かに会話を交わしていた。
「……今日から、3期がログイン開始ですね?」
問いかけたのは、若いほうの男。
スーツの襟元を緩め、画面に映し出されるプレイヤー一覧に視線を落とす。
「あぁ、200人。予定通りだ」
年長の男が短く頷く。
その口調には、期待と不安が入り混じった複雑な色が滲んでいた。
このゲーム――《VOIDLINE》は、同時に2000人までしか登録できない。
しかも一度ゲーム内で死ねば、そのキャラクターは完全にロストし、二度と戻ることはない。
だからこそ、命のやり取りに似た緊張感があり、そこに視聴者は熱狂するのだ。
「2期の動きは見応えがありましたが……」
「だが、その分、消耗も激しかった。想定より50名も多くキャラロストが出たからな。バランスの調整は……本当に難しい」
苦々しげにそう呟いた男の前では、今まさにログイン待機状態の“3期プレイヤー”たちが、仮想サーバー上に集まっている。
選び抜かれた応募者たち――だが、どれほどの者が“最後まで生き残れる”かは、誰にも分からない。
「慎重に動かれるのも困りますし、かといって視聴数狙いで突飛な行動をされても……」
このゲームは、ただの娯楽ではない。
生配信が義務付けられたこの世界で、視聴者の興味と熱狂が利益を生む構造になっている。
運営がもっとも恐れているのは、“停滞”――何も起きず、何も変わらない状態が続くことだ。
同接はピーク時に30万人を超える。
大手ストリーマーの影響もあるが、それだけではバブルは維持できない。
ドラマが要る。
興奮が、涙が、裏切りが――“生きている”と感じられる何かが。
「本当に……大丈夫なんだろうな?」
「ええ。今回も、選りすぐりの連中を送り込みました。それに3期には“あいつ”もいますから」
「あぁ……」
このゲームの主役は、あくまでプレイヤーだ。
運営は舞台を整え、ルールを敷くだけ。
その上で彼らが命を懸けて生きることでこそ、物語が動き出す。
「……ところで介入の目処は、まだなんだな?」
「――はい。正直、数ヶ月は難しいかと」
予想された答えに、椅子の背に沈み込んだ男がひとつ、深く息を吐く。
いま運営ができるのは、“死んだ者”の代わりに“生きる者”を補充することだけ。
サービス開始後と違い、全てはプレイヤーの腕にかかっている。
時計の針は、定時をとうに過ぎている。
だがこの部屋で、椅子が空になることは決してない。
ドラマは、まだ始まったばかりなのだ。
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