2話
とりあえず椅子に座り腕を組む。
反田にとってこの態勢が一番落ち着く。
「よし、まず学級委員長やりたい奴いるかいな」
窓際に置いてあるイスに座った一原が言う。それと同時ににぎわっていた声は消えた。
その問いに誰もアクションを起こさない。面倒事を自ら引き受ける人はいない。
だから反田も腕組みを崩すことはしない。
だがその静寂もすぐに消えた。
「はい!」
この空気の中一人の少女が手を挙げた。
首まである髪を外巻きにして、艶のある明るめの茶色が特徴的な少女だ。
大きめな白いカーディガンがスカートのほとんどを覆い隠している。
真っすぐ伸びた背筋はまさに正しい姿勢そのものだ。後ろ姿だけでも人物像が浮かんでくる。
クラスの中心になる人というのは、まさしくこういう人なのだろう。
「誰も立候補しないなら私がやっちゃいますよー!」
少女はこういう場に慣れているのか顔を左右前後に向け、誰も手を上げないことを確認している。
「よし、じゃあ学級委員はお前で決定だ。自己紹介しとけや」
一原はすんなりと受け入れた。
「はい!」
真ん中より少し左後ろの席からその少女は歩き教卓の前に出た。
「初めまして、泡井真春です! 学級委員長やります! 好きな食べ物は……うーん、いっぱいあるけど特にモナカが好きです! ちょっと抜けてる部分もあると思いますけどよろしくお願いします!」
数人の拍手から音が大きくなっていった。
泡井が教壇から降りようとすると一原がそれを止める。
「次は学級副委員長だ。せっかくだからお前が仕切れ」
一瞬泡井は困惑の顔を見せるが、すぐに教卓の後ろに立った。
「それじゃあ、私が仕切っちゃいますよー。学級副委員長やりたい人いますかー?」
誰も手を上げない。その様子を見て泡井は提案をした。
「じゃあちょっと近くの人と喋っちゃってオーケーなので誰がやるか相談してください」
前の席のほうで誰かが話し始めたのを皮切りに教室全体が騒音に包まれる。
反田には無意味な時間だ。学級委員決めは冗長になる。
結局こうなるのならば、一原を無視して帰ったほうがよかった。
反田は視線を横に向ける。
隣の席がどんな人か確認しておこうと思ったからだ。
そこに座っていたのは真っ黒い長髪の少女だった。
揃えた前髪とコミュニケーションが苦手そうな良くはない目つき、真面目な生徒という感じだ。
制服は着崩していない。間違いなく成績はいいだろう。
一原は課題を出せと言っていた。反田一人で課題をすべてこなすことはできない。
それは前の一年どころか、小中高のすべてで証明されている。
課題を見せてくれる人が必要だ。今のうちに話しかけて繋がりを持っておくことは必須といえるだろう。
なんて声をかけようか、そう考えているうちに体は勝手に動いていた。
「おいお前」
少女の肩が上がる。少女は化け物を見るかのようにゆっくりと顔を反田へ向けた。
「な、なんですか」
その声色は警戒そのものだった。体をできるだけ反田から遠ざけている。
だがこれも想定内のことだ。反田から話しかけて良い顔をされたことはほとんどない。話しかけたほぼ全員がすぐにでも逃げ出したい顔をする。
当然のことだ。問題児と関わってメリットはないのだから。それにしても目の前の彼女はそれが露骨過ぎではある。
「学級委員をやらないのか」
「私ですか? 別にやらないですけど……」
「そうか」
反田は頭より体が動くタイプだ。だからこれ以上の会話が思いつかない。
間違いなく話す中身を考えてから行動に移すべきだった。だが意外にも向こうのほうから質問を投げかけられた。
「どうして靴を履いてないんですか?」
少女の視線は反田の足元に向いている。
「忘れたからだ」
素直に答えた。
「靴下もですか?」
「ああ」
「……」
少女が明らかに引いている。
会話が途切れようとしたそのとき、司会である泡井が声を出した。
「はい、それじゃあ話し合ったと思うので誰かやりたい人いますかー?」
さっきと同様に誰も手を挙げない。
「残念ですけどいないようですねー」
泡井がわざとらしく周りを見る仕草をする。そしてから後に言葉を付け加える。
「じゃあ、このままだと時間が過ぎるだけなので、私から指名という形でいいですよね!」
効率のいいやり方だ。学級委員長から指名をされれば断ることは難しい。入学したばかりならばさらにそれを加速させる。
「反田煤九さん、お願いします!」
すぐには自分の名前を呼ばれたことを自覚できなかった。
泡井を見ると視線が合う。どうやら呼ばれたのは勘違いではなかったようだ。
向こうは微笑むだけでなにも言わない。反田の返事を待っているのだろう。
「断る」
堂々と言う。頷くわけがない。
反田はなぜ自分が指名されたのか真意がわからなかった。反田は泡井と関りがないどころか今日初めて顔を見た。それでなぜ反田を指名することになる。
年上だからという線はないはずだ。留年するということはそれ相応の人間なのだから、むしろ悪い評価へ繋がるべきだ。
「いや、待て。せっかく指名されたんだ。とりあえず仮って形でお前が副委員長でいいだろうよ。異論ある奴いるかいな?」
一原が口をはさむ。
その提案に反対の手は上がらない。
当然だろう。自分が指名されなくて皆安堵しているに違いない。
反田は頑なに否定する気にはなれなかった。反田のことを知っている一原がやってみろと言うんだ。
学級副委員長という役職の枠埋め程度に考えているんだろう。ならば構わない。幽霊部員という言葉があるくらいだ。学級委員にもそういう存在があってもいいはずだ。
「よし、じゃあ学級委員長は泡井真春、副委員長は反田煤九に頼む。とりあえずこれでいくぞ」
反田の無言は肯定とされた。
滞りなく学級委員決めは終わった。