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 ちょっと肩を落としてとぼとぼっと待ち合わせしていた場所までたどり着いた。本屋の近くのカフェの前、おなじみの黒のチェスターコートに白いシャツ、グレーのセーターに黒のパンツ姿の幼馴染がいた。

「瑞貴!」

 結構大きな声で名前を呼んだら、瑞貴が手にしていた文庫本から目を上げてはにかんで笑う。その顔を見たら胸がぽかぽかと暖かくなった。

 ほらな、顔見ただけでこんないい気分になれるのってこの世で瑞貴しかいない。学校の友達ともバイト先の友達とも瑞貴は全然違うんだ。

 背の高い瑞貴の前を俺らと同い年ぐらいの女子グループが通り過ぎて行った。わざわざ瑞貴を振り返って少し離れたところで立ち止まって、鳥が囀るみたいに何か言いあってる。大方、瑞貴がイケメンだとか背ぇ高いとか、声を掛けたいとか写真撮りたいとかそんなん、言いあってるんだろう。瑞貴と出かけると度々こういうことがある。連絡先聞いてこられたり、盗み撮りされたり。スマホで勝手に写しそうな気配を感じたから、俺はその間に分け入るように、慌てて瑞貴に駆け寄った。

 とはいえ俺の身体では瑞貴を全部隠せないのが残念だ。瑞貴は中学卒業の時よりさらに身長が十センチ近く伸びたから、傍に寄るとどうしても上目遣いになってしまう。俺もまだまだ伸びる予定だけど、今のところ差は広がるばかりだ。ちょっと悔しい。一昨年まで中学で同じ給食食べてたはずなのに。

「遅くなってごめん」

 女子をチラ見したら目が合った。にこっとしたらきゃあって声が上がって、またなんか話してる。まあ、もういいや。もう放っておこう。瑞貴にぐっと腰を押されて、カフェの入り口に先導された。

「バイトお疲れさま。ここでいい? それとももっとがっつり何か食べる?」

 こんなに大きくなっても覗き込んでくる仔犬みたいに澄んだ優しい眼差しは小さい頃と全然変わっていない。カッコいいのに可愛いとも思う。いちいちお得な男だ。

「がっつり食べたい、けども。とりま、甘いもの飲みたい。瑞貴、春物の服も見たいって言ってただろ? 映画の前に甘いの飲んで、服ちらっとみて、そんでラーメン屋食いに行こ!」

「分かった。みて。新作出てるよ」

 流石瑞貴は俺の好みを熟知している。好物のイチゴと抹茶のドリンクがポスターに並んで写ってる。どっちも春の新作みたいだ。

「おお、やったあ」

 俺はクリームがたっぷりかかったような甘い飲み物が大好きだけど、ブラックコーヒーが好きな瑞貴は多分あんまり得意ではなさそうだ。でも俺の為にここで待っててくれたんだなって思うと、それだけで機嫌がぐわっと上向きになった。

「この間、バイト代出たから俺がおごるよ」

「いいの? お前あんまりシフト入れないんだろ? バイト代全然足りなくならない?」

 と聞いてから我ながら愚門だと思った。瑞貴の家は代々地元で開業医をしている一族で、両親は自宅で歯科医院を営んでいるお坊ちゃんだ。別にバイトなんてしなくても何でも欲しいものは親から買ってもらえるはずだ。今身に着けている服だって、小さい時は気が付かなかったけど、なにげなくタグを見たら、俺でも知っているハイブランドで驚いた。それを指摘したら母さんが買ってくれた服だから気にしたことなかったけど、なんて恥ずかしそうにしていた。ちょっと高校生には堅苦しいけど、きちんとした身なりに見えて上品だから瑞貴によく似あっている。そんな瑞貴も最近では俺と一緒に出かけるためにもっと砕けた服を買いたがる。俺と遊ぶお金ぐらいは自分で稼ぎたいって、シフトを入れているんだそうだ。義理堅いやつだ。

「俺は八広としか出かける約束してないから、月に二回に全力をかけてるんだ」

「なんだそりゃ。高校の友達はどうしたんだよ」

「高校の友達はいるけど、別に学校帰りにちょっとどこかによるぐらいで間に合ってるから」

「ふーん」

「八広こそ急にシフト入って大変だったろ? 眠たくない? 昨日遅くまで俺と通話してたのに」

「アラーム二回も消してたけど、起きれたから平気。映画館で寝てたら起こして」

「そっか。八広と話していると、通話を切りがたくて、切ったらすごく寂しくなるんだ。八広が眠りにつくまで通話していたくなる。ごめんね」

 大きな瞳にくっきりした二重、長い睫毛がバサバサした目は華やかなのに、やはり骨格は親父さんに似てしっかりとして鼻筋が通っているから男らしくも見える。瑞貴は中学生までの大人しくて可愛い感じからシフチェンして、すっかりクールで知的な雰囲気を醸し出してきてる。そんな相手にじっと見つめられてこんなことを言われたら、幾ら友達だってなんだかどぎまぎしてしまう。

「そんなの、瑞貴が悪いわけじゃないじゃん。中々通話切れなかったの、俺もだし」

「……じゃあ、平日ももっと通話していい?」

「いいに決まってるじゃん。俺も話したくなったら連絡するし」

「よかった。じゃあ、イチゴと抹茶、どっちにする?」

 俺と連絡とるぐらいでこんなに嬉しそうな顔するなんて、ほんと可愛い奴だなって思う。

「待たせたの俺なのにごめんな。うーん。悩むなあ。イチゴにしようかな。瑞貴はどれにする?」

「じゃあ、俺は抹茶のにするから、沢山味見していいよ」

「やったあ」

 瑞貴の前だとなんも取り繕わなくて済むから嬉しい。先回りして欲しいものを察してくれるからかもしれない。大事にしてくれるから、俺も瑞貴との時間を大事にしたいって余計に思える。動画ばかり見ている俺と違って、本をよく読んでいる瑞貴はすごく博識で、話をするのがすごく楽しい。

 学校の友達とはできないような深い会話もする。人は死んだらどうなんだろうとか、無人島に一冊本を持っていくなら何がいいかとか、戦国時代にタイムスリップしたらお前ならどう生きるとか、将来どんな生き方をしてみたい? とか。荒唐無稽な話からちょっとしたライフハックの相談も何でも気軽に話せる。こんな事話したらどう思われるかな? なんて気にしないで済む。

 それとまあ、とにかく、これは確実に、見慣れててもやっぱこいつカッコいいなって度々見惚れるぐらいにイケメンだ。傍に居るだけでこいつと友達ですって隣歩くの、なんか誇らしくて嬉しい気分になれる。いや。小さい頃は俺より背も低くて華奢だったし、今みたいな分かりやすくイケメンって感じじゃなかったけど。そんな頃から一緒にいて楽しかったから、断じて顔や見た目だけで仲良くしているわけじゃないぞ。

 もちろん話をしてなくて街を普通に二人で歩いているだけで、なんかわくわくする。この間は瑞貴の希望で東京の路地裏歩きしてみよう、って言いながら何キロも見知らぬ街をうろうろと歩いた。普通の民家の隙間に稲荷神社があってびっくりしたり、腹をすかせたまま休日のオフィス街に迷い込んで、折角発見した喫茶店は未成年はダメって断られた。腹ペコで寒くて閉口したけど、こんなん高校の友達とだったら険悪な感じになったかもだけど、瑞貴が『断られちゃったね。電車で別の駅に出る?』ってふんわり笑ってくれたから『それもいいな。じゃあ気になった駅で降りて最初に見つけた店でなんか食おう』なんて行き当たりばったりのチャレンジもできる。

 彼女とのデートでこんな真似は絶対できないだろう。疲れた、意味わかんない、無駄、つまらないなんて思われたら最悪だし、どこで何食べて何して遊んでってきっちり決めておかないと駄目だろうな。

 だけど瑞貴となら行き当たりばったりのそんな小さな冒険も楽しめるし、なんでだろ。馬が合うからふと街中でも気になるものとか目を惹かれるものが似ていて、気になったところに飛び込んでいけるタイミングが似ているんだ。

 そういうのは瑞貴としか味わえない、ちょっとした奇跡。癖になるやつ。

 席について向かい合う。喉も乾いていたからすぐに口元にストローを運ぶ。ちょっとドロッとした甘いイチゴのシェークとクリームが口いっぱいに広がった。

舌に重たい甘みも、少しだけ疲労を感じていた身体に染み入る。美味しくてにやけてしまったせいか、瑞貴も蕩けるような眼差しで「美味しい?」と聞いてきた。俺は満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。

「すげぇ、うまい」

「こっちものむ?」

 瑞貴が差しだしてくれたドリンクの黒いストローに吸い付くと、こちらは抹茶の爽やかな苦みが心地よい。飲み終わって幸せだあって目を細めたら、瑞貴が俺の口の端を指先で拭ってくれた。びっくりして見つめ返したら涼しげな顔で指先を舐めとっている。どきっとする仕草に目を奪われたら、「なに?」と微笑まれた。

「うーっ。お前なあ」

 また、にこにこ。嬉しそう。とんでもないイケメンだな。うん。

 こいつはたまにこういうことしてくるから心臓に悪い。何この思わせぶりな悪い男ムーブ。幼馴染にやること? 心臓ばくばくってなるじゃん。

 だけど一緒にいるとやっぱりしっくり落ち着きもするから、瑞貴は俺にとって本当に不思議な存在だ。一緒にいると空気みたいに自然だ。ただそこに居てくれるだけで心地がいい。美味しい空気?ってやつ。吸っていて楽、深呼吸できる。心地よくて気持ちが晴れやかになる。そうなんか、瑞貴といると、天気のいい山の上にいる時みたいなそんな気分になるんだ。

「どうしたの、人の顔じっとみて」

「いや、お前って山頂の景色って感じ」

 こんな口からぽろっと零れ落ちた、自分でもわけわからない発言も、瑞貴は慣れっこなのかクスッと笑うにとどめる。

「なんだよ、バカにしてんの?」

 高校の愉快であほっぽくてガサツで騒がしい連中とバカ騒ぎするのも嫌いじゃないけど、こんな発言は絶対に瑞貴の前でしか出来ない。多分瑞貴専用の自分だって思える。だからやっぱり、瑞貴と他の人は全然違うんだ。

「また八広が意味わからないことをいいだしたなあって思って。でもそれってきっといい意味で言ってるんだよね?」

「そうだよ。俺はポジティブなことしか口にしねぇの。ほら高っかい山のてっぺんってきっと空気が良くて澄み渡ってて、遠くも見えるけど足元の緑も綺麗で、青空でいい天気で……」

 言っているうちに本格的に意味が分からなくなってきたのに、よしよしみたいな感じに瑞貴に頭を撫ぜられたから、自分でもう一回前髪を直してから、へへっと俺も出たとこそのまんまの笑顔を返せる。

「じゃあ、俺にとっては八広は青空かな。それとも宇宙かな」

「え、なんで?」

「これ以上、上はないってこと」

 綺麗な目に俺だけが映ってにっこりされる。こういう笑顔を上品っていうんだろうな。瑞貴のお母さんもすごく綺麗な人で、うちの豪快ガサツな母さんみたいな、がははって笑い方じゃなくてこんな風にふわっと笑う。この笑顔見るだけでもなんか、すごく癒されるっていうか。だからやっぱ月に二回、二人で会うのは譲れない。って思ってたんだけど……。

「瑞貴あのさ、俺。日曜日、今までみたいに会えなくなるかもしれない。バ先の先輩に頼まれて、シフト変わることになるかも」

「え……。八広、その先輩と親しいの?」

「まあ、親しいかな」

「……ふうん。頼まれたら断れない程、親しいんだ」

 珍しく穏やかでない声色で、こいつが俺といて機嫌が悪くなることは珍しいから流石に焦ってしまう。

「いや、っていうか、先輩、彼女さんが束縛強いみたいで今まで土日どっちもシフトはいってたのに、土日どっちも休んでって言われることもあるみたいなんだ。それでさ、マネージャーにも、日曜入れる人が減ってきたから入ってって言われて……」

「ふーん」

「俺だって、第一第三日曜日は予定あります、友達と会うっていったらさ。ならこっち優先できるっしょって、友達だったら彼女いる人優先してみたいなトーンで言われた」

 自分でも納得していないことなのに瑞貴に弁明することになったのがなんだか悲しかった。しょぼっと下を向いていたら、テーブルの上に置いていた手をぎゅっと握られるのが視界に入った。指が長くて節がしっかりしてて、あったかくて、俺よりずっと大きな手。ぎゅっとされる。あの日腕を掴んでこられた時みたいに。びっくりして顔を上げた。

「……友達じゃないなら?」

「?」 

「友達じゃないなら、いいの?」

 そういって俺の顔を覗き込んできた瑞貴の目が、すごく真剣でなんというか熱っぽいっていうんだろうか。それをみたら頬がかあって熱くなってしまった。見慣れた幼馴染のしゅっとした顔が、なんだか別人みたいに見えたんだ。

 手を、どうしたらいいのか分からない。ぴくっと動かしかけたけど、瑞貴は微動だにしない。むしろもっと強く握りこまれてしまった。

 あああ、なんだこれ。どうしよ。周りの人が見てるかも。なんて思われる?

はわわわわっと頭の中で焦っていたら、ぐる、ぐるるるるると急にお腹が鳴ってしまった。

「あああっ」

 とんでもないタイミングに、恥ずかしくて顔がどんどん真っ赤になる。瑞貴も目を真ん丸にして、そのあと真剣な顔を崩してふき出した。

「あははっ。お腹すいてたよな。やっぱ先にラーメン食べに行こう」

 手はぱっと、何事もなかったように離された。

 俺はぎゅっと掴まれた心臓もぽてっと落とされたような気持になった。なにこれ、ちょい寂しい?のか。でもでもでもっ。ど、どうしてくれよう、この動揺を。まだどっどっどっどって心臓はまだ鼓動が早いまんまだ。トレイをもってさっさと片づけに行く幼馴染の背中を見送りながら、俺は冷たいカップを持ち上げ続けて冷えた手を熱い頬に当て、どうにか冷まそうと頑張った。



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