1-1 《逆》異世界転移
春の西日が差す閑静な住宅街。一人の少年が自転車を立ち漕ぎしながら坂を登っている。やがて、その自転車と少年は豪華な一軒家の前で止まった。
自転車を庭に止め直し、籠に入っていたビニール袋を手に取ると、少年は玄関に向かって駆け出した。
「ただいま!」
元気な声が玄関に響く。
「おかえりー!」
ただいまの声にこだまするように、母からおかえりの声が廊下に響いた。
春晴カナタ、アニメと映画を愛する中学2年生。
そんな彼が、今ハマりにハマっているのは「ファンタジーワールド」という、剣と魔法がテーマの超王道バトルアニメだ。
そのポスターが壁に貼られ、ベッドにはキャラクターのぬいぐるみ、本棚には数多くのDVD、中型のテレビ。そんな部屋に彼は帰ってきた。
「やっと買えた〜」
ウキウキな彼のもつビニール袋の中には「火山×人食い鮫 衝撃の展開を見逃すな!」と書かれたDVDのパッケージがあった。
「なにそれ?」
謎の少女の声がカナタの耳に入る。だが、すっかり舞い上がってしまったカナタは声の正体を疑うことも無く説明を始めてしまった。
「え、これ? これは火山から吹き出てきたサメが人を襲う話でさ、どこの店にも置いてないしレンタルもサブスクも無かったから超探したんだよね! そんでもって今日やっと駅前のレコードショップで見つけたんだよ!」
「ふーん。変なの」
得体のしれない存在に一通り解説し終えると部屋の電気を消し、コーラとミニサイズのポップコーンを片手に、つい寝てしまうぐらいふかふかな座椅子で鑑賞を始めた。
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エンドロールも終わる頃、カナタの耳にご飯ができたことを知らせる声が届いた。
「はーい今行くー」
そう言って部屋の電気をつけた次の瞬間、カナタの目に思いもよらぬものが飛び込んできた。
「あ、どうも」
そう言ったのは西洋騎士の格好をした青年。周りには魔法使いの格好をした少女、屈強な男、教会の司祭の格好をした女もいた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
今まで発したこともない声でカナタは叫び、棚にしまっていたDVDのほとんどが落ちるほどの勢いで後ろに転んだ。そして30秒もたたぬ内に叫び声を聞いた母が部屋に飛び込んできた。
「どうしたのそんな声出して、って」
次の瞬間には母の甲高い叫び声も部屋に響いた。
「お父さん! 不審者! 不審者がカナタの部屋に!」
「ちょっ、僕達不審者じゃ……ってあれ!? ここは一体……」
騒ぎになった部屋の中でカナタは、アニメ『ファンタジーワールド』のメインビジュアルが描かれたポスターにうつる4人の姿と、部屋にいる謎の集団を交互に見る。
改めてよく見た彼らの顔は、あまりにも似すぎていた。
「――――!?!?!? えっ、え!? ウソ!? 御本人!?」
――――窓、開いてないし割れてない。今日は一日中母さんが家にいたし、うちそもそもセキュリティ会社と契約してるから侵入も不可能。この部屋以外のどこかの窓が開いてたって可能性は……無いか。父さんは鍵含めて全部閉めるはずだから。サプライズ? いやいやあの驚き方だと絶対あり得ないし、サプライズがあるような場面とか時期でもない。
「コスプレイヤーにしては顔があまりにも本人すぎるし……もしかして……いやそんなまさかねぇ」
カナタは深呼吸の後、マシンガンのように速い鼓動を呑み込んで、思い切って話しかけた。
「あの~。みなさんってもしかして……」
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その頃リビングでは固定電話の前で母が慌てた様子で父に訴えかけていた。
「変なコスプレ集団がカナタの部屋にいたのよ! 早く警察に…」
「待て待て、ちょっと落ち着け…」
「あなたがかけないなら私がかけるから!」
ちょっとしたパニックになっている母は受話器を取り1、1と押した。あとは0さえ押せば警察に電話が行く。0ボタンに指が届く寸前、カナタは母の腕を掴んだ。
「ちょっと待って、心当たりが」
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ファンタジーワールド・・・夏雲ゴロウ作の大人気異世界ファンタジーバトル漫画で、剣士、魔法使い、闘士、聖職者、獣使いの5人が、悪の権化である大魔王を討伐するために各地を巡る物語である。また、アニメ化もされており、ストーリーの王道具合が多くの人に受け、昨年度の夏期覇権アニメにもなっている。そして、アニメ第二期の制作は確定、劇場版をするとかしないとかも言われている。
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宴会用の大きな机と座椅子が並べられ、机の上にはお茶が出された春晴家の和室。席は両親と、カナタ+コスプレ集団に別れた。
「つまりそいつらはアニメの世界からやってきた、と言いたい訳だな?」
父が問いかける。
「そう、だと思う」
「ふざけているのか?」
「え?」
「ふざけているのかと聞いてるんだ。そもそもな、こんな素性も分からない人間を椅子に座らせて、もてなしてる時点でおかしいんだ。そうして何を言い出すかと思えば異世界転移って、馬鹿も休み休み言え! こんなのただのコスプレ集団だろう!」
父に一喝されたカナタはすっかり萎縮してしまった。
「で? 君達名前と職業はなんだ?」
父の問いに対し、最初は西洋騎士姿の青年が口を開いた。
「僕はセルア・レイズ。職業は剣士です」
「すげぇ、cv.秋雨レンノまんまだ…」
カナタがボソリと呟く。
「なんか言ったか? …次」
次は紺色の髪をした、魔法使い姿の少女が口を開く。
「私はマキナ・アーロウ。職業は魔術師?になる…と思います…」
「はい次」
次は屈強な男が口を開いた。
「俺…いえ自分はゴルダン・クロルド。普段は闘技場で格闘技をしています」
「次」
「私はラーシャ・マグナ。ハトマーレ教会の司教です」
「これで全員だな」
父は深いため息を挟んで、口を開いた。
「全く、お前ら全員頭の病気じゃないのか? とっとと警察と病院行きな」
「お父さん! 流石にそれは酷いんじゃないの? 言って良いことと悪いことって・・・」
父の侮辱発言に対し、母が声を上げたが、
「うるさい! 正体の分からない不審者共に慈悲など要らん! さっきも言ったがな、こんなことをしている時点で俺たちはおかしいんだよ!」
と、突っぱねられてしまった。
「もうお前らに構う時間など無い!」
そう言って父はリビングに戻ろうとする。
「あの!」
その時マキナが父の腕を引っ張った。
「なんだ? まだ言い訳が足りないか?」
「私、本当に魔法使えるんです。信じられないかもしれませんが本当なんです」
「ほう、じゃあ見せてみろ。全員来い」
そう言って父はマキナの手を引いて、三人家族には大きすぎるほどの自家用車に乗り込んだ。それを追ってカナタ達も車に乗り込む。流石に7人全員は乗り切らなかったので、マキナ、カナタ、父、セルアの四人は父の車で、母、ゴルダン、ラーシャの三人は母の車でそれぞれ向かうことになった。
「魔法を使われて、家が壊れたら大変だからな。広い場所に移動するぞ」
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家から少し離れた大公園、流石に21時となるともう人はいない。
「ほれ、やってみろ」
「分かりました」
父にそう言われると、マキナは胸のペンダントを2秒ほど握りしめると、口を開いた。
「Surgant flammae/炎よ吹き上がれ」
30㎝ほどの杖を斜め上に振り上げ、斜めに下ろし、少し離れた場所を突くように指した。すると、杖で指した場所で炎が吹き上がった。炎は10秒ほど辺りを照らし続けた。
信じられない光景を目の当たりにした一家にセルアが問いかけた。
「僕達のこと、信じてくれます?」
悔しげな表情で父は答えた。
「認める…しかなさそうだな」
強ばった勇者たちの顔に笑顔が戻った。
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帰りの車の中、カナタは考え事をしていた
(あれ? ジャイゴはどうしたんだろう? 獣使いで、パーティーではセルアに続いて強いジャイゴ・ガルシア… ん~、たまたま彼だけ転移させられなかったのかな?)
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家に戻った一家とセルア一行は順番に風呂に入り、それぞれ床に就いた。セルア達はというと、和室に布団を敷いてもらっていた。
セルアと母が話している傍ら、マキナは既に寝息を立てていた。
「こんなにしてもらっちゃって、なんだか申し訳ないです」
「いいのよ。それよりお父さんがあんな事言っちゃってごめんなさいね」
「いえいえ気にしないでください、状況が状況でしたし、怪しまれるのは当然ですよ」
「そうなの。じゃあよかった。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
母は襖を閉じ電気を消した。セルアたちも布団に入った。
「なんだか凄いところに来ちまったな」
ゴルダンが、まだ起きているラーシャとセルアに話しかけた。
「ああ、夜なのに明るいし、水も無限に出てくる。家の中もチリ一つなくて、とても綺麗だ」
「ですね。私たちの世界では考えられなかったことです」
「この先一体、俺らはどうなっちまうのかな」
「さあね。考えても無駄だと思うし、寝よう」
「だな」
「ですね」
「おやすみ」
「おう」
「おやすみなさい」
そうして彼らは眠りに落ちた。




