NON 4
薮田産婦人科
AM8時30分
武庫湖高校の始業ベルが鳴る
教室、窓側、一番後ろの席で目を閉じ
デジタルメディアプレイヤーを聞く金髪のMIKI
その五つ前の席に座る福島美緒、切ない眼差しで
NONの居ない机を見つめている・・・
◆
デパートのメイクルームで学生服から私服に着替え
馴れない手つきでアイシャドーと口紅を塗るNON
口紅は唇から少しズレアイシャドーは濃く塗りすぎて
瞼がうっ血しているかの様、完璧だった博光の下地が台無しである
デパートを出て駅のロッカーに学生服の入いった鞄を入れ
財布と携帯を手に持ち重たい足取りで人ごみの中に消えるNON・・・
◆
PM12時05分
武庫湖高校昼休み
机の上の教科書を枕に爆睡するMIKI
メディアプレイヤーのイヤホンは抜け、床に落ちている
そこに忍び寄る二つの影・・・・・
理恵「シャラ!MIKI!」
MIKIの耳元で叫ぶ理恵
その声にじんわり目を開けるMIKI
MIKI「・・・今、何時?・・・・・」
理恵MIKIの座る椅子の脚を蹴り
理恵「12時だコラ!」
MIKI、瞼を閉じ
MIKI「うそ~・・・ヤバイじゃん、4時間近くも寝てたんだ」
そう言うと再び深い眠りへ・・・・・
オグリン、そんなMIKIの背中を何度も揺すり
オグリン「起きてよ~」
理恵、再度机の脚を蹴り
理恵「マジ起きろって!」
MIKI気だるそうに目を開け前方の席を見つめる
MIKIの向ける視線をたどる理恵
理恵「どこ見てんのよ?」
MIKI「美緒は?」
オグリン「私らがここに来た時にはもう居なかったよ、何で?」
MIKI床に落ちたイヤホンのコードを巻き取りながら
MIKI「美緒にポカリおごって貰おうと思ったのに・・・」
オグリン「自分で買いに行きなさいよ」
MIKI机に両肘を着き手の平に顎を乗せ
MIKI「70円しかないから無理・・・・・」
理恵、思いっきり机を叩き
理恵「私ら70円も無いんだよ!」
MIKI、理恵の罵声に微動だにせず、あくびをして
MIKI「はい、はい、そうだったよね~」
オグリン、MIKIの袖をひっぱり引き寄せ
オグリン「そんな事よりお金、本当に返ってくるの?」
MIKI「・・・・・・・の、ハズ・・・・・」
理恵、机に腰を掛け腕を組み
理恵「のはず?じゃ無いって!大体信用出来るの、その・・・」
MIKI「YASU?」
理恵、MIKIを睨み
理恵「そー!そのYASU!」
MIKI真っ直ぐ教室の前方を見つめ、自分に言い聞かす様に
MIKI「信じたい・・・・・」
オグリン掴んだ袖を何度も揺すり
オグリン「もしお金返って来なかったら・・・解ってる?」
MIKI「解散でしょ?解ってるよ」
理恵、窓を埋める空を眺めながら
理恵「で、連絡は?」
MIKI椅子に掛けた上着のポケットから携帯を取り出し
MIKI「・・・・・今の所・・・無し・・・」
理恵、オグリン同時に大きく溜息をつく
理恵「何かヤバくね?・・・・・」
オグリン「解散ね・・・・・」
MIKI、落胆する二人を見つめ、わざと陽気に
MIKI「4時に約束してんだから連絡無くても大丈夫!」
理恵独り言の様に
理恵「冷静に考えて一度しか逢った事の無い奴に
5万5千も貸すか?普通・・・」
オグリン、空いているMIKIの隣の席に座り
オグリン「だよね~」
MIKI、手の平で携帯を撫でながら
MIKI「・・・・・YASUは嘘つかないって・・・」
理恵、MIKIに顔を近づけ
理恵「何で言い切れる?」
MIKI窓の外に広がる青空に目を向け
MIKI「何でだろ?・・・解らない・・・けど、きっと来る!」
自信に満ちたMIKIの瞳の奥に澄み切った青が反射する
その頃、職員室の扉の前でクラス担任、吉川 玲子
の前に立つ福島 美緒
美緒、目を伏せ小さな声で
美緒「それじゃあ、野島さん無断欠席なんですか・・・」
吉川、困惑の表情を浮かべ
吉川「そう、自宅に何度電話しても誰も出なくて・・・
福島さん何か心当たり在る?」
顔を横に振る美緒
吉川「事故とかに巻き込まれて無ければ良いんだけど・・・」
美緒「・・・・・」
吉川「福島さん野島さんの携帯番号知ってる?」
頷く美緒、力なく顔を上げ
美緒「メールしたんですけど返事が無くて・・・」
吉川、腕を組み
吉川「そーなんだ・・・・・困ったわね・・・」
美緒、眉をひそめ、うつむく吉川に
美緒「緊急の連絡先とか無いんですか?」
吉川うつむいたまま
吉川「とりあえず、もう一度自宅に連絡して出なかったら
お母さんの携帯に連絡してみるわ・・・」
美緒、吉川をじっと見つめ
美緒「緊急の連絡先は、お母さんなんですか?」
吉川、美緒の発言の意図が解らず顔を上げる
吉川「え?」
美緒「お父さんじゃなくて、お母さんなんですか?」
吉川、組んでいた手をほどき腰に当て
吉川「どうゆう意味?」
美緒、吉川から目を反らし
美緒「・・・こうゆう場合、父親や父親の勤め先に
連絡するもんなんじゃないんですか?」
吉川、何かを胸に秘めている様な美緒に対し語彙を強め
吉川「何が言いたいの?」
美緒、真っ直ぐに吉川を見つめ
美緒「ある人から聞いたんです・・・・・」
吉川「何を?」
美緒「・・・・・」
吉川「何を聞いたの?」
美緒、涙を浮かべ
美緒「野島さんのお父さん亡くなってるって・・・・・」
吉川「・・・・・・・」
美緒「本当なんですか?」
吉川、美緒の肩にそっと手を置き
吉川「・・・そうゆう事は個人情報の問題で先生の口からは
言えないの・・・・・ごめんね・・・」
美緒、指先で涙を拭い
美緒「そうですよね・・・・・すいません、変な事聞いてしまって・・・・・」
美緒、深々と一礼し職員室を後にする
悲壮感漂う美緒の背中を複雑な表情で見送る吉川
美緒の疑念が確信に変わる
“NONのお父さんは亡くなっている!先生の表情と発言が全てを物語っていた・・・”
2階へと続く階段の前で立ち止まる美緒
下唇をグッと噛み締めると勢い良く駆け上がる!
闇雲に駆け上がる美緒の視界はNONへの思いで
遮断され、目の前に居る生徒にも気付かずぶつかり、よろけ
それでもひたすら駆け上がる!
“涙が溢れ出す前に身を隠さなければ!”
3階のトイレに駆け込み扉を閉め鍵を掛ける
壁にもたれ、声が漏れぬ様、袖を強く噛み締めると同時に
大粒の涙がこぼれ出す・・・止めどなく・・・・・
漏れる嗚咽が虚しく響く・・・
◆
「保険証が無い場合、全額自己負担になりますが
宜しいですか?」
PM2時3分
薮田産婦人科
受付の小窓から看護師、薮田の妻しずるの声
NON頷き
NON「はい、それで結構です・・・」
しずる「では、こちらの方に御記入お願いします」
小窓越しに差し出された用紙“問診票”
戸惑いながら問診票に記入するNON
薄暗い待合室には受診者の姿は無く
静けさだけが広がっている
壁に貼られたポスターは色あせ波打ち
ソファーは、端が破損し、たばこの焦げ後が所々に残っている
蛍光灯の数本は、バチバチと音を立て残り僅かな命を終え様としている
問診票の記入を終え受付へ提出する
しずる「少々、お待ち下さい」
数分後、待合室に響く声
しずる「朝日さん、朝日 美紀さん診察室へどうぞ」
NON立ち上がり診察室のカーテンの奥へ・・・
◆
武庫湖駅、西口バスロータリー
PM3時37分
ガードレールに腰掛け、周りを見渡すYASUと原付バイクにまたがり
メールをしている友人ダッチ
ダッチ、携帯画面に視線を向けたままつぶやく
ダッチ「金渡したらソッコー帰るからな!」
YASU視線をダッチに向け
YASU「解ってるよ、俺もそのつもりだから」
ダッチ、携帯を閉じ
ダッチ「てか何で、俺誘うわけ?」
YASU右脇に抱え込んでいたヘルメットを左に持ち替え
YASU「だから言ったじゃん、一人だと緊張するって・・・
まして女だし・・・・・」
ダッチ、うな垂れ
ダッチ「マジだりィ~、他の奴誘えよ~・・・」
YASU「バイク持ってんのお前しかいねーじゃん」
ダッチ顔を上げハンドルを叩き
ダッチ「バイクって原付じゃん!ニケツ、マジヤバかったって!」
YASU、吹き出し
YASU「ファミレス前の交差点曲がる時、タイヤ持ってかれて
対向車線突っ込むとこだったよな~」
ダッチも吹き出し
ダッチ「リアルに対向車のオッサンの顔、一生忘れらんね~」
爆笑する二人
ひとしきり笑った後、ダッチ、バイクから降り背伸びをしYASUに尋ねる
ダッチ「てか、マジ5万貸すの?」
頷くYASU
ダッチ「信じらんね~、金ブッチされたらどーすんだよ」
YASU腕時計に目を向け
YASU「そーなったら、それでも構わない・・・」
ダッチ露骨に眉をひそめ、その場にしゃがみ
ダッチ「あー!?意味解んねぇー」
YASU「・・・・・・・」
無言のYASUにダッチ立ち上がり顔を近づけ
ダッチ「何?もしかしてYASU、その女アリな感じ?」
YASU片手でダッチの胸を強く押し
YASU「そんなんじゃネェーの!俺も良く解んないんだけど
なんか放っとけ無いツゥーか・・・解んネェ?こうゆうの?」
ダッチ、YASUをじっと見つめ
ダッチ「・・・・・なんか・・・ウザ!」
YASU「・・・・・」
ダッチ、バイクにまたがり
ダッチ「で、連絡は?」
YASU「は?ねぇーよ」
ダッチ舌打ちをして
ダッチ「こっちに向ってるか電話で確認しろよ」
YASU「・・・・・」
ダッチ「うオイ!シカトんな!」
YASU「・・・・・授業中だったら悪いじゃん」
ダッチ「マジメか!」
ダッチ、ロータリー中央に建つ時計台を指差し
ダッチ「3時40分!授業ゼッテー終わってるって!」
YASU、メットをガードレールのポールに掛け
YASU「てか、お前何焦ってんの?」
ダッチ深く溜息をつき
ダッチ「今日何曜日だよ・・・」
YASU「え?・・・・・金曜?」
ダッチ「じゃあ、何だよ!」
YASU「・・・・・・・・・あ!」
ダッチ「あ!じぁ無ェーよ!」
YASU、ダッチに人差し指を向け
YASU「釣り探訪!」
ダッチ「そーだよ!だから5時までに家に帰りてぇーの!」
YASU「予約してねぇーの?」
ダッチ怒りに満ちた目をYASUに向け
ダッチ「“釣り探”はリアルタイムで見るんだよ!」
YASU、笑いを堪え
YASU「“釣り探”て・・・略してんの“訪”だけじゃん・・・」
ダッチ勢いよく立ち上がり
ダッチ「わりがなんば言いょっとか!とにかく電話せんば!」
興奮し方言丸出しのダッチを手で制するYASU
YASU「後10分!後10分したら電話するから」
ダッチ空を見上げ微かにまどろみ始めた黄昏を睨み叫ぶ
ダッチ「ああ!はがいかー!!」
◆
小窓から漏れる夕日に包まれながら診断結果を待つNON
相変わらずロビーに受診者は無く、不安になる
そんなNONの気持ちをよそに診察室から院長、
薮田 宗慈の声
薮田「朝日 美紀さんどうぞ」
NON高鳴る胸の鼓動を手で押さえ、立ち上がり診察室の前へ行くが
確実な診断結果を知らされる事への恐怖で
目の前のカーテンを開ける事が出来ない・・・
薮田、再度
薮田「朝日さんどうぞ」
NON、大きく深呼吸しゆっくりとカーテンを開ける
机の前で診断結果を手に持ち座る薮田、視線をNONに向け
薮田「どうぞ、お座り下さい」
薮田、目の前の丸椅子に座るよう促す
NON両手を膝に置き腰を下ろす
薮田、淡々とした口調で
薮田「妊娠されてますね」
NON覚悟はしていたものの、やはり動揺し言葉を失う
薮田、診断結果を見つめたまま
薮田「今、10週目です」
NONからの返事が無い為、薮田、診断書から目を離し
NONを見ると顔面蒼白でうつむいている
薮田、その表情を見た瞬間、この命は望まれず宿った命だと直感する
薮田、NONに顔を近づけ
薮田「大丈夫ですか?横になります?」
NON、小刻みに震える唇を微かに開き
NON「大丈夫です・・・・・」
そんな二人のやり取りを診察室隣の処置室で目を閉じ聞いている看護師しずる
薮田、診断書の下に挟んだ問診票を改めて見直す
“朝日 美紀 22歳”そしてNONの顔を改めて見つめる
化粧はしているが恐らく10代であろう・・・
NON「・・・・・あの・・・・・」
薮田「はい」
NON膝の上に置いた両手を強く握り締め
NON「中絶・・・・・」
薮田、予想通りの展開だが
薮田「そうゆう事は相手の方と話し合って決めた方が良いですよ」
NON「・・・・・」
薮田「相手の人に今日検査することは言ってます?」
NON「・・・・・」
薮田、咳払いを一つした後
薮田「あなたがそうと言う訳じゃ無いんだけど、今の若い人は中絶を
簡単に決断してしまう風潮が有ってね・・・・
まぁ、色々事情も有るんだろうけど・・・・・」
薮田、NONに視線を向け
薮田「中絶は子宮を傷つけるから、最悪の場合
今後妊娠出来なくなる可能性も有るんだよ」
薮田、一応さとしてはいるが内心NONの気持ちが
揺るがない事は経験上解っている
薮田「とにかく、一度相手の方に相談して・・・」
NON、薮田の言葉をさえぎる様に
NON「中絶したいんです!」
充血した目で懇願するNON
薮田「・・・・・」
NON、深く頭を下げ
NON「お願いします・・・・・」
薮田、溜息をつき静かに机の引き出しを開け
書類を取り出しNONの膝の上に置く
同意書
震える手でその書類に目を通すNON
薮田「この同意書を相手の方に読んでもらって同意のサイン
もらって下さい」
同意書の事など頭に無かったNON、何度も顔を振り
同意書を薮田の手に返す
NON「そんなの無理です!」
薮田「え!?」
薮田、同意書をじっと見つめ
薮田「・・・それじゃあ御両親どちらかの」
NON「無理なんです!」
うな垂れ両手で頭を抱えるNON
薮田、同意書を机に置き腕を組んで眉をひそめる
薮田「同意書のサインが無いと出来ないよ・・・
これはうちだけじゃ無く、何処の病院でも・・・」
NONのか細い泣き声が診察室を埋める
薮田、机の上のテッシュを4~5枚抜き取り
NONの膝の上に置き
薮田「参ったな・・・・・」
頭を掻く薮田
NON、テッシュで涙を拭きながら途切れ途切れに
NON「お願いです・・・誰にも・・・・・知られたく無いんです」
その時、処置室からしずるの声
しずる「先生、ちょっと良いですか?」
薮田立ち上がり、NONの震える肩を見つめながら
薮田「少し、待っててね」
薮田、処置室へ繫がる扉を開けしずるの元へ
数分後、扉が開き薮田がしずると共に診察室に戻ってくる
しずる、NONの隣に立ち肩にそっと手を置く
薮田、椅子に座り同意書を手に静かに語り始める
薮田「今から私が話す事は独り言だからね・・・」
NON顔を少し上げ鼻をすすりながら薮田の横顔を見つめる
薮田「仮に同意書のサインが偽名だとしても私達医者は信じるしかないんだよ・・・・」
NON「・・・・・」
薮田「サインの真偽を確かめる権限を私達は持たないんだ・・・・」
NON目に大粒の涙を浮かべ薮田に問いかける
NON「・・・・・良いんですか?」
薮田、NONの視線を感じながらも目を合わせず呟く
薮田「これ・・・・・独り言だから・・・」
NON肩に手を置くしずるへ顔を向ける
しずる優しい眼差しでNONを見つめゆっくり頷く
NON両手で顔を覆い、しずるの身体に身を寄せる




