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第5話 棺へ釘を

【前回のサマリー】

依頼主騙されて自爆攻撃に利用され爆死したと思ったリンキだったが、気が付けば逆に敵側に生け捕りにされていた。「魔法少女になって拷問を受けろ」と言われるままに、スズリのサンドバッグにされるリンキだったが、ついに反撃を決意する。


挿絵(By みてみん)


 リンキは戦闘魔法杖(バトルワンド)を構え、完全武装の魔法少女スズリと対峙する。

 壁に空いた大穴を挟んで彼我の距離12.5m。おそらくは既に有効射程内。

 視線と視線がぶつかる。リンキは内心慄いた。スズリの目、まるで人間を相手にしているとは思えない、一瞬でもその目を逸らしたならば即座に襲い掛からんとする野生肉食獣の眼差し。


 だが怖気づいてはいけない。ここで殺されるわけにはいかない。殺される前に、自分があの魔法少女を殺すのだ。

 自らの決意を支えるように、リンキは戦闘魔法杖のストックを肩に押し付ける。


 あの日の記憶が大脳皮質から呼び起こされる。

 1年前のこと。リンキは廃校でエンジェルモデルの魔法少女に立ち向かい、そして傷ひとつつけられず完敗した。

 単純な銃撃はほとんど効果がない。それは経験から知っている。じゃあどうすればいい? どうすれば魔法少女を相手に有効なダメージを与えられる?


 魔法少女システムの主幹機構は4種の常駐魔術で構成され、そのうち2つが防御を司る。一方は、装着者の身体を内部から支え、圧力や急激な加速度から保護する【インナーストラクチャー】。そしてもう一方は、全身の表面を隈なく覆い、外部からの物理的・魔術的攻撃を減衰、反射、相殺する魔力粒子の複合層【バリアコーティング】である。

 魔法少女が戦車に匹敵するといわれる所以であり、並大抵の火器ではバリアコーティング層を破ることはできない。

 オーソドックスなバリアコーティング攻略法は、抗魔術防壁非実体弾に代表される魔術的アプローチだが、魔法の力を手にしたばかりのリンキは当然そんなことなど知る由もない。


「何をためらっているリンキィ! 私を殺すんじゃないんか!?」

 リンキがほんの数秒思案している隙に、痺れを切らしたスズリが先手を打つ。

 ベルト背部の弾薬コンテナから黒い円筒形の実包を取り出すと、慣れた手さばきで戦闘魔法杖の薬室へ装填。ボルトが前進しチャンバーロック。


(特殊弾??)

 その動作からリンキは相手が何か企んでいるのを察するが、しかし手の内は読めない。通常の弾丸でないことは確か。徹甲弾? 炸裂弾? 幸いにしてリンキは屋内にいる。遮蔽物には困らない。ひとまず壁を盾してに身を隠し、そっと外の様子を伺う。

 スズリがスッと右腕を伸ばして戦闘魔法杖をリンキの方へ向けた。

(肩付けしてない……弱い弾……いや魔術?)


「先攻ォ!!」

 ろくに照準も合わせないまま、スズリは戦闘魔法杖のトリガーを引く。

 #コ゜ンッ!# 実弾射撃にしては妙に軽い発砲音。円筒形の弾頭が銃口から飛び出す。

 そのまま肉眼で追える程の速度で弧を描いて屋内へ向け飛翔、*カコン!*とリンキの目の前の床でワンバウンドすると、


 >>ボッ_フォッッ!!__スァアアァァァァァ.ァ.ァ....<<


(しまっ…………煙幕ッ!!)

 円筒形弾頭の両端から勢いよく煙が噴き出す。一瞬にして屋内に濃灰色の煙が充満する。

 魔法少女のくせに魔術ですらない、シンプルな発煙擲弾である。しかしその効果は絶大。煙幕の微細な粒子が空間を埋め尽くし、光の直進を妨げる。いかにリンキの視力が優れていようと、この状況では視覚情報は何の役にも立たない。


「パージ!」

 軽いクリック音とともにスズリの左腕バリスティックシールド固定具が解除される。近接格闘戦に備えたシールド投棄。大型盾は重力に従い落下し、その先端が*ゴッン*と鈍い音を立てて地を衝く。

「いくぞォア!!」

 盾が倒れるより早く、#ズダ゛_ッ!!<< スズリは獣のように地を蹴り駆け出した。反動でアスファルトの黒い破片が剥がれ飛ぶ。

 常駐の基幹魔術である【パワーアシスト】が脚力のトルクを何倍にも強化し、1秒足らずでトップスピードに到達する。


(マズい……ッ!!)

 リンキは焦る。自分の位置はほぼバレているが、逆にスズリの位置を見失ってしまった。煙に阻まれ情報が得られない。


 >>#ズザァッ_!!#

 スズリは一切の躊躇なく煙に閉ざされた建物内へ滑り込む。低姿勢のまま床の瓦礫を弾き跳ばしながら急制動。乱気流に煙が渦を巻く。

 リンキとスズリは互いに視程ゼロの空間で対峙。

 敵はすぐ傍に。しかし目視はできない。本能的に呼吸を止める。灰色の闇の中、空気が張り詰める。

 だが戦闘において利用できる情報は視覚のみではない。


(何も見えないけど――)

(やるしかない!)


 スズリは記憶と勘を頼りに銃剣の刺突を、

 リンキは音を頼りに3点バースト射撃を、

 ――互いの推定位置に向けて叩き込む!!


「せェいッッ!!」

「そこだァアッ!」


 スズリの各関節、瞬発的な同時伸展により繰り出される迅雷の如き高速の切先が、リンキの首筋を冷たく掠める。刃と接触したバリアコーティング層が*バヂィッ*と光の粉を散らす。その背後で刺突の直撃を受けた柱と壁の一部が砕け散る。

 同時にリンキは、ほとんど反射的に#ズドダンッ#弾丸を放つ。

 *バキカィンッ*バリアコーティングが弾丸をはじく特有の硬い音。

(あたった!?)

(被弾!!)

 被弾箇所はスズリの左頬と鎖骨。当然ダメージは通らないが、至近距離とはいえリンキが無視界でも銃撃可能となれば、早急かつ確実に仕留めなければならない。スズリの表情から心理的余裕の色が褪せる。


 双方の戦闘魔法杖が交差した状態で2.45秒の膠着。

 にわかに風が吹き込み、煙の帳が裂ける。

 2人の視線が再び衝突する。


 スズリの反応が早かった。

 戦闘魔法杖を引き戻すと同時に、疾風のような廻し蹴りでリンキの足を払う。

 #ズン゛ッ!!#リンキは何が起こったのか理解する暇も与えられず、床の上に引き倒される。


「覚悟を!」

 一切の抵抗を封じるべく、スズリは左足で#ゴンッ!#、銃を握ったままのリンキの右手を踏みつける。さらに銃剣をリンキの幼い喉元に強く圧しつけ、自身の優位を確実なものにする。まるで標本にされる昆虫のようなザマだ。

「くゥ…………ッ」


 絶体絶命。だが銃剣の刃はまだリンキの喉を喰い破ってはいない。バリアコーティングの層が刃の侵撤を阻む。

 バリアコーティングは人間の急所を優先的に護るよう設定されている。魔力が尽きない限り、頭部から胸にかけての致命的部位の保護が失われることは、基本的にありえない。

 そう、魔力が尽きない限りは。


「いくぞ1発目ェ!」

 >>#コ゜ィォァオ オ ァ ン ッ ッ !!#<<

 スズリの戦闘魔法杖がリンキの顔面に[ShootingStar]を放つ。美しい流星の音響を伴って烈風が吹き荒れる。風に逆立つスズリの髪。視界を遮っていた灰色の煙が千々に散る。

 叩き込まれる暴力的エネルギーに対してショートソードの防御システムが全力で抗う。衝撃の分散。ダメージの遮断。運動エネルギーの相殺。背後は床。逃げ場はない。防御は完全に機能しているが、攻撃を防ぐために相当量の魔力消費を強いられる。


「2発目ェッ!!!」

 >>#コ゜ォ オ オ ォ ン ッ ッ!!!!#<<

 情け容赦のない追撃がリンキの下顎にブチ込まれる。

 それでもなお、魔法少女システムの防御機能は健気にリンキの頭部を完全に護っている。

 しかし――、


*ビゥィ――――――!!!*


 リンキの耳に警報音。視界の辺縁が赤く点滅し、システムが非常を(しら)せる。

「な、!!?」

 シールド制御UIが投影され、バリアコーティング一部解除の表示が。

「削りきったぜェぇ!」

 スズリの不敵な笑みがリンキを見下ろしている。


『少年、魔力量低下警報だ』

 バリアコーティングはその原理上、常時多量の魔力を消費する。加えて、攻撃を受けた際には同等のエネルギーで相殺し、かつ損耗した層を補うためさらに魔力を費やすことになる。即ち連続で直撃弾を受けた場合、魔力の供給が追い付かずエネルギー欠乏が生じる。

 魔法少女システムのコアは魔力を無尽蔵に生み出す機関である。とはいえ、瞬間あたりの出力には限度がある。生成された魔力を一度キャパシタに貯蓄することで瞬間的な大出力要求に応えられるよう設計されているが、キャパシタ内の貯蔵魔力が尽きた場合は、コアそのものの出力に頼らざるを得ない。そして、ショートソードのコアがエンジェルモデルの全力全開に耐えられるかといえば、答えは否である。

 それでも全ての防御が一度に解除されることはない。手足などの比較的優先度の低い部位の防御を解除し、死守すべき頭部から胸部にかけてのシールドに魔力を回すよう、システムが自動的に切り替えを行う。つまり、全身のバリアコーティングを維持するだけの出力が得られないため、やむを得ず急所以外を犠牲にして、致命傷だけは避けるようプログラムされているのだ。

 これが現在リンキのショートソードが陥っている状況、――言い換えるならば、あとわずかで全てのシールドが失われるギリギリのラインということである。


『もうバリアコーティングがもたない。残念ながらここまでだな……』

 乙多見の無情な宣告。バリアコーティングなしで魔法少女に立ち向かうのは実質的に不可能であり、防御の喪失は敗北に等しい。

 魔法少女システムの詳細など知らないリンキでも、この状況が致命的なのは言われずとも理解できる。


「次の一撃で頭を砕く! 痛みはないから安心して」


 エンジェルモデルのコアから溢れる魔力が、スズリの腕を伝い戦闘魔法杖へ注がれていく。計算上、過不足なく、ひとりの魔法少女を殺すことができる必要十分な量のエネルギーが、リンキの頭蓋を粉砕するためにチャージされる。


 リンキはちらりと右手の方に目をやる。与えられた戦闘魔法杖はまだ手の中にあるが、スズリに強く踏みつけられ動かすことはできそうにない。

 体を立て直そうにも、喉元を銃剣の先端で押され、上半身を起こすこともできない。さながら標本にされる昆虫の様。

 攻撃手段を封じられ、盾を砕かれ、これ以上何ができるのか。

 魔法少女の力を得たものの、やはり本物の魔法少女にはかなわないということか。

 リンキの目尻に諦めの色が滲む。


 降参するか。

 降参すれば命は助かるのか。

 ――否、その選択肢は初めからない。

 あの日、リンキは心に決めたのだ。あらゆる手を尽くして姉を取り戻すと。そのために、目の前の魔法少女を倒さなければならない。

 死にたくないのではない。命が惜しいのではない。

 生存本能でなく、さらに心の奥底に燻る欲望として、

 ただ、目の前の敵に勝ちたいのだ。


(ねえさん、どうすれば)

 ゆっくりと瞬きをするふりをして、リンキは姉の記憶にすがった。こんな時どう対処すべきか。必要な助言を求めて。


 ――「ピンチの時はね、相手が女だろうと男だろうと、思い切り股間を蹴り上げるんだよ」――


 天からの啓示よりも遥かに信頼できる姉からのアドバイス。いつ、どこで聞いた言葉なのかはどうだっていい。

(わかった。そうするしかないよね)

 リンキは迷いなく、その助言に全てを託す。


「ご冥福をお祈りするぞリンキぃ!」

 魔力チャージ完了。勝ち誇った顔でスズリが戦闘魔法杖のトリガーを引き絞る。

 ――その瞬間を、リンキは見逃さなかった。相手の意識が最も集中し、そして視野が狭まる一瞬を。


「でいッ!」

 #ゴッッ# リンキはまだ自由の利く左手で、自身に向けられている銃身の側面を全力で殴りつける。

 銃口がほんの63mm右方へブレるが、そんな衝撃に抗えないようなスズリの腕力ではない。

「往生ォ際ぁ!!」

 スズリは大して動じる様子もなく再び照準をリンキの顔面に合わせる。その態度に薄く苛立ちと怒りの感情が見える。

 だが、リンキが欲しかったのはこの0.92秒間の猶予と、意識の一瞬の散逸。


(いま!!)

 限りなく素早く、さながら海老のように、

 リンキは足と腰を屈曲し膝を引き寄せると、

 渾身の力を込めて、


「ぅおらああああああああああああああああ」

 ⇧#ス_ドォゥッッン_!!#⇧


 スズリの股間を、真下から蹴り上げた。


 例えるなら逆バンジージャンプ。人体中最大の大腿四頭筋・大臀筋の生み出す脚力は魔術的パワーアシストによりさらに強化され、その巨大なエネルギーがスズリの体躯を秒速18mで垂直に打ち上げる。実に人体を16m以上の高さまで吹き飛ばす程の力である。

 しかし、その先は青空でなく――


 #*ゴメ゛ギィッ*#

 スズリは顔面から天井に激突。

 胸から腹を強かに打ちつけ、蛍光灯と石膏化粧板を粉砕。

「ぐおハッ……」肺から空気が絞り出される。


 重力加速度で背中から落下し始めるスズリを横目に、リンキは横ローリングで立ち上がる。

 ショートソードの魔力量低下警報はまだ消えていない。バリアコーティング再展開までのカウントダウンが【残り36秒】を示している。


 スズリは落ちながらも、猫のようにしなやかに宙で身をひねり反転。

 *ストンッ*と床に降り立つ。両足左手の美しい三点接地。

 降り注ぐガラスや石膏の白い破片が光を反射して煌めく。エンジェルモデルの名に相応しい天使然とした光景だが、陰で爛々と光るスズリの目つきは悪魔に近い。


「よくもォ……ッ!」

 これまで以上に怒りを露わにするスズリ。噛み締めた奥歯がギリリと鳴る。

 だがリンキとしても黙って殺されるわけにはいかない。


(とにかく距離を――)

 リンキはバックステップでトン、トンッと屋外へ脱しようとしたが、

(――――いや、違う。)

 立ち止まる。


 スズリの向ける銃口が視界に入った。

 真っ直ぐに向けられた銃口と、その延長線上にある自分の体。

 こちらを睨みつけるスズリの双眸と、その眼球の動き。

 戦闘魔法杖を握る手。トリガーにかかる指。ストックを支える肩の揺れ。

(この感じ…………!)

 知っているのだ。決死の覚悟が切り開く道があることを。


「くたバれぇぇえああっ」

 ≫*コ゜コォンッ!!*≪

 憤懣と覇気の乗った怒声。スズリの戦闘魔法杖が光を噴く。


 リンキは迷わず前へ踏み込んだ。

 まるで恐れなど知らないように。


 魔弾はリンキの頬を掠め、その背後の窓枠を#メギャンッ#とへし折る。

 亜麻色の柔らかな髪が突風に踊る。

「外した!?」

 スズリが目を見開く。目前の結果が信じられず。

 実のところ、弾があたらなかったことに驚いたのではない。

 リンキが回避行動をとらなかったことに、意表を突かれたのだ。

 

 何故避けないのか。

 あたらない確信があるからだ。


 ――――「要は、弾は銃口の向いている方にしか飛んでこないから、その先にいなければ被弾しないってわけ」

 記憶の中でレンカが優しく語る。

(そうか……こういうこと!)

 リンキは淀みない判断とステップで、また一歩間合いを詰める。


「くそォオっ」

 ≫*コ゜ォォンッ!_コィィォンッ!!*≪

 2発目、3発目がリンキの右脇の下をすり抜ける。

 スズリにしてみれば、あと一撃リンキに加えることができれば、それで勝てるという状況。しかし、その一撃を命中させることができない。焦りが募る。

「ユマみたいな動きしやがって!」


 そしてなおリンキは前進を止めない。

 ――――「初弾は銃口を、次弾は相手の目を追えば弾道が読める」

(その次は?)

 ――「その次は肩、それから腰と足の向きを見ればいいの」

 姉の言葉が次々と蘇る。

 机上の空論だと思っていた。人の動体視力はそれほど良くないし、生身の反射速度では、飛来する弾丸を避けることなど不可能だ。

 でも今は違う。魔術の力で強化された自身の肉体が、リンキの思うままに躍動する。


 リンキは右足を踏み込み、低姿勢で鋭く左方へ切り返す。床板が摩擦に唸る。

 スズリの視線がそれを追う。しかしワンテンポ遅い。

(見えた!!)

 この瞬間、リンキの目は明確にセーフゾーンを認識した。

 敵の攻撃が絶対にない、射線と交わらない安全地帯回廊がスズリの元まで伸びているのが、はっきりと分かる。これは確信であり、確信は行動に直結する。


「そこだァァアッ!!」

 #ドゥ゛ッッ!!#<<

 床を蹴り、瞬く間にスズリの懐に跳び込む。

 敵の銃口のさらに向こう側。弾を受け得ぬ絶対安全圏。

 すかさず左手でスズリの戦闘魔法杖を掴み、銃口をグイッと強引に上へ持ち上げる。

「なァッ!?」スズリの驚愕。

 同時にリンキは自分の戦闘魔法杖をスズリの顔面に向け、

 親指でセレクターレバーをはじく。

 *カチッ*フルオートへ切替。ディスコネクター無効化。

 トリガーを引く。解放された撃鉄がファイアリングピンを叩き、撃発。

「割れろォ!!!」


 ズ[39]

 ド[38]

 ダ[37]

 ダ[36]

 ダ[35]

 ダ[34]

 ダ[33]

 ダ[32]

 ダ[31]

 ダ[30]

 ダ[29]

 ダ[28]

 ダ[27]

 ダ[26]

 ダ[25]

 ダ[24]

 ダ[23]

 ダ[22]

 ダ[21]

 ダ[20]

 ダ[19]

 ダ[18]

 ダ[17]

 ダ[16]

 ダ[15]

 ダ[14]

 ダ[13]

 ダ[12]

 ダ[11]

 ダ[10]

 ダ[09]

 ダ[08]

 ダ[07]

 ダ[06]

 ダ[05]

 ダ[04]

 ダ[03]

 ダ[02]


 火花四散。

 弾丸乱舞。

 目まぐるしく数を減らす残弾カウント。

 暴れる銃口と激しく肩を揺さぶる反動。


「クハハ無駄ァ!!」

 だが魔法少女の防御システムは通常火器に対してほぼ無敵。特に頭部を中心としたクリティカルエリアの守りは異常なまでに厚く硬い。

 *バキキコキカィィィィィィィィィンッッ!!*

 真鍮被覆の鉛製弾芯5.56x45mm弾がエンジェルモデルのバリアコーティングに次々と阻まれる。あるものは潰れ、あるものは爆ぜ、そしてまたあるものは跳ねる。その度にオレンジの火花が散り、マズルフラッシュと相まって互いの網膜に鮮やかな残像を描く。

 過熱した銃身から煙が立ち上る。硝煙の匂い。床に降り注ぐ薬莢の雨が、カララコロロと地獄のドラムロールを奏でる。


「気が済んだかァァァア!?」

 リンキがトリガーを緩める。射撃音の嵐が止む。

 銃声の余韻が残る中、赤熱したバレルがシュゥゥゥゥゥゥと鳴いている。

 超至近距離で狂気のフルオート射撃を叩き込まれたにもかかわらず、スズリの顔には恐怖の気色はない。平然と爛々とした両眼でリンキを睨み返す。余裕のガードだ。度胸が違う。


 結果、リンキの放った弾は一発たりともエンジェルモデルのバリアコーティングを貫徹しなかった。

 それでもリンキの目は語っている。これも想定内であると。


「――――まだ――」

 リンキの右肩が動き、スッと銃口が下がる。

 スズリの額から正中線をなぞるように下へ。

 2人の視線がその先を追う。


「もう一発ッッ!!」

 #*ドッッ_ダンッ!!*#

 リンキは撃った。


「ゥグッ……」

 突然の激痛に、スズリが目を見開く。

 食いしばった口の両端から苦々しい呻きが漏れる。

 被弾の衝撃に肉体が大きく振動する。


 腹だ。

 薬室と弾倉に残っていた計2発の弾丸が、スズリの腹部に突き刺さった。

 魔法少女の服を裂き、皮膚を貫き肉に深く食い込んでいる。

 バリアコーティングは反応しなかった。

 リンキの放った弾丸は何にも阻まれることなく、魔法少女の体に傷をつけたのだ。廃校舎での敗北から1年、ついに魔法少女に対して一矢を報いたのである。


 _ドサッ_

 スズリが膝から崩れ落ちる。

 腹部に赤黒い染みが広がり、鮮血がスカートを伝って床に滴る。

 リンキがスズリの戦闘魔法杖から手を放し、杖はガシャリと力なく地に落ちた。


「ハア…ハァ………勝った……?」

 興奮に震える体を抑えながら、リンキは項垂れたスズリのうなじを見つめる。

 決してまぐれではない。情報の分析と計算の結果である。

 魔法少女の防御システムは非常に強力だが万能無敵ではない。エネルギーの欠乏により機能不全に陥り得ること、そして連続被弾に弱いことを、この短時間に身をもって学んだ。エンジェルモデルのバリアコーティング優先設定がリンキのソードモデルと同じである確証はなかったが、零れた跳弾がスズリの下半身ではバリアコーティング干渉反応を起こさなかったのを、あの乱射の最中その目で確認している。あとは、できる限りギリギリまで魔力リソースを頭部防御に回すことを強いながら、最後の一撃を加えるための弾丸を残すという微妙な調整をして、そして掴み取った勝利だった。


(やったよ……ねえさん……)

 そっとスズリに背を向け、屋外へ脱すべく踏み出した。

 その時、


「2発じゃん嘘つきガァ……」

 背後で声。

 ジャリ…と足音。

(そんな――)

 ハッとして振り返るリンキ。


「今ので私を倒したと思ったら大間違いだぞリンキィ……」

 低く唸るような声とともに、スズリがぬるりと立ち上がる。

 *ポタタ*血が滴り、床に赤黒い華が咲く。

(戦闘能力は奪ったハズ!?)

 1,700Jもの運動エネルギーを持つ弾丸の直撃を2発だ。命は奪えなかったが、それでも行動不能に追い込んだ確信があった。

「下のバリアを捨てたのは早計だった。この痛みは未熟な自分への戒めェ……」

「どうして……」

 しかしスズリは再び立ち向かってくる。リンキが思ったより傷口が小さい。出血も想定よりずっと限定的だ。

「腹直筋が少し切れたけど……バイタルは全然生きてるぞ馬鹿メ!!!」

 エンジェルモデルの人造神格がその覇気に呼応し、コアの輝きが増す。


「くッ」

 リンキは慌てて戦闘魔法杖を構えるが、弾は全て撃ち尽くしてしまったことを思い出す。弾倉を交換しようと手を腰に回したところへ、


「[corvus(コルヴァス)]ッ!!!」

 スズリが怒鳴るようなコールで術式ロード。

 即時発動。スズリの広げた左掌上、直径10㎝の黒色小球が現れる。


「動くなよォ!」

 *パキィィィイイインッ*

 黒球を握り潰しながらリンキの腹に叩きつける。その瞬間、ひと塊の黒い球体は無数の微細な鱗片状粒子と化して拡散。

「マーク!!!」

 宙を舞う破片は、即座にリンキの体表面に吸着。胴から手足にかけて、まるで鴉か蟻の群に襲われたかのように、瞬く間に黒い鱗片に覆われていく。


【拘束魔術[corvus]:標識した対象を空間に繋留する。】


「体が……ッ!!?」

 リンキの身体を現在位置に縫い付ける。黒い鱗片は標識子(マーカー)であり魔力の運搬子(キャリアー)である。さながら十字架不要の磔刑。黒球に充填された魔力の限りにおいて相手の動きを封じるだけのシンプルな魔術。

 リンキは身を捩って脱出を試みるが、纏わりつく黒い影は尚その身体を強く締め上げ抵抗を封殺する。

 本来それほど強力な魔術ではない。拘束可能時間は7.0±0.5秒。

 だがスズリには十分。


 *スチャン*

 スズリは戦闘魔法杖から銃剣を引き抜く。

 左手で逆手に握ったステンレス鋼製の刃が冷徹に光る。

 自由を奪われたリンキに正対し、力の限り、一切の躊躇なく、


「ォらァッッ!!」

 ##ズゴシャアッ――>>##

 その左目に銃剣を突き立てた。


「――――――――――――ッッ!!!」

 #*ギィィンッッ!!*#

 声にならないリンキの悲鳴。

 否。寸前でショートソードのバリアコーティング層が再展開。刃の侵入を阻む。切先から角膜表面まで僅かに0.02mm。

(助かっ―――)一瞬の安堵。

 しかしスズリは退かない。


「ごめんユート!【翼】を使うッ!!」

『不許可だ』


「[Sagl.]」

 乙多見の言葉を無視して、スズリは唸るように術式略称コール。その言葉に呼応して、スズリの背に一対の翼が現れる。両肩甲骨から左右に伸展する透き通った光の翼。飛行ユニットではない。魔力粒子で構成された魔術的情報処理セルの集合体、即ちエンジェルモデル本体コアの処理能力を補完するための仮設型拡張演算領域である。

 暗がりの中煌々と輝く翼。逆光に浮かび上がるのは殺意に満ちたシルエット。


 スズリは左手で銃剣を眼球に押し当てたまま、右手の戦闘魔法杖を放り上げ空中で半回転。

 *パシッ* バレル側をキャッチ。スゥッと銃床をハンマーのように振りかざす。

 その姿は、さながら石像に相対する彫刻家の如く。


「穿てッ、――」

 高く掲げた銃床を、

「―――ザァァアアクッ、ナァァアアアゲルァッッ!!」

 渾身の力で銃剣の柄頭へ振り下ろす!



 ゴキォァアッッ、、、、



【徹甲魔術[Sargnagel]:自己最適化するシールド侵徹魔術を連続試行し防御を突貫する。】


 衝撃を合図に、間隙なく繰り出される侵撤魔術の連撃が、ショートソードのバリアコーティング層に喰らいつく。人の体感ではほぼ一瞬の極短時間、切先とバリアの狭間、極小の接点上で繰り広げられる魔術の攻防。

 コアと拡張演算領域を連結フル稼働し、シールド反応のリアルタイム解析と次弾への即時フィードバックを連鎖的に反復実行。試行回数と分析速度の暴力。回を重ねる毎に高速で最適化されていく侵撤魔術が、幾重にも張られたソードモデルの防御機構を容赦なく引き剥がしてゆく。僅か0.72秒でショートソードの防御機構は決壊した。

 1秒未満のうちに数百兆回という超高速魔術処理による負荷で、スズリの輝く両翼は瞬く間に焦げ付き、急激なセルの劣化閉塞が生じる。


 硬く鋭い銃剣の先端が眼球へ深く圧し込まれ、左眼窩底を貫通、硬膜を引き裂き脳幹へ到達。生命維持機能の中枢を断たれ、断末魔の叫びすら上げられずリンキの生命が停止する。

 役目を果たした双翼が、スズリの背で真っ黒になり灼け落ちる。その様はまさに堕天使そのもの。


「はッ……」

 力を使い果たし、スズリの口から短い息が漏れる。

 魔術による拘束が解ける。糸の切れたマリオネットのように、リンキの身体は固い床に崩れ落ちた。


『――――決着だ少年』

 乙多見の冷たい宣告をリンキが聞くことはなかった。

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