異世界熊襲来
日曜日の昼過ぎ、つい起きるのが遅くなってしまったカナタは玄関でセルア達と出会った。
「おいお前らその格好でどこに行くつもりだ」
カナタの普段とは違う口調に少し困惑しながらもセルアは応えた。
「どこって散歩だけど…」
「待て待て待て、そんな格好で街歩いたら怪しまれるよ? それにその剣! 杖!」
カナタはセルアの持つ剣とラーシャの持つ錫杖のような大きな杖を指さした。
「そんなもん持ってる時点で怪しささらに増すから!」
「え? もしモンスターが襲ってきたらどうするんだ」
「この世界にモンスターいないから! 君らの世界とは違って安全だから!」
そんな話をしていると、家の中まで聞こえるほどの大きな叫び声が聞こえてきた。
「キャー! 熊ー!!」
「え? 熊?」
その時、ドアが閉まる音がした。
「あ! 待て!」
カナタが戸惑っている内にセルア達が家から出てしまったのだ。
セルア達は叫び声の場所にすぐにたどり着いた。
「おばあちゃん大丈夫?」
叫び声の主であるおばあさんをマキナが助け、安全な場所へと誘導した。
「魔熊か。角の大きさからしてかなり食べたな。」
セルアの目の先にいたのは体長5mはある大きな熊。しかも頭には悪魔のような大きな角が生え、胸には目のような形の魔法石が埋まっている。
「お前も来てるとは思わなかった…ぜ!」
ゴルダンは軽やかに飛び上がり、熊の頭に重い一撃をくらわせた。
熊は少しの間頭を押さえてうめいた。だがそこまで長続きはしない、5秒後には腹を立てた様子でセルア達に攻撃してきた。
「グォォォォォォォ!!」
「おっと、ギリギリだったな」
体長5mの熊とは思えないほど速い動きにセルアは驚き、危機感を覚えた。
「Desine movere!/動きよ止まれ!」
いつの間にか屋根の上に上がっているマキナが熊に魔法をかけた。
「今のうちに!」
「サンキューマキナ!」
セルアは熊の体を剣で斬ったが、胸の魔法石が緑に光り、熊の傷は一瞬で癒えてしまった。
「流石に一筋縄じゃいかないか! ラーシャ!アレお願い!」
セルアはラーシャに呼びかけた。
「分かりました! Status up!/ステータスアップ!」
そう言うとラーシャは道路に杖を突き立てた。すると、杖を中心に道路に魔法陣が生成された。
ちなみにこの技は、体力や攻撃力といったデータが数値として視認することの出来る技「Status/ステータス」から派生したものであり、魔法石一つ一つに設定されている強力でユニークな魔術「固有魔術」の一つである。そのため、「Status/ステータス」及び「Status up!/ステータスアップ!」は、これらの技が設定されている魔法石を持つ、ラーシャのみが使うことができる。
「これで皆さんの攻撃力、防御力、スピードが上がったはずです!」
そこにカナタが遅れてやってきた。
「今どうなってんの?」
「見ての通り。化け物熊と戦ってる。危ないから下がってて」
セルアが注意を呼びかけると、遠くから甲高いサイレンの音が聞こえてきた。
「何この音?」
聞いた事のない音にマキナは戸惑っている。
「パトカー……さっきの叫び声で誰かが通報したのかな?」
「パトカー?」
「警察が来るんだよ、そんな格好な上に武装してたらほぼ確で連行されちゃうよ!」
「じゃあさっさと終わらせちまおうか」
そういうとゴルダンはさっきよりも高く飛び上がった。
「古式武闘術八番:上飛五連撃!」
1!2!3!4!5!hit!
熊の頭にさっきと同じ威力のパンチを五発連続で打ち込んだ。力に耐えきれず、熊はとうとう倒れた。
「どうだ?」
「あー…伸びてるだけっぽいわ! どうする?」
ゴルダンがセルアの剣で突っついて確かめた。
「よし、じゃあ…」
「え?何するつもり?」
カナタは、剣を熊の首に突き立てるセルアに向かって困惑しながら聞いた。
「ふん!」
セルアは剣を振りかざし、熊の首を斬った。骨と肉が破壊される生々しい音を立てて熊は絶命した。
「これで大丈夫…かな」
「えぇ〜…殺しちゃった~…」
カナタは結構引いてしまったようだ。
パトカーはすぐそこまで近づいてきている。
「あ、もう来た! セルア剣しまって! マキナは屋根から降りて!」
怪しまれないように、その一心でカナタは指示を出した。
「うっわマジか」
パトカーから降りてきた中年警官の第一声は驚きつつもどこか冷静だった。
「これ、君たちがやったの?」
「は、はい」
「凄いけど、こういうのは危ないから今度からは警察に任せといてくださいね」
「はい…すみません」
「それで、皆さんなんでそんな格好なんです?」
カナタにとって一番恐れていた質問が警官の口から発せられた。
「僕たちは───」
正直に答えようとするセルアを遮ってカナタが早口で話し始めた。
「こ、この人たちはネットで知り合ったコスプレ仲間で、今日は俺の家でコスプレオフ会やってたんすよ ハハ」
「そうだったんですね。あ、その杖と剣、人に当たったら危ないんで気をつけてくださいね」
「はいッ! よく行っておきます!」
警察の到着から少しして周りには野次馬も集まり、騒然としてきた。
「あの、俺たち帰っても大丈夫ですか?」
「うん、帰っていいよ」
「じゃあ失礼します…ほら行こ」
カナタがセルア達を先導し規制線から出ようとすると、「カシャッ」という音が近くから聞こえた。そう、カメラに撮られてしまったのだ。セルア達はフラッシュに驚いている。
「うっ…何これ閃光?」
マキナに至っては目が少し見えて居ないようだ。
「皆さんが熊を駆除したんですよね? 一言お願いします!」
話しかけてきたは地域情報紙のリポーターだった。ちょうど近所で取材か何かをしていたのだろう。
「強かったです」
「ちょっとセルア!? 何勝手に答えてんの!?」
「強かったとは、どのくらい!?」
「すみません俺たち急いでるんで…走るよ!」
その一声でカナタ達はリポーターの前から風のように消えていった。
そして、カナタ達とすれ違いで現場にやってきた一人の男がいた。彼は倒された熊を見るなり、腕時計を模した通信機器に向かって話し始めた。
「こちら七王子市区、佐藤。東京都七王子市不動台にて未確認種と思われる、大きな角のついた熊を確認。近辺で先日観測された『Zエネルギー』との関連を確認されたい。繰り返す…」
――――翌朝
《コスプレイヤー見事にクマ退治》
の見出しで新聞に写真付きで載ってしまった。
そのことでカナタ達はリビングで父の前に正座させられていた。
「一体どういうことだ?」
「俺は止めた…俺は止めたぞ…」
真ん中に正座しているカナタは呟いた。
「勝手にそんな格好で出歩きおって…それに新聞にまで…全く…」
「みんなの服、買いに行かなきゃね」