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※※※     

              

 たんまりポップコーンを買い込んで、コーラをぐびぐび。

 暗い上に公開から日が経ってる映画なせいか、劇場の座席の周りは隣も前も人がいない。一番後ろの席だからって、瑞貴がずっと手を繋いでくるのは卑怯だと思う。でもなんかちょっと、この席、策士のなこいつからの謀ごとの香りがする。

「八広、眠たい?」

「うん……、ちょっとな」

 顔がくっつくんじゃないかって位置で囁く瑞貴の声は、心なしかいつもよりずっと甘くて身体にゾクゾク響くほどに低い。

 たまに俺の手をひじ掛けから勝手に持ち上げて、手の甲にまでキスをかましてくる。なんだこいつ、俺の知ってる瑞貴じゃないぞ。どうしちゃったんだよ。頭にミモザの花でも詰まってるのか? ふわふわでキラキラで綺麗なやつ。なんて考えてしまってる俺も大分きてる。

 なにしろ映画の内容なんて全然頭に入ってこない。そんな風に考えている傍から、瑞貴が俺の耳元に形のいい唇を寄せてまた囁いて来た。

「次、映画見るときはこっちの映画館じゃなくてさ、ショップモールの方行ってみる? カップルシートあるから」

「ま、まじか。瑞貴なんか浮かれてない?」

「そりゃ浮かれるよ。物心ついた時から好きだった人と恋人同士になれたんだよ」

「え、お前ずっと俺の事好きだったの?」

「……ずっと好きだったよ。むしろ好きじゃなきゃ、学校離れた幼馴染にここまでしつこくしないだろ」

「そうかあ?」

「はあ、八広のそういうとこ、本当に心配なんだよなあ。鈍感で」

 小さい声でなんか言ってるけど、ちょうど映画のアクションシーンが始まって流石に聞こえない。

「なんかいった? 悪口だろ」

「共学の高校だし、バイト先も女の人が多いし。こんなに明るくて楽しくて可愛いんだ。みんな好きにならないはずがない」

「……あとでゆっくり聞くからな」

 しんっと静かなシーンになった。主人公たちのシリアスなシーン。字幕に目を凝らしていたら目の前を腕が横切った。

「え、なんだよ……。んっ」

 またもやキス。キャラメルポップコーンの甘い味。美味しくて、思わずペロッと瑞貴の唇を舐めたら、うっと唸って動きが止まった。

「……この、八広お前」

「なんだよ、仕方ないだろ。美味しいんだもん。お前のキス」

「あーもう、どうしよう」

「なんだよ」

 クリーンが昼間の情景になって、背もたれに脱力するように凭れた瑞貴の顔も明るく照らされる。なんか照れて照れて仕方ないみたいな、珍しく落ち着きない動きをしててこっちもそわそわしてしまう。

「八広可愛すぎ……。あーもうどうしたらいいか分かんないな。好きすぎて、休み以外もずっと毎日会いたい。なんで俺たち、同じ高校じゃないんだろう」

 ちょっと悔しそうな顔でぎゅっと目とか瞑ってるから、俺の方から手を握り返した。

「……じゃあさ、俺が毎日早起きするから、駅で会おうよ。ちょっとの時間だって、顔見たらさ。多分、毎日、楽しいよ」

「……それ名案。八広最高」

「だろ」

「ブレスレットつけて学校いってね」

 今度はブレスレット事、手首の内側にキス。なんかくすぐったいし、ちょっとぞくっとくる。笑い出したくなって口元を押さえたら、余計にキスしてくるから、こいつほんと悪い奴。

「くすぐったいからやめろって。……まあ、うちの学校はゆるゆるだからブレスレットつけるぐらいいいけど、お前んとこは厳しいだろ?」

「まあそうだね。胸ポケットにいつもしまっていくよ。あーあ。本物も小さくしてポケットに入れて持ち歩けたらいいのに。そうしたら今日だって家に持って帰って、学校にも隠して連れて行くよ」

「なにそれ、瑞貴、面白すぎる」

 なんて茶化したつもりだったのに、瑞貴は本気だったみたいで「ホムンクルスっていうのがあって。人造人間なんだけど、人も小さく作り替えられないのかな」とかまたとんでもないこと言いだした。

「小さくなったら、いつでもお前と一緒に居られるから、まあ、悪くないかも」

「でも大きな瑞貴にこんな風に触れられるだけで、嬉しいよ。夢みたいに」

 優しい手つきで瑞貴が髪を撫ぜてくれる。ほっとしたら睡魔が襲ってきた。やっぱり夜更かしは良くない。ふわっと身体の上にあったかいものがかけられた。多分瑞貴のコートだ。もう一回、唇がふわふわっと甘くて柔らかなもので包まれる。

「おやすみ、八広」

「おやすみ」

 お休み、瑞貴。夢の中でもお前に会えたら、俺の今日一日はずーっとずっと。幸せだって言えるよな。

 短い間だけど、瑞貴と満開のミモザの木の下を散歩して歩く夢を見た。

 幸せな夢だった。目が覚めたら周りはもう明るくって、みんな静かに劇場の出入口に向かって階段をおりている。

「楽しかった? ラストどうなった?」

って聞いたのにさ。瑞貴は肘掛に置いた腕に頭を乗っけてさ、小首を傾げてこういうんだ。

「さあ、どうなったんだろ?」

「え?」

「ずっと八広の寝顔を見てたから、俺も結末がわかんない」

 そんなうっとりした顔で言われたらあーもう恥ずかしい。俺は両手で顔を覆って、でもなんか無性に嬉しくって、くすぐったいこの気持ちをとても落ち着けることが出来なくって。脚をジタバタさせることしかできなくなってしまった。


                                     終




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