おかしな国のお菓子な家
砂漠を抜け、森に出たカナタ一行。その森には大きなペロペロキャンディーが自生し、チョコレートで出来た木が生えている。
「腹減った~クッキー食いて~」
エイタが弱音を吐く。
「やめとけ。不思議の国の食べ物は迂闊に食べない方がいい。」
「え~でももう無理!いただきます!」
カナタが言ってもエイタは聞かずに袋を開けて食べ始めた。
「私も!」
「ぼ、僕も...」
「意外と美味いな。」
エイタに続き、カナタ以外のメンバーも食べ始めた。
「あ~あ~そんなに食べちゃうと...」
カナタがそう言った途端、クッキーを食べた全員の体が小さくなってしまった。
「ほら言わんこっちゃない。迂闊に食べたお菓子のせいで、大変なことになる展開はおとぎ話ではお約束でしょうが。」
「はい、すんません。」
「すげぇ!小さくなった!」
「どうなってるのこれ⁉」
一人謝るビスケの傍らでエイタはテンションが上がり、佐藤さんと班長はとても困惑していた。
「カナタも一緒に小さくなろうぜ!そのほうが絶対楽しいから。」
エイタが誘ってきた。
「えぇ、じゃあクッキー頂戴。」
カナタはしゃがみこんで手を出した。
「あ、ごめん。食べつくしちゃったみたいだからもうないわ。」
「うそだろ。食べつくすなよ。」
「ごめんごめん。でもこの世界のお菓子なら何でもいいんじゃね?そこらに生えてるペロペロキャンディとか。」
エイタはカナタの後ろに生えている大きなペロペロキャンディを指さした。
「いけるか?」
「いけるって。」
カナタはキャンディを引っこ抜いた。意外と軽かったようだ。
「じゃあ、いただきます。」
ガリっと一口かじると、カナタの体は見る見るうちに大きくなった。
「あー...マジか。」
「笑えるwww」
この後、クッキーを食べた4人はキャンディをかじって元の大きさに戻った。カナタも木に生えていたマカロンで元の大きさに戻った。
それからも森の中を進み、ついにお菓子の家にたどり着いた。
「すみませ〜ん。誰かいますか?」
カナタがノックしながら聞いたが返事は無い。
「居ないみたいだな。」
「窓から入っちゃう?」
エイタが聞いてきた。
「そしたらバレた時が多分やばいよ?童話ではここに住んでるのは悪い魔女だし。」
「知ってる。ヘンゼルとグレーテルでしょ。」
カナタとエイタが話す横で班長は家の中を覗いて、あるものを見つけた。
「はっはははは春晴くん、ちょっと中、中見て」
「ん?どれどれ?」
班長に言われるがまま中を覗いたカナタは、部屋の中央に置かれた釜の上に縄で釣られている金髪の女性を見つけた。釜は禍々しい色を放ちながら沸騰している。
「あっ、あれ...」
カナタは窓を開けてお菓子の家の中に侵入、縄を解いて女性を救出した。
「大丈夫?柴谷さん。」
助けられた彼女は、今年度から七西中2年3組に、アメリカから転校してきた「ヴァネッサ・柴谷」
名前の通り日本人とアメリカ人のハーフである。
「Where is this?」
「あー...Sorry, we don't know either.(ごめん、俺たちにも分からないんだ。)」
「So that's what it was.」
「More importantly, what happened?(それより、何があったの?)」
「I thought I was in the classroom with everyone, but suddenly I found myself alone in the forest.
As I was walking, the witch found me and took me to her house.」
ヴァネッサは丁寧に説明してくれた。どうやら彼女も教室の異世界化に巻き込まれ、一人で森を歩いていたところを魔女に連れ去られたらしい。
「やっぱ魔女が住んでたのか。thank you for tell me.(教えてくれてありがとう。)」
「カナタすげーな。英語ペラペラじゃん。」
ビスケが感心している。
「そう?ありがと。」
「おい、それよりやばいぞみんな。」
さっきまで窓から外を見ていたエイタが声をかけてきた。
「何かあったの?」
佐藤さんが質問した。
「魔女っぽいやつがこっちに来てるんだよ!隠れるか逃げるかしないと捕まっちまうぞ。」
「げ!マジかよ。」
「what happened?」
今度はまだ日本語に疎いヴァネッサが質問してきた。
「The witch who kidnapped you is coming this way. Hide or you'll be caught.(君を連れ去った魔女がこっちに向かってきてる。隠れないと捕まっちゃうよ。)」
「What?! We have to hide quickly!」
そう言って彼女は階段の影に隠れた。
「よし、俺たちも隠れよう。」
各々、バレない場所に隠れると、魔女が帰ってきた。後ろには黒いフード付きマントを着用した人物もいた。
「ありゃ⁉ガキがいないじゃねえか!どこへ行きやがった⁉」
そう言うと魔女は曲がった腰でヴァネッサを探し始めた。
「おいマキナ!あんたも一緒に探さんか!」
(マキナ...???)
黒いマントを着用したマキナと思われる人物も、一言も発さずにヴァネッサを探し始めた。
「一体どこに行っちまったんだい...せっかく美味そうなガキだったのに」
そう言いながら魔女が釜に背を向けたその瞬間、フードを下げて魔女の弱々しい体をがっしりとつかんだマキナは、プロレス技のスープレックスで魔女を釜に頭から突っ込んだ。
「ひぃぃぃぃ」と声を上げながら、釜に溶けた薬品の影響だろうか、魔女はドロドロと溶けていく。
「みんな!大丈夫⁉」
「マキナ!」
隠れ場所から出てきたカナタはマキナの元へ寄って行った。
「カナタ⁉なんでここに?教室にはいなかったよね?」
「うん。だけど教室に戻ってきたらこんなことになってて、入ったら俺も閉じ込められちゃった。」
「そうだったのね。それより落ち着いて聞いて。この文化祭、多分やばいことになるわ。」
「やばいことって、どんな?」
「私たちがこの世界に閉じ込められる前に、教室に魔王軍幹部の一人で殺し屋のジョンソンが入ってきたの。そしてこの状況はおそらく、魔術「phantasma hypnosis/幻影催眠」によるものよ。多分、奴が使ったんだと思う。」
「幹部って...やばいじゃん!あの強さの敵がここに…」
カナタはアニメ ファンタジーワールドの第9話~10話にかけて行われた、セルアvs魔王軍幹部の戦闘を思い出した。幹部クラスは、あの時のセルアたちでもボロボロになってやっと勝てたレベルだ。
「でしょ?早くここから出て止めないと!」
「あの、」
ビスケが二人の話に割って入った。
「さっきから聞いてたんですけど、魔王がどうたらとか魔術がどうたら、何の話なんですか?」
「あっ、気にしないで?独り言みたいなもんだし。」
「いや気になりますよ。ていうかがっつりカナタと話してましたし。」
「それより戻る方法なんだけど、」
これ以上反論できなくなったマキナは話題をそらした。
「あそこにある鏡を褒めちぎれば、どこにでも行けるって魔女が言ってた。だからそれで戻れるんじゃないかな。」
マキナの指の先にあったのは古びた鏡、大きさは1mほどはある。
布をとってみると、鏡に顔が浮かび上がった。
「ありがとうございました。あの婆に長いこと封印されていたので助かりました。この御恩に免じてどこでも好きな場所へ連れて行って差し上げましょう。」
どうやら今回は褒めなくてもいいらしい。
「じゃあ、俺たちが元居た教室に戻してくれないか?」
カナタが言った。
「残念ながらそれはできません。」
「えっ?なんで?」
マキナが聞いた。
「私がお連れできるのは、このお菓子の国の中にある場所のみですので。」
「嘘⁉じゃあ私たちはどうしたら戻れるの?」
「さあ。死ねば戻れるんじゃないですか?それでは。」
そう言って鏡の顔は消えていった。
「おい逃げんなこのクソ顔面!」
エイタが殴りかかったが鏡は少しも反応しない。それどころかやりすぎて鏡が割れてしまった。
「あ!何やってんだよエイタ!」
「ごめん。やりすぎた。」
責めるビスケと謝るエイタの横で、カナタはナイフを持って立っていた。
「ねぇ、春晴くん、そのナイフは何?」
「死ねば戻れるかもしれないから、やってみる。」
「やってみる、ってもし嘘だったら取返しがつかないよ⁉」
「そうだぞカナタ。早まるな!」
佐藤さんとエイタが静止したが、それもむなしくカナタは喉にナイフを突き立てて自殺してしまった。
「カナタ!!!」
マキナが駆け寄ったがもう遅い。なぜか血は流れていないのだが、カナタの体は冷たくなっていた。
「こうなったら...」
マキナはカナタの持っていたナイフを握って「えい!」と同じように喉に突き立てて自殺した。
「マキナさんまで...」
ビスケは悲しそうな顔をしているが、エイタはナイフを取りに二人の死体があるところへ歩いた。
「ええい!ままよ!」
エイタもまた、ナイフを使って逝ってしまった。
「これ俺らもやるの?」
その頃、カナタは無事に現実世界で目覚めた。起きるなり自分の首を触り、傷一つないことを確認するとほっと安心した。
「カナタ!大丈夫?」
マキナも続いて起きた。
「うん、大丈夫だけどこの部屋なんか変な匂いしない?」
カナタの指摘でマキナも空気を吸ってみた。
「これ...魔素の匂いね。」
魔素とは、ファンタジーワールドの世界で空気中に漂っている元素で、火・水・植物・電気・風・土石を基本魔素とされている。セルアたちファンタジーワールド世界の住民は、それを手持ちの魔法石に取り込んで魔力エネルギーに変換、そのエネルギーを詠唱とともに打ち出すことで魔術となる。また魔素は地下から湧き出す「魔泉」から漏れ出ているため、温泉のように独特な匂いがするのだ。
ちなみに、カナタは魔素の存在をアニメで知っている。
「多分ジョンソンがこの締め切った部屋全体に魔術を使ったからこの匂いが立ち込めてるんだと思う。」
マキナが説明しながら窓を開けているうちに他のメンバーも起きてきた。
「みんな無事?」
カナタが聞いた。
「ああ、ちょと痛かったけど何とか。」
「よかった...ほかのみんなも大丈夫?」
「うん」「なんとか」「怖かった...」「I'm glad I was able to return safely.」
「無事で何より...って、」
カナタは時計を確認した。時刻は12時50分、演劇部の開演時刻の13時まで残り10分もないのだ。
「やばい!なんか食べもの1個頂戴!」
「はい!カメロンパン!」
「サンキューエイタ!じゃあ行ってくる!」
カメロンパンを加えたカナタは大急ぎで教室を飛び出した。
「あいつ、あんなに急いでどうしたんだ?」
エイタがビスケに聞いた。
「演劇部の公演だろ。忘れてたのかよ。」
ビスケもそれに答えた。