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1話

「お前、留年だ」


 修了式前日の夕方、二人だけの職員室にその言葉が響いた。

 留年。それを告げられた前髪を上げた男、反田(そりだ)煤九(すすく)が知っている留年の意味は一つしかない。

 同じ学年を繰り返す、そういう意味だ。

 頬がこけた男、一原(かずはら)は椅子に座ったまま机に置かれた用紙を見ている。

 数秒は沈黙が続いたが、深い溜息が静寂にひびを入れた。

 自分の返事を待っていることを悟った反田は、とりあえず言われたことを繰り返すことにした。


「留年だと?」


 一原は用紙から反田へ視線を移した。


「聞き返したいのは俺のほうだぃ。まさか留年なんてな」


 一原の呆れた表情を見るのは何回目かもわからない。

 ただ、これほどまでに疲れ切った様子を見るのは初めてのことだった。


「なぜだ」


 留年の理由は理解している。これは確認だ。

 反田が思い当たることと、一原から告げられることが合致しているかどうか。それをまず聞く必要があった。


「理由がわからない訳ないだろうよ。登校しなかったり、ふらりと学校来たかと思えばいつの間にかいなくなったりしてんだ。それが登校日の半分以上。反田、これは一、二点のおまけでどうにかなる範囲を超えてる」


 予想通りの回答だ。


「どうすればいい」


 これもまた答えが決まった質問だ。


「もう一回一年生をやれ」


 一原が顔を下に向けたまま呟くように言う。


「そうか」


 一年を繰り返す。超常現象的な意味ではなく現実的な意味で。

 面倒なことになった。それが初めに出てきた感想だった。

 もう一度一年生を繰り返すことで学年が上がるのならば問題はない。

 しかし、留年生だからという理由で特別な待遇がある訳ではない。実際は違くとも学校は平等を謳っている。 

 そうである以上、この一年と同様の生活はできない。

 そもそも反田が留年した原因は、高校も義務教育同様に一年が過ぎれば、自然に学年も上がるものだと認識していたことだ。

 留年など脅し文句の一つだと反田は本気で思っていた。


「正直、俺も適当だからよォ、担任としてお前に学校来いなんてまともに言ったことはなかった。それも最終的にちょっとぐらいなら俺が点数かさ増しすればいいとか考えてたからだが、お前レベルは無理があった」


 一原が机に置かれた紙を反田のほうへ雑に渡す。反田はそれを受け取り目を向ける。

 右上には「反田煤九」、その下には各科目の授業数と欠席数、その横から下にかけてテストの点数が表記されている。

 十四点、八点、十五点……。それが十教科以上続く。俗にいう赤点が見事に並んでいる。

 仮にこの数字が全て百であっても出席数が足りていなければ結局留年になるのだから、そういう意味では問題ではない。


「高校教師になって十四年、理由もなく留年なんて初めて見たぜ」

「俺もだ」

「当たり前だろうが」


 一原はその同意を受け流すと続けてこう言った。


「経験上、生徒の学年が上がればそれに準じて教師の担当学年も上がる。教師は一年で担当した生徒が卒業するまで世話をするって訳だ。お前とは来年から関わりがなくなるだろうよ。だからこの際言っておくがお前は傍から見る分には面白い。だが担任にとってはクソ野郎だ。本当のクソ野郎だ。精々次の担任からはそう思われないように頑張れやい」


 ほとんど悪口だ。とても教師の口から出たとは思えない。

 反田はそんな一原の言動には慣れている。それに言われるようなことをしている自覚もある。だからなんとも思わない。


「そうか」


 呼び出された理由は留年を告げるためだ。ならばもう用事は済んでいる。

 これ以上職員室で無駄話をする必要は皆無だ。

 反田は成績表から手を放した。

 ヒラヒラと不規則に揺れながら机に着地した。


「おいおいおい、もう少し焦れや。他人事じゃねぇんだぞ。まああれか、大体予想できてたか」

「ああ」

「そうかい。まあ、四月から第三者としてお前を見ることができる。お前という貧乏くじを引くのが誰か、見ものだな」


 その言葉が聞こえたときにはすでに、反田は一原へ背中を向けて歩き出していた。


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