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高校生・幼馴染同士、わちゃわちゃ可愛いアオハルBLです。
全年齢対象とはいえBLですので苦手な方はお気を付け下さいませ。
仲良しの二人を眺めながらニコニコハッピーな気分になれます!
日曜、昼も過ぎたバイト上がり。俺はスマホを手に取り、『待たせてごめん、今からこっち出る』と素早く打ち込んだ。
制服を勢い脱いでリュックに詰め込み、私服に着替える。ルーズなシルエットのデニムにブルーのスウェットトレーナー、その上に黒いダウンを身につけ、慌ただしく扉横の姿見の前に飛び出した。あの忌々しい帽子のせいで今朝整えた前髪が台無しだ。
狐みたいなでっかい釣り目で、SNSに写真を上げるとキュートって書かれてしまう顔が、鏡の向こうでムッと唇を尖らせた。前髪がいまいち、いや大分気にいらない。だけど今はすごく急いでいるから仕方がない。お気に入りの白いスエードのトラックの入った赤いスニーカーに履き替えていたら、スマホが手の中でブーブーっと鳴った。
通知の相手はこの後映画を見に行く約束をしている幼馴染、大窪瑞貴だ。
向こうからも即レスが来て『慌てないでいいよ。今本屋にいるから』と返信が来た。博学な瑞貴は本屋で幾らでも時間を潰せると豪語しているからまあ、いったんは安心だ。今まで興味がなかったジャンルの本との偶然の出会いが楽しいんだって。
色とりどりの背表紙を眺めながら、回遊魚みたいに書架の間を歩き回る瑞貴を想像すると口元が緩む。瑞貴は今日も高校生が着るには少し大人っぽい、黒のチェスターコートを羽織っているだろうか。頭小っちゃくて手足が長い、すらっと背が高いイケメンだから想像しただけでも、うん。なかなか絵になる。
ともあれ一緒にお昼を食べようと待っていてくれているからすごく申し訳ないし、俺もバイト先のバーガー屋の中で食欲そそるポテトの匂いを嗅ぎ続けて腹が減り過ぎてもう限界だ。
ここから瑞貴のいる場所には10分もあれば合流できるけど、気持ちははやる。
リュックを勢いよく肩にかけて扉を開けようとしたら、入れ替わりに狭い更衣室に入ってこようとしていた先輩とぶつかりかけた。
俺はバスケ部出身だから、落ち着いてないかわりに反射神経はそこそこいいのが強みだ。後ろにばっと飛びのいたら相手ものけぞって「うわ」と声を上げていた。
「すんません!」
「ああ、びっくりしたあ。八広か?」
「あ、はい」
「制服じゃないと全然分かんなかった。すげぇおっしゃれだなあ。お疲れ」
相手はマネージャーの大学生で、去年バイトを始めたばかりだった俺に丁寧に仕事を教えてくれた先輩だ。俺は礼儀正しく頭を下げた。
「お疲れっす」
なるべく早く待ち合わせ場所に向かいたかったのに、足止めされてしまった。
ついてない。むむ。けどしょうがない。仕方なく肩掛けしていたリュックを背負いなおし、ひょろっとした先輩に向かい合った。
「坪井のシフト、急遽変わってくれてありがとな」
「いえ。大丈夫っす」
「あいつさあ、一人暮らしの彼女さんが急に熱を出したからって。仕方ないよな」
「そう、すね。それ本人に聞きました。彼女さん体調大丈夫そうですかね?」
そんなプライベートなことまでマネージャーに話して泣き落としを図るとは。イケメンなのにしまりが緩い坪井さんの顔を思い出しちょっと引いてしまった。けど、彼女さんが体調悪いんでは仕方ない。
「坪井の奴、こないだも彼女から土日どっちかは絶対に休んでって言われて、出来なきゃ別れるって凄まれたとかいってたなあ」
「そうなんですか……」
今回は仕方ないけど、そういう理由で度々休みを代われって周りに頼むのはなんだかなあと思う。俺だって今日約束があったのに。
俺はすぐに思っていることが顔に出るから、察したマネージャーが苦笑して肩をポンっと叩いてきた。
「だがまあ、こんな突然休まれるとすげぇ迷惑だよな。ごめんな。でも、一人暮らしの彼女に体調悪くて傍に居てってお願いされたら、俺もそっち優先するかもってついつい許した」
「マネージャー、彼女いるんすか?」
「いないけど。いたらやっぱ彼女を大事にしたいと思うからな。八広は? 日曜に隔週バイト入れないの、彼女のためだって噂になってたぞ」
「はあ?」
そんな根も葉もない噂を本気にするなんて呆れてしまう。
「八広に彼女がいるか聞いてくださいって頼まれてんの、俺。高二の女子たちから」
「……」
バイト先で俺の一個年上の代は女子が圧倒的に多い。女子の先輩たちの噂話がマネージャーにまで届いているとは驚きだ。まあ、ここのバイトの人たちってみんな和気あいあいとしてて仲がいいからなあ。年に何回かバーベキューとかボウリングとか集まるイベントがあるし、ここで出会った人同士が結婚しましたってハガキがバックヤードに何枚も貼ってあるぐらいだ。
だからか知らんが、マネージャーになる人は伝統的にお節介な人が多いらしい。俺は目をぱちくりさせてから口をむうっとへの字に曲げた。
「……彼女では、ないっす。前にも話したかもですけど、第一第三日曜日は用事があって」
「あー。習い事だっけ?」
いちいち全員のシフトの要望なんて覚えちゃいられないんだろうけど、そんな風にとぼけられて、俺はむきになってらしくなく少し語気を強めてしまった。
思ったより突っ込んでこられて面倒だなって思ったけど確認されたから仕方ない。
「いや、人と会う約束があるんです」
そしたら先輩は何を勘違いしたのか、目を輝かせてニヤニヤしてきた。
「やっぱ彼女とデートか。お前は見た目も中身も、可愛いのと格好いいのが絶妙に混ざり合っててモテそうだもんな。周りに黙っててやるから、俺にだけどんな娘か教えろ」
「いやいやいや。会うの、彼女じゃなくて友達なんですけどっ」
「へえ?」
なんてちょっと裏返り気味の声を出されて驚かれたから、こっちもビビる。そんなに驚かれることなんだろうか。なんだか馬鹿にされたような気分だ。
「友達と月に二回もわざわざ日曜日会うなんて、そんなことある? 隠さなくてもいいぞ。友達って、狙ってる娘? ここのバイト先の子とか? 俺にいえねぇとか?」
先輩いい人なんだけど、こういう時しつこくて辟易してしまう。俺は肩を落として赤いスニーカーのつま先を見た。瑞貴、待たせてごめんなあ、帽子でへたってなった髪の毛なんて気にしないで即、ここを出ればよかったと益々後悔する。
「いや、普通に、男の幼馴染っすけど」
「男友達? 月に二回わざわざ曜日まで決めて会うって、そんなんあまり聞いたことないなあ」
「え……」
わざわざ同じ内容を繰り返して断言されたから、俺は戸惑ってしまう。そんなに変なことをしている自覚はなかった。おしゃべりな方の俺が珍しく言葉に詰まったからか、マネージャーはさらに押し込んできた。
「でもまあ、幼馴染との約束は恋人のお願いには負けるよなあ。坪井の事、助けてやんねぇと。それにここんとこ、日曜入る人少なくって困ってたから、これからは度々はいって欲しいんだよね」
「そうっすか。……分かりました」
なんて笑って答えてはみたけどなんかもやっとする。そのまま小さく頭を下げて挨拶をすると店を後にした。
これは日曜のシフトを今より増やされて、死守してきた第一第三日曜日の空白にも無理やりねじ込まれてしまうのかもしれない。
誰にだって事情はあるし、自分だって体調不良になる可能性はあるからそれは仕方ないって思えるけど、シフトの調整はやっぱり一回でも譲るとほら、やっぱり譲れるでしょって思われるよなあ。薄々想像はしていたが、あーあ。これからどうしようかなあと思う。
今日は平日勉強が忙しい瑞貴と、二週間ぶりにがっつり遊べる。それをモチベーションに気の進まない午前中のバイトの時間も乗り切ったのに、楽しい気持ちに水をぶっかけられたような気分になった。
だいたいさあ、恋人との用事が上等で、幼馴染との約束が格下かどうかなんて他人に決めつけられたくないんだけど。先輩には言えなくて飲み込んだ言葉が喉元まで次から次にせり上がってくる。ぎゃあぎゃあ声に出して騒いでしまいたい気分だ。
俺にとっては、瑞貴は物心ついた時から傍に居た奴で、一緒にいる方がむしろ普通の相手だ。離れている今の方が変なんだ。昔から特別で一番仲がいい、大事な人なんだよ。
むかむかする。スマホをポケットに突っ込んだら中にいれっぱなしのレシートに手が当たる。それを腹いせにくしゃって潰した。
中学まではずっと同じ学校に通っていたから毎日一緒にいられたけど、瑞貴が有名男子校、俺が地元の県立高校って進学先が分かれてから、一日がっつり一緒にいられる日の方がむしろ『貴重品』になった。
日曜日の約束を言い出したのは瑞貴の方からだった。だけど瑞貴が俺の心中を察してくれたんじゃないかなって思ってる。
だって正直言うと俺は高校も瑞貴と一緒の学校に通ってみたかった。だけど無理だった。県立高校なら頑張って勉強して合わせようって限界までもがけたけど、瑞貴の進学先は親父さんもおじいさんも出た都内の歴史ある超進学校で、俺んちにはそこに余裕で通えるほどの財力もなければ、奨学生に手が届くほどの学力もなかった。だから泣く泣く別の高校に進学したんだ。
『瑞貴とは学校離れたらもう、あんまり会えなくなるなあ。頭いい学校で秀才ばっかに囲まれたら、俺なんかともう口聞いてくれなくなるかも』なんていじけたことを言った覚えもある。今思い返すとかなり恥ずかしい。思春期だから許してくれ。
そしたら瑞貴に『俺さ、周りとすぐに打ち解けるタイプじゃないだろ? 八広みたいに大事な人、高校にいって見つかるとは思えない。だからさ、八広の第一第三日曜日、俺にくれない?』って言われた。びっくりしたけど、『まあ、第一第三日曜日は今までも一緒に受験勉強してきたわけだし、高校行ってからバイトとかして忙しくなるかもだけど、月に二日だろ。絶対開ける』と俺は内心飛び上がるほど嬉しいのを堪えてクールに答えた。
『ありがとう。俺、八広と離れて生きて行けるかどうか分かんないけどやってみる』
『なんだそれ』
瑞貴のくっきり綺麗な二重の瞳が俺を覗き込んできて、大きな掌で二の腕をぎゅうって掴んできた。なんか、それがすごく必死な仕草に感じて、それで俺まで今生の別れみたいな、すごく切ない気持ちになった。
『それは、俺も一緒だし。……そうだなあ。瑞貴いなかったらいろいろ困るか。忘れ物した時、教科書とかジャージ借りにいけなくなるし』
『……教科書はまあ百歩譲って借りてもいいけど、ジャージは他の男からは絶対に借りないで』
『んん?』
なんでジャージは借りちゃいけないんだろうか。意味が分からず、ぽかんとしてたら眉間にちょっと力を入れて瑞貴が詰め寄ってきた。
『俺が、やだから。約束して、いいね? 絶対だよ』
『わ、分かった。しっかりします。忘れ物ばっかしてたら、だらしなく思われるもんな。心配すんなって。俺も高校からはお前いなくても、がんばるから』
『……俺といるときは今まで通り、しっかりしなくてもいいよ。だけど高校では隙を見せて、そういう人懐っこい可愛い顔で誰構わず笑い掛けないで。いいね?』
『瑞貴って、たまにおかしなこというよなあ? 俺が笑ったぐらいで何も変わらんて』
『変わる! 変わる人、絶対現れるから。いいかい? 何か変わったこととか新しい友達が出来たりしたら、日曜日を待たなくていいから即、俺に教えて』
『分かったって。瑞貴も仲いい奴出来たら教えろよな。進学校の友達、どんな奴らか知りたいし』
そんな会話をしたっけなって俺はちょっとだけ一年前を懐かしんで、いつの間にか口の端が上がってた。
瑞貴の事を考えれば大体自然と笑顔になれるんだ。だからさ、俺たちには坪井さんのぽっと出の彼女よりずっとずっと深くてぶっとい絆があるって思ってる。だけどこれって人に理解してもらうのが難しいみたいだ。
無意識にため息をつきながら、気持ち早足で瑞貴が待つ駅の隣に立つ商業ビルに向かう。春間近の二月の第三日曜日。街はどこもかしこもミモザの花の黄色が輝く、華やいだディスプレイに飾られている。来月頭にミモザの花をモチーフにしたお祭りがあるからだ。光の粒みたいに明るい黄色でふわふわのミモザの花から、陽気な春の雰囲気が伝わってくる。
バイトに向かう前に目にした時はひたすら楽しい気分になったのに、恋人同士らしき男女を模したマネキンがミモザの花束を手に寄り添う姿を見たらなんだかちょっぴりもやもやムカッと来た。
くそっ恋人同士がなんだっていうんだ。でも恋人同士ならいつだって一緒にいることになんの理由も求められないで済むんだ。だって惹かれあうのが当然なんだから。
それって俺と瑞貴の関係と何が違うんだろう。恋人と会う約束だったら……。突然頼まれたシフトチェンジも、絶対嫌だって断れるってことだよな。
だってさ、その人に嫌われたら生きていけないから、ぜってぇシフト入れんの無理ですって。そんな風に言ってみたい。言ったらだめなのかな。実際、俺、瑞貴に嫌われたら生きてけないもん。幼馴染とか友達っていうだけじゃ、なんか物足りない。例えば今日、映画が終わって夕飯食べたら解散で、地元の駅についたらバイバイだ。だけどもっとさ、ずっと夜まで一緒にいられたらいいのになあって思うこともあるんだ。周りの友達に彼女ができて、ずっと四六時中一緒にいられる関係が、なんか羨ましいなあって思ったことがあって、だからって彼女をすぐ作ろうとか好きな人が欲しいとかまでは思ったことがなくて。だってさ、多分瑞貴以上に心惹かれる相手ができるか、自分でも分からないから。
今までこんな風にじっくり考えたことなかったのに、坪井さんのせいだ。
なんだろ、このもどかしい感じ。
もうすぐクラス替え、春が近づいてザワザワ、ソワソワ。人間も生き物だから簡単に季節の風に煽られるんだ。