1-2 冬に芽吹く
ごめんなさい嘘つきました。
5話までは毎日更新でいこうと思います。
「くそっ!」
人混みをかき分け、前に押し進んでいく。
強引に群衆を抜けるが、その勢いで掲示板を倒してしまう。
周りの賑やかな話し声はどよめきに変わり、周囲の視線を浴びるが、そんなものは全て意識の外だ。
土足で校舎に入り、そのまま廊下を抜け、階段を駆け上がる。
さっき見た少年は間違いなく誠人だった。
なぜ俺と同じ学校にいる?
なんのためにここにきた?
この3年間で何があった?
無数に疑問が浮かび、さまざまな思考が巡る。
誠人がこの学校にいるなんてあり得ない。
だって、あいつは―――
「くそっ、くそっ、なんで!」
会って何を話せばいいのか分からないが、それでも、本能のままに足が、体が動いてしまう。
そして混乱を隠しきれないまま、誠人がいたであろう場所に辿り着く。
だが、そこにはもう彼の姿はなかった。
「………はぁ、はぁっ」
祐は乱れた呼吸を整えながら周りを見渡す。
なんの変哲もない廊下。その前には教室がある。
その扉の横には『2-1』と書かれている。
上級生の教室のようだった。
誠人は祐と同い年のはずだ。
飛び級などしない限り、上級生である事は考えられない。
ならばやはり、監視が目的でここにいたことになる。
「………あー、くそ!なんなんだよ!」
もう、訳が分からなかった。
制服を着ていたと言う事は、誠人はこの学校に通うのだろうか。
ならこの学校にいれば、会える可能性があるだろうか。
祐は謎に沸き起こる怒りと焦燥に拳を握りしめる。
だがそこで背後から声が聞こえた。
「……お前がなんなんだよ」
その声に祐は振り返る。恭也だった。
どうやら走って追いかけてきたようで、軽く息を切らしていた。
「人がクラスを確認してる時にいきなり肩で肩を殴りやがって」
「え、あ…………ごめん」
「ま、いいや。………で?」
「………え?」
「誰、ここで監視してたやつ。その感じ、知り合いなんだろ?」
「あ…………いや」
誠人のことを言うか迷う。
恭也は誠人のことを知らない。
そして誠人という存在は祐の悩みの種の一つだ。
できるなら恭也を巻き込みたくはない。
「……なんでもない」
「………はは、なんだよそれ。あんだけ血相変えて飛び出しといてなんでもないで済まされ…」
「なんでもない」
「…………」
毅然としてしらばっくれる祐に、恭也は押し黙ってしまう。
だが、やはり誠人のことに恭也は巻き込めない。
これは自分自身の問題だ。
「………そうか」
「………ごめん、これは…」
「いいよ、謝んなくて」
「…………え?」
「なんでもないんだろ?なら、謝る必要はない」
「…………でも」
「でも、じゃない。なんでもないなら、なんでもない顔をしろ。俺が勘違いすんだろ」
恭也はそう言ってへらへら笑う。
いつもの表情だった。
「…………ああ」
祐は胸をなでおろす。
そうだ。
こいつはこういうやつだった。
普段はおちゃらけているが、それは場の空気を理解している上での行為であり、信頼している人間には必要以上に踏み込まない。
秘密を秘密のままにしてもなお、自分の味方をしてくれる。
こいつとの縁がここまで続いているのはきっとそのおかげだ。
「………ありがとな」
「何度も言わせるなよ。なんでもないなら、感謝することもない」
「いや、そうだけどさ」
「でももし、俺の勘違いじゃなくなったら、教えてくれ」
あまりにも不器用なその言葉に祐は思わず吹き出す。
「なんだよ、その日本語」
「いんだよ。伝わればなんでも」
「……そうだな。分かった。言いたくなったら、言うよ」
「おい、俺がわざわざはぐらかしてあげたのに。………ま、いっか。この話はこれで終わり。ほい」
恭也はそう言って祐の足元に何かを投げる。
校内用のシューズだった。
祐はそこで初めて自分が土足であることに気づく。
「うわやべ」
空笑いを浮かべながら靴を脱ぐ祐に恭也は言葉を続けた。
「さて、祐。突然話は変わるが非常事態だ。それも祐のこれからの生活を脅かす、超非常事態」
祐がシューズに履き替え腰を上げると、恭也がまるで死地に迫るかのような真剣な眼差しでこちらを見ていた。
「………何があった」
「いいか、よく聞け」
恭也は一度小さな呼吸を挟みゆっくりと口を開いた。
「俺とお前が違うクラスになっていた」
「おお〜」
「喜んでんじゃねえ」
「喜ぶだろ。学校生活にまでずっとお前に付き纏われると思うと恐ろしくて仕方ない」
「ええ?なにそれぇ。心配しなくても、祐がコミュ障である事は誰にも」
「そういう意味じゃねえ!」
思わず遮って突っ込むと、恭也は大変嬉しそうにこちらを見てニタニタしている。
殺意が湧くが、恭也は言う。
「今のは冗談だが、冗談抜きにしてもちょっとまずい」
「うん?」
恭也は急にしかめっ面でこちらを見てきた。
「どういうことだ?」
「入学前に俺と祐が同じクラスになるように俺の名前を使って学校に申請を出していたんだけど、学校側に無視されてた。それどころか俺は、お前の11組から一番遠い1組になっていた」
「………さっき最悪って言ってたのは、そういうことか。ってか勝手にそんな申請を出してんじゃねーよ」
「ふざけて出したわけじゃない。実際、祐にとっては俺が近くにいた方が何かと都合がいいはずだ」
「…………」
たしかに、冷静に考えれば恭也と同じクラスになれないのは少し痛い。
邦霊の人間しかいないこの場所は言ってしまえば祐にとって敵地のようなもの。
何かあった時に味方が近くにいないのは心許ない。
それに、祐と恭也が互いに端のクラスに配置されたのが学校側の故意だとしたら、俺たちの関係がばれているのはもちろんだが、もしかしたら何かを仕掛けてくる可能性もある。
「確かに、ちょっとまずいかもな」
「ああ。しかも、まずいのはそれだけじゃない」
「まだ何かあんのか」
「もう一個学校に申請を出していたんだ。学校の中だけでも、祐の名前を変えてくれってね。でも多分それも通っていない」
「そんなことまでしてたのか」
「………俺も祐をここまで連れてきた責任があるからな」
恭也は神妙な面持ちでそう言うが、祐は素早く返す。
「いやそもそも連れて来んなよ」
「それとこれとは別」
「ま、いいけどさ。とにかく、名前に関しては元からばれると思ってきてたし、別に大したことじゃない。こっちで適当になんとかするよ」
「そうしてくれ。そもそもこの学校で戦闘が起こるとは思えないし、よっぽど大丈夫だとは思う。それでも可能性はゼロじゃない。もし最悪やばいことになったら………」
「…………なったら?」
「霊能力を使え」
「…………」
「お前が例の事件以来、霊能力を抑えているのは知ってる。でも死ぬよりはマシだ。判断を間違えるなよ」
「…………ああ、」
考えとく、と口に出そうとしたその瞬間、チャイムが鳴る。
入学式前のホームルーム5分前を知らせるチャイムだ。
「もう始まるね。教室行こう。祐の11組はここの階段をそのまま登って左端だよ。俺は下の階」
「分かった。また後でな」
そう言って歩き出した途端、恭也が自分の動きに合わせて移動し、道を塞がれる。
「なんだよ」
「最後に、これ」
そう言って恭也は小さく折り畳まれた紙を渡してくる。
恭也のいつもの板についたような笑みに祐は嫌な予感しかしない。
「なんだよこの紙。よからぬ既視感を感じるんだが」
「いいからいいから」
「いやいや、なにこれ」
「俺たちは違うクラスになるでしょ?こんなこともあろうかと思って、コミュ障祐くんのために友達を作るためのアドバイスを書いておきました」
祐は渡された紙をじっと見つめ、
「ったく。いつまでその設定引っ張るんだよ」
「楽しいでしょ?」
「だから楽しくねえって。ま、いいや。じゃあ後でな」
そう言って祐は恭也が空けた道を通る。
階段の1段目に足がかかった、その時。
「後、教室に遅れるなよ〜。時間の決まった行事は2時間前行動が基本だからな!」
「あ?なんじゃそりゃ」
振り返るが、恭也は自分の教室に向かって走っていった。
もう本当に訳がわからない。
冗談かどうかすらも分からない。
意味不明マシーンかあいつは。
「2時間前ってなんだよ。5分前行動すらもう遅刻だぞ」
そんなことを呟きながら、祐は教室へ向かった。
◆
教室の扉を開けるともうほとんどの生徒が席についていた。
というより、見渡す限り自分が最後のようだ。
右端の一番後ろの席が唯一空いている。
おそらく、自分の席だろう。
一番後ろの席というのはラッキーだ。
生徒全員を常に見渡せるし、右端なのでいざというときは利き手である右手に霊符を隠し持つこともできる。
そんなことを考えながら席に着くと、突然前の席の男が振り向いて、声をかけてくる。
「おっ、お前がそこの席か。いいなぁ〜、俺と変わってくれよ」
などといきなり馴れ馴れしく接してきたが、その言葉は冗談混じりのようで、表情が柔らかく、優しそうな男だった。
「いいよって言って変われるもんでもないだろ。てか、お前の席だって十分いいと思うけど」
そういうと、男は笑った。
「そりゃそうだけど、そこは話しかける口実だと察してくれよ。俺、初空七瀬ってんだ。席近いし、何かと世話になるだろうから、よろしくな」
などと言ってくる。
初空家といえば『邦霊十紋』に属する『睦月家』に帰属する家の一つである。
いきなりそんな大物に話しかけられるとは思わなかったが、この学校は邦霊の人間がほとんどのはずだ。つまりは自分も同じ立場として見られているだけ。
それなら。
いや、そうでなくとも、祐は彼と仲良くするつもりはなかった。
『平和こそ人生の極致』。
祐のモットーであり、祐が生きていく上で指針としている言葉だ。
別に偉人の格言などではないが、祐は自分が示したこの言葉に絶対の信頼を置いている。
生きていく上で『味方』や『利用できる物』は必要だが、友達や恋人なんていう、自分が生きること以外のエゴのためにある存在は邪魔でしかない。
そしてそれはこの初空七瀬という人間も同じ。
祐はただ平和に、静かに生きていきたいだけだ。
なら、こいつは俺の学校生活にはいらない。
だから祐は冷たく、だが無下にはしないように返事をする。
「………ああ、よろしく」
「うん!よろしく!」
七瀬はこちらの手を取ってブンブンと強引な握手を交わしてくる。
「それで、君の名前は?」
「………あー、えっと」
「うん」
「………夏越、祐」
どうせ後にバレるのだ。
隠すこともない。
それに、仲良くなるつもりもないのだ。
手っ取り早く向こうから離れていって貰う方が気分としては楽だ。
だが、七瀬はキョトンとした顔でこちらを伺い、ケタケタ笑う。
「え?夏越ってあの元水無月家の?冗談でしょ」
なんてことを言う。
本気で冗談だと思っているようだった。
だが冗談だと勘違いをされるということは、それだけ信じられない事であるということ。
本当のことがバレた時に幻滅されるのが目に見えてわかる。
いずれ自分の名前が知られるということを考えるとなんとも歯痒い。
「びっくりはしたけどさ。ジョークにしては質が低いね」
「いや、俺は………」
だが、そこでチャイムが鳴り、同時に教師と思われる人間が教室へと入ってくる。
生徒たちはそれを見て会話を止め、背筋を張って教壇に目を向けた。
「よし、全員いるな。俺は今日からこの1年11組担任となる岩垣だ。よろしく」
その教師は淡白に挨拶を済ませ、教壇に置かれた名簿表らしきものを手に取った。
担任なら下の名前くらい名乗れよと思うが別に興味があるわけでもないのでスルーしておく。
「早速だが、一応確認のため出欠を取る。呼ばれた順に返事をしろ」
などという。
いきなり公開処刑の時が訪れたようだ。
覚悟はしていたが、本当に早速すぎる。
時間を置く様子もなく岩垣は一人目の名前を呼ぶ。
「乃頭大季」
「はい」
祐の列の一番前の生徒が返事をする。
どうやら出席番号は五十音順ではないらしい。
入試の成績順なのか、中等部での内申点なのか、はたまた別の理由か。
なんであれ、道理で自分がこんないい席にいるわけだ。
そんなことを考えてる間にそのまま2人目、3人目と名前を呼び、あっという間に自分の番になる。
「…………」
だが岩垣は祐の名前を呼ぶ前に名簿を無言で見つめ、ちらりとこちらを見た。
そしてゆっくりと口を開く。
「………夏越祐」
「………はい」
瞬間、教室がどよめく。
生徒たちが顔を合わせては祐を見てを繰り返し、次々と誣言が飛び交う。
「え?夏越って確か水無月の……」
「はあ?嘘でしょ、なんで廃れた家の人間がなんでこんなところにいるの?」
「おいおい、水無月の保育所と勘違いしてんじゃねえのか?」
「当主以外使いもんになんねえ雑魚ばっかの廃家がこの学校でやってけるわけねえだろ!」
「はは、邦霊から追い出された親の脛齧りが混じってるぞ」
散々な言われようだった。
水無月が邦霊から消えてから人前に出たことがなかったため、このような罵倒を浴びるのは初めてだった。
だがどちらにしろ、こうなることは予想していたので、何を言われても特に思うところはない。
友達なんて必要ないなんて言っていたが、この様子じゃ作ろうと思っても作れたものじゃないな。
…………ズキン
なぜか、無意識に胸が痛む。
「………………?」
まるで、自分の感情とは裏腹に心臓が意思を持って傷ついているかのような、そんな胸間を覚える。
そして、前の席から声が聞こえた。
「お……お前、本当に夏越の……」
先程楽しくおしゃべりしてた初空七瀬だ。
言ってたそばから、早速友達を一人失ったらしい。
もっとも、元から友達になどなってはいないが。
なんとなく七瀬と目を合わせにくく、目線を教壇に向けると岩垣がやれやれと首を横に振っていた。
岩垣もこうなることは予想していたようで騒ぎを止める様子もなく、小さくため息を吐くだけだ。
「おいおい、なんも喋んねえぞこいつ!」
「びびってんだろ。ここが霊術の学校てのも知らなかったんじゃね?」
「はは、それやばすぎ。どうせこの学校でやってける器じゃねえんだからさっさと消えろよ!」
「おーい、つまんねえなあ、なんか言ってみろよ元名家さんよ」
どよめきが段々と祐を責め立てる言葉に変わっていく。
このまま黙っていてもいいが、正直いつまでも好き勝手言われるのはあまりいい気分ではない。
それにこのまま騒がせておいても、いつ収まるか分かったもんじゃない。
祐は周りに聞こえないよう軽く舌打ちし、面倒くさそうに言い返そうとする。
「なぁ、お前ら………」
だがその瞬間。
パァン!と何かが激しく弾ける音が轟いた。
その強烈な炸裂音に一瞬で教室は静まる。
「…………」
そして静まり返った教室に、一つの声が響いた。
「すみません、霊符が暴発してしまいました」
教室にいた全員がその声の主を見る。
声の主は女だった。
一番前の、真ん中の席。
横顔しか見えないが、細丸い輪郭に目鼻の顔立ちが整った、美人。
三つ編みハーフアップの、激しく渦巻くダイヤモンドダストのような、一糸乱れず背中までかかった銀の髪。
その髪色で、彼女がどこの人間なのか一目でわかってしまう。
「ゆっ、結束様、申し訳ございません」
岩垣が生徒相手だというのに、先程の淡白な挨拶をする人間とは思えないほどにかしこまっていた。
それと同時に周りの生徒にも緊張が伝播していくのを感じる。
相手がそれだけの人間だということだ。
如月結束。
邦霊十紋に所属する十の家。その頂点に君臨する、如月家の長女。
邦霊十紋の加盟家は、その傘下の家とはかけ離れた権限を持っている。
今ここで彼女が命令すれば教師を処刑台に吊るすことすらできるだろう。
だが彼女は何もなかったかのように岩垣を見る。
「何を謝ることがあるの?」
「あ……、あの、騒ぎを止めず、放置してしまい……」
「どうでもいい、そんなの。言ったでしょ、霊符が暴発しただけだって」
「い……いえ、しかし………」
「いいから気にせず続けなさい」
「は、はいっ」
岩垣は慌てて名簿表を持ち直し、出席を続きから取り直す。
彼女は霊符が暴発したと言っていたが、それが嘘なのは誰の目から見ても明らかだった。
そもそも、霊符の暴発というのは霊符を起動する際、霊力操作を誤った時に発生する、小規模の爆発のことだ。
彼女ほどの人間がそんな初歩的なミスをするなど考えられないし、もし暴発が起きていたとしたら彼女が霊符を行使した腕は今頃吹き飛んでいるだろう。
おそらくあれは霊符の取り扱いにおける技術の一つ、『出力改変』だ。
『出力改変』とはその霊符が持つ能力の範囲内で、あえて出力を制限することで霊符の能力を一部分だけ取り出す技術だ。
きっと今の現象は不整の光と爆音で敵の視覚と聴覚を一時的に封じる、戦闘離脱用の軍用霊符『閃緘符』を出力改変させたものだろう。
光を完全に抑え、音を教室の広さに合わせて下げることであのような炸裂音だけを鳴らす。
あの一瞬でやったにしては驚異的なほど正確な制御。
出力改変という技術自体わざわざ霊符を弱体化させる上に消費霊力は変わらないという、一見デメリットしかないような技術なので、使いこなすどころかそもそも知っている人すら少ないはずなのだが、彼女は一瞬であれほどの出力改変をやってみせた。
祐だって腐っても同じ名家だ。
元々の立場は同じはずだが。
「……俺には無理だな」
きっと、才能だけではない。
水無月家にいた自分でも想像出来ないほどの努力があったはずだ。
霊術士としての道を諦めて平和だけを望んだ自分が、肩を並べられるはずもない。
「…………」
それにしても、彼女はなぜ明らかな嘘をついてまであんなことをしたのだろう。
状況だけ見ると、祐は如月結束に救われた形だ。
自分ではとてもじゃないがあんな綺麗に場を収めることはできなかった。
なら、彼女に助けてくれたお礼を言うべきか?
そもそも、彼女に祐を助けるつもりはなく、邦霊の人間として好き勝手できる彼女にとってはただうるさかったから騒ぎを鎮めただけという可能性もあるが。
そんなことを思っていると、岩垣が出欠を取り終わり、そのまま話を続ける。
「さて。入学式まで後15分ほど時間がある。それまでに軽く入学式の流れを説明する」
と、ここまで聞いて祐はまた岩垣の話をシャットアウトする。
入学式なんてどうせ適当に返事して長い話を聞いて終わりだ。
ただでさえ入学式なんてものに興味の『き』の字も湧かないというのに、さらにその説明と言われると聞く気も失せるというものだ。
だからといってやることも考えることもないのだが。
しばらくぼーっとしていると、恭也に渡された紙のことを思い出す。
教室に行く前にコミュ障がなんだとかくだらないことを言われて渡された紙だ。
見るつもりはなかったが、いかんせんあまりにも暇だ。
入学式までの暇つぶしにはなるだろう。
祐は何となく周りに気づかれないように制服の裏から紙を取り出して、開く。
そこには
『 上野 20:30 読んだら処分 』
とだけ書かれていた。
………なんだこれ。
この紙はアドバイスが書いてあるとか言っていなかったか。
本当に訳のわからないやつだ。
祐は紙をくしゃくしゃに丸めて雑にポケットに突っ込み、やることもなく岩垣の話を聞くことにした。
そしてそれから約10分後。
たった10分だというのに途方もなく長く感じた説明も終わり、岩垣は生徒全員を起こすかのように声を張る。
「時間だ、全員廊下に並べ!体育館へ向かう」
その言葉で生徒達が続々と立ち上がる。
わざわざ移動してまた長い話を聞くと思うと憂鬱だ。
入学初日からこんな気分で、果たして卒業までもつかどうか。
「はぁ〜………」
これから新入生が高校生活に胸を膨らませる希望の入学式だ。
祐は重たい腰を上げた。