ちょこっと番外編 あの日の桜の木の下で(八広視点)
番外編は本編の一年前。八広の入学式の日のお話です。
桜の花びらがはらはらと散る。今年は入学シーズンは晴天続きな上、桜の開花と重なって喜びひとしおですね、そんな風にお天気キャスターのお姉さんが言ってたっけ。俺の周りには真新しい制服姿の我が子の桜を撮ろうって親たちが躍起になっている。
どうせ咲くなら卒業式の頃が良かったな)
それならあいつと一緒に写真に写れたのに。受は大好きな幼馴染と高校は離れ離れになってしまった。攻は数日前に入学式を終え、有名進学校に入ったことだし早速授業で忙しくしているだろう。
(無事合格したら桜が咲く頃にまたあの場所に行こう、ってさ。約束忘れてるかもな)
高校に受かった時、誰にも言えないけど本当は全然嬉しくなかった。攻と一緒にいられない学校生活なんて、考えただけでもつまらない。このまま攻と疎遠になっていくのは嫌だ。寂しい、寂しいって胸が苦しくなる。だから攻の方から『受みたいに大事な人、高校にいって見つかるとは思えない。だからさ、受の第一第三日曜日、俺にくれない?』って言われた時、すごく嬉しかった。今週末早速遊ぶ約束はしているから、今日わざわざ会う必要もない、会う口実がないのがもどかしい。小さな頃からずっと入学卒業の写真は攻め一緒に写ってきた攻が隣にいないと、心にぽっかり穴が開いて、すーすー冷たい風が吹きこで来るような気分になる。今日もいつも攻が傍に居た立ち位置通りに何度も右側を向いてしまった。(入学初日から何考えてんだよ。こんなんで三年間やってけんのかよ)苦笑いしながらスマホを覗き込むと、そこに一枚の写真が送られてきていた。目にした受の顔がぱあっと明るく輝く。「母さん! 俺寄ると出来たから、先帰ってて」言うが早いか駆け出した。写真に映っていたのは狐の置物、赤い鳥居に桜の木。それからネイビーのブレザーの袖、腕時計の時間は今より一時間も前の時刻だ。
必死で走る。途中でレンタルサイクルにものる。簡単なヒントで辿り着いた神社は二人が合格祈願に訪れていた稲荷神社。赤い鳥居が奥へと連なる手前で、ブレザー姿が新鮮な攻が文庫本を片手に立っていた。
「おい、何で先にここに来てるって言わないんだよ」「あの写真だけで受ここに来れただろ」
「そうだけど」
涼やかな笑顔。前髪が春風に揺れる。桜の花びらがふわりと舞い上がる。なんだか一気に大人っぽく見えて、端正な顔に本気で見惚れてしまう。すると攻も眩し気な顔つきで受の頭の上に触れた。つんっと髪を引っ張ら
れる感覚。差しだされた指先には薄紅の花びら。「ついてたのか」「うん」言いながら攻は花びらごと手を握り、ポケットに突っ込んだ。なんで、といった顔で見上げたら「今日の、記念」と微笑まれた。「お前に気安くくっついてたから、なんか羨ましくなった」「変な奴。記念なら一緒に写真撮ろうぜ」「そうだな。その前にお参りしよう」あの日、離れ離れになる進路が嫌で、合格祈願と見せかけて本当は別の事を願っていた。(こいつとずっと一緒に仲良くいられますように)勉強と受験は自力で頑張ります。そっちを優先してください。そんな風に願ったからなのか、満開の桜に彩られた境内に、また攻と並んでくることができた。顔を上げて右側を見たら、攻はまだ手を合わせたままだ。顔を上げてこちらを見ながら階段を一緒に降りていく「お礼にしちゃ長くない?」なんて揶揄ったら、「まだ叶ってないことがあるから、またお願いしたんだ」「え? 何を?」聞き返したらさあっと風が吹いて梢がざわざわと音を立てる。攻が小さな声で「お前とずっと……」って呟いたけど風に声はかき消されて花びら事空高くへと流された。一年後に晴れて恋人同士になったけど、この時の事を攻めは「それは自分でこつこつ頑張れって神様に言われてる気がしたな」って笑ってた。一年後もまた同じ場所で写真を撮って、同じように祈る。この先もずっと二人で、仲良くいられますように。