3-17 セルアとお菓子とアルバイト①
シラ王国最強の剣士と名高い男、セルア・レイズ。そんな彼には、この世界にやってきてから好きな食べ物ができた。それは「ザックリコーン チーズ味」というスナック菓子だった。
だが、この七王子市において、それは滅多に手に入らない。なぜなら、マイナーすぎるために仕入れ自体が少ないから。
都心に出れば比較的簡単に手に入るのだが、たかだか百数円のために、片道800円弱の電車賃を出すことはためらってしまう。
ネットで箱買いという手も思い浮かぶが、それをしてしまえば、きっと食べ過ぎてしまうだろう。これを彼は自覚している。己を律するためにも、それは論外としているのだ。
そんなこんなで、彼は一度だけ食べた絶品お菓子の味に思いを馳せながら、今日も生きていくのだった。
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「サユコさん、行ってきますね」
時刻は午前9時ちょうど、セルアが日課の20キロジョギングに出発する時間。これは、春晴家がある不動台を下り、橋を渡って、国道大通りを進みながら、七王子駅の真裏の七王子城まで5キロ走り、そこからまた同じ道を通って春晴家まで戻り、を二回繰り返すものだ。
セルアが七王子城公園に到着したのは、出発してから25分後だった。
「この建物、コクリの城に似てるな」
七王子城の本丸を、セルアはベンチに腰掛けて、スポーツドリンクを飲みながら見上げた。
それから5分ほど七王子城を見上げ続け、彼は帰路についた。
七王子城公園を出発してから2,3分ほど経つ頃、「たまには道を変えてみよう」と、入った細道で、コンビニほどの大きさの"商店"を見つけた。
――――こんな所にお店があったのか……"アレ"があるか探してみよう
店内は明るくて清潔で、ごくごく普通のコンビニのようだが、商品棚にはほとんど商品が置かれていなかった。雑誌コーナーも2ヶ月以上前に発行されたものしかない。アイスコーナーに至っては空っぽだ。
それらのことで違和感を感じつつも、セルアはお菓子コーナーを見回していた。
「やっぱり無い……か」
この店に希望を託していたが、やはり置いていないのなら諦めるしかない。
だがその直後、棚の横で発見したのだ。段ボールの上に大量に積まれた「ザックリコーン チーズ味」を。
「あった……やっと見つけた……!」
――――この際、何袋かまとめて買ってしまおう。
三袋、四袋と手に取ってレジへ軽快な足取りで向かう。
しかし、店員がいなかった。
「すみませーん」
店の奥、店の事務所があるであろう方へ向かって呼ぶ。すると、中から年老いた店主と思しき人物が顔を見せた。
「おお、お客さんか。珍しい」
「お願いします」
そう言ってセルアはお菓子をレジに置く。
「こんなに買ってくれるとは。またまた珍しい」
「お客さん、あまりいらっしゃらないんですか?」
「――――そ」
その時だ。店の入り口の方向から、「おい」という低い声が聞こえた。
声の方へ、二人して目線を向けるとそこには、サングラスとマスクで顔を隠した、全身真っ黒の強盗の男がいた。
強盗の男は、ナイフを向けながらレジへボストンバッグを置いた。
「有り金全部詰めろ」
「は、はい……!」
店主は、言われるがまま金を詰め始めた。
だが、そんなことは、騎士であるセルア・レイズが許さなかった。
「おい」
その怒気を込めた一声で、強盗が振り返ったところをチョークスリーパーで締め上げる。そこから後ろへ勢いよく放り投げた。
「――――っ、てめぇ!」
ナイフを持ち直して、強盗は再び立ち上がる。だが、それも束の間。強盗はセルアの回転蹴りで、再び床に倒れることとなった。
「……よし。これで一安心です。警察に連絡を……どうか、されましたか?」
セルアの目線の先にあったのは、強盗から店を守ることができたにもかかわらず、どこかしょんぼりしている店主の顔だった。
「……ああ。いや。何でもない」
「僕で良ければ、お話聞きましょうか?」
「すまないねぇ。……お言葉に甘えて、聞いていただくとしましょう」
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強盗を店の外に放り出し、シャッターを閉めた店内で、歳の差およそ5~60年の二人だけの時間が流れ始めた。
「実は……この店、もうすぐ畳もうと思ってたんだ」
「えっ」
「そんなところに強盗が来た。幸運にも来てくれたんだ。いっそのこと全部奪って欲しかった」
「なんでそんなことを……」
「弟が必死に切り盛りしてきたこの店だ、中々手離せなくてな。きっと、口実が欲しかったんだろう。昨今の物価高で売り上げも落ちて、愛想尽かされた息子夫婦には縁を切られて……散々だよ」
「――――だったら……僕をここで働かせてください! 給与は要りません。ですから僕に、あなたが幸せになるためのお手伝いをさせてください!」
自己の破滅を強く望んでしまう者は、心に深い傷を負っていることを、セルアはよく知っていた。
それにセルアは、客足の少ない店を盛り上げるための業を持っている。それは、彼の幼い頃に遡る・・・
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セルア・レイズは戦争孤児である。
シラ王国で生まれ、転勤族の父に家族ごと帯同して、『ハエノキスク』という、今はなき小国にいた頃のことだ。内戦で家を焼かれ、齢5歳で独り身となった。
その後、シラ王国に保護され帰国。孤児院で半年ほど過ごしたある時、一人の男が養子にとりに来た。
男の名は「ミナト・アサダ」。首都キュージの外れで喫茶店を営んでいるとのこと。
そこでのことだ。客足はほとんどなく、あわや閉店と言う状況を覆したのは、まだ幼いセルアだった。
チラシを手書きして配ったり、張ったり。大通りで大声で宣伝したり。コーヒーの試飲会を開いてみたりと、試行錯誤した。
その行動が実を結び、店には少しづつ人が訪れるようになった。
だが、まだ赤字である。
幼い頭でやれることは全てやりきった。そんなセルアが頭を悩ませていたある日のことだ。騎士団の隊長格の人物がやってきた。
そして、コーヒーを飲み、サンドイッチ(もっとも、ファンタジーワールド世界では別の呼び名があるらしい)を食した彼は「美味」と呟き店を後にした。
それから数日経った頃、店は騎士団メンバーや、政府関係者で賑わうようになった。
話を聞くに、店を訪れた隊長格の男の口コミによるものとのこと。
そして、店の賑わいを見て一般の客も多くはいるようになり、店は繁盛したとさ。
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この経験やノウハウがあるからこそ、セルアは「働かせてくれ」と言えたのだ。
「……分かった。君の熱意、伝わったよ。じゃあ明日から頼むよ。今日中に準備をしておく」
「ありがとうございます!」
これにてこの日は解散となった。
ちなみに、先ほどの強盗は、ちゃんも警察へと突き出されたのでした。




