4-1 夏の終わり
夏休みが大人しく終わるとでも?
夏休み最終日である八月三一日の今日、春晴カナタは起きてからずっと、ベッドでスマホと戯れていた。
――――暇だな~ 今日一応、俺の誕生日なんだけどな~
その時、部屋の外の方から聞いたことのない人の声が聞こえてきた。
「なんだなんだ~?」
興味が湧いて部屋を出てみる。すると一階で、大きめの段ボールを運送業者の人とタイチが運びいれていた。
「父さん、それどうしたの?」
「これか? お前への誕生日プレゼントだ。ほら、お前も搬入手伝え」
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それから三〇分。階段裏にある空き部屋に、全ての荷物が運び入れられた。
「なるほど運動器具か。こっちはカーペットね」
「ヒーローやるんだし、トレーニングしなきゃだろ? 総額十万、柳葉高校からのお下がりもあるが、俺からのプレゼントだ」
「ありがとー! 早速組み立てよ!」
その時、玄関のチャイムが鳴らされた。
「ちょっと見てくる」
カナタは立ち上がり、玄関に向かう。ドアを開けると、そこにはチハヤが立っていた。
「やっほー」
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「で、これはどういうこと?」
リビングに通されたチハヤは、腕を組んで仁王立ちするカナタの前に正座させられていた。
机には、綺麗なワークやプリントたちの山。
「言ったよね? 『今年はちゃんとやる』って。――――なぜやらなかった?!」
「だってぇ! 遊ぶのでいそがしかったんだもん!」
「そこは先に課題でしょ!」
「めんどくさいからね~~」
「それで俺に助けを求めてきたと。しかも最終日に。――――まったく。やるよ」
「へ~い」
二人はリビングの、ガラス製の長机についた。
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夏休みの課題を消化し始めて三〇分。チハヤは早々に音をあげた。
「もう無理。休憩」
カーペットに寝転がり、ポケットからスマホを出そうとした。そこをカナタは食い止め、力ずくで彼女の体を再び机に戻した
「終わらんよ? マジで」
「まー別にいーし?」
「じゃあなんで来たの」
「……はいやりまーす」
そうして再び課題をこなし始める。
「てかさ、答え写すんじゃダメなの?」
「ダ~メ。あたしのそもそものレベルが低すぎるから、簡単にバレる。鬼怒川なら尚更」
「なるほどね。じゃあコツコツやっとけばいいのに……」
「ママにもパパにも言われたよ、それ。逆になんでそんなに勉強できるの、カナタはさぁ」
「俺? なんというか……問題解けたらスッキリするからやってて、難しければ難しいほど解けた時の快感がすごいから……みたいな?」
「ふーん。つまるところドパガキだ。ドーパミン中毒のガキ」
「しばくぞ」
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勉強を始めてから約二時間が経過した。チハヤがちゃんと勉強をしているかどうかと言われれば……そうではなかった。なんなら、カナタも勉強どころではなかった。
二人のプライドをかけた戦いが、行われていたのだ。
「だーかーら! あたしが上でカナタが下! あたしがお姉ちゃんで、カナタが弟!」
「いーや違うね。俺が先に生まれた!」
「ほーん。じゃあ何時何分何秒、小数点以下まできっちり答えてみろ!」
「知らん! 小学生か!」
「言えないのね? じゃああたしが先だ」
「いいよそれでも。ところで、後から生まれた方を年上とする数え方があるのもご存じ?」
「なにそれ。――――飽きた。カナタの勝ちでいいよ」
「よっしゃ。じゃあ勉強に戻るぞ、妹分よ」
その時だ。タイチの「待った」という声が、吹き抜けの二階の方から聞こえてきた。
「この勝負、ドローだ」
「何故?」
「審判の俺が言うんだ。ドローといえばドロー。引き分け」
「いつの間にそんな……」
「じゃあ俺以外の、ギャラリーにも聞いてみるか?」
ギャラリー、と聞いてまさかと思ったカナタは、リビングと廊下をつなぐ扉の方へ目線を向けた。
そこには、買い物から帰ったセルアたち四人がいた。苦笑いと「無」を混ぜたような顔をして立っていた。
「お、おかえり~ ……見てた?」
「ああ……最後だけだけどね」
カナタは「マジか……」と言いたいかのように、顔を手で押さえて天を仰いだ。
「カナタが声を荒げてるの、初めて見たからびっくりしちゃった」
その時、一足先に机に向かっていたチハヤが、セルアたちの方を向いて「え!? え!?」と、非常に驚いた様子で立ち上がった。
「あなた、商店の……」
「あ、誰かと思えばあの時の……」
「あの~」
「教えてほしいんだけれど……」
「「カナタとはどんな関係で?」」
二人の声がピタッと揃った。
「お、俺から説明するね。彼はセ……じゃなくて、羽柴誠也。父さんの会社の人で、わけあってうちに居候してる。後ろの三人もそう。で、こいつが冬雪チハヤ。俺の幼馴染で妹分」
「あ! 今妹って言ったな!?」
チハヤの闘争心に再び火が着いた。しかし、戦いの火蓋が再び切って落とされはしなかった。
「まあまあまあ。んで、今は勉強教えてた」
「カナタ君には、マキナちゃん以外にも勉強を教えないといけない相手がいるんですね」
「まあ、こいつに限っては強制的にやらせてるから。さ、続きやるよ~」
カナタは、イケメンに目を奪われているチハヤを引っ張って、机に戻す。
「じゃあ、私たちは冷蔵庫に買ってきたものを入れましょうか」
「だな。アイス溶けかけだろ」
今度は『アイス』の三文字に、チハヤの耳が反応した。
「ください!」
「溶けかけっぽいからな。ゴメンナー」
「ちぇ~」
「終わる頃には食べれるから、や・る・よ。誠也さんと牧奈さんも手伝ってやってください。これ多分終わんないんで」
普段はタメ口で会話しているセルアとマキナでも、今回ばかりはチハヤがいる状況。一定の距離感があるように演じて見せる。カナタのその意図を汲んでか、二人も敬語で返事をした。
「『セイヤ』と『マキナ』って、なんか、ファンタジーワールドみたいだね。なんか顔もぽいし」
その発言で心臓の鼓動が一瞬止まったカナタは、飲んでいた麦茶でむせ、せき込んだ。
「な、なんかわかる~ ぽいよね~……」
無理やり微笑んだ顔に冷や汗を浮かべ、そう返した。
――――別名”歩く拡声器”のチハヤにもしバレたら……ああ恐ろしい。
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それから六時間。文句を垂れながらも、みっちり取り組んだチハヤは、ついに課題から解き放たれた。
「終わっ、たあ」
「よく頑張りました」
その時、丁度よくサユコが帰宅した。
「ただいま。楽しかったわ、女子会」
「それは良かったね」
そして、料理をしていたセルアも、丁度よくそれを終えた。
「いろいろできましたよ」
「さぁ、パーティーにしましょ」
荷物を置いたサユコが、ぱん、と手を合わせて言った。
「そっか、今日あたしたちの誕生日だ」
「忘れてたんかい。ちなみに誠也さん、何作ったんですか?」
「ローストビーフ、パエリア、ミネストローネ、海鮮マリネ、の四種だ」
「それに加えてピザと寿司もとったからな。もうすぐ来るぜ」
タイチはリビングルームに入るやいなや、自慢げに言った。
「これは楽しいパーティーになりそう!」
「ちなみにあたしも……」
「冬雪家のお二方は仕事でいないらしいから、食ってこいってよ」
「っしゃあ!」
「じゃあ、座りましょうか」
料理や食器が並べられたダイニングテーブルに、八人は順についた。
「じゃ、カナタとチハヤの誕生日に、乾杯」
「「「「「「「かんぱ~い!」」」」」」」
大人はワイン、子供三人はジュースが注がれたグラスを軽く打ち付けあって、それから一口。
「ローストビーフ美味しそ~」
「誠也さん、イケメンな上に料理もできるなんて、マジ最高じゃん!」
「それな。男の俺でも萌える」
「そういえば、マキナちゃん明日から学校ね」
「確かに、そうだったわね。楽しみ」
「そーだ。なあ、手持ち花火買ったんだけど、後でみんなでやらねぇか?」
「さんせーい」
ローストビーフを頬張っているカナタが、口元をおさえて言った。
これが、春晴家の夏休み最後の日の出来事だったとさ。




