1-28 命に代わる傷
申し訳ございません。
プライベートの事情でしばらくの間投稿できていませんでした。
不定期ですが投稿を再開いたします。
時雨は刀を構え、真っ直ぐこちらへ向かって突進してくる。
その動きは、速い。
おそらく三法印をかけているのだろうが、それにしても速い。
三法印は自分の身体能力を乗法的に上昇させる霊術だ。
元の身体能力によって上昇値も変わってくる。
時雨のこの速さは、つまりそういうことだろう。
流石は元天尚学園の生徒、と言ったところか。
だが、
「…………………」
祐も時雨との会話の途中で既に三法印をかけ終えていた。
そして両手には霊能力による風を纏っている。
つまり、霊獣と戦った時と同じ高速機動が使える。
相手がどれだけ速かろうが、
「……俺よりは遅え」
小さく呟き、祐は纏った風を床に叩き付ける様に射出し、飛ぶ。
その速さは時雨を優に超える。
霊能力でもない限り視認することすら許さない。
飛ぶ先は天井。敵の死角だ。
祐は着地と同時に再度風を両手に纏い、即座に時雨に向け腕を振るう。
「天井3.53rad。頭、左肩」
汐璃の声に時雨は黙ったまま、ただウネウネと影が動く。
影は時雨の頭と左肩を瞬時に覆い、その影に誘い込まれるかの様に風がぶつかる。
瞬間、ドッと、鈍い音が響くが、やはりそこまでだ。
やがて風の勢いは収まり、大気へと還っていく。
「………はっ」
だが、祐は止まらない。
壁へ、床へ、天井へ。
霊獣と戦った時と同じ高速機動で着地しては風を放ちを繰り返す。
要は、敵の予知を超える速さで攻撃を仕掛ければいいだけの話。
この機動力があれば、それができるはず。
…………だが、
「壁4.62rad、右足、心臓、床2.87rad、右胸、右腕、天井1.84rad、風の軌道を曲げた、左腹部、右顔側面、壁1.93rad、標的を私に切り替え、左足、左腕、壁1.33rad、腹部、左膝」
それはまるで、口が機械で動いているかのようだった。
汐璃は早口言葉の様に言葉を紡ぎ、俺の位置と防御箇所を的確に示していく。
その言葉に呼応する様に時雨の影が動き、祐の風を防ぐ。
「床0.65rad、右腕、右腹部、標的を元に戻した、天井2.52rad、右膝、左腿、床5.02rad、首、背中、壁2.15rad、両手の風を一点集中、心臓、天井4.58rad、頭、左肩」
異常な情報処理速度。それに一瞬の遅延もなく反応する時雨の影。
攻撃がまるで当たる気がしない。
「ちっ」
これ以上続けても無駄に体力を失うだけだ。
一旦距離を離して体勢を立て直そう。
そう思い、床に着地しようとした矢先、
「床1.59rad、距離7.1………今」
汐璃の声に時雨はニヤリと笑う。
瞬間、時期を待っていたかの様に時雨の周りに浮かんでいた影が先端から裂かれるように10本以上に分かれながら、祐に向かって超速で伸びる。
「!!しまっ……」
予知能力なら当然俺が引こうとしているのも読めるはずだ。
完全に失念していた。
俺の攻撃中全く反撃を狙ってこないなとは思っていたが、最初から引き時が狙いだったのか。
「くそ!避けれな…………」
祐に向かって鋭利な影が真っ直ぐに伸びる。
完全にタイミングを合わされた。
今の着地しようとする体勢からじゃ軌道を変えることも守りに入ることもできない。
何も出来ず、祐はぐっと眉を寄せる。
…………が、刹那。
「……っ!?」
眩い光と共に祐の体を包み込む程の結界が目の前に展開され、祐はその光に腕で顔を覆う。
「ぐっ!!」
祐は光に目が眩んで体勢を崩し、床に叩き落とされる様に着地するが、時雨の影は結界によって生まれた盾に防がれて止まる。
「これは………」
明らかに、祐を守る為の盾。
この状況で祐を守ろうとする人間は1人しかいない。
「……本意じゃないわ」
その怪訝そうな声に、祐は背後に立つ結束を見る。
「まだ死なれる訳にはいかないから。あなたには聞きたいことがあまりにも多すぎる」
「………だから守ったって?」
「ええ。とりあえず、今はあの2人を倒すことだけに集中して。防御は私が受け持つ」
「……………ここで生き延びたとしても、お前には」
「いいから立ちなさい。生き延びた後のことは生き延びてからよ」
「………………」
結束の言葉に祐は何も言わず、立ち上がって前を向く。
目の前では時雨の影が盾を貫こうとギチギチ……と音を立てているがやがて影は時雨の元へと戻り、盾も消える。
そして、時雨は顔を顰める。
「………正午の影を防ぎやがった。さっきのあれ、小陣結界を二重に重ねた無限結界か」
「……あの一瞬で無限結界。さすが、霊術以外取り柄のない酔狂者ね。どうする?」
「別にどうもしない。わざわざ防御に効率の悪い無限結界を使うのならあいつの霊能力は少なくとも防御には使えない。攻撃面は知らないが、今のところ共闘されたところで問題ないな。………予定通り、まとめて始末する。優先順位も変えない」
「了解」
二人の会話を聞き、祐は首を落とし、横目で結束を見る。
動揺している様子はない。
当然だ。ここで何か反応を見せれば、結束の霊能力が使い物にならないという奴らの予測を肯定することになる。
………だが。
「………………」
奴らの会話。
少し、違和感を感じる。
時雨が言っていることは概ね正しい。
確かに結束の能力は戦闘に使うにはリスクが高すぎるし、俺達が共闘して守りを固めても奴等の連携を上回ることは出来ない。
このまま戦闘を続けてもジリ貧になるだけだ。
だが………何故それを俺達に聞こえるように言う?
奴等は、『予定通り俺達をまとめて始末する』らしい。
それは、俺達に聞かれたらダメだろう。
奴等の会話を素直に受け取るなら、俺達の次の作戦は簡単だ。
俺と結束が二手に分かれて逃げればいい。
もし奴等が二人でどちらかを追えば、もう片方に逃げられる。敵がどちらも追おうとして二手に分かれれば、その分戦力が落ちる。
奴等の強みはあくまでも予知と防御の連携だ。どちらかを失えば、俺の速さには対応できない。
どちらか一人が俺を追ってきても迎撃できる。
今の会話を聞いてしまえば自ずとそんな作戦が思い浮かんでしまう。
いや、最初から思い浮かんではいたんだが………………。
まさか、誘導か?
俺達を二手に分かれさせる為の、誘導。
このまま戦っても奴等が有利なのは変わらないのに、わざわざ二手に分かれさせる必要はないと思うが。
それとも、逆に"誘導"をチラつかせて俺達を分かれさせないようにするミスリードか。
…………分からないな。
「…………………………」
とりあえずはこのまま戦闘を続けて様子見するか。
焦る必要はない。
ちょうど、別の策も思いついたことだしな。
「…………もっかいチャレンジするわ。やばい時は守り頼む」
祐は前を向いたまま言う。
「ええ」
瞬間、祐は飛ぶ。
飛ぶ先は、さっきと同じ天井。
それと同時に両手に風を纏う。
時雨は「懲りないな」と言わんばかりにフッと笑う。
そして、
「天井3.49rad、右膝、右胸。壁3.81rad、両肩、壁0.17rad、左肘、左手、壁5.71rad、標的を私に切り替え、右足、首、床1.10rad、顔面、心臓、天井2.74rad、私達を同時狙い、頭、左腹部」
祐はあらゆる方向から旋風を繰り出すが、やはり、全て防がれてしまう。
途切れる間も無い汐璃の言葉と、それに連動して影を操る時雨の技量。
阿吽の呼吸とも言える、完璧な連携。
祐は流れるように高速移動と刺突斬撃を繰り返しながら、考える。
「……………………」
時雨の影。
俺が風の軌道を途中で曲げても防御できるように、俺の位置に合わせて防御範囲を調整してやがる。
やはりこいつらは、俺の能力を知っている。
風の能力を持っていること。そして、風の軌道を途中で曲げられるという、詳しい性能までも。
だからこそ、奴等は俺がどんなに不規則な攻撃を仕掛けても的確に防御することができるのだ。
しかも、時折聞こえる俺の行動を伝える合図のようなものは、俺の能力を対策するためだけに作られたものだ。
なんとも恐ろしい。
俺の攻撃を完全に封殺できる準備をして、こいつらは奇襲を仕掛けてきている。
「……………………」
なら、どうすればいいか。
『速さ』は攻略された。
どんな攻撃も通らない。
なら………………
「床3.04rad、右膝、右腹部、天井1.99rad、左足、左腕、壁3.39rad、背中、右腿、床4.46rad、右足、右顔側面、壁0.58rad、右腹部、左肩、天井3.72rad、風の軌道を曲げた、左か…………っ!!?」
突然途切れた汐璃の声に時雨は慌てて振り返る。
「!?どうした!」
「標的を……違う!風の軌道を曲げた!地面を狙って………」
「はあっ!?」
………お前らが予知能力で警戒しているのは、自分達へ向けられた攻撃だけだろう?
「一手遅れたな」
祐の斬撃が弧を描く様に時雨達を囲い、時雨達の周りをくり抜く様に円状の亀裂が入る。
そして、
「床を……!」
「っ!!……………」
くり抜かれた床は支柱を失い、急に重力が生まれたかのように崩れ落ちる。
この教室は3階。
そして、下の階は1階と2階をぶち抜いた天井の高い室内演習場だ。
ここから落ちれば、しばらくの間上がって来れないだろう。
「時雨!」
「分かってる!」
時雨は落ちまいと崩れていく床から脱出しようとする。
無数に分かれた影で汐璃の体を包み、残りの影が床にしがみつこうと伸びる。
だが、当然そんな事は予測済みだ。
「結束!」
「………私の役目は防御じゃなかったのかしら」
そう言いながらも結束は祐の意図を察し、準備していた小陣結界と、もう一枚新たに霊符を起動させる。
瞬間、球状の盾が時雨達を包み、伸びようとした影が盾にぶつかって阻まれる。
「っ!小陣結界!?」
完全に盾の中に隔離された時雨達はなす術なく落下していく。
「ちいっ!!」
「……………よし」
祐は天井から着地し、穴の下を覗く。
暗くてよく見えない。
室内演習場は窓がないので、使用時以外は灯りもなく真っ暗だ。
これではあいつらがどうやって登ってくるのかが分からない。
「………………」
「………とりあえずは上手く行ったわね」
穴を見つめながら考え事をしているところに、背後から声がする。
「ああ」
「今の作戦、いつから考えてたの」
「ワンモアチャレンジのちょっと前」
「…………ひとことぐらい私に言って欲しかったわね」
「奴らに気付かれたら困るだろ」
「小声でひとこと何かやるって仄めかすだけでもよかった。それか、通信霊符でも使えば………」
「何か策があるって思われる事自体避けたかったんだよ。勘づかれたら対応されるからな。それよりはお前が察してくれる可能性に賭けた方がマシだと思った」
「……全く。私が察せなかったらどうするつもりよ」
「察せたからいいだろ。ってか、期待以上だ。俺の考えでは連掣符であいつらの身動きだけ封じてもらって、影は俺が対応するつもりだった。なのに小陣結界と還相符で無理矢理影ごと包んで拘束するとはな」
「小陣結界は防御の準備の為に元から解符も終えていたから、単に手間が掛からない方法を選んだだけ」
「そうか。まあ何にしても助かった。つっても、敵を倒せたわけじゃないけど。5分10分程度時間を稼いだだけだ」
「そうね…………でも、それだけあれば十分よ」
「ああ………もう次の作戦も決めてあるか………………」
そこで、祐の言葉が止まる。
結束の周りに、光を放った霊符が浮かんでいたから。
そこから生成された無数の弾丸が、放たれんとばかりにこちらを向いている。
「…………それは何のつもりだ」
「……もう忘れたのかしら、夏越祐。…………それとも、水無月祐と呼んだ方がいい?」
「………………」
「さっきも言ったでしょう?あなたへの協力は本意ではない。全て、話し合いの為よ」
「…………は、剛弾結界で、脅しのつもりか?俺はお前がそれを撃つよりも先に能力を使える」
「………どんなにあなたが速くても、攻撃が来ることが分かっていれば急所を外すことくらいはできる。そして、即死じゃなければ攻撃を食らったとしても私は自分が死ぬよりも速く結界を撃てる。そうなれば一緒に仲良くあの世行きね」
「……………馬鹿かお前。情報の為に命を捨てるのか?」
「刺し違える覚悟を持っているだけ。特に、人殺しかも知れない相手なんだから、尚更ね」
「…………………は、邦霊が人殺し相手に身構えるとか冗談だろ。笑わせんなよ。一番の専売特許だろ」
「それは、人殺しは冗談じゃないということでいいかしら」
「…………」
…………ふざけるなよ。
こいつの事情は知らないが、この女、今の状況分かってんのか。
俺が時間稼ぎをしたのはこんな話をする為じゃない。
次の作戦へ移行する為だ。
急がないと、奴等が戻ってきてしまう。
こんな事に時間を使っている場合ではない!
……………と言いたいが、そんなことを訴えた所でこいつは引かないだろう。
きっと彼女は今の状況を理解した上で話し合いをしようとしている。
奴等が戻ってきて、また同じ戦況に戻ってしまうかも知れないというリスクを承知の上で。
つまり、それほどの事情がある。
それほどの覚悟があるということだ。
だが、事情があるのはこちらも同じ。
ペラペラと聞かれるままを答えるわけにはいかない。
「…………そういえば。約束、忘れてたな」
「えっ」
「もう俺達は関わらないって。昨日の事だぞ。もう忘れたのか」
「っ…………ふざけないで!自分の都合が悪くなった途端にそんな話を持ち出して!しかもこんな非常時に……」
「非常時なんて関係ない。どんな事情があっても関わらない、そういう約束だったはずだ」
「………なによ、それ……………」
「なによとはなんだ。何度も何度も約束を反故にして、こっちこそなによそれってかん……」
「命に代わる約束なんて無い!!」
「…………………」
突然の大声に、祐は思わず押し黙ってしまう。
だが、それも少しだけだ。
ワナワナと怒りに体を震わせる結束を見て、言う。
「…………なんだそれ。命ってなんだ」
「あなた………このままじゃ死ぬのよ?」
「……お前に正直に全部話せば死なないのかよ」
「……………少なくとも、私はあなたの味方になれる」
「………あいつらに命を狙われてるのはお前も同じだろ。自分だけ守ってあげてるみたいな言い方しやがって。恩着せがましいんだよ」
「ねぇ教えて!あの日…………………厄災の日、本当は何があったの………?」
「…………………………話聞けよ。なんでおま……」
「正直に言う。恭也さんから聞いたの。あなたの話を」
「…………!」
…………あっさり吐きやがった。
絶対に言ってはいけない事を、いとも簡単に。
…………こいつ、どれだけ情報の為に必死なんだ。
いや…………本当に情報の為………?
「………恭也さんから話を聞いて、私は少しでもあなたの事を理解した気でいた。でも……………もう分からない。………あなたは……………あの厄災で大切なものを失って、ずっと苦しんでいたんじゃなかったの!?」
「…………………」
………………そうか。
大切なものを失って、ずっと苦しんでいた。
それが、彼女が恭也から聞いた全てか。
…………やはり、俺の予想は正しかった。
恭也は、そんなに深く俺の事を彼女に教えていなかった。
彼女は、本当に…………
本当に…………何も、知らなかったんだな。
「……………すまなかった」
下を向いたまま、呟く。
彼女に届かない程に、小さい声。
「…………………」
少し、気持ちが安らぐ。
知られてなくてよかった。
彼女を巻き込まなくてよかった。
そんな思いで満たされていく。
だがそれと同時に、彼女との距離が急に遠のいていくのを感じる。
彼女には、何も知られていない。
何も知られてはいけない。
なら、偽らなければならない。
バレないように。
これ以上、何も知られないように。
「なんて言うか…………そうだな」
祐は顔を上げる。
安心感からか、少し和らいだ表情で。
「俺には………もう、関わらないでくれ。頼む」
「え……………」
「お前が必死なのは伝わったけど、俺にも事情があるんだ。それに…………」
……………………笑顔だ。
笑顔を作れ。
偽善者の様な。
息をするように人を欺く、詐欺師のような。
そんな嘘で塗り固められた笑顔を、作れ。
そして言え。
彼女が諦める言葉を。
思わず、同情してしまうような言葉を。
その為の嘘を………………
「……………………もう、ちょっと、しんどい」
…………………………あ。
まずい。
だめだ。
失敗した。
笑顔を、作った。
必死に口角を上げて。
必死に目を細めて。
でも………………鏡を見なくても、分かってしまった。
俺は今、絶対にしてはいけない顔をしてしまった。
祐は目尻がほんのり暖かくなるのを感じ、動揺を隠す余裕もなく慌てて右手を目に添える。
「…………っ!」
………頬に流れずとも、涙腺が潤っていた。
「………………あ。ご、ごめ……………私…………」
彼女は、一瞬。
ほんの一瞬だけ目を見開いて、視線を落とす。
憐れむような声色。
嫌でも分かる。
今俺の顔は…………彼女の目に、どう映っていたのか。
偽善者でも、詐欺師でもない。
不安をかき消そうと必死な、歪な笑顔。
瞳の奥で助けを求める、哀しい笑顔。
そして、絶望の中に響くような、か細い声。
急に込み上げる羞恥心に、祐はゆっくりと結束に背を向ける。
ごまかせ。
ここで言葉を止めちゃダメだ。
自分だけでもごまかすために、言葉を繋げ。
そう自分に言い聞かせる。
キュッと目をつぶり、溢れた水滴を腕で拭う。
小さく深呼吸して、心を落ち着かせる。
そして、
「………………作戦がある」
「え、あ………………ああ、作戦?」
「…………ああ、あいつらに、勝つ作戦」
「!…………どんなの?」
「………………」
………大丈夫だ。
まだ、間に合う。
話を逸らせ。
まだ………………まだ、大丈夫だ。
「…………二手に分かれる」
「………………」
「俺はここであいつらを待って、迎え撃つ。お前は………恭也を探してきてくれ」
「…………恭也さんを?」
「俺達が組んでもあいつらには勝てない。でも、恭也なら勝てる。能力の相性がいいからな。お前はあいつを見つけて、俺がここで戦っていることを伝えてくれ。多分、あいつは他の生徒と同じようにどこかに転送されている。あれだけの人数を同時に転送させたんだ。そんな遠くには送られていないはず」
「そんな……………あなた1人で耐えられるの?」
「奴等は俺の隙を突かない限り攻撃出来ない。俺が高速機動で攻撃を仕掛けている間は大丈夫なはずだ。俺の霊力か体力が尽きるまではなんとか持たせる」
話を逸らそうと必死だったのか、ペラペラと勝手に口が動く。
…………もう、振り向いても大丈夫だろう。
結束も、いつもの声色に戻ってきている。
そう思い、祐は踵を返して結束を見る。
結束が祐をじっと見つめる。
「……………………」
だが、大丈夫だ。
もう、俺は平気な顔をしている。
彼女がそれを見てどう思うのかは分からないが…………。
「……………分かった。すぐ見つけてくるから待ってて」
そう言って、結束は走り出す。
が、祐とすれ違う瞬間、
「待て」
祐は結束の腕を掴む。
「えっ」
結束は少し驚いた様子で振り返る。
「まだ話は終わってない。お前が恭也を見つけた後の話だ」
「………まだ何かあるの?」
「………………大阪へ帰れ」
「…………え?」
「お前は命を狙われている。東京じゃ、護衛が手薄だろう。すぐに本拠に戻るべきだ」
「そんな!……それはっ……………」
「………………何か不服か?」
「……だって……………あ、明音!明音がいるから!彼女をここに残したまま、帰ることなんて出来ない!」
「じゃあ、彼女を見つけてから帰れ」
「………………っ」
…………なんだ。
なぜ、そんな哀しい顔をする。
彼女が持つ事情と何か関係あるのか?
何か、東京から離れられない事情があるのか?
だが、どんな事情にしろ、一旦大阪へ帰って体勢を整えるべきだろう。
彼女の言うとおり、何にも命には代えられないのだから。
約束も。夢も。
「………………ここで生き残っても、あなたは………」
「…………あ?なんだ」
「…………………」
結束はそれ以上何も言わず、祐の手を解こうとする。
それに合わせて祐は彼女を掴む手の力を抜く。
「……………言いたい事は、それだけ?」
「え?ああ……………」
「…………そう」
結束は祐に背を向けて歩き出す。
直径2メートル程の穴を飛び越え、教室の扉を開ける。
「……………………」
だが、何故か彼女は扉を開けたまま動かない。
何かを言い淀む様に、祐に背を向けたまま視線を落とす。
「……………………おい」
「…………………………」
「……………おい、どうし………」
「絶対に!」
やはり背を向けたまま、彼女は叫ぶ。
その声は誰もいない廊下に響き渡り、祐の頭に訴えかけるように反響する。
そして……………彼女は祐の方を振り向いた。
「………………死なないでっ」
何かが、込み上げるような顔。
目元が少し赤くなっている。
だがその顔が見えたのも一瞬。
彼女は踵を返し、走り去っていった。
廊下を駆け抜ける彼女の足音が、徐々に小さくなっていく。
「…………………………え」
呆然と立ち尽くす祐と、やけに低く響いた声が教室に取り残された。




