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なんか妙な空気をまとったまんま、俺はふわふわした足取りで店を出て、でも気を取り直して今日の目的の一つだった、瑞貴の春服を選ぶことにした。
入ったのは流行の服を試すのにはちょうどいい価格帯の店だ。
俺が選んだのは、普段瑞貴が着ないような、ストリートカジュアルの服。ネイビーのバギーパンツに、黒地に白いロゴの入ったデザインニット、そこに黒のキャップを合わせる。靴は俺が今日はいているのとお揃いの赤いスニーカーなんだ。瑞貴は顔がびっくりするぐらいに小さくてすごくスタイルがいいから、大抵のものをオシャレに着こなせると思うけど、このコーデはこの店のポスターに貼られててもおかしくないんじゃないか思うほどの出来栄えだ。
「あと、なんかアクセサリーつけたら完璧かな」
「すごくかっこいいですぅ。もしかしてモデルさんされてます? お兄さんのコーデも天才的、本当に素敵!」
長身の瑞貴が目立つせいもあってか、お店のお姉さんがつきっきりで色々お世話をしてくれている。今はちょうど二人きりで話をしようにも、さっきのあれは一体なんだったのかと、妙に意識しすぎてギクシャクしそうだったから、お姉さんの存在が地味に助かる。
「このニット春物なので今の時期はまだ一枚で着るのは厳しいですけど、そちらのお兄さんが着てるみたいな黒のダウンと合わせたら今の時期からでもいけると思います!」
「瑞貴もたしか黒ダウン持ってたよね?」
「うん。八広はどう思う?」
いつものきちんとした綺麗めお兄さんって感じの格好から、ちょっと治安の悪げなコーデに着替えた瑞貴はむしろ男の色気が増しててやばいぐらいにかっこいい。
腰の位置が高くて脚が凄く長いから、ダボっとルーズなシルエットがむしろスタイルの良さを際立たせている。本当は俺が理想としているような着こなしだから羨ましくて仕方がない。
「似合わない?」
「え……、ああ」
素直に褒めちぎりたかったけど、さっきの瑞貴の行動が頭から離れなくって、ワンテンポ反応が遅れてしまった。
「こういうの。俺すげぇ好き」
そんな風に思いついたことを素直に口にするにとどめた。瑞貴は満足そうに微笑む。
「そうか。じゃあ、これ上下どっちも買う。これ買います」
「ええ、即答?」
「八広もこれ着てみる?」
「え……、俺も?」
そうこう言っているうちに、ショップのお姉さんの前で瑞貴はシャツの上から着ていたニットを脱ぐと今度は俺のダウンとトレーナーを無理やりはぎとって上からずぽっとかぶせてきた。
案の定、瑞貴のサイズでは俺が着たらダボダボだ。すごい好みなんだけどなあ。
「ええ。大きくない? ワンサイズ下ならいいけど。ほらぶかぶかだぞ」
「う……。彼ニット。彼ジャージ以来の破壊力」
瑞貴が口元を手で押さえてなんかもごもごいってる。
指先が出る程度の大きさだから袖をたくし上げたら、お姉さんが「可愛い! すごくお似合いですよ」っていう甲高い声を上げて、それににかぶせるように瑞貴まで「すごく似合ってる、すごく可愛い」とか呟いて来た。俺は服装に可愛さは求めてないから、絶賛されても複雑。
「八広、この服も着てみて。俺も八広の服、選びたくなった」
「ええ? お前の服見に来たんじゃないの?」
「……一緒に出掛ける時の、コーデのバランスを見るから」
「んん??」
ぐいぐい押されて俺もダメージウォッシュが入ったネイビーのハーフバミューダと白い春物のニットを押し付けられた。
そのままお姉さんと一緒に試着室に連行されて、瑞貴お勧めのコーデに変身させられた。
ハーフパンツだけどバミューダだから大分いい感じのラフなシルエットでこなれ感でる。でも普段この丈、あんまりはかないから足元が今の時期は心もとない。ちょい長めの白のソックスと合わせてみればいいかな。嫌いじゃない。それに足の長さとスタイルの良さじゃ瑞貴に完敗だから、俺はこのくらい変化をつけた格好の方がいいかもしれない。
鏡でちゃんと見え方を確認してからカーテンを開けたら、二人して俺の登場を待っていたので照れてしまった。
「わあ、お客様、お顔が色白で髪の毛も癖がいい感じにほわほわっとした茶色で、白ニットを合わせると優しい雰囲気が正しく春コーデって感じ。可愛い! 足元ももうちょっと長めの白のソックス合わせたら、赤いスニーカーがアクセントになってて、すごくいいと思います。お顔立ち、きりっとも見えるのに、目元がキュートだからすごく爽やかですねえ。お兄さんの方はブルべ冬だと思うのでモノトーンやはっきりしたコントラストの色が似あうと思います。差し色に赤のお揃いのシューズを履いているのもポイント高いです! 二人とも、いい。すごくいい。浜辺を二人で歩いて欲しい。めちゃめちゃ可愛い! はわああ。推せる!」
なんだか興奮しているお姉さんの勢いに押されていると、
「買おう、それ、買おう、ぜったい。俺と出かけるときに着てきて欲しい」
何て瑞貴まで無責任に後押ししてくる。プチプラ系の店だから今手持ちのお金で買えないこともないし、ここまで絶賛されたのなら買うしかなさそうだ。
「じゃあ、お揃いでこのキャップも……」
お姉さんが俺の頭にも瑞貴と同じ帽子をかぶせようとしたら、瑞貴が凄い早業で自分が被っていた方のキャップを俺にかぶせてきた。
「わっ! 急にぎゅうってかぶせるなよ」
「ああ、ごめん」
帽子を一度とると、瑞貴が優しい手つきで俺の髪の毛を撫ぜたり前髪を横に流したりして整えてくれた。科学の実験でもしているみたいに真面目な表情がなんだかおもしろい。中学の頃もよくこれやられてたなあ。
友達からは「お前ら距離感バグってる。付き合ってんのか」ってからかわれたし、女子からは「桜場ばっか、大窪君に甘やかしてもらってずるい」ってやっかまれた。ほっとけ。小さい頃はむしろ俺が瑞貴のお世話してたんだよ。小学生の頃瑞貴はズボラでおっとりしたやつで、寝癖そのまんまで登校してきてたのを俺が直してあげてたんだからな! 俺たち自体は全くそのまんま、ずっとこんな距離感。お互いが手に届く距離にいるのが普通で、なんも変わってない。だけど瑞貴の背が伸びて格好よくなったら、やたら外野がうるさくなったのは面倒だったなあ。
距離が近いといえば、高校に入ったばかりの時、俺がネクタイがしめられなくって瑞貴に締め方を教えて貰ったことを思い出した。
あの時は正面からじゃなくて後ろからハグされるみたいな体勢で鏡を見ながら教えて貰った。ネクタイと一緒に手も取られても、俺があんまり上手じゃないから、何度も何度も根気強く巻きなおして、瑞貴からなんかいい匂いがしてた。多分瑞貴の家のラグジュアリーって感じの柔軟剤の香り。たまに頬に髪が当たってくすぐったくて俺が笑って逃げようとしたら、何笑ってるんだってぎゅうって抱き着かれた。
あの時もう瑞貴の方が五センチぐらい背が高くなってたから、背中に逞しくなった身体を感じて、低い声で「逃がさない」なんて囁かれたら、なんだか瑞貴すごく大人っぽくなったなあってドキドキしたっけ。
ドキドキしたなあ、あの時も。うん。
なんて思ってから正気に返る。お姉さんが瑞貴の肩越しに口元に手を当てて「うんうん分かるよ」、みたいな顔で頷いている。なんだろう。その不思議な表情。多分変だとは思われていないけど、明らかに男子高校生なのに、友達にお世話されてるのが微笑ましいとかそんな感じなのかな。
「おい、もういいって」
ぎゅっと瑞貴の胸に手をついて身体を少し向こうに押して俺は唇を尖らせた。なんか恥ずかしいだろうが。
「キャップは……、俺はいっかな」
「そうか」
着替えに行って買い物袋を提げて出てきたら、瑞貴に「手、だして」といわれた。
なんだろうと素直に右手を差しだしたら「逆がいいかも」って言われたので逆の手を出す。そうしたら手首に何やらまかれた。あっという間にブレスレットがまかれていてびっくりする。
「え、これ……、今買ったの?」
円の内側が白、外側が赤。ごくごく小さな赤いガラスビーズが細い革に通されていて、ところどころに白いビーズとアクセントのハンドメイドっぽいシルバーのパーツがはまっている。ぐるぐるっと二重にまかれたそのブレスレットが、輪っかにT字のパーツでひっかけるように腕に止められていた。
「あ……。これはその……」
瑞貴はなんだかもごもご言っている。ロゴを探して手首を動かしていたら照れて頭に手をやっている瑞貴の手首にも同じものを見つけた。
「お、お揃い!」
「……着替えている時、あっちの催事の店をちらっと見てきて、今日はその、二つ買うと割引になるっていうから」
「本当かあ?」
慌てて向こうの店に行ったら確かに二点以上で20パーセントオフっていう張り紙が貼ってあった。同じ商品は見当たらなかったけど、おいてある他の品物の値段を見たらそこそこしている。
「俺、自分で買うって」
「いいんだ。お揃いでなにかもてたらって思ってたから。それに、八広誕生日もうすぐだろ」
「もうすぐって4月だけど。まだ1か月以上あるし。むしろ来月瑞貴が誕生日じゃんか」
「でも、いいだろ」
催事の出店をしていたおじさんがひょこっと瑞貴の隣に立って「気にいって貰えたかい?」なんて聞いてこられた。
「どう?」
なんて瑞貴が俺に振ってくるから「気に入りました!」なんて腕を上げてしゅびっと答えるしかない。実際なんか、このブレス、インディアンジュエリーみたいにワイルドなところもあるし、赤が差し色で綺麗だし、しやすくてお洒落なブレスだと思う。そもそも俺は赤が好きなんだ。
「それ、本物のアンティークのホワイトハーツ使っているからね。かなりお値打ちだよ」
「ホワイトハーツ?」
「内側が白いからホワイトハーツ」
確かに言われたとおりに内側が白くて外側が赤いビーズだ。
「ホワイトハーツはね、昔は貨幣の代わりに使われていたトレードビーズなんだよ。100年ぐらい前のものだって聞くよ」
艶々と赤いゴマ粒みたいに小さなビーズにそんな力が秘められていたとは驚きだ。
「へえ、すごいね。流石瑞貴、物知り」
「貴重なものだから、大事な人にあげたいってことだよ」
なんて色の抜け具合が絶妙にオシャレなジーンズのつなぎを着たイケオジにそうウィンクされて、俺たちは二人そろってなんだか照れてしまってペコっと頭を下げる。