1-6 梅雨を巡る四季
緩やかに吹く風に合わせて緑の葉が波を描くように揺れる。
さらにそれに合わせて太陽の光が様々な角度からチカチカと差し込む。
不規則に照らされて見える夏越祐の顔は、あまりにも冷たく、無表情でこちらを見下していた。
「なんで……なんでお前がここにいる!お前は、俺が……」
腹部を抑え、朦朧としていく意識に耐えながら、男は言葉を繋いだ。
「……………」
その様子を見て、やはり祐は表情を変えず、無言で懐から3枚の霊符を取り出し、男に見えるように広げる。
「……それは」
「『剛弾符』『貌淋符』……後、『還相符』。これでお前を騙した」
「騙しただと……どうやってその3枚で」
『還相符』は主に他の霊符と連結させて使う、付加霊符だ。
普通、霊符というのは能力を放出した後に遠隔で操作することはできないが、還相符を使うことによりそれが可能となる。例えば小神符をその場で固定するのではなく自分の周りに展開させたまま動かしたり、怨衝符のようなトラップ型の霊符の位置を設置後に操り遠くから移動させることもできる。
「『剛弾符』と『還相符』を連結させて弾道を操ったんだよ」
「なっ……」
祐の言葉に男は目を見開く。
だが驚くのも無理はない。
剛弾符と還相符をセットで使うなんて話は聞いたことがないからだ。
「剛弾符と連結だと!?そんなの弾速が速すぎて操作が追いつくはずがない!それに、弾を操っただけで、なんでこんな状況になる!?」
理論上、この2枚の霊符の組み合わせが成立すれば、自由に弾道を引けるようになるので戦場での効果は絶大だ。
だが器用性で実用化はほぼ不可能とされている。
弾を自由に動かすことはおろか、「曲げる」「止める」といった基本的な操作さえできる人間は数えられるほどしかいない。
祐は薄く笑ってやれやれと首を横に振る。
「おいおい、俺は夏越の人間だぜ?そんな芸当できるわけねえだろ」
「は、はあ?お前が自分で弾道を操ったって言ったんだろ!」
「落ち着けよ。あの弾速のままじゃできないって話だ」
祐の言葉に男はどこか合点がいったのか、冷や汗を垂らした。
「………お前、まさか」
「お、そこで気づくってことはお前、出力改変を知ってるのか。珍しい」
「お、お前ごときが出力改変だと……」
「別に出力改変自体は一般にあまり広まってないだけで五芒星結界とかより全然簡単だろ。まぁ、いいや。面倒くさい。最初から全部教えてやる」
祐に呆れたように達観され、男は何も言えずただを歯軋りを立てている。
「俺は試合が開始してまず小陣符と三法印で態勢を整え、上から見渡せるように木の上に登り、剛弾符を出力改変して弾速を極限まで抑えた。そして還相符と連結させた弾をウロウロと徘徊させつつ、俺自身は貌淋符で探知から身を隠した」
「……弾を、徘徊?なんでそんな…」
男は疑問を呈するが、途中ではっと何かに気づいたような反応を示した。
祐はそれを見てまた笑う。
「お前の敗因は探知を頼りすぎたことだ。最初に俺を見つけた時も、結界を俺に放った時も全部六神符が示すままに動いていただろう?なら逆にその探知反応を操作すればお前の行動は全部俺が操れる」
「………貴様ぁああ!!」
完全に祐の策略を悟ったようで男は憤るが、祐は完全に無視して続ける。
「知っての通り六神符が探知するのは『人』ではなく『霊力』だ。探知反応を示したところでそれが俺の霊力であることは分かっても俺自身であるかどうかは分からない。俺はまるで人が歩いているように剛弾符を徘徊させ、それを探知したお前を上から見つけて背後に忍び寄った。そしてお前が結界を放ったタイミングで剛弾符を解呪する事で六神符の反応は消え、俺を倒したと勘違いして隙だらけになったお前を後ろからズドン、ってわけだ」
「………………」
祐の策略の全てを耳にして、男は空いた口を塞げずに絶句していた。
夏越の人間がこれほどの実力を持っているとは考えもしなかったのだろう。
男は祐に完全に手玉に取られた現実を受け入れられない様子だった。
「くそ、こんな………こんなの認めねえぞ!お前は……夏越は落ちこぼれの水無月の傘下だったはずだ!そんなお前に俺が負けるわけがないだろう!」
などと言い訳にもならない現実逃避を男は口にする。
なんとも滑稽だ。
いちいち真っ向からぶつかる気力も起きない。
「……たしかに俺はお前と違って五芒星結界も起動できないほどに霊術の技量は拙い。霊術士としての実力は間違いなくお前の方が上だよ。だがこれが戦争なら実力のない俺は生きていて、俺より強いお前は死んでいる」
「…………っ」
「岩垣の言った通りだよ。これは戦闘においての総合力を図る試験だ。なのにお前は焦って俺を狙うことだけを目的に動いていた。目の前のことだけ用心深くなった気になってそれ以外の警戒を怠ってたんだよ。この仕掛けに引っかかったのはお前で4人目だが小陣符の解符すらしていない間抜けはお前だけだったぞ」
「言わせておけばペラペラと…………たまたま自分の策がはまっただけでいい気になるなよ!」
「お前で4人目だっつってんだろ。たまたまなわけあるか。……ってか、むしろお前は俺に感謝するべきだろ。わざわざお前が結界を一発撃つまで待ってやったんだぜ?」
今回の試験は結界の出力を測定するという話だったはずだ。
なら当然結界を一回も起動できずに脱落すれば『計測結果なし』となる。
おそらく計測のやり直しは実施されるだろうが「測定項目を達成できずに再試験」という成績は邦霊傘下の人間としては中々痛い。
「本当はお前が結界を撃つタイミングを見計らってまごまごしてた時から殺すことはできたんだ。逆恨みする前にちょっとは俺の慈悲深さを理解しろよ」
「黙れ!余裕を見せていられるのも今のうちだ、この試験が終わったら俺は必ずお前を制裁する!」
あまりにも見苦しい男の脅し文句に祐は恐れもせず鼻で笑い飛ばす。
「ははっ、なんだそれ。試験で負かされた挙句俺に突っかかって周りに弁解でも垂れんのか?」
「…………っ!」
今回の試験結果が公表されれば、祐に下された人間も当然結果として明示される。
夏越の人間に敗れたということだけでも家の名に傷をつけると言うのに、その逆恨みで祐に絡んで報復しようとする様は外から見れば恥の上塗りだ。個人的な恨みならともかく、家の名を背負って負けたこの男がこれ以上騒いでも体裁が薄れていくだけ。
男もそれを察したのか、下を向いて押し黙る。
「……………」
祐は少しの静寂のち、剛弾符を数枚取り出し、解符させた。
もうこいつの足掻く様は十分に堪能した。
おしゃべりはこれで終わりだ。
「俺はもう話すことないから終わらせるけど、なんか最後に言うことある?」
「…………クソがぁっ!」
「『クソがぁっ!』、ね。はい」
躊躇わず、祐は男の左胸に剛弾符を撃ち込む。
「がっ…………はっ…」
男は白目を剥いてその場に倒れた。
あまりのリアルさに見た目は死んでいるように見えるが実際は気絶程度のものだろう。
仮想空間といっても意識はそのままなのでショック死などの危険性を考慮してあまりにも大きい痛みや怪我はある程度システムが緩和させるはずだ。
数秒後、やがて体を疑似的に形成している光がポリゴン化していくと同時に機械音を放つ。
[光量化生命体が基準値以上の致命傷を確認。転界システム作動開始]
転送の告知とともに、やがて男の体は光の粒となって霧散していった。
どこかは分からないが試験場外のどこかしらの部屋に転送されたはずだ。
「……………」
一人になり、祐は幹と葉に遮られた青空を見上げる。
「……………何やってんだ、俺」
祐は自分の行動を振り返る。
あの男を含め、自分が倒した他3人との掛け合いについて。
なぜ、自分はわざわざ急所を外して敵を行動不能にさせ、自らの策略を自慢げに説明してあげたのだろう。
敵を倒すだけなら最初の不意打ちで心臓を撃ち抜けば良かっただけのこと。
祐の今の目的は結束との勝負の為に最小限の霊力で敵を退けることだ。
なのに、敵を一発で仕留めなかった分、むしろ霊力を無駄にしてしまっている。
その霊力消費分が結束との勝負に影響するかはともかく、自分の実力をひけらかすためだけに無駄な労力を割いた。
それはまるで、
「……………自己顕示欲の塊じゃないか」
きっと、そんな欲が自分の中にあった。
誰かに認めてほしいだとか、力を見せびらかしたいだとか、自分を馬鹿にしたやつらを見返したいだとか、そんな醜く、あまりにも無用な感情が自分を突き動かしたのだ。
あまりにも情けなかった。
だが、それと同時にその欲が生まれる原因が分からない。
なぜ自分は誰かを欲しているのか。
平和を、孤独を望んでいるはずの自分が、なぜ他人を求めているのかが、分からない。
「………………はぁ」
本当に、うんざりする。
この学校に来てから、こんなことばかりだ。
根源の見えない感情が事あるごとに脳を支配し、ぐるぐると思考を混乱させ、だが結局答えは出ないまま。
時々感じる、心が軋むような胸の痛みも。
このどうしようもない承認欲求も。
自分の中の何かがそうさせているはずなのに、ただ気にしないフリをして少しずつ心に傷を負わせている。
「………………」
祐は混迷していく感情を一掃するようにパチン、と両手で頬を叩いた。
考えていてもどうせ今は答えが出ない。
なら今は結束との勝負を優先させよう。
そう自分に言い聞かせて祐は貌淋符を起動させた。
とりあえず、30分ごとの中間結果が出るまで様子見だ。
そう思った矢先、あまりにもタイムリーに岩垣のアナウンスが入った。
『試合開始から30分が経過した。11組の現在の生存人数を発表する』
その放送は天井から響くような声だった。周りにスピーカーのようなものが設置されている様子もないのでおそらくこのアナウンスシステムも結界霊術によるものだろう。
だがそんなことはどうでもいい。
重要なのは無論現在の生存人数だ。
この結果によって自分がこれからどう動くか大きく変わってくる。
自分がこの樹海で会ったのは4人しかいないのである程度結束がどこかで相手をしてくれていたのだろうが、一体何人になっているのか。
『現在の生存数………………3人』
「…………はぁ!?」
◆
「はぁ、はぁっ……」
初空七瀬は、樹海の中を全速力で突き進んでいた。
音を立てることを気にもせず、草木を必死にかき分けようとするが、左腕を失っており右手だけではかき分ける速度が走る速度に追いつかない。
半ば全身で草木に突っ込んでいるような状態で、ただ前に前にと足を動かす。
「くそっ、くそっ…………なんでっ!」
七瀬は今追われている最中だった。
試合開始直後、七瀬は樹海が目の前に聳え立つ草原に転送された。
周りの様子を見つつ測定用に結界を一発だけ放ち、試合中に出会った人間と「夏越祐を狙う」という名目で意気投合し、数人とチームを組んでいた。
七瀬自身、祐が夏越の人間であることは驚いたが水無月に対して特に恨みのようなものはなかったため、本当は祐を狙うつもりはなかった。
祐を狙うというのはあくまでもチームを組むための口実だ。
この試験はチームを組むことで得られるリターンがあまりにも大きい。
戦争と同じでルールがないのだからチームが一人増えれば当然一人分の戦力がそのまま増えることとなる。
それでいて、探知能力や剛弾符の結界対策用の大掛かりな防御などは分担し、メンバー全体での霊力を温存できる。
無論、裏切りのリスクもあるが、それをケアする為の布石は試験前に打っている。
というより、七瀬は初めからそれが目的で祐を狙われる対象に仕立て上げたのだ。
そんなこんなでチームを作ることに成功したわけだが、そこで思っても見ない非常事態が起こる。
「なんでっ………結束様が俺達を狙うんだ!」
それはまるで嵐のようだった。
探知に引っ掛からなかったのはもちろんのこと、近付く気配すら感じさせず如月結束は目の前に現れ、瞬く間にチームメンバーを蹂躙していったのだ。
彼女の存在に気づいた時には一人は剛弾符で心臓を射抜かれ、同時にもう一人が首を蹴り飛ばされていた。
もちろんチームの人間全員が三法印をかけていたが、彼女の三法印の威力効率はまるで自分達がむしろ弱体化しているかのように錯覚してしまうほどの異様さだった。
七瀬だけは運良く最後に狙われたので隙を見て逃げ出せたが、身を隠そうと樹海に入る前に遠くから照準を合わされ肩を撃ち抜かれてしまった。
今のところ追いつかれている様子もないがそれも時間の問題だ。
先程の中間結果で生存人数が3人という情報が出た。
おそらくほとんどの生徒が結束の手によって落とされたのだろう。
七瀬が夏越祐を的にしたのは結束の目を夏越祐の方に向けさせて時間稼ぎをする目的も含まれていたのだが、この人数ならば彼はもう既に脱落しているだろう。
だが今はそんなこと考えている場合ではない。
とりあえず、残っているのは七瀬と結束と、居場所不明のクラスメイト一人。
仮にその一人と突発的にチームを組めたところで結束に勝つことは叶わないだろう。
もちろん、七瀬一人でも太刀打ちできない。
ならば、今やるべきことは一つだ。
「結束様にやられる前にあと一人を俺が殺る!」
如月結束には勝てない。
なら、これ以上試験の結果を上げるには残るもう一人を狙うのが最善手だ。
七瀬は右手の袖から六神符を取り出し、起動していた貌淋符と切替起動させる。
このまま逃げていてもいずれ見つかってやられるだけだ。
なら、ここは賭けに出るしかない。
探知避けを捨て、近くにもう一人の生き残りがいることに賭けて六神符を起動させる。
時間との勝負だ。
自分がもう一人を見つけるのが早いか、結束に見つかるのが早いか。
六神符の探知範囲にもう一人の生き残りが入っていなければおそらくもう時間的に見つけることは叶わない。
たとえ探知範囲に入っていたとしても貌淋符を使われていれば探知はできない。
どう考えても分の悪い賭けだが、
「………望み薄でも、やるしかない」
七瀬は緊張を走らせながら六神符の探知円を確認する。
「………っ」
やはり、反応はなかった。
「………まだだ。まだ、希望はある。もしもう1人の誰かが貌淋符を使って潜んでいるなら近くにいる可能性も……」
希望を捨てまいと前を向く。
が、その瞬間六神符が霊力反応を示し、七瀬は二度見するように霊符を確認する。
「………これはっ!」
霊力反応は円の中心のほぼ隣接した位置を示していた。
すぐ側で誰かが貌淋符を解呪したと考えていいだろう。
七瀬はあまりにも突発的な状況に焦りながらも右手の裾から剛弾符と小陣符を数枚取り出し、戦闘態勢を整えて前を向き直す。
だが、目の前の光景に七瀬は愕然とした。
「なっ…………」
奇跡と思われていた目の前の霊力反応。
突然訪れた僥倖。
だがそれは、あまりにも滑稽な小糠祝いだった。
如月結束が可憐かつ冷淡な瞳でこちらを見つめていたのだ。
「………っ、なんで………」
なぜ、彼女がここにいる?
後ろから回り込まれるような気配は感じなかった。
仮に結束が貌淋符を使っていたとしても、彼女が七瀬を追ってくる方向とルートはおおかた予測できていた。その上でここまで近づかれても気づかないほど注意散漫ではなかったはずだ。
だが、彼女は混乱を隠せない七瀬を蔑視して、言う。
「馬鹿ねあなた。試験終盤で貌淋符を解呪するなんて」
そう言って結束は一枚の霊符を取り出し、見せつけんばかりにひらひらと霊符を揺らめかせた。
その霊符を見て、七瀬は目を見開く。
「……………転界符……!」
この試験会場へ生徒達を転送した触媒石板と同様の能力。その霊符版だ。
自分の最大霊力量の54%と引き換えに自分が認識する場所へ瞬時に空間転移することができる。
確かに奇襲性は高い霊符だが、リスクがあまりにも大きい。
もし転界符を戦闘に使って不発しようものなら霊力を半分以上失い2枚目の転界符が使えなくなる。
つまり『逃げ』の選択肢がなくなる上に残り少ない霊力で戦わなければいけなくなるので、転解符は普通は戦闘ではなく、緊急離脱用として使われるのだ。
だからこそ七瀬は結束がこのタイミングで転界符を使ったことに戸惑いを隠せないでいた。
「……まさか、俺に追いつくためだけに転界符を使うなんて……」
だが結束は何も分かってないなと言わんばかりにため息をつく。
「確かに転界符は多大な霊力を使うけど、敵が少なくなって霊力を残しておく必要がなくなった今、使い時としてはここしかないでしょう?それなのにこのタイミングで探知避けを解除するなんて、来てくれと言ってるようなものよ」
つまり、結束は六神符で七瀬の居場所を探りながら追っていたと言うことだ。
そして七瀬が貌淋符を解呪したことで結束の探知に引っかるが、結束と七瀬の距離が意外に離れていたのだろう。
七瀬が六神符を起動した時点で結束が探知に引っかからなかったことを考えると、おそらくちょうど結束の探知範囲内かつ、七瀬の探知範囲外に結束がいたということになる。
そして、これ以上霊力を残したままジリジリ追いつくより、転界符で一気に距離を詰めることを選んだ。
一見理屈が通って見えるがそれでも七瀬は結束の行動が理解できなかった。
「………たしかに、結束様程の実力なら転界符で霊力を失ったところで、私如き相手にするのは容易いでしょう。………ですが、それでも分かりません」
「………分からない?どう言うことかしら」
七瀬は構えていた霊符の解符を解き、霊符から光が消える。
勝負を諦めたようだった。
だが、結束の不可解な行動に何かを訴えたいかのように光の消えた霊符を強く握りしめる。
「なぜ、そんな事をしてまで私に追いつく必要があったのですか」
「………………」
「今は生存人数が3人しかいません。そして今回の試験は『試験の制限時間』について触れられていないことから、試験時間は無制限と考えられます。……なにも急ぐ必要がないんです。残ったもう一人が誰であろうと、私と組んだところで2人だけでは結束様には敵わないのだから。なのにあなたは、転界符を使ってまで私に追いついてきました。その理由が……私には分からない」
「………長々と察しているような言い方をする割にはしらばっくれるのね。言いたいことがあるならはっきり言ったらどう?」
表情を崩さずそんな事を言う結束に、七瀬は沸き起こる憤りが漏れ出すように霊符をさらに強く握りしめた。
「………結束様は、残るもう一人と自分を合わせたくなかったのではないですか。……それが誰なのかは、今までの結束様の行動を見ても想像ができます」
「遠回しな言い方はいい。はっきり言えと言ったで……」
「水無月の人間を!」
結束の言葉を遮り、七瀬は怒りのこもった声を上げた。
「………夏越祐を、守ろうとするのは何故ですか」
「……………」
教室で夏越の名が広まった時の一悶着や入学式帰りの愛華や長月との騒動。
偶然や自分の都合だと装う節もあったが、結束は明らかに祐を助ける行動をしている。
あの行動を単なる彼女の気まぐれだと片付けるのは簡単だが、今回は例外だ。
なにせ、命の危険がないただの校内試験でリスクを負ってまで自分に追いつき、祐を守ろうとしたのだ。ここまで来れば気まぐれで納得することはできない。
本当に生き残っているもう一人が祐なのかはあくまでも予想だったが、彼女が七瀬の発言に対して何かを言い淀んでいる様子を見てほぼ確信できた。
だが、やがて彼女は重たそうな口を開く。
「………彼を守るのに、理由が必要あるかしら」
「………は?理由?どう言う……」
なにを言っているか分からないと言わんばかりに七瀬はキョトンとしている。
「この言葉の意味が理解できないのなら、説明しても意味はないわ」
「そんなの……分かるわけがない。あなたは今如月家の……邦霊の人間として、相応しくないことをしているのですよ!?」
「どうでもいい。私がやることは私が決める。むしろ私にはあなたが怒っている理由の方が分からないのだけれど」
「…………っ!」
結束の急な質問返しに七瀬は言葉を詰まらせる。
「初空家の人間なら水無月を嫌悪することはあっても個人的な憎悪を持つような事情はないはず。それなのになぜあなたは私が彼を守ることにそんなに憤慨しているのかしら。…………って、自分で言っていて私も遠回しな言い方をしてしまったわね」
結束はそう言って自嘲気味に笑う。
「……………」
「あなた、単に私が気に入らないのでしょう?本当は夏越祐と仲良くしたかったのに、彼が夏越の人間だから大勢に従って彼を嫌うしかなかった。そう決心してむしろ彼を嵌めるようなことまでしたのに、力と権力だけでそれらを無視して彼に手を差し伸べることができる私に、嫉妬した。あなたの今の怒りは、ただの八つ当たりよ」
「…………そんな、ことは………がっ!?」
先ほどとは打って変わり完全に口数の減った七瀬に、結束は容赦なく剛弾符を打ち込んだ。
「返事は要らないわ。元々私はあなたに何の興味もない。……けど一つ言うなら、私が彼を守るのも、あなたがここで負けるのも、全て力の差よ」
「………そう、じゃないっ。俺は………あなたは、きっと……」
と、途中まで何かを言いかけて七瀬は力尽き、その場に倒れた。
[光量化生命体が基準値以上の致命傷を確認。転界システム作動開始]
そこから間も無く、機械音と共に七瀬の体が光の粒子となって消えていく。
「…………邦霊に相応しくない……ね」
結束は七瀬の体があった場所をじっと見つめて、小さく呟いた。
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