2-20 バスボム
「宅配便です」
その声がドアモニター越しに聞こえたのは、ナナアリで文化祭をやり直した日の、翌日の昼下がりのことだった。
「はーい」
「サインお願いします――――――――はい、ありがとうございました」
「よいしょ……と」
大手通販サイトのロゴが入った段ボールを受け取ったサユコは、記載されている宛名を確認すると、二階へ上がった。
部屋のドアをノックして、名前を呼ぶ。
「カナター。何か荷物が届いてるわよ」
その声を聞いた彼は、ドアを開けて姿を見せた。文化祭後ということもあり、なんやかんやで学校が休みになっていたらしい。
「あぁ。ありがとう」
「何買ったの?」
「バスボムだよ。ほら、俺がこの間買ってたでしょ。ファンタジーワールドのやつ。マキナだけ出なかったから、それの追加分とプラスアルファ。安心して、お小遣いの範疇で買ってるから」
「それはいいんだけど……プラスアルファって?」
「実は、みんなハマったらしいんだよね。バスボムに。色が変わるのと、いい匂いがするのと、シュワシュワと、おまけのオモチャが出てくる面白さが刺さったみたい。それで買ってた六個中五個、持ってかれちゃって……」
「そういうことね。どんなの買ったか、私にも見せて頂戴」
「オッケ~。ここじゃなんだし、中入ってよ」
そうしてサユコが招かれた部屋には、相変わらずファンタジーワールドのグッズや、映画のディスクが置かれている。
二人がベッドに腰掛けたら、カナタはハサミで封を開けた。
「えーっと、まず補充の五個と、俺の『名作映画ミニチュア』五個……」
「たくさん買ったわねぇ……」
「フリマサイトで買うのも手だったけど、自力で揃えたくてさ。で次が、セルアの希望してた『世界の爬虫類』五個。お次がマキナの『うみのおともだち』これも五個。ゴルダンの『どう足掻いてもトリケラトプスが出るバスボム』五個。ラーシャの『日本昔話ミニフィギュア』五個。合計三〇個で総額一五〇〇〇円!」
「買いすぎよ」
「まあまあまあ。みんなからお金は徴収して買ってるから」
「そうなの――――あ、そうだ。おやつ食べましょ。昨日お友達からチーズケーキ貰ったのよ。手作りですって」
「いいね! そとで走り込みやってるセルアたちにも、伝えとくよ」
サユコはケーキを用意するために、カナタはおやつメッセンジャーの役割を果たすために、一度バスボムのことは忘れて、部屋を後にした。
**********
その日の夜。
カナタは風呂に入ろうとしていた。セルアたち四人が、先に入った後である。
「おっ風呂~♪」
しかし、彼が目にしたのは、まさかの光景だった。それに思わず顔を歪める。
「お、お風呂が……闇鍋になってるー!!!!」
その声は、リビングまで届いていた。
この事に関してセルアたち四人は、リビングで正座させられ、タオル一枚腰に巻いた状態のカナタによる尋問を受けることになった。
まず、カナタはスマホで一枚の写真を見せた。
「これ見て、風呂の色。めちゃくちゃ濁ってるよね。匂いもハワイアンとフルーツと森林とミルクが混じって、意味不明なことになってるの。――――なぜやった?!」
「すみません。最後の私の時点で大変なことになっていたのは分かっていたですが……つい、欲望に負けてしまって……」
「僧侶が煩悩に負けるとはな」
タイチが呟いた。
「司教です。私、僧侶じゃなくて司教です」
「そう司教。父さん二度と間違えないでね」
「うぃー」
なんとも気の抜けた返事だが、気にせずに続ける。
「……まぁ、悪気はないのは知ってるから。次から気をつけて」
「「「「はーい」」」」
――――で、今日の俺はあの闇鍋で体癒すのか……なんか嫌だなぁ。「イヤ」だけに。
風呂場に戻る最中、カナタも思いついた。
「この際だし、俺の分も入れちゃうか!」
**********
翌日、夜。
「今日のお風呂は大丈夫か……な」
カナタはゆっくり浴室のドアを開けた。再び、顔を歪めることになるとは知らずに。
「げ……ゲーミング闇鍋になってるー!!!」
ゲーミングの名を冠する通り、湯船の湯はピカピカと七色に光り輝いていた。
昨日に続いて再び、四人はリビングに正座させられた。
「なんでお風呂が光ってるわけ?」
「ごめん……お風呂に回復の効能かけてみたら、ああなっちゃったの……」
マキナが弁解した。
「え、マキナの後に入ったゴルダンとラーシャは、違和感感じなかったの?」
「あー、バスタブの湯に魔術をかけて回復の効能を出す『魔治湯』は、オレたちの世界じゃ結構メジャーだからな。光ってるのも、慣れっこだな」
「メジャーなんだ……」
――――そんな描写見たことないけど?!
「ほんとに次から気をつけてね。ルールその一、バスボムは一日に一回、一人だけ。ルールその二、魔治湯をするときは事前に言うこと。いいね?」
「「「「はーい」」」」
返事を確認したカナタは、風呂場に戻っていった。その最中、今日もふと思いつく。
「今日は電気消して、音楽かけてみるか! ディスコ風呂だ~」
**********
一週間後。
風呂に入る前のカナタは、リビングのソファで俯いていた。
「どうしたのカナタ。そんなに落ち込んで」
「今日はお前がバスボムの日だろ? 元気出せって」
「いや落ち込んでるわけじゃなくて……ちょっと不安でさ」
「不安? 何が不安なんだ、言ってみろ」
「それがさ、ファンタジーワールドのバスボムのマスコット、まだコンプできてないんだよ……」
「なんだそんなことか。揃わなかったら買ってやるから、元気出せよ」
「そういう問題じゃなくて……ちょっと待ってて」
カナタは二階へかけ上がり、部屋から小さな箱を持って降りてきた。
「これ、今まで出たやつなんだけど、今のところセルアが三、マキナが〇、ゴルダンが一、ラーシャが二。で、ここにはいない仲間なんだけど、ジャイゴが五なんだよね」
「ジャイゴ運強ぇな」
その時、リビングと廊下を繋ぐ引き戸が開いた。
「お風呂、上がったわよ」
そこには、バスタオル一枚体に巻いただけのマキナの姿があった。
それを見たカナタの顔は、一瞬で赤く染まった。
「まっ、マママママキナ?! 服! 服着て!」
「それが、お風呂場に新しい下着が無かったのよ。お茶飲んだらすぐに上がるから、気にしないで」
マキナは冷蔵庫の方に歩みを進める。
「気にするよ…………うっ、アッ」
カナタは、ソファにバタリと倒れ込んだ。
「カナターっ! しっかりしろーっ!」
必死な顔で、タイチがカナタの体をゆする。
「えっ!? 倒れた!?」
麦茶が入ったコップを片手に、マキナはダイニングから慌てて出てきた。
「シゲキツヨスギ……オシノロシュツ……ギルティ……オレセップク……」
「やめろ! お前に罪は無ぇから! これは事故、事故だぁー!!」
「回復、しましょうか?! 微量ですけど」
「いや、ほっといてもそのうち目覚めるから、マキナはさっさと服を着なさい」
「了解です」
そう言って、マキナがリビングを去ろうとしたその時、彼女の瞳に、ジャイゴのミニマスコットが映った。
「――――!!」
彼女はそれを、怪訝な目で睨み付けた。まるで、彼との間に何かがあったのかのように。
**********
三十分後。意識を取り戻したカナタは、入浴すべく風呂場に向かった。
――――よくよく考えたら……マキナが入ってたお風呂に、俺も入ってるわけだよね。
「推しの残り湯……」
ボソッと呟いた。と同時に思い出す。セルアも、ラーシャも、ゴルダンも先に入っていたことを。
「……まあいいや。はーいろ」
春晴家全体で見れば、七人中五番目というギリギリ後半なタイミングで入浴している。とはいえ、風呂は温かい。足の先から徐々に、今日の疲れが揉みほぐされていく。つい「あぁ~」と声が漏れてしまうのも、仕方がない。
「いい湯だなぁ~」




