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第1話 魔法少女前進セヨ

魔法少女規格の原案者である青川さんへ敬意を込めて。


挿絵(By みてみん)


 紛争や環境開発における諸禁術の濫用は深刻な不可逆的時空間歪曲をもたらし、もはや従来暦が適用不可となった現代。人類は暦の初期化再設定を決定し【第二紀元】を導入、新たな救世主を迎えることなく、次の時代へ突入した。

 資源の枯渇、紛争の拡大、極端な治安の悪化により国家は諸権力を喪失し衰退した。機能停止した諸国の中央政府に代わったのは、【領主企業(カンパニー)】と呼ばれる新興地方勢力である。大小様々な企業がそれぞれの所領を治め、さらにそれらを統轄する二大企業連合【ユニオン】と【アライアンス】が世界中で互いにしのぎを削る、封建企業制へと静かに移行していった。

 数知れぬ命と尊い文明を犠牲にしながら、世界は今なお戦火の只中にある。


 ◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇


 日暮れ。空では東の紺色と西の茜色が溶け合い、金の千切れ雲が流れる。

 墓標の如く立ち並ぶ無垢で巨大な廃屋の黒いシルエット。ひび割れたアスファルトの道に長い影を落とす電柱。絶え間なく吹き抜けるビル風に、灰色の土煙が濛々と立ち込める。乾いた砂埃に火薬と土、得体の知れない何かが燃える臭い。

 風音に紛れて*パンッ、パパンッ*と散発的な銃声が廃屋の間にこだまする。


「ねえさん、まだ終わらないね……」

「リンキ、あまり乗り出さないでね。居場所がバレる」

 姉の久々原レンカ(15)と弟のリンキ(10)はいつものように空薬莢拾いに来ていた。

 2人はユニオン陣営の少年兵である。訓練を受け戦場に出る資格を持つが、それでも両親が経営する児童養護施設の運営費用を賄うため、あらゆる仕事をこなさなければならない。

 ここは境界線未確定の紛争地帯。建物の角や窓の下など、真新しい弾痕は勇敢な誰かが戦った跡。そんな場所には鈍色の空薬莢が落ちている。再利用できそうな薬莢を拾っては袋に詰める。洗浄して分別すれば、資源が乏しいこの時世、それなりの値で売ることができる。稼ぎとして十分とは言い難いが、報酬目当てで戦列に加わるより遥かに安全である。


 しかしその日は運が悪いことに、回収作業中に戦闘が始まってしまった。

 廃校のグラウンド、体育館と校門を結ぶ対角線上で銃撃の応酬が続く。

 常にどこかで武力衝突が生じているこのご時世、急に銃撃戦が始まることは別に珍しくはない。そもそも空薬莢が大量に落ちている場所ということは即ち、いつ戦闘が再発して当然。むしろ、戦闘が落ち着いたところを狙って綺麗な空薬莢を回収できるチャンスですらある。そういうわけで戦場のど真ん中、2人は銃声が落ち着くまでの間、安全な場所に身を潜めてやり過ごすことにした。


 隠れ場所は教室の中。

 3階建ての校舎。薄汚れくすんだ外壁。ガラスは割れ枠だけを残す窓を通して、橙色の光が教室に差し込む。かつて誰かがバリケードとして積んだ机椅子を歪に照らす。リノリウムの床に積もった埃の匂い。遠くや近くに絶えず聞こえる発砲音。時折、無線機が味方の通信を拾う。黒板には消えかかった【卒業おめでとう】の文字。

「ねえリンキ、そろそろ誕生日だけど、何か欲しいものとかない?」

「うーん……特にないかなぁ……弾があたらない魔法とか?」

「そんなの相手の銃口見てれば避けれるでしょ」

「試したよ。無理だったじゃん」

 教壇の上、教室の黒板の下の壁に背を預け、レンカとリンキは肩を寄せ合う。膝には護身用の拳銃。亜麻色の髪。翠色の目。互いに似通った顔立ちだが、レンカは髪が長く、身長も弟より5.2cm高い。


 避難してから32分。ふと銃声が途絶え、風も凪ぎ戦場に静けさが戻った。

「終わった……?」

 リンキがそっと立ち上がると、ズボンの埃を払いながら窓際へ向かい、恐る恐る外の様子を伺う。夕日の眩しさに目を細める。

「用心して、リンキ」

 味方の人影が建物の間を縫い、後方へ退却していくのが見える。一方で敵も次々姿を消していく。明らかに戦闘を続ける意思はないようだ。

「退却してる。終わったみたい」


 フッと、一陣の風がリンキの柔らかな髪を撫でた。

 ……――バ_ァ゛_ゥ_ン――……

 不意に後方から耳障りな雑音。しだいに大きくなる。さながら巨大な虫の羽音のように。

「何か……来る!」


 ――ブ_ゥ_ゥ_ゥ_ゥ_ゥ_ウ_ウ_ウ_ウ_ウ_ウ_ウ_ン――

 各々50kgの爆弾を固定した128機の無人航空機(ドローン)の群れが雲霞の如く飛来。頭上を高速で飛び越え敵陣方向へ突進していく。


「何だこの数!」リンキが驚きの声を上げる。「飽和攻撃ィ⁉」

 これだけ大量の爆弾。この辺鄙な地域の防衛戦力としては破格、出し惜しみなしの最大火力投入である。

「なんで今更」

「知らないよ! でも――」

 そう、タイミング的に不自然。たかだか日々の小競り合いを止めるために、あれほどの贅沢はできない。むしろ出せるなら初めから出せと思うくらいだ。今更のように大量の火薬と精密機械を消費するのはほとんど無駄遣いである。しかし敢えて今、物量で叩き潰そうとするのであれば、

「……足止め?」

「まさかッ⁉」

 レンカが青ざめる。


 友軍の誰かが遠くで叫んでいる。無線機が422.2MHzの電波を拾う。

『総員――ジジ__繰_り返すッ! MGが来るぞ総員撤退だ下がれェ! こちら間もなくファルマキア卿がシュヴァリエールで出陣()る!』


 マズい。非常にマズい状況であることをレンカは察した。

「なんでMGが⁉」

 【MG】。それは戦地を経験した者なら誰もが恐れる存在。かつて機関銃(マシンガン)が実戦投入された際と同様に、否、むしろそれ以上に(つわもの)共を絶望の淵へ突き落す”兵器”。同じ頭字略称を持つ戦場の悪夢。

 ジジッ__再び無線機が鳴る。

『MGィ! アドバ――――――――――ンス!!』

 その意味するところは即ち【魔法少女前進セヨ】。

 人は言う――その号令が聞こえたなら、すぐに武器を捨てて逃げろと。


 敵陣方面、校門のさらに向こう側、建物の陰でバッと灰色とオレンジの爆炎が立ち昇る。あの爆弾ドローンたちがその身を犠牲に火柱を上げている。

 #ドッォォン__ドァッン# 遅れて炸裂音が連続する。立ち上る黒煙。さらにドローンが次々目標に飛び込み自爆していく。地鳴りとともに廃屋の一部が崩落し、土煙が舞い上がる。


「――!? いる!」リンキが叫ぶ。

 着弾点、瓦礫の合間。濛々と充満する灰の中に、何かが居る。

 リンキは【ソレ】を今まで直接見たことがなかった。だが存在は知っている。この期に及んでようやく己の危機に気付く。

 紅炎を背にユラリと蠢く人影をリンキの目が捉えた。腕――否、銃を持ち上げたようにも見える。

「ねえさん! あそこに、」

 だがリンキの言葉は途切れ、


 ##ジォゴォォオォオオオアアアアアアアアアア_ア_ア__≫≫>>


 濃紺の空を貫く一条の閃光。

 対物魔力粒子砲の輝き。

 射線上の粉塵が叫声を上げて白熱、眩い軌跡を宙に描く。効力射に先立ち大気中の不純物を焼き払うための予備射撃である。網膜に灼けつく白い影。0.35秒の遅れでリンキは身を隠――――


 #>ドッァッッ!!<#

 主射着弾。

 _____##ズォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオァン!!##


 リンキからほんの数メートル先の教室の壁が柱の鉄筋ごと吹き飛ぶ。

 飛び散る内壁と天井版。轟音に震える大気。爆風に煽られ机と椅子が宙を舞う。崩れ落ちるコンクリート片。

「リンキ逃げ――――――――――ッ」

 レンカの絶叫。着弾時の衝撃で一時的に聴覚が効かない。粉塵で視程はゼロ。

 それでも半ば吹き飛ばされるように、リンキがレンカのもとに転がり込む。「早くこっち!」降り注ぐ破片を避けるため、即座に教卓の下に身を隠す。


 教卓の下の小さなスペースに2人体を丸めて納まる。

「ねえさん大丈夫⁉」

 天井から剥がれ落ちる石膏片が教卓の天板をカラカラと叩く。

「うん、早くここから逃――」

 レンカが言葉を切る。

 背後に猛烈に強い気配を察知し、

 そう、すぐ背後に、


 ――ズ ワ ァ ッ ――

 外壁に空いた大穴から舞い降りる、神々しい白翼を負った――――魔法少女。

 頭上に頂く光輪。青藍の両眼に円形の星状虹彩(アストラルアイリス)。装飾を抑えた暗灰色の、厳かにして無機質なMG衣装。袖口とスカートの縁に引かれた純白のライン。黒いロングブーツの両足首には小さな白い姿勢制御翼。腰に締めたベルトのバックルは魔力キャパシタを兼ねる。

 胸に嵌め込まれた水晶状のコアが深く蒼色に輝く。そして最大の特徴は背部腰椎付近に装備した一対の翼。穢れのない純白の鋭角三角形。軽く無機質な無数の羽根の集合が、しなやかにして有機的な印象を与える。人造の天使を想起させる燦然たる姿。

 【MA-01 エンジェルモデル】

 戦場においてその名を知らぬ者はいない。コア定格出力150kRz。量産型魔法少女モデルの傑作にしてアライアンス陣営の主力機である。

 夕陽に照らされた双翼を折り畳む。硝煙の香りが鼻をつく。その右手に握る突撃銃型戦闘魔法杖(バトルワンド)が黒く輝く。


 戦車の装甲、戦闘機の速度、そして戦艦の火力を歩兵サイズに詰め込んだ存在。それが【魔法少女】である。現代魔法技術の申し子にして最強の戦士階級。戦場の支配者にして命の捕食者。選ばれた少女のみに託された超常の力。


「…………」

 教卓の薄い木板を隔てて、敵の魔法少女が数メートル先にいる。

 レンカとリンキは息を殺して、心音も殺して、じっと耐える。見つかれば命の保証はない。生身の人間が武装した魔法少女に対抗する術など存在しないのだから。


「ナニか居た気がしたが……」

 エンジェルモデルの魔法少女がひとり呟く。自分たちが狙われている。その事実に2人の心臓が跳ねる。

 僅かな動きが、ほんの微かな音が生死を分ける。肺よ石になれ、酸素など要らぬ。暴れだしそうな鼓動よ、どうか今だけは沈黙を。

 1秒、1.5秒、1.52秒―――。時間が淀み無限に重く感じる。しかし場の空気は全ての気配を伝えてしまいそうなほどに薄く頼りない。


「――まあいい。ココではないか」

 無限にも感じられた数秒の後、魔法少女はそう言うと、クルリと右足を軸に踵を返した。

(助かった……!)リンキの顔が綻ぶ。

 安堵。解放。その一瞬の弛緩が――、

 ・

 ・

 ・

 コトン、

 リンキの鞄からこぼれた空薬莢が、床に転がる。


「ソコカァ!」

 ――ズパァアンッ‼<<

 僅か0.07秒。空気が張り詰めるよりも早い射撃。

 戦闘魔法杖から放たれた非実体魔術弾が教卓の木板を貫き、正確に床の空薬莢を撃ち抜く。

 +:バキィィンッ:+ へしゃげて跳ねる空薬莢。リノリウム張りの床に穴を穿つ。


「出てキなァ! 武器を捨ててナ」

 投降を促す言葉。

 リンキは反射的に腰のホルスターから銃を引き抜くが逡巡。この銃を捨てて命を拾うべきか、それともこの銃で戦うべきか。初弾で撃ち殺されなかったのは慈悲か幸運か。

 なんだっていい。今は考える暇などない。リンキは決断を下す。

(僕がねえさんを護る!)

 *チャコッ* リンキは躊躇なく拳銃のスライドを引いた。装填完了。

「ダメ! リンキ!!」

 銃を手に教卓の陰から2歩で踊り出る。

 グリップを両手で握りトリガーに指、銃口は敵に。


「ヲ、少年兵か?」

 この瞬間、リンキは生まれて初めて魔法少女と対峙した。身長は自分とほとんど変わらないはずなのに、何百倍にも強大に感じる。異常なまでの威圧感。それを裏付ける絶望的な能力差。

(アライアンスの……エンジェルモデル……)

 リンキも少年兵としてその存在は知っている。原則として在来戦力で立ち向かうことを忌避すべき存在。しかし、あくまで情報として知っているだけで、実際に戦闘行動中の魔法少女に遭遇したことはなかった。

 夕陽の届かない暗闇の中、その魔法少女の星状虹彩(アストラルアイリス)と光輪が妖しく爛々と光る。乾いた風が吹き抜け渦を巻く。火薬の匂い。

 拳銃のグリップを握る掌に汗が滲むのを感じる。首筋の血管が脈打つ音、そして自身の呼吸音がやけに煩く鼓膜の内側に響く。

「サッサと銃を捨てろ」魔法少女がリンキに戦闘魔法杖を突きつけ命じる。


 常識として、魔法少女に対して発砲してはならない。勝ち目がないうえに、自ら殺される理由を作ってしまうからだ。戦時協定が守ってくれるのは非武装・無抵抗の一般市民に限られる。

 だが、自分と姉以外目撃者のいないこの状況。無抵抗だからといって命が保証されるとは断言できない。さらに目の前の敵は自分のことを【少年兵】と呼んだ。既に殺されるだけの理由は十分にあるのだ。

 リンキが生き残る道は閉ざされた。


 ならば残された道はひとつ。自分が時間を稼ぎ、姉だけでも逃がす。


「……断る。コレを捨てたら護れない」

 人を撃ったことはある。武装した大人を何人か殺したこともある。大丈夫だ。いける。できるのだ。これは自分の人生。愛する姉を護るため。


 照門と照星、そして敵が一直線に重なる。

「僕が時間を稼ぐッ! ねえさん先に逃げて‼」

 *ラ゛タンッタンッ* リンキが発砲する。

 閃光、硝煙、確かな反動。

 距離2.5m。敵の正中線上、胸、喉、眉間に命中。

 しかし――、


 *バキキカィンッ* 魔法少女の表面を隈なく覆う無色透明のバリアコーティングが弾丸を難なく阻む。


 防御障壁層(バリアコーティング)――それは魔法少女システムが標準搭載する防御機構。体の表面に魔力粒子を循環させ、あらゆるダメージを受け止め、軽減し、逸らすことで少女の身体を保護する。現代の魔法少女システムとしては原始的な部類に属するが、それでも通常火器はほぼ無効化するほどの能力がある。

 急所に弾丸を受けながらも、全く動じる様子はない。衝撃をものともせずリンキの前に立ちはだかる魔法少女。そもそも弾丸は肉はおろか肌にすら到達していないのだ。.22LR弾では威嚇にすらならないのか。


「賢サが足りない。口惜シいな」

 心底失望した目で、魔法少女がリンキに戦闘魔法杖を向ける。

 ダメだ。リンキの心の中で何かが折れる。数秒前の決意が崩れる。銃を握る手が震える。

「半端な強がりは寿命を縮めるだけだぞ少年兵」

「……」

「”お気持ち”と行動力だけでは、状況を変えるには不十分だ。なにも足りていない。然るべき力を持たねば、迷惑をかけるだけの自己満足で終わるだけだ。覚えときな。――といっても、命があればの話だが」

 魔法少女の冷徹な言葉がリンキの心の弱所に刺さる。士気の喪失を示すように腕から力が抜け、ゆっくりと銃口が下がる。




「貸してリンキ」


 レンカが隣に立っていた。リンキの震える手を上から握る。

「”威嚇”ってのはこうやるの」

 そっとリンキの手から拳銃を受け取ると、右手で魔法少女の顔面に銃口を向ける。左腕でしっかりとリンキを抱き寄せる。

「リンキが正解だった。欲しいものは自分で取りに行くもの」

「ねえさん」

「今欲しいものは?」

「――生き残りたい」

「そうだね

  ――――私が相手だ、アライアンスの魔法少女」


 *ダッァアン‼* 発砲。正確無比。魔法少女の右眼球ド真ん中で弾丸が爆ぜる。だが頭部はバリアコーティングの最優先保護部位。傷ひとつ付けられない。

 それでもレンカはトリガーを引く。続けて3射。全て魔法少女の右目に当たるも無傷。

「無駄なことを……」魔法少女がわずかに顔をしかめる。

 さらに3発、驚異の腕力と照準で敵の右目に叩き込む。スライドが止まりホールドオープン。残弾ゼロ。

「ふんッ」

 レンカは空になった拳銃をためらいなく目の前の魔法少女に投げつける。流れるような手つきで腰から自分の銃を抜くと、間髪入れず弾倉の10発を余さず敵の顔面に撃ち込む。スライドの往復運動。砕けて飛び散る弾丸の破片。控えめな橙色のマズルフラッシュがストロボスコープ然として彼我の顔を照らす。


 物理的なダメージを与えることはできないとしても、それでも視界のド真ん中に立て続けに弾丸を撃ち込まれるのは相当なストレスに違いない。こうなると度胸と度胸の正面衝突である。

「クッ……」

 少しずつ、ほんの少しずつだが魔法少女が顔をそむける。


 無線で飛び交う情報からレンカは気付いていた。ユニオン側もこの戦場にMGを投入することに。ここで踏みとどまれば、まだ生き延びる道はあるのだ。問題は、いかに味方のMGをここへ誘導するか、そして到着までどれだけ時間を稼げるか。しかも目論見を目の前の敵に気付かれてはいけない。


 だが運命は無情である。

 無駄な抵抗を続ける少年兵達を見て、エンジェルモデルの魔法少女は思った。こんなガキ早く片付けておくべきだった、と。


 _カチッ_ スライドが後退位置で停止し弾切れを示す。

「それで終わりカ?」魔法少女が挑発的に問いかける。

 レンカは用済みの拳銃を床に落とす。ゴトン。両手で胸の中のリンキを守るように抱きしめる。その間も目前の敵を睨み続ける。

「全く、ターン制じゃネぇんだから。待ってやった分感謝しな」


 「[req.]」魔法少女が小さく呟きスロットより術式ロード。右手に握る戦闘魔法杖、その薬室に【魔術】が装填される。2人分の命を奪うのに必要最低限の魔術が。

「安心しろ。キッチリ2人同時に天国へ送ってやる」


 魔法少女が引き金に指をかける。

 リンキを抱きしめるレンカの腕に力がこもる。迫る最期の時。

 密着した姉の胸の奥――ドク_ドク_ドクドクドク――緊張で心音が加速するのを感じる。

「ごめん。やっぱダメみたい」レンカが呟く。


 *カチッ* 魔法少女が戦闘魔法杖のトリガーを引く。現代軍用魔術(MMMA)は呪文詠唱も魔法陣も必要としない。音も光もなく魔術が走る。

「サア眠りナ」


【致命魔術[REQUIESCAT]:対象の心臓を停止せしめ其の生命を奪う。】


 リンキは感じた。胸骨の下、心臓を他人に掴まれるような、猛烈な不快感。

 苦しい。

 次の心拍がこない。

 心音が途絶える。

 視界が闇に沈む。

 意識が遠のく。

 姉の腕の力が緩んでいく。

 膝から崩れ落ち、体が傾き、頬に床を――――――――――――




 >》ト ゛ コ ゛ ,゛ ォ オ ゛ オ ア ッ 《<'、・

 壁が爆ぜた。


「接ッ敵ィイ!!!」

 廊下側の壁を突き破り、凄まじい速度で教室内へ飛び込んでくる白銀のシルエット。光の粉――魔力粒子を散らしながら、突風のように、鋭く猛然と躍り出る。その姿はまさに人間破城槌。


 破壊の勢いそのままに、*シュッ__ドキャッッ## エンジェルモデルの頭部にドロップキックを叩き込む。

「ガッッハァッ!?」

 完全に虚を突かれたエンジェルモデルは、奇襲者の質量と速度の積をまともに受け、窓枠を砕き屋外へ強制退場。花壇の縁でワンバウンド。

 __スザァッ__>>受け身をとりながらグラウンドの砂上を5.3m滑り静止する。


 トン__と、しなやかに着地する白銀の乱入者。フワリと砂埃が円形に舞う。仄かに消毒液の匂い。

「敵性MG1騎と接触ッ、交ォ戦スル!」

『ファルマキア卿、交戦を承認する』

 白銀の少女は無線で戦闘支援のアテンドに報告しつつ、足元、強く抱き合ったまま床に横たわるリンキとレンカの"遺体"を一瞥。

「それと子供の遺体が2ィ! 後で収容を!」

『承知した』


 白と明灰色を基調とした重厚なワンピース形MG衣装。初秋の稲穂のような明るい金色の髪を顎の高さで切り揃えている。額には犀のような(アンテナ)を備えたバイザー、そのセンサースリットから緑の光が覗く。胸部、肩、前腕そして腰を覆う銀の装甲板。堅牢さを誇示しつつも、その曲線は優美な印象を損なわない。脚部の分厚いタイツ漆黒のを金属鱗が覆う。足元は爪先から脛まで覆う重機のように厳めしいシルバーのハーフブーツ。

 胸に輝くはユニオン徽章。左肩に担いだ無骨なハルバード型魔法杖。

 ユニオン統一軍標準魔法少女モデルであるNC1の陸戦改修型。その名は【NC2 シュヴァリエール】。

 コア定格出力405kRzを誇る陸戦型魔法少女である。夕日を浴び輝く姿は堂々たる重装騎士そのもの。騎乗せずとも魔法による強靭な脚力で大地を疾駆し、立ちはだかる敵を薙ぎ倒す。力と意志を湛えた濃紅の両眼には十字の星状虹彩(アストラルアイリス)

 アライアンス側が魔法少女戦力を投入したとの情報を受けて、これを迎え撃つべく緊急出撃。レンカの銃声から敵の居場所を特定し、壁をブチ抜く最短ルートで駆け付けたのだ。


 今まさに場外へ蹴り飛ばした敵を目視分析しながら、シュヴァリエールの魔法少女は迅速に戦術を構築するが、

「んン?」

 意識も脈もなく足元に転がるリンキ。その口が酸素を求めてパクパクと動いているのに気付く。

「――訂正ェ! 遺体ではない、息がある。直ちに蘇生スル!」

『脅威の排除を優先せよ』

「命が先だ馬鹿者ォ! 貴重な財産を!」

 無線の向こうのアテンドを怒鳴りつけながら、リンキとレンカの体を床の上、仰向けに転がす。

「オイ少年兵ェ!」シュヴァリエールの魔法少女が大音声でリンキを怒鳴りつける。しかし反応ナシ。口が動いているように見えたが、よく見ると胸の上下運動がない。呼吸も鼓動も既に止まっているのだ。


「心停止⁉」

「ソイツらは死んでるゼ油断したなァ!!」

 *コォァンッ!!* 壁の外からエンジェルモデルが発砲する。【抗魔術防壁非実体弾】と総称される実体を持たない魔術的効果のみの弾丸。魔法少女のバリアコーティングを貫徹するための特殊な魔術弾殻である。物理的ダメージを防ぐバリアコーティングだが、魔術的手法であれば無効化・突貫することも可能である。弾殻に仕込まれた魔術が着弾時にバリアコーティング層に干渉し一時的・局所的に防御能力を奪うことができる。故に抗魔術防壁非実体弾は対魔法少女戦闘において大きな有効打となる。


 だが、「舐めンなッ」シュヴァリエールは一瞥もくれず魔法杖を振り、予備展開していた防御魔術を発動する。


【防御魔術[Outburster]:弾着直前に対象の充填魔力を強制熱変換し魔術暴発を誘引する。】


 ##パゥッ__ィィィィィィイイイイイイン―――――――

   ――――ゴァ゛ッ‼<<

 烈光、暴音、そして焦熱。


 純粋魔力攻撃に対する強制熱変換。干渉魔術に対する魔術干渉。敵の凶弾に仕込まれた防御貫徹術は、無残にも熱と光そして音となり空間に発散する。強烈な閃光。夕闇に魔法少女のシルエットが浮かびあがる。急激な温度上昇に膨張する大気。暴風が吹き荒れる。灼熱の中にあってもシュヴァリエールの魔法少女は熟練の真空遮断術で床の"遺体"を防護する。


「お前もソコで黙って神妙にしてろ!!」

 シュヴァリエールが片膝立ちで魔法杖を構え吼える。

 エンジェルモデルがさらに追撃を加えるも、シュヴァリエールの少女は圧倒的な対魔術防御性能を見せつけながら、空いている右手をレンカの胸に。

 1,000件超を収蔵するビルトイン術式ストレージから瞬時に目当てのものを選択し全文ロード開始。右手首汎用チャンバーに即時装填。間髪入れず魔術を発動。この間僅か1.06秒。

「吹き返せ息ィ!!」


【汎用蘇生魔術[XIV-AUXILIATORES]:診断及び応急措置を行うパッケージ化された14種の魔術を自動展開し対象を蘇生する。】


 最大容量1.5MRzhの主魔力キャパシタを全開放。シュヴァリエールのコアプロセッサーが持つ処理能力の98.20%を投入。さらに躊躇なく上限の15倍オーバークロックで高速の術式随時展開。卓越したリソース配分で巧みに敵の攻撃を捌きながら、最速でレンカとリンキの心臓を立て続けに再始動させる。

「目ヲ覚ませ!」

 ドクゥッ_ドクゥッ__血液が再び身体を肺を脳を巡り始める。

 死の淵から引き戻され、微弱ながら2人の脳に意識が舞い戻る。


「蘇生措置完了ォ! 直ちに回収班を寄越せ!」

『既に向かわせている』

「よろしい! 後程女の方の身元を洗えるか」

『"購入"か?』

「金がないのだろう。良い(かお)身体(からだ)をしている。気に入った。」

評議会(インフェリオル)の面々が渋い顔をするだろうが…………承知した』

 

 シュヴァリエールの魔法少女はアテンドとの短いやり取りを済ませると、リンキの肩を優しく揺する。

「少年兵ェ! 聞こえるか!?」

「ウ…。・、」

「足止メ御苦労。迎えが来る、直チに退避セヨ!!」

 敵の魔法少女を牽制しながら、肩越しに叫ぶシュヴァリエールの少女。敵を前にして2人を運ぶ余裕はないので、リンキとレンカを半ば乱暴に隅へ蹴りとばす。


「ッシャア相手シてやるよ! 我が領地だ生キて帰れると思うな!!」

 #ドシャァンッ!# ハルバード型魔法杖の一振りで壁を破砕し瓦礫を吹き飛ばすと、エンジェルモデルめがけて跳びかかる。消毒液の香りと風に舞う粉塵の渦を後に残して。


 猛烈な吐き気と揺れる視界の中でリンキは思う。

 自分はなんて弱い存在なのだろう。足りなかった。強さも勇気もなにもかも。弱いから流される。弱いから他人の力に抗えない。自分の命も自由にできない。大好きなねえさんも守れない――。


 窓の外、敵味方相互の魔術が炸裂し、暴音が響きわたる。


 ああ、ねえさんの匂いがする。

 そしてリンキは再び気を失った。

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