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666 その⑥

 

 俺は、開けた谷間の河原で、白狼と対峙していた。


 白き衣が月の光を反射し、二本の足で立つ白狼は、どこか神秘的だった。


 山の神に対峙しているような、罰当たりなイメージさえ浮かぶ。


「あっ! わわわ、ちょちょっと、どういうこと? なんで、なんで?」


 逃げないと死ぬ!


 俺は自然と後退りし、振り向くと一目散に走り出した――が、正面にデュミナが立っていた。


「どこに行くの? サ・イ・ロ・ク」

「あっ・・・・・・」


 あぁ・・・・・・綺麗だ――デュミナ。


「君を置いてどこにも行かないよ」


 デュミナの桃色の目に見つめられた俺は、心の奥が暖かくなり、安心感に包まれた。


 デュミナに愛されたい。

 俺のことを好きにして欲しい。

 彼女のためなら、何でも出来る。


「あ~デュミナ~デュミナ~、君のためなら何でもするよ~、俺は君の奴隷だ~」

「じゃぁ~サイロクぅ~、デュミナのためにあの獣を殺して」


 お安い御用だ。

 君のためなら力が幾らでも湧いてくる。


「ああ、任せとけ」


 俺は白狼の方へ向き、両手にクナイを構え直して・・・・・・気付いた。


 これは『2度目』――だと。


 そうだ、さっきも俺は逃げ出して、デュミナが目の前に立っていて、見つめられた途端やる気になって・・・・・・言われるがまま、歩いて辿り着いたのがここだった。


 ヤバイ!


「コ、ココウ! これ、これって、何で?」


 正面の白狼から目を離せないため確認は出来ていないが、視覚外のどこかにココウは居る筈。

 そのココウに聞こえるよう俺は声を張った。


「チッ、思ったより抵抗するのね」


 背後でデュミナの舌打ちが聞こえた。


「サイロク、デュミナの【サーム】に身を任せてみろ、君は白狼と戦い、乗り越えなければならないんだ」


 やっぱり居た。

 だが、頼みのココウも俺に戦えと言っている・・・・・・つまり、逃げ道は『無し』だ。

 この状態からの脱出条件は、『白狼に勝利すること』に決まった。


 畜生! ガッデム! くっそー!!

 折角死なずに済んだのに! なんなんだよこの厄日はよ~!

 嫌だ嫌だ嫌だイ・ヤ・ダー!


 選択の余地は無いが、取り敢えず心の中で叫んでみた。


 くっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・やるしかねぇ! 生き残るためにはやるしかねぇよ! 気合い入れろー! 采六!


 俺は、顔が中心に集まるほど表情筋に力を入れて歯を食いしばると、全身の筋肉に力を込めて震えた。

 そして、気が済んだ俺はそこで『フゥ~』と息を吐いて――腹を括った。


「ココウ! 【サーム】って、このポワンって気持ちになるやつだよな」

「そうだ。デュミナ、もう一度頼む」

「も~仕方無いわねぇ、これで最後よ?」


 俺の右肩に手が置かれると、強制的に『回れ右』をさせられた。

 その途端、真後ろに立っていたデュミナが、俺の頬を斜め下から両で挟み、お互いの顔を凝視する。


「サ~イ~ロ~ク~」


 何か怒ってる? ――とは言え、やっぱりデュミナの顔立ちは綺麗だ。

 デュミナの両手にどんどん力が入り、それに呼応して桃色の目が強く輝いた。

 俺の顔のどこかの骨が軋み、《メシ――キシシシ》と、聞こえる。


「ちょ、ちょっほ、デュ、デュヒナ――」


 上手く喋れない――俺・・・・・・圧死? かと思ったら・・・・・・ちょっと心地よくなってきた・・・・・・ああ~、デュミナ~、こんなに君は俺のために――分かったよ、戦うよ。


 デュミナがそっと両手を離すと、俺の中に、戦う勇気と決意が芽生えた。


 今ならやれる、白狼を倒す!


 俺はセコンドの元を離れるボクサーの如く、くるりとデュミナに背を向けると、白狼に対峙した。


 クナイを両手に握り、【気】を送る。

【気】の行き届いたエッジの月鋼が、鈍く輝きを放つ。

 ここまでハッキリと輝きを放つ月鋼を、俺は見たことがなかった。


 改めて白狼を睨め付けると、月明かりに照らされたことで、全身の様子がよく分かる。

 その中で訂正箇所が2点。


 1.両手は――手ではなかった、犬のような前足だった。

 体の割に小さく、犬が二足で立ち上がった時のように畳まれて胸元にあった。


 2.目は凹んでいるのではなく、パンダのように周りが黒く塗りつぶされていた。


 前足は恐らく退化している。接近戦では役に立たないだろう。

 あと、見間違いでなければ、尻尾の先端が最初に見た時よりも更に太くなっている。

 これは何を意味するのか・・・・・・。


 この場所は森の中と違い、開けていて見通しが良い。

 だが、足元は角の取れた石が大小様々に転がっていて、気を抜くと足を取られそうだ。

 全速力の移動は危険だ。


 俺は落ち着いていた。


 白狼は動かない。


 俺は足元に気を遣いながら、今出せる最高速度で間合いを詰めた。


 白狼はその場を動かない。


 距離が縮まり、残り5mの所で、白狼が動いた。


 恐らく、さっき喰らった尻尾が来る。


 白狼は、反時計回りに回転すると、中段狙いで尻尾を振り回した。

 その速度は、尻尾が太くなった影響か、先程より数段遅く、地面に伏せることで難無く躱せた。


 素早く立ち上がった俺は、尻尾を振り抜き、こちらを向いた白狼の胸にクナイを振り上げて飛び込んだ。


 クナイは両肩の付け根に刺さり、俺は白狼にしがみつくような形で覆い被さった。同時に、白狼は『ギャウン!』と犬のような甲高い悲鳴を上げると仰向けで倒れ、上体を起こした俺は、白狼にマントした状態になった。


 有利な位置を確保した。


 しかし、白狼は口を開き、俺の顔面目がけて真っ直ぐ【舌】を伸ばす。


 避けきれるか――


 その刹那、クナイを抜く時間は無いと判断した俺は、首を曲げることでその攻撃を躱した――が、舌は蛇のように角度を変えると、俺の顔に命中し、ダメージで体が、()()()()()()()()


 目的は不明だが、白狼は俺の顔をペロペロと舐めた。


「なっ!」


 白狼は必死に俺の顔を舐めた。


 野犬に舐められたのを思い出して恐怖が蘇る俺だったが、『キュウ、キュウ、キュゥ~ン』と、甘えたような声を発している所を見ると、どうやら抵抗する雰囲気ではない。


「サイロク、トドメを刺してやれ、どうせそのままだと助からん」


 ココウはそう言うが、鳴き声から感じ取れる、悲しみのような【空気】に、俺の中で湧き上がっていた高揚が急速に冷めた。


「たしかこんな感じだったか」


 俺は耳に気を送り、白狼の想いを読み取った。


 あぁぁぁぁぁぁ・・・・・・マァマァァ~パァパァァ~ごめんなさい。

 うぅぅぅぅぅ・・・・・・ごめんなさい。

 勝手に出歩いて、言うこと聞かずにごめんなさいぃぃぃ。

 僕が悪い子だから助けてくれないんだよね? これからはいい子になるから願いぃぃぃぃ~、マァマァ~、パァパァ~、助けてぇぇぇ、助けてよぅぅぅぅ。

 痛いぃぃぃ、痛くて体が動かない~――ママ~、僕死にたくない、死にたくないよぅぅぅぅぅ・・・・・・会いたい、会いたい、助けて、ママ、パパ、助けて、痛いよぅ、痛いよぅ、助けて、助けて・・・・・・。


 白狼は『子供』だった。


 親の目を盗んで出歩き、偶然見つけた精霊門に好奇心で入ってしまった――そんな所だろう。

 恐らく人間の子供も、迷い込めば同じ想いをしたことだと想像がつく。

 人間も魔族も子供は同じなのだ。


 俺の心が――重く・・・・・・痛い。


「サイロクぅ~、デュミナのために、そいつを殺しなさい」


 声に反応して振り向き、デュミナと目が合ってしまった。


 トドメを刺してデュミナに褒めてもらいたい。

 俺が両方のクナイを引き抜くと、白狼は『痛いぃぃ痛いよー痛いー』と泣き叫んだ。


 ダメだ、待て、殺すな!


 俺は両手のクナイを振り上げて止まった。


「サイロクぅ~、後でナデナデして、あ・げ・る」


 嬉しい! デュミナ!


 俺は両手のクナイを、白狼の体の中心部目がけて振り下ろした。


「止めろー! 殺すなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」









 《ワカッタ》


 クナイが白狼の胸に突き刺さる寸前で、俺は両腕をパカッと広げ、まるで大好きな『ぬいぐるみ』に抱き付く様に、顔は白狼の胸に、クナイは地面に突き刺さった。


「チッ、なにやってんのよ~あんた~、何でサームにここまで抵抗出来るのよ?」

「んっ?! モノハが・・・・・・応えたのか?」


 驚きと怒りのデュミナをよそに、ココウは北叟笑(ほくそえ)んだ。


 俺の心臓は鼓動を早めていた――そして、白狼からもしっかりと鼓動が聞こえる、『トクン――トクン』と。


 白狼の体は優しくて・・・・・・温かい。


 この子は生きている、生きたがっている。



【命】



 救えるかもしれない。


 悪魔も生きている。


 親も、子も居る。


 人間と何が違うんだ。


「俺は・・・・・・こいつを助けたい」

「はぁ? あんたコイツに殺されかけたんでしょ? 何で殺さないのよ~、助けたりしたら、後々殺されるわよ?」


 デュミナは怒りと軽蔑の入り交じったような、複雑な表情でそう言った。

 デュミナの言うことは分からないでもない。

 相手は悪魔だ。


 だけど、ココウに出会って、同じ命を持つ者の声を聞いて、俺の考え方が変わったんだ。


 俺は白狼を殺さない――助ける。


 そう決めた。


 常に同じ答えじゃ無く、曖昧かもしれないが、俺は俺の心のままに生きたい。


「それでも、だ」

「バカねぇ~、あんたがやらないんなら、デュミナが貰うわぁ~」


 デュミナはニヤけながら舌舐めずりした。


「分かった。助けてやろう」

「ちょっとココ~ウ、なんでよ~」


 デュミナは不満そうだが、ココウの決定を覆す程では無い。

 どちらかと言うと、ココウに甘えるような雰囲気だった。

 よっぽどココウのことが好きなんだろう。


「いいのか?」

「ああ」


 ココウは仰向けの白狼の側まで来ると、傷口に唾液を垂らした。

 既に長く伸びた舌、両前足まで硬直していた白狼だったが、傷口を中心に硬直が解け、傷が塞がった。


「あ~あ、知らないわよ~、あんたが襲われても力を貸さないからね」

「その必要は無さそうだよ、デュミナ」


 ムクリと起き上がった白狼に抱き付かれた俺は、顔をペロペロと舐められていた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、酷いことした、僕酷いことした! ごめんなさい、ごめんなさい」


「わかったわかった、大丈夫だ、反省したんならそれで良い。落ち着け落ち着け」


 白狼の頭を撫で続けると落ち着き、その場で犬のように丸くなって寝付いた。


 それから少しの時間が経過した。


 東の空に輝きの片鱗が見える頃、俺達は河原の石に腰掛けていた。


「なぁココウ、どうして白狼を助けてくれたんだ?」

「ふふふ、君の(なか)に可能性を感じたから特別にな。それに、人族を食糧としていない悪魔だ、無駄に奪う命ではないと思い直してな」

「俺、殺されかけましたけど――」

「でも食べなかった」

「まぁ、それは少し疑問だったけど」

「あれは遊びだ、初めて見る生き物に興味を抱き、どんな動きをするか試してみただけだ、人族の子供もそんな感じだろ? 今も言ったが、【ガスモミラ】は特に水を好む種で雑食性だが、肉をあまり食べないんだ」


 遊び! あれがか? 俺の子供の頃っていやぁ、精々(せいぜい)トンボの羽を千切って蜘蛛の巣に置いたり、カエルの口に爆竹を咥えさせて爆発させたり、カマキリとコオロギを空いた海苔のガラズ瓶に入れて、食べ方を観察した程度・・・・・・ってそうか、結構(むご)いことしてたっけか・・・・・・。


「ま、まぁ、そ、そうだな、子供――だな」

「で、サイロク、君はどうするつもりなんだ?」

「どうするって? なにが?」

「その【ガスモミラ】の子供だ。君はその子供を助けた、その後はどうするつもりなんだ? と聞いているんだ」

「そ、そりゃぁ~そこは、ほらっ」


 家で飼う――ってことは無いな。

 大体『飼う』って犬みたいな扱いは違うよな、この子はあくまで悪魔だし、外見は狼っぽいけど、人権みたいな魔人権? ってのもあるだろうし、親元に届けるのが最善だろうよ、うん・・・・・・それにしてもココウさんよ~、偉そうに言うけど、あんたの()()状況で言っても説得力無いよ?


 ココウは、岩に腰掛けたデュミナに『お姫様抱っこ』され、見つめ合っては何度もキスされていた。


「煮え切らない男ねぇ~、魔界に送り届けてきなさいよ~」

「ですよねぇ~、でも~、魔界って初めてでぇ~、何と言うか、心細いと言うか」

「サイロク、あんたそれでも男なの? ほんと意気地も根性も無いのね~、デュミナの【サーム】で力を借りないと勇気も出ないんだから、ど~しようもないカスでクズで餌ね」


 餌! そうか、【サーム】に身を任せろって言ってたのは、俺に足りない勇気を持たせ、奮い立たせるためだったのか、だからココウは『もう一度頼む』って言ってくれたのか、ありがとう――しかし、デュミナも偉そうに言うけど、キスしまくりで口の周り、ヨダレでベチャベチャなの分かって言ってんのかな。 


 デュミナとココウは、差し込んで来た美しい朝日の輝きに目を細め、お互いに『綺麗だね』『ああ』と言葉少なく交わすと、久し振りの再会、2人で迎える美しい朝に感動している様だった・・・・・・お互い、口元をテカテカと輝かせながら。


 夜の激しさも消え、静かな朝を迎えた一同だった――が、それも束の間だった。


 《ザザザッガッサ~》

 《ズザザザザァァァァァ~~~ズゾン!》


 背後で割と大きな音が聞こえ、振り向く一同。

 白狼も起きて立ち上がった。


 それは、谷と山の境界部分で、ここから少し離れた、小さな崖のようになっている場所からの音であった。


 警戒の唸り声を上げる白狼。

 俺もクナイを両手に構えた。

 デュミナとココウは顔だけ向けているが『何事だ?』位の表情だ。


 そして、2mはある岩の影から人間の手が現れ、その岩を掴んだ。


「あ~痛って~、やっても~た~、あ~痛ててて」


 その人物は岩陰から姿を現わした。


 その姿は、金髪の髪を後ろで束ねているが眉毛は黒く、色白の顔。身長は170位の中肉中背で、コレといった特徴の少ない男であった。


「あ~すんまそ~ん、感動的な場面やったのに、ほんまごめんやで~」


 人懐っこい笑顔と関西弁で近づいて来るこの男は、俺のよく知る男だった。


「いや~良かった~、生きとったなぁ~采六~、良かった良かった」

「エロア、何でお前がここに居るんだよ」


 男の名は、【金流(きんりゅう) 尋亜(ひろあ)】。

明鏡衆(みょうきょうしゅう)】で唯一の血縁無関係者であり、自称【悪魔研究家】だ。

 俺は尋亜の【尋】という字を分解し、本人の性格にも表れている【エロ】を渾名(あだな)としていた。


「ど~も~、初めまして、金流尋亜と言いますぅ~」


 尋亜は一同の正面に回ると、深々と頭を下げた。

 そして俺の直ぐ側まで来ると、白狼が警戒の唸り声を出しているにもかかわらず、俺の脇腹を突ついた。


「なぁなぁ、采六はこちらの方々と知り合いになったんやろ? 紹介してぇ~なぁ~」

「いや、ちょっと待て、何でお前が居るんだよ」


 尋亜は、時々現場に現れることはあるが、ほとんどの時間を研究室で費やしている。


「なんか~、(ボス)に『行ってこい』っちゅーて言われて来たんやけどな、采六のケータイのGPSが途切れたから、心配して途切れたポイントまで来てん。ほいたらな、なんや可愛い女の子と歩いとる采六見つけてな、こっそり後尾行(つけ)て来てそこの上から見とってん。ほたらな、【ガスモミラ】と采六が戦ってるやん? しかも、倒して起きたら懐かれとるし、どないしたんやろ? て、見てたら、その横で女の子同士で、も~なんちゅーか、この~、えらいペロッペロやるやん? それに見とれても~てな、もっと見よう思て、前のめりになり過ぎて――ここやねん」


 相変わらず不必要な説明が多くて長い。

 要するに、頭の指示で俺を追って来たということだ。


「ココウ、こいつは――」


 《ドザッ》


 俺が口を開いた瞬間、尋亜が倒れた。

 よく見ると、デュミナの青い左目が光っている。


「こいつ、ココウを舐め回す様な目付きで見やがって」

「ちょっとー! 違う違う、こいつは元々こんな目付きなんだよ! 悪気は無いし、無害だから止めてくれ」

「そう言うことらしい、デュミナ」

「ふん」


 それから数分も経たず、尋亜は目覚めた。


「あれ? 何が起きたん?」

「なぁココウ、コイツはこう見えて【明鏡衆】の一員なんだ、全部話してもいいか?」

「ああ、構わんよ」

「へぇ~ココウさんって言うお名前なんや~、うん・・・・・・うん? ココウ? コ、ココ、ココウって、あの、ココウ・ヨサキイ?」


 尋亜は、瞳孔を開いたまま俺とココウを交互に見た。


「ああ、もう1人はデュミナだ」

「デュッ!! 何で? 何でなん?」

「色々あってな」

「色々って、おま、ホンマ簡単にゆーけど・・・・・・」


 尋亜は震えが止まらなくなり、歯をカチカチと鳴らした。


「まぁ落ち着け、説明するから」

「デュミナ・・・・・・デュミナ・(ヴラド)・ドラクル・・・・・・」

「ああ」

「あぁぁ・・・・・・ヒッ、ヒッ、い、息が、息が・・・・・・」


 尋亜は、呼吸困難に陥り、両手で自分の首を触りはじめた――が、デュミナの桃色の右目が光りを放つと、落ち着いてポワンとなった。


 俺は尋亜に、この地に来てからのことを全て話した。

 最初の尋亜は驚くばかりだったが、次第に悪魔研究家としての好奇心が顔を覗かせ始めた。


「か~、なるほどなぁ~、ってゆーか、デュミナッチはヴァン・パイアなんすよね?」

「そうよ」

「何で日光を浴びても平気なんすか?」

「日光に弱いのは、血が薄れた者だけよ」

「ほうほう、原血種に日光という弱点は無い――と、あと、ニンニクと十字架は・・・・・・」


 デュミナの言葉が解らない尋亜に頼まれ、言葉は俺が翻訳して伝えた。

 ココウは初めから日本語を話している。

 日本人に紛れていたから当然か。

 それにしても、ココウはともかく、デュミナも意外と親切に質問に対して答えていた。


 話の内容から、色々分かったことがある。

 デュミナは【原血種】と呼ばれる、大元(おおもと)のヴァン・パイアの一族だそうだ。

 吸血鬼伝説でよく聞く、日光、ニンニク、十字架は弱点では無い。

 銀製の十字架が弱点になっているのは、原血種が直接血を吸って生まれた、スラブ(弱い)・ヴァン・パイア(以下(スラブ)(ヴァンパイア)で、SVに血を吸われて生まれたゴーラは、日光、銀製の十字架が弱点だと言う。

 因みに、デュミナは鼻がよく効くため、ニンニクは臭くて嫌なんだとか。


 ココウは逆に、身内といえど、自身の弱点に関わるようなことは応えないとのことで、内容のほとんどが俺の知っている情報だった。

 腹心だったダールーに裏切られたことが影響しているんだろう。


 一通り聞いた所で尋亜は満足した。


「よしっ采六」

「んん?」

「俺も一緒に行くから――魔界に行こうや」

「はぁ?」


 尋亜が突拍子もないことを言った。


「この白狼ちゃんを親元に帰すんやろ?」


 その言葉を聞いてか、白狼の尻尾が左右に振られ、大地を《ドガンドガン》と揺らした。


「い、いやぁ~、そうなんだけど――」

「何か問題でもあるんかいな?」

「大ありだよ! もうちょっと考えろ、本当に魔界に行くってこと分かって言ってんのか? 怖いだろ普通。お前は何でそんなにアッサリしてんだよ」

「う~ん、まぁ、何とかなるんちゃうか? 采六はコーちゃん(ココウ)の力借りてんねやろ? それだけで凄いことなんやで?」

「使いこなせてねーし」

「大丈夫大丈夫、現れる敵を順番に倒して鍛えたらええやんか、ほんで突然『なんやこの力は!』ってなって、メッサ強ぅなるんちゃうか?」

「ドラゴンボールかよっ!」

「スパーキンッ!」


 尋亜は簡単に言うが、俺からしてみれば無謀な旅だ。

 行ったことのない見知らぬ土地でしかも魔界。

 知らない摂理と生き物で溢れた世界。

 しかも尋亜を連れて。

 無理。


 自分自身ですら守れる自身が無いのに、尋亜まで守れる自身がある訳無い。


「言っとくけどな、俺はお前まで守れる自信無いからな、自分の身は自分で守れよ」

「だ~いじょ~ぶやって、俺のことは白狼ちゃんが守ってくれるから、な~?」


 いつの間にか、尋亜は白狼の肩を抱き、白狼もその横で警戒心無く、大人しく座っている。


 打ち解けるの早っ!


 そうだった、この打ち解けの早さがコイツの能力。

 尋亜は既にデュミナのことは、デュミナッチ→ナッチ、ココウのことはコーちゃんと呼んでいた。

 恐るべき能力。


「せやから遠慮のぅ一人で戦って一人でレベルアップしてくれたらええんやで?」

「うぅっ・・・・・・」


 俺は助けを求めてココウに目をやった。


「良いかもしれないな、さっきもそうだったが、サイロクはモノハの力を少し引き出していた。これが魔界で揉まれることで、もっと使える様になるかもしれん」

「えぇ! いや、ええっと、その~、ココウは付いて来てくれねぇかな~って思ってたりするんですけど・・・・・・」

「私はこの地を守らなければならん。」

「そうよ~、ここでデュミナと会っていなかった分、愛し合うんだから~、ね?」


 そう言ってデュミナはココウに唇を重ねた。

 いつまでやってるんだよっ! この二人は!

 それに、会ってなかった分って、何十年分だよ!

 尋亜は尋亜で、それ見ながら腰引いてモジモジしやがって!

 ダメだ、コイツら全員まともじゃねぇ。


「あんたは助けた責任を取りなさ~い」

「行ってこいサイロク、モノハの力を引き出せるようになれば、体の復活も早くなるぞ?」

「行こうや大丈夫やって~、心配性やなぁ~采六ちゃんは~」

「連れてって連れてって、ママとパパの所に連れてって!」


 俺は好き放題言われた。


 あ~くっそ~俺の味方は居ねぇのかよっ!


「・・・・・・分かったよ・・・・・・行けば良いんだろ」


 結局折れた。

 行きたくなかったが、責任もあると言うことで。


 その後、俺と尋亜は、ホテルをとって休むことにした。

 ココウは家に帰り、デュミナと白狼は山に残った。


 今後のことを相談するためにも、頭に連絡をしなきゃならない。

 山中で見つかった俺の携帯電話を尋亜が持ち帰っていたが、壊れて使い物にならなかった。

 仕方がないので、尋亜の携帯を借りて頭に事情を説明したのだが・・・・・・


「マジか! ココウに会って堕居州のことも聞いたってのか? 代々頭にしか伝わってねぇ情報だったんだがなぁ、もうそれも隠すが必要ねぇってことか。とうとう時代が動く時が来たってこったな。よしっ采六、いっちょ魔界に行って暴れて来いや!」


 って言われた。

 このジジイも俺の味方にはならなかった。

 ちょっと心の何処かで、『止めとけ』って言ってくれねぇかな~って思ってたのに。


 気が重いまま3日が経過した。


 その日の精霊門は山の麓付近に現れ、ココウの呼びかけにより、精霊門の前に全員が集まっていた。


「行ってこい、そして、帰ってきて、成長した君を見せて欲しい」

「途中でその子が殺されないように気を付けなさい、死んじゃったら行った意味が無くなるから。まぁその子が死のうが、サイロクが死のうが、デュミナにはな~んにも関係ないんだけどね~。あんたには勇気が足りないんだから、戦えなくて困った時は、デュミナのサームを思い出しなさい」


 俺はその時、とても重要なことに気が付いた。


「あ、そうだ、帰りはどうしたら良いんだ?」


 その一言で、全員の時間が止まった。


「ココウが迎えに来てくれるのか?」

「あ、あぁ、気にしておくよ」


 何とも歯切れの悪いココウ。

 もしかして――何も考えていなかったのか?


「大丈夫大丈夫、采六は心配性やなぁ~、何とかなる、何とかなる」

「白狼、お前はどうやって精霊門を見つけたんだ? いつも決まった所に現れるのか?」

「ん~ん、偶然見つけて入ったんだよ」


 行きはよいよい帰りは怖い。


「オイ! 帰りはどうすんだよ!」


 冗談じゃ無い、俺はココウに詰め寄った。


「あ~、あれだよサイロク、砂漠だろ? 【見捨てられた地、バステッド・デザート】だ。 そのバステッド・デザートと言えば【タジフ】だ、タジフを頼れ」

「ぇえ? タジフ? デュミナ、あいつ嫌~い」

「タ、タジフって、六魔大元帥のか?」

「タジフって、双剣を使うってこと位しか情報無かったんちゃうかな~、実際どんな方なんですか?」 

()(しょう)だ」

「飽き性ね」


 間髪入れず、ココウとデュミナが口を揃えてそう言った。


「恐らくヒロアの言う双剣も、今は使っていないと思う」

「へ~、そんな方なんや~」

「六魔大元帥も飽きて辞めたわよ~」

「ああ、そうだったな」

「はぁ? どうなってんだよ魔界は」


 一気に半数の六魔大元帥が居なくなって大丈夫なんだろうか?


「と、言うことは、ボゾン、バップ、ゴメゾラスしか大元帥は残ってないってことっすよね?」

「私の後任者はダールーで間違い無いだろう。タジフは元部下が繰り上げで努めていたはずだが、確か――ルイセン? だったか」

「デュミナは勝手に出て来たから~、キャセットが上手くやってると思うよ~」


 一応6人は居るらしい。

 尋亜は、いちいち頷きながら一生懸命メモを取っている。


「はぁ~なるほど、ちゅ~ことは、ボゾン、バップ、ゴメゾラス、ダールー、ルイセン、キャセットが、現六魔大元帥っすね」

「恐らくな」

「だ~! そんなことより、どうやって会えばいいんだよっ! タジフに」


 人間の常識で言えば、元とは言え、一般市民が国の代表になんて簡単に会える筈も無い。


「そうだな、タジフに近しい者に『ココウの使いでやって来た』と言えばいいんじゃないか?」


 本当に大丈夫か? ココウは魔界ではお尋ね者だ。

 そんなことを口にした時点で俺達は捕まる可能性だってある。


「サイロク! 精霊門が閉じる、急げ!」


 精霊門が見ている間に小さくなっていく、先程までは大人が余裕で一人通れる位の大きさだったが、今では身を屈めなければならない位に縮んでいる。

 恐らく、最後には目に見えない程小さくなって消えるのだろう。


『まぁ、今日がダメなら――』と、言い掛けた俺だったが、なぜか突き飛ばされ、心の準備も出来ないまま、記念すべき魔界入りを果たし、続いて白狼、尋亜が俺の上に覆い被さった。



 ◆人間界側に残ったココウとデュミナ


 デュミナに後ろから抱き付かれたまま、ココウは精霊門が閉じるのを見守った。


「ねぇ~、ココウはどうしてサイロクをあんなに気に掛けるの?」

「私が創り、育てた組織の人族だからな」

「ほんとにそれだけ~?」


 デュミナはココウを強く抱きしめながら、意地の悪い表情を浮かべた。


「【666(ろくろくろく)】を持つ【三界の救世主】だと思っている――と、言ったらどうする?」

「それって確か、ココウのお母さんが死の間際で見た未来のお話よね?」

「ああ、『【666】を持つ【三界の救世主】にあなたは出会う』と話してくれたんだ」


 一瞬動きを止めたデュミナだったが、突然大声で笑い出した。


「あっははははははは、きゃ~ははははは・・・・・・ハァハァハァ――本気?」

「可能性はある」


 そう言うココウの表情は柔らかい。


「どこに?」

紫楠采六(しくすさいろく)、シックスと六だぞ? 既に6を二つも持っている」

「ええ!? ふ、二つも? ――ぷっははははは、あ~ははははは・・・・・・」


 デュミナは真顔で(おど)けると、先程と同様に大声で笑い出した。


「いやいや、何となくだがそんな気がしてるんだよ」

「あ~面白かった――はいはい、分かったわよ、ココウがそう言うならそうなんでしょ?」


 そう言うデュミナの表情はあり得ないと言っている。


「次に帰って来る時には、その片鱗位は見せてくれることを祈るよ」



 采六は魔界へと旅立った。

 果たして、無事白狼を送り届け、人間界に戻ることが出来るのだろうか?

 そして、【666】とは、【三界の救世主】とは、どんな意味を持ち、誰のことなのだろうか?


 サイロク【ボエの勇者】へ続く。


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