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第2話 姉を買い戻せ!

【前回のサマリー】

少年兵のリンキは姉のレンカとともに空薬莢拾いをしていたところ、敵対勢力アライアンスの魔法少女に見つかってしまい、抵抗も空しく殺されかける。しかし味方の魔法少女である領主ファルマキア卿が駆け付け、なんとか一命をとりとめた。


挿絵(By みてみん)


 同時にお風呂に入っても、髪が長かったりする分、ねえさんの方が時間がかかる。

 だからいつも僕だけ先にベッドに入って、ねえさんが来るのを待ってるんだけど、疲れている日は先に眠ってしまうこともある。そう、こんな日は――。


 濃紺の空に月。カーテンの隙間から透明な光の粒が砂時計のようにさらさらと流れ落ちる。そんな静かな夜。眠るリンキの頬を青白く照らす。

 6畳の小さな部屋にベッドがひとつと机がひとつ。壁際の衣装箱と素振り用の木剣。これがふたりの部屋のすべて。


 安らかな眠りのさなか、リンキは突然布団を引き剥がされ、何かが体の上にのしかかるのを感じた。

「ねえ、リンキ」優しく名前を呼ぶ、この世で一番落ち着く声。

「……ねえさん?」

 リンキが重たい瞼を開けると、レンカの顔が目に入る。リンキの上にまたがるように座っている。

「起こしてゴメンね」

 月明りの中揺れる長い髪。身体を覆う湿度。甘い石鹸の匂い。寝間着の薄い布越しに腿の温度を感じる。

「重いよ……」

 リンキは身をよじるが、レンカは退けてくれそうにない。いつものことだが。

「あのね、大切なお話があるの」

 そう言ってレンカは、吐息交じりの声で静かに語り始めた。


「ひとつめは、まだお礼を言ってなかったから」

「お礼……?」

「あのとき、私のために戦ってくれたの、嬉しかった。ありがとう」

 レンカはそっと身を屈め、弟の鼻先に口づける。はらりと髪が肩から零れ、リンキの顔にかかる。


 3日前のこと。リンキとレンカは魔法少女同士の戦闘に巻き込まれた。

 2人は気を失ったまま領主の軍に回収され、最低限の検査と治療の後、自宅に引き渡された。少々乱暴に扱われたせいでいくらか擦り傷はあったものの、奇跡的に後遺症はほとんどなく、残っていた頭痛も翌日には解消。すぐにいつも通りの生活が戻った。

 そう、結果として2人は魔法少女に襲われながらも生還したのだった。

 しかしリンキは独り後悔していた。


 ――うまく言葉にできないけど、結局自分は足りなかったんだ。何もかもが。

 あの時、たとえ攻撃が効かなくても、そのまま撃ち続けるべきだった。怖かったんだ。勇気が足りなかった。それだけじゃない。攻撃が効かないと分かった後、次善の手を見つけることもできなかった。冷静さも知恵も経験もないせいで。

 あの場で自分がもっとうまく振舞っていたならば、少なくともねえさんは敵の餌食にならずに済んだのに。

 ねえさんを護りたい。その気持ちだけで跳び出した。でも、どうだろうか。本当は何もしない方がマシだったのかもしれない――。


「違うよ、ねえさん」

 リンキは本心から姉の言葉を拒もうとしたが、

「違わない」

 レンカが遮る。

「何か言いたそうな顔だねリンキ。でも言わなくてもいいよ」

 レンカは人差し指でリンキの唇をそっと押さえ、黙らせる。

「私たち2人で全力を尽くして、結局2人とも生き残れたんだから、あれで正解」


「正解……って?」

「反省は大切だけど、過去は常に正解なの。間違いにはならない」

 リンキの心の深い部分を縛っていた悩みが融解していく。

「わかる? リンキにはまだわからないかなあ」

 両手でリンキの頬をむにむにと弄ぶレンカ。

「むにゅぅ」

「たとえ勝てなくたって、生きていれば、これからどんどん強くなれるからね」

 その一言が、リンキにとって救いだった。


 ねえさんの言葉の意味は、正直よくわからない。でも、なんだか心が軽くなる。確かに僕の行動は”最善”じゃなかったし”成功”もしなかったけど、それでも間違いじゃないんだ。

 そうか。次を頑張ればいいんだ。次につながる失敗は間違いじゃないんだ。次はうまくやれるなら、失敗は正解なんだ。もっともっと強くなって、次は完璧にねえさんを護って見せるから。


 リンキには夢がある。夢というには、あまりにもささやかな希望が。

 姉とともにいつまでも幸せに暮らしたい。できればお金のことや戦争のことも、何も心配せず、ただ静かに。それだけが望み。

 もちろん、今はとてもそんな状況ではない。でもいつかは。

 いつか、平和な日々を手にする日のために。

 その日のために、強くなるのだ。


 月が薄雲を透かして淡く七色に光る。音もない静かな夜。甘い石鹸の香りは、いつも優しい記憶と肌のぬくもりにつながっている。

 大切なものがある、守りたいものがあるということ。それは幸福であり呪いである。


「それと、あとひとつ、言わなきゃいけないことがあって」

「ん、なに?」

 レンカはその手をリンキの顔から離すと、

「私、この家から出ていくことになった」


 月が雲の間から顔を出す。にわかに煌々とした光が差し込み目がくらむ。木々が夜風にさざめく。


「…………え?」

「本社の領主様のところへ行く」

 この田舎町を治めるのはささやかな地元企業だが、そのさらに上に人々が【本社】と呼ぶ大企業が存在する。遠く離れた大都会にあるらしいが、2人とも訪れたことはない。企業とはいっても、実態は封建領主とその統治機構であるが。


「その代わりに、たくさんのお金がうちに入ってくるから、だいぶ生活も楽になると思う」

「ど、どういうこと……?」

「領主様が私を買ってくれるの。私、顔が良いから」

「”買ってくれる”って…………奴隷になるってこと?」

 名目上は「奉公」などと呼ばれるが、基本的人権を含む様々な権利が制限される、主人の所有物としてのいわゆる「奴隷」身分。ユニオンの下級評議会(インフェリオル)は決して認めないが、事実上の奴隷制は多くの都市で黙認されている。そして奴隷の供給源はほとんどの場合、戦争捕虜か貧民の身売りである。


「そう。だから、リンキやみんなともしばらく会えない。寂しくなるね」

 確かに施設の経営はとても厳しく、日々の食事もギリギリだ。それはリンキもよく知っている。両親が本社の領主に実の娘を売ってしまったとしても不思議ではない。

「家事とか得意だし、うまくやっていけるから」

 奴隷の仕事は平たく言えば奉仕一般であり、主人次第で家事以外にも従事させられることが普通である。そして当然、奴隷側に選択の余地も拒否権もない。


「これでリンキも戦場に出なくて済むと思うから、よかったね」

 逆光でレンカの表情はよく見えない。口元は笑っているように見えるが、感情までは読めない。

 レンカが指を絡ませリンキの手を握る。リンキの腹の下に股を押し付けてくる。ギシリとベッドが軋む。リンキは知っている。それはレンカが寂しいときの仕草。

 皆寝静まった静かな夜。大きな月だけが2人を見下ろしている。

「……誕生日も祝ってあげられなくてごめんね」


 そんなことはどうだっていい。そういう問題じゃない。謝らなくていい。謝らないでほしい。誰も悪くない。だからどうか――――。

 無限に湧き出す感情がリンキの頭の中にあふれ、しかし言葉にならず滞留する。形を失った感情の渦が思考をかき乱す。

 絶対に離すまいと、指に力を込める。掌に互いの汗が滲み混じりあう。

 こんなにも近くにいるのに、姉の存在がとても遠い。こんなにも強く繋がっているはずなのに、間もなく他の人のモノになってしまう。


「私のことは心配しなくていいから。――――強く生きて」


 感情の嵐の中から、ようやくリンキは言葉を絞り出した。

「……いつ出て行くの?」

「明日」


;・*・;・*・;・*・;・*・;


 翌朝リンキが目を覚ますと、既にレンカの姿はなかった。

 強く強くその手を握っていたはずなのに、布団にわずかな温もりだけを残して、レンカはこの家を去った。


 ただ姉がいないだけの、その他のすべてがいつも通りの1日だった。

 父親にきいてみた。

「ねえさんは?」

「リンキ、お前も聞いただろう。レンカが奉公に出るのと引き換えに、本社が運営資金を補助してくれることになった。だからリンキはもう金を稼がなくても大丈夫だ。レンカのおかげだ。良かったな」


 喜ばなきゃ。感謝しなきゃ。でも嬉しくなかった。

 日が暮れるまで呆然と過ごした。その日の夕食はいつもより少しだけ豪華だった。皿に盛られた肉が、なんだかそれ自体が姉のような気がして、食べられなかった。施設の子供たちは喜んでおいしそうに食べていたが。


 独りで風呂に入り、独りの部屋に戻ってベッドに横たわる。布団に残っていた温もりも、あの石鹸の香りも、ここにあるはずなのにどこかへ消えていた。月は昨日より少し低く、その円い縁に少し影がさしている。


 こんな時だけ冷静な自分が嫌になる。無駄だとわかっていても、全てを投げ出してねえさんを追いかかけられればよかったのに。でも、できなかった。


 少しでも姉を感じようと、衣装箱の中、レンカの残していったものを漁る。しかし元々そんなに服も道具も持たなかったレンカは、リンキとの共有物以外は全て持ち出してしまったようだ。

 そんな中、ふと衣装箱の隣に立てかけた木剣が目に留まる。

 何かの木を削って作った模造の剣。刃のない厚い身にはいくつも傷があり、柄の部分は手の形にあわせて多少擦り減っている。長く使い込まれた証。

「忘れてた」

 そう呟くと、リンキは木剣を握り、寝間着のまま庭へ出た。


 雲ひとつない夜空。欠けてもなお燦然と輝く月は、他の星々の姿を隠すほどに明るく、この庭と家々の屋根を檸檬色に照らしている。


 それはリンキとレンカにとって大切な日課。

 できるだけ毎日欠かさず素振りをすること。いつから続けているのか覚えていないが、「継続は力なり、だよ」というレンカの声が鮮明によみがえる。

 剣の扱いは全てレンカが教えてくれた。伝統的な剣道とは少し違うけれども、構え方、足さばき、打突、防御――――動作のひとつひとつをリンキの体が覚えている。

 射撃訓練はお金がかかるが、剣の稽古であればタダである。別に戦場で役立つわけではないが、体幹を鍛えられ筋力もつくので、日課として2人でいつも素振りや打ち合いをしていた。


 右手で木剣の柄を握り、夜空に向けて高く掲げ、そして力いっぱい振り下ろす。

 右足の踏み込み、腰の捻り、肩と手首の回転が重なり生み出す高速の斬撃。

 //ヒュゴゥッ//と刃が風を切る音。

 不思議と勇気が湧いてくる、この感覚。


 もう一度、切先を高く高く、月へ突き付ける。

 大切なことを忘れていた。自分は強く生きなければならないんだ。

 昨日の夜の、レンカの言葉を思い出す。「強く生きて」。それが姉の望みなら、自分はそれに従おう。


 この世の中は強さが全てだ。

 強さがあればなんでもできる。愛する姉だって取り戻すことができるんだ。

 まずはお金を稼ごう。レンカが一体いくらの値で買われたのかは見当もつかないが、自分にできるだけのことはしよう。幸いにして自分には兵士としての資格がある。戦えばたくさんお金が稼げるし、敵を倒せばそれだけ地位も上がる。単純な世の中で本当によかった。心の底からそう思う。「強くて地位のあるお金持ち」になって、姉を買い戻すのだ。

 姉を取り返す計画が少しだけ見えてきた。第一歩はとにかく強くなること。うっかり死なないこと。そして強い敵を倒すこと。


 木剣を強く振り下ろす。空気が裂ける音がする。


 翌日から、リンキはまるで人が変わったかのように努力した。

 いなくなったレンカの分まで施設の手伝いを引き受けた。

 少しでも小銭を稼ぐため空いた時間を見つけて資材拾いもした。

 もちろん忙しい日々の中でも基礎鍛錬は欠かしてはならない。辛いときも、厳しいときも、常に胸の内に姉の言葉を胸に刻んで、リンキは毎日木剣を振るった。

 そしてたまにはまとまった金を掴むため、両親の目を盗んでは戦場に出向いたりもした。もっとも両親ともに、そんなリンキの行動をさほど気にしていなかったようだが。


 そんな生活を続けながら、12カ月の歳月が流れた。1年あれば人は変われるのだ。あの頃と比べて、リンキは幾分か精悍な少年になった。

 そして転機は訪れる。

 父親がとある仕事の情報を仕入れてきた。

「知り合いが仕事を紹介したいそうだ。金が必要らしいなリンキ」

 どうして急にそんなことを言い出したのかと少し訝しみつつも、リンキは父親の提案に乗った。ささやかな誕生日プレゼントのつもりらしい。曰く、増加する戦災孤児を収容するため施設の増築をしたいが、そのためにまとまった金が必要らしい。仕事の成功報酬の2割を施設に、残り8割をリンキが受け取るということで合意した。


 仕事の内容。それは暗殺。

「殺しの標的はMGらしいぞ。頑張るんだな」

 いうまでもなく、MG即ち魔法少女はこの世のヒエラルキー頂点に君臨する最強の戦士階級であり、一介の少年兵に過ぎないリンキにとって、殺すことは愚か傷を残すことすら困難である。なによりその絶対的な強さは、1年前の敗北で身をもって経験している。

 しかし、依頼主には必勝必殺の策があるという。


 ターゲットはアライアンス陣営の魔法少女。『鋼鉄の堕天使』鉄スズリ。

 これはチャンス。うまくいけばリンキの欲するふたつのモノ――多額の報酬、そして魔法少女を倒した実績を同時に手にすることができる。

 リンキは強大な敵に対して、下剋上を挑むことになった。

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