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たんまりポップコーンを買い込んで、コーラをぐびぐび。
暗い上に公開から日が経ってる映画なせいか、劇場の座席の周りは隣も前も人がいない。一番後ろの席だからって、瑞貴がずっと手を繋いでくるのは卑怯だと思う。でもなんかちょっと、この席、策士のなこいつからの謀ごとの香りがする。
「八広、眠たい?」
「うん……、ちょっとな」
顔がくっつくんじゃないかって位置で囁く瑞貴の声は、心なしかいつもよりずっと甘くて身体にゾクゾク響くほどに低い。
たまに俺の手をひじ掛けから勝手に持ち上げて、手の甲にまでキスをかましてくる。なんだこいつ、俺の知ってる瑞貴じゃないぞ。どうしちゃったんだよ。頭にミモザの花でも詰まってるのか? ふわふわでキラキラで綺麗なやつ。なんて考えてしまってる俺も大分きてる。
なにしろ映画の内容なんて全然頭に入ってこない。そんな風に考えている傍から、瑞貴が俺の耳元に形のいい唇を寄せてまた囁いて来た。
「次、映画見るときはこっちの映画館じゃなくてさ、ショップモールの方行ってみる? カップルシートあるから」
「ま、まじか。瑞貴なんか浮かれてない?」
「そりゃ浮かれるよ。物心ついた時から好きだった人と恋人同士になれたんだよ」
「え、お前ずっと俺の事好きだったの?」
「……ずっと好きだったよ。むしろ好きじゃなきゃ、学校離れた幼馴染にここまでしつこくしないだろ」
「そうかあ?」
「はあ、八広のそういうとこ、本当に心配なんだよなあ。鈍感で」
小さい声でなんか言ってるけど、ちょうど映画のアクションシーンが始まって流石に聞こえない。
「なんかいった? 悪口だろ」
「共学の高校だし、バイト先も女の人が多いし。こんなに明るくて楽しくて可愛いんだ。みんな好きにならないはずがない」
「……あとでゆっくり聞くからな」
しんっと静かなシーンになった。主人公たちのシリアスなシーン。字幕に目を凝らしていたら目の前を腕が横切った。
「え、なんだよ……。んっ」
またもやキス。キャラメルポップコーンの甘い味。美味しくて、思わずペロッと瑞貴の唇を舐めたら、うっと唸って動きが止まった。
「……この、八広お前」
「なんだよ、仕方ないだろ。美味しいんだもん。お前のキス」
「あーもう、どうしよう」
「なんだよ」
クリーンが昼間の情景になって、背もたれに脱力するように凭れた瑞貴の顔も明るく照らされる。なんか照れて照れて仕方ないみたいな、珍しく落ち着きない動きをしててこっちもそわそわしてしまう。
「八広可愛すぎ……。あーもうどうしたらいいか分かんないな。好きすぎて、休み以外もずっと毎日会いたい。なんで俺たち、同じ高校じゃないんだろう」
ちょっと悔しそうな顔でぎゅっと目とか瞑ってるから、俺の方から手を握り返した。
「……じゃあさ、俺が毎日早起きするから、駅で会おうよ。ちょっとの時間だって、顔見たらさ。多分、毎日、楽しいよ」
「……それ名案。八広最高」
「だろ」
「ブレスレットつけて学校いってね」
今度はブレスレット事、手首の内側にキス。なんかくすぐったいし、ちょっとぞくっとくる。笑い出したくなって口元を押さえたら、余計にキスしてくるから、こいつほんと悪い奴。
「くすぐったいからやめろって。……まあ、うちの学校はゆるゆるだからブレスレットつけるぐらいいいけど、お前んとこは厳しいだろ?」
「まあそうだね。胸ポケットにいつもしまっていくよ。あーあ。本物も小さくしてポケットに入れて持ち歩けたらいいのに。そうしたら今日だって家に持って帰って、学校にも隠して連れて行くよ」
「なにそれ、瑞貴、面白すぎる」
なんて茶化したつもりだったのに、瑞貴は本気だったみたいで「ホムンクルスっていうのがあって。人造人間なんだけど、人も小さく作り替えられないのかな」とかまたとんでもないこと言いだした。
「小さくなったら、いつでもお前と一緒に居られるから、まあ、悪くないかも」
「でも大きな瑞貴にこんな風に触れられるだけで、嬉しいよ。夢みたいに」
優しい手つきで瑞貴が髪を撫ぜてくれる。ほっとしたら睡魔が襲ってきた。やっぱり夜更かしは良くない。ふわっと身体の上にあったかいものがかけられた。多分瑞貴のコートだ。もう一回、唇がふわふわっと甘くて柔らかなもので包まれる。
「おやすみ、八広」
「おやすみ」
お休み、瑞貴。夢の中でもお前に会えたら、俺の今日一日はずーっとずっと。幸せだって言えるよな。
短い間だけど、瑞貴と満開のミモザの木の下を散歩して歩く夢を見た。
幸せな夢だった。目が覚めたら周りはもう明るくって、みんな静かに劇場の出入口に向かって階段をおりている。
「楽しかった? ラストどうなった?」
って聞いたのにさ。瑞貴は肘掛に置いた腕に頭を乗っけてさ、小首を傾げてこういうんだ。
「さあ、どうなったんだろ?」
「え?」
「ずっと八広の寝顔を見てたから、俺も結末がわかんない」
そんなうっとりした顔で言われたらあーもう恥ずかしい。俺は両手で顔を覆って、でもなんか無性に嬉しくって、くすぐったいこの気持ちをとても落ち着けることが出来なくって。脚をジタバタさせることしかできなくなってしまった。
終




