1-23 形式和解
「外から………攻撃した?」
「………………」
まあ……結束は気づかないだろうよ。
無限結界を放つのに集中してたお前にとって、あの攻撃は完全に死角だったからな。
だが、
「ええ、そうです!戦闘は円内で行うと約束していたのにこの男はおめおめとそれを破りやがったのです!」
外から見ていた明音にはさすがに気づかれたようだ。
「………円内で戦うなんて約束はしていない。ただ、円の外に出たら負けだと言っただけだ。約束は破っていない」
「……………へ?」
「………………」
明音が間抜けな声を上げて首を傾げる。
そのままギギギと、壊れた機械のように首を動かし、結束を見る。
「ほ……ほんとですか?」
「え、ええ」
「ひょわぶっ!」
「……………ひょわぶ?」
何やら変な声が出たが、『そんな馬鹿な…!』と訳しておく。
………こいつ、試合前の会話はきちんと聞いていたくせにご都合解釈しやがって。
結束に余計な勘違いさせるし、とんだ迷惑だな。
だが誤解が解けて、結束も気づいたようだ。
「ちょっと待って………外から攻撃って……………あなた、まさか」
「………………」
まあそんな難しいことでもないし、これだけヒントがあれば気づかないことの方がおかしいか。
「円の外に放出した風を途中で曲げて、私の結界に干渉しない角度で攻撃した……?」
「うん、正解」
「…………そんな」
考えれば、単純な事だ。
ステージは彼女の結界で遮られている。
なら、ステージ外から攻撃すればいい。
還相符がないと放出した霊術を操れない媒体霊術とは違って、霊能力なら放出した後でも操れる。
まあそれも能力次第だが。
彼女は、沈んだ表情で目を落とす。
………多分、彼女も俺のこの作戦は頭の片隅に入れていたと思う。
だが、実際にやるとは思っていなかったのだろう。
なぜなら、
「………円の外に攻撃を放てば、能力を解析される可能性があるのに、なんでそんなことをしたの」
………そう、思うだろうな。
どうせ聞かれると思っていた。
だから俺は、用意していた答えを言う。
「……………どちらにせよ、負ければ俺は自分の能力を明かさなければならない。なら、あんたが本当に情報規制している可能性に賭けて勝ちを取りに行った方がいいだろ」
「………………そう。……考えてみれば、そうね」
「……………」
……違う。
本当はそうじゃない。
そもそも、円の外に出たあの攻撃を調査した所で、どう頑張っても俺の能力は解析できない。
だが………それを、こいつに言う訳にはいかない。
だから、俺は彼女に疑われる前に話を試合の内容に戻す。
「………お前の作戦は、普通に良かったよ。円よりも大きい結界を作って、ステージ全てを攻撃範囲にしてしまえば、防御も逃げも反撃もできない。ステージが急遽変わったあの状況でよく咄嗟にあんな作戦が思いついたもんだ」
「負けた相手に言われても、嬉しくないわね」
「そうだな。結局、勝ったのは俺だ。………あんたの敗因はただ一つ。……お前は霊能力を使えない。そして俺が霊能力を使えたことだ」
「…………………」
祐は、つくづく思う。
俺と彼女が、同じ土俵に立てば俺に勝ちの目は一切ないだろうと。
媒体霊術での勝負は言わずもがな、もし彼女が霊能力を使えたのならこの勝負もおそらく負けていた。
媒体霊術だけでここまで追い詰められたくらいだからな。
彼女の霊能力自体は脅威だが、コントロールできないのなら近づきさえしなければ脅威にはならない。奥の手の『空間の膨張』も無限結界に比べれば決め手に欠ける。
霊力下限界欠乏覚悟で使うほどのものではなかった。
だから結局彼女はこの戦い、霊能力が使えなかったようなものだ。
「俺がお前に勝ったんじゃない。『霊能力』が『媒体霊術』に勝ったんだよ。なら、この結果は必然だろ?」
「…………慰めているつもり?」
「いや……別にそういう訳じゃないけど」
「あなたの言い分は、私が霊能力を使えないことを考えれば『あなたの全力』が『私の全力』に勝ったってことでしょ。………何を言われても、私の負けなのよ」
「………………分っかんねえな」
「…………えっ」
「………お前さ、何で今日俺と戦ったの?厄災の情報を捨ててまで、俺と戦いたかった理由がそもそも分からない」
「…………………それ、は」
「………ああ。いや、別に言いたくないならいいんだけど」
「いえ。そういう訳じゃなくて。………私、今まで個人戦で負けたこと、なかったの」
「……………ほう」
一瞬、耳を疑いたくなるような発言だ。
彼女の言う個人戦というのはおそらく、そのほとんどが如月家の訓練で行われた一対一の模擬戦のことだろう。
もちろん、霊能力を上手くコントロールできない者として対霊能力戦の訓練もあっただろうが、それでも無敗とは俄にも信じられない。
だが彼女がそんな下らない嘘をついているとも思えない。
「そりゃ、凄いな」
「………あなたに言われると皮肉にしか聞こえないわ」
「そう卑屈になるなよ。………それに、俺は………」
「………………何?」
「…………いや」
自分で言うのもなんだが、俺は水無月にいただけあって、霊能力に限って言えば相当レベルが高いと思う。それに、俺の能力は起動に時間がかからないタイプなので、『解符』という余計な手間があるせいでどうしても起動が遅くなってしまう媒体霊術には余計に刺さる。
だから、やはり彼女が負けるのは仕方がなかった。
むしろこれほどの好条件で俺が負けていたらそれこそ恥ってもんだ。
だが、それを口に出せばまた皮肉やらなんやらとか言われてしまうだろう。
結束は黙ったままの祐を見て、やがて続きの言葉を待つのに諦め、自分の話を続ける。
「………昨日のあなたの戦いを見た時、私は素直にすごいと思った。そして同時に………本気のあなたに私は勝てるのか、とも思ったの」
「…………それで、この戦いを?」
「ええ」
「……………」
やはり、分からない。
今まで、負けたことがなくて。
そして目の前に強い人間が現れた。
だから自分とどっちが強いのか、知りたい。
それは、力に渇望している人間の考え方だ。
なぜ、こんな世界で力を求めるのか、俺には分からない。
………………。
…………だってそうだろう?
どんなに強くなろうとしても。
どんなに努力を重ねても。
その努力の先に、どんな夢を見ていたとしても。
そんなもの、たった一度で全部壊れるんだ。
今まで人生を賭して続けてきた夢が、たったの一度で。
それを「運が悪かった」と飲み込まなければいけない世界なんて、笑い話以外の何物でもないだろう。
そんな夢も希望もない理不尽な世界で、馬鹿みたいに力を求めている理由なんて、分かるものか。
分かって…………たまるか。
「…………なんで、そんなに強くなりたいんだ」
「…………え?」
「意味、ないだろ。強くなろうとする人間には、その目的がある。目標がある。でも、もしその目標が呆気なく崩れ去ったら?もし、追っていた夢が途中で途絶えて、二度と追えなくなってしまったら?今までしてきた努力は、全て水の泡だ。お前は………今やっていることが、無駄だとは思わないのか」
「……………何が言いたいのか、よく分からないけど」
「………………」
黙ったままの祐を見つめ、結束は何かを悟ったかの様に顎を引く。
「……………夢だろうと、努力だろうと、この世で『無駄になる』ことなんて、何一つないわ。………………『無駄にする』ことは、できるかも知れないけど」
結束は、鋭い眼差しで祐を見つめる。
「…………っ、お前……………!」
「それに、私は一度や二度転んだくらいで諦められる夢なんか、持っていない。だから私は、力が欲しいの」
「……………………」
その眼差しの中に込められた彼女の夢は、一体なんなのか。
そんなこと、俺には知るよしもない。
………だけど。
何だ、それ。
何が言いたい。
何だよ、その目は。
何も知らないくせに。
………俺が、諦めた人間だとでも言いたいのか。
………お前に、何が分かる。
お前は、絶望を知らない。
失うということが、どういう事なのかを知らない。
一度も失ったことがないお前が、そんな反吐が出るようなセリフを吐くな。
体が、無意識に震える。
拳に力がこもる。
歯が軋む。
だが、それら全てを心の内側へ仕舞うように胸を抑え、祐は言った。
「…………ああ、そうかよ。…………用は済んだ。お前に会う事はもうない。………じゃあな」
「あ………ち、ちょっと待って!」
結束の呼び止めに背を向けようとしていた祐の動きが止まる。
「…………なんだよ」
「最後に…………もう会えなくなる前に、聞かせて欲しいの。その………厄災のことについて」
結束の言葉に、祐は呆れてため息をつく。
「馬鹿かよ。情報を渡すのは無しになったはずだ。今更どのツラ下げて……」
「言えないことなら、言わなくていい。でも………言っても問題ないことなら、答えて欲しい。だから…………一つだけ、質問させて」
…………つまり、彼女はこの時のためにあらかじめそういう質問を考えてきていたということか。
俺が口にしても不利益にならないが、彼女のためになるであろう情報を引き出すための、質問。
そんなものが存在するとは思えないが………
「…………………」
もしかしたら。
いや、思い違いかも知れない。
だがもしかしたら……………彼女は、俺が厄災の情報を渡したくないと知って『情報』を『勝負』に変えようと提案してきたのか?
でも、少しでも厄災の情報は手に入れたいから『俺が傷つかない質問』を考えた。
………もしそうだとしたら、彼女はどれだけ…………
………いや、そんなこと考えても仕方ない。
どちらにしろ、彼女の質問への対応は変わらないんだ。
言えないことは言わない。
そうそうないとは思うが、言ってもいいことなら言う。
それだけだ。
そして、結束が口を開く。
「…………何で、日天子の厄災なの」
「………………というと?」
「天尚学園の情報規制はあまりにもセキュリティが高かった。そのせいであの事件は如月の力を持ってしても未だに大した情報は得られていない。見つかる資料は犠牲者数や学園内の間取りだったり、何の成果にも辿りつかない表面的な情報ばっかり。そんな中で唯一はっきりとしていた謎は…………『事件の名称』だった」
「……………」
「日天子。霊術用語でも聞いたことがない、突然現れた謎の言葉。この事件名は…………どんな意味があってつけられたの」
「………………」
……これが、彼女が思い付いた『俺にとって不利益にならないであろう質問』か。
まさか、事件の名称に目をつけるとは。
日天子の厄災。
当たり前のように呼ばれているが、そこに意味を見出せる者はたしかに少ないだろう。
着眼点としては悪くない。
……だが、俺の答えは。
「……………言えないな」
「それは、あなたは知っているということでいいの?」
「さあね。お前の想像に任せる」
「……………そう」
気の抜けた返事と共に、彼女は俯く。
……なんか、最近こいつの落ち込んだ顔しか見てない気がする。
お互いの状況が状況だし、仕方ないと思うが。
「………………」
それにしても、よく分からんな。
もう本当。
彼女に関しては分からないことばっかりだ。
なぜ、彼女は、
「なんで………厄災のことをそんなに調べたがってるんだ」
「………………」
「お前は如月家の人間としてというよりも、個人的な事情で厄災について嗅ぎ回っているように見える。でも一個人があの事件を調べる理由なんて想像できない」
「………それは……あなたには、関係ない」
「いやあるだろ。学校初日から俺に情報をせがんどいてよく言うな。しかも、賭けまでして」
「あなたを巻き込んだのは悪かったけど、私の目的には、本当にあなたは関係ないのよ。こればっかりは……………私自身の、事情があるから」
「話せないって?」
「………ええ」
「………そうか。んじゃ、俺が話すことはもうない。お前も、もうないな?」
「…………ええ、大丈夫」
「よし。んじゃ、名残惜しいが、これで本当に最後だ。明日から俺らは本当にただの他人って事で」
「………全然名残惜しそうには見えないけど、分かったわ。約束は、守る」
「ん。じゃあな」
祐は「しゃあ!」と小さくガッツポーズをとる明音を横目に踵を返す。
そこから、帰路に着くまで。
祐は一言も言葉を発することはなかった。
◆
その日の夜。
夏越祐宅、ダイニングにて。
今日の夕食は日本のソウルフード、その名も白米と、ゴーヤチャンプル、そして豚汁だった。
本当なら今日の夕食当番は祐だったのだが、『祐の朝食焦がした罪』を犯した恭也に償いとして無理矢理夕食当番を交代させた。
だが、嫌々ながら承諾していた割に意外とまともな飯が出てきて驚いている。
祐はゴーヤチャンプルを白米と一緒に口の中へ掻き込み、同じく向かいの席で夕食を口へ運ぶ恭也を見る。
「今日は気分がいいのか?」
「えー、なんで?」
「飯が美味いから」
「え?マジかよ。祐ってば、ゴーヤ苦手じゃないの?」
「別に苦手じゃないけど」
「そりゃないって!せっかく『夕食当番押し付けた罪』でゴーヤチャンプル作ったのに!」
「なんでそれでゴーヤチャンプルになる」
「だって、みんな嫌いでしょ?ゴーヤ」
「ゴーヤに謝れ」
「俺はゴーヤ好きだから謝らない」
「訳分からん」
「じゃあ、祐は何が嫌いなの?」
「………なんだろうな。パッとは思いつかない」
「えー、つまんない。嫌いな物ありませんアピールいいって」
「別にアピールしてねえから。そう言うお前はどうなんだよ。苦手なものは?」
「うーん、清純ぶってる女の子とかかな」
「せめて食べ物を言え」
「そのつもりで言ったんだけど」
「クズかよ」
相変わらず無駄な会話だと、自分でも思う。
だが、唯一気が許せる相手との無駄な会話は、貴重な時間だ。
その気を許せる相手が恭也なのは癪だが。
そう思いながら、同時に祐は思い出したかのように、話題を変える。
「そういえばさ、昨日霊獣と戦った後、冬鳴の霊力は回収したのか?」
「え?」
「結束の霊力は回収してただろ。冬鳴の方はしてないのか?」
「あ〜そゆこと。してないよ、ていうか明音ちゃんの霊力はそもそも残ってなかった。多分回収機に反応するほど霊力を発していなかったのかな」
「………そうか」
「なんでそんなこと?」
「特に理由はないけど、なんとなく気になって」
「へぇ〜」
恭也はニマニマと嫌な予感しかしない笑みを浮かべ、祐の顔を観察するように見る。
「能力が気になるだぞ」
「別に何も言ってないけど」
「顔がうるせえ。顔黙れ」
「なんだよその新種の悪口」
「大体、昨日のくだりを見てるなら俺が冬鳴をそういう目で見るわけがないのは分かるだろ」
「まあ、そうなんだけどねぇ」
「それに、もう俺はあいつに関わることは無いしな。冬鳴にってよりは結束にだけど」
「え!ちょっと待って!どういう事!?」
恭也は突然席を立ち、テーブルに両手をついてうざったらしいにやけ顔をぐいぐいと寄せてくる。
「………そんな食いつくことでもないだろ」
「そりゃ食いつくよ。なんで?いつから下の名前で呼ぶようになったの!?」
「しかもそっちかよ。それは………あれだ。毎回「あいつ」とか「お前」って呼ぶのもどうなんだってなって、許しを得た」
「ほうほう………本人公認とな?」
「いや、付き人から」
「あー、明音ちゃんかあ。たしかに、そういうこと言いそう」
恭也は、思ってたのと違ったと言わんばかりにすごすごと席に戻っていく。
「じゃあつまり、本人の前では呼んでないけど本人のいないところでは名前呼びってこと?」
「………なんか、その言い方」
「本当にコミュ障みたいだね」
「うるせえ!分かってても言うな」
「まあまあ、じゃあコミュ障って事で」
「フォローすると見せかけて何も変わってない」
祐は呆れながらツッコミを入れる。
そしてふぅ、と一呼吸置き、話を戻す。
「あー、ってか、ちょっと遠回しに話そうとしすぎた。こういう話がしたかった訳じゃなくてな」
「そりゃあ自分からコミュ障の話持ち出すとか、意味分かんないしね」
「その話はもううるさい」
「分かった分かった。んで?」
「………………お前が夕食を作っている間、ちょっとこれを試してみた」
そう言って祐はある物を取り出し、食卓の真ん中に置く。
それを見た恭也の顔はあいも変わらず、板についたような薄ら笑いだが、一瞬、ほんの一瞬だけ、瞳孔が開く。
「…………霊力測定器、ね。そっか、だから強引に夕食当番交代したのか」
その言い方から、恭也は祐が言いたいことを察したことが分かる。
声音も少し低くなっている。
そして、その反応は予想通り。
祐は何事もないかのように話を続ける。
「そ。昨日お前が使っていたものと同じものだ。お前が夕食作ってる間に地下の訓練所で軽く霊符を使って、研究室でそれを測定した。もちろんコレを使ってな」
祐はトントンと測定器をつつく。
「………はは。そんなことのために霊符を無駄に使う必要無いのに。本当に霊能力を使いたくないんだね、祐は」
恭也の嫌味を無視して祐は話を続ける。
「初心者の俺が説明書を読みながらでも、残滓の回収は5分もかからなかった。そして、昨日だ。あの時、霊獣や俺達の霊力もあったとはいえ、普段から測定器の扱いに慣れてるお前なら回収に1分もかからなかっただろ」
「………………」
「なのに、無駄に時間かけてたよな、お前。ならあれは時間稼ぎだ。そんで、状況から見ても、その目的は俺がいないところで結束と話をするためとしか思えない。…………あいつになんか告げ口したな?」
「………うん、まあしたよ」
………なんだこいつ。
あっさり認めやがった。
まあ、話が進むのでこちらとしてはありがたいが。
「何を言った」
「それは言えない」
「は、お前が言わなくても、結束が全部吐いた。今しているのはただの擦り合わせだ」
「嘘だね。いくら彼女でも、そんな簡単に情報は吐かない」
「証拠を言おうか。お前は、入学式よりも前に予め結束にメールを送った」
「………………」
もちろん、結束からそんな情報は得ていない。
今日結束を『便箋』という言葉で揺さぶった時、あまり手応えを感じられなかった。
実際プロテクトの硬い如月家の人間に対して外部の人間が個人的に連絡を取る手段など想像もつかないが、有り得るとするなら間者を使って便箋を送ることぐらいだろうと考え、あの時は結束にブラフを張った。
だがそれが不正解だと言うのならあと有り得るのはメールくらいだろう。
恭也なら、如月結束のアカウントを手に入れることは容易とまではいかないが、本気を出せばできなくもないだろう。
多分。
「………そのメールの内容は?」
「そこまでは聞いていない。ただメールを受けたとだけ」
「やっぱり嘘だね。メールを受けたことだけ伝えてその内容に触れないなんて、そんな中途半端な情報のやり取りをするような状況にどうやったらなり得る?」
「どうだろうな。だがどちらにしろ、お前は今メールを送ったことを肯定した」
「してないよ。メールの内容を聞いただけだ」
「それはつまり送ったということだろう?」
「違うよ。送ってもいないメールの内容をどう誤魔化すのかなって気になっただけ」
「………………」
これ以上は、無理っぽいな
まあ、なんの情報もなくカマかけたところでしらばっくれられれば何も出来ない。
結局は昨日と同じ。
こいつはいつもそうだ。
言ってもいいことは潔く認めて、隠すとこはきっちり隠す。
この話し合いも、続けたところで最終的には有耶無耶にされて終わる。
なら、深掘りしてもどうせ無駄だ。
祐は緊張を解くように諦めのため息を吐く。
「…………お願いだから、そういうことは俺にバレないようにやってくれ」
「祐が無駄に勘繰るのがよくないよ。俺は必死に隠そうとしてるのに」
「そりゃ、怪しけりゃ勘繰りたくもなるだろ」
「いやいや、それは祐の目がおかしいよ。俺のどこが怪しいって言うのさ」
「顔」
「怒るよ?」
「そうか、じゃあ怒れ」
「がおー」
両手を広げて口をもぐもぐさせながらそんなことを言ってくる恭也に、祐は相変わらずのため息を吐いて席を立つ。
「ごちそーさん。もう風呂入って寝るわ」
「おいおい、俺が想いを込めて作ったんだから残すなよ」
「量が多すぎなんだよ。残りは明日の朝食べる」
「とか言ってー、実は明日の朝食当番サボりたいだけとか」
「それもある」
「あるのかよ」
「ま、いいだろ。飯があるんなら合法サボりだ。んじゃな」
「あ、待ってよ祐」
「…………ん?」
恭也はいつものヘラヘラ顔。
だが、少しだけ真面目な雰囲気を漂わせていた。
「…………何」
「昨日の帰り。あの時は、ちょっと言い方を間違えたよ」
「あ?なんの話だ」
「敵にならないんじゃない。俺は、ずっと祐の味方だ」
「………………!!」
祐は、自然とその言葉に体が反応してしまう。
………下らないな。
多分昨日の話し合いの時、俺の反応を見てある程度俺の想いを察していたのだろう。
それを今更言葉にして伝えるなんて、本当に下らない。
そんなこと、いちいち気にすることでもないだろう。
………だけど。
こんなことで、わずかにも反応してしまう自分が、一番下らない。
「………言いたいことはそれだけ。おやすみ」
「まだ寝ねえよ。風呂入ってからだ。…………だけどまあ、おやすみ」
祐はそう言ってダイニングを後にする。
………おやすみ、か。
恭也は毎晩のように言ってくるが、言い返したのは初めてかもしれないな。
そんなことを思いながら、祐は風呂場へと向かった。
◆
同時刻。
東京某所。とある地下室にて。
黒いフード付きのコートを着た3人の男女が、蝋燭の小さな灯りを中心に机を囲っていた。
「………よし、やっとまとまったな。決行は、明日だ」
「…………ええ」
「時間は13:20。間者が各教室で事を起こした瞬間に、俺達が出る」
「……一応確認しておくけど、私達が『羊と兎』で間違い無いのよね」
「ああ」
「………あなたの能力は彼とそんなに相性がいいとは思えない。作戦を確実なものにするなら、他の人に任せた方が………」
「心配ない。事前に準備さえしていれば俺の能力は最強だ。そのために作戦開始を午後にしたんだからな。それに……………相性とか、どうでもいいんだよ。俺が…………俺自身の手であいつを下さなければ意味がない」
「………………」
「お前だって人事じゃないはずだ。お前も、俺と同じなんだからな」
「そう………だけど。私はまだ納得していない。無関係の人間まで巻き込むなんて」
「………『兎』か。仕方ないだろ。それが奴らとの契約なんだ。それに………邦霊十二紋………ああ、今は十紋だったか。あの組織な奴なら、どうせろくでもない人間だ」
「……………」
そんな2人の男女のやりとりに、もう1人の男が口を挟む。
「なあなあ、俺腹減ってんだって!お前らも減った?腹。おにぎり食いてえ!アイスも!コンビニ行ってきていいか?」
能天気な顔でそんなことを言う男を、もう1人の男が睨み付ける。
「いい加減にしろよお前。真面目に会議に参加しろ」
「ああ?なんで。難しーのは全部お前の担当だろ」
「……そもそもこの作戦は入学式の日に実行される予定だったんだ。なのにお前がいつまでも会議をサボり続けるから2日も遅らせる羽目になったんだろ」
「会議なんてしなくても分かってっから!俺は『猪』だろ?」
「………そうじゃない。きちんと作戦の段取りを……」
「あーうるせえうるせえ。めんどくせーことは全部明日、俺に指示として出せ。そうすりゃちゃんと動く」
「…………………」
呆れ返った男は小さくため息をつく。
「………………なあ、お前は、本当にあいつが憎いのか?」
「…………ああ?」
「貴様の浮薄な態度を見ていると、嫌でも疑う。お前は、本当にこっち側なのかどうか」
「………別に。お前みてえな『自分の手で下したい』なんてクソみてえな執念は持ち合わせてねえよ。………………俺は、あいつが死ねば、それでいい」
軽々しく男はそう言うが、その言葉には確かな語気がこもっていた。
「………なら、いい。恨みを持っているならいい。俺達は、利害が一致した仲間だ」
「……………」
「……………」
束の間の静寂。
そして、3人は何かに思いを馳せる様に、ゆらゆらと揺れる蝋燭の灯りを見つめる。
「…………お前ら、やるぞ。この恨みは必ず晴らす。俺たちは、その為なら全てを捨てられる。いいか。復讐を誓え。憎しみを謳え。命を賭せ。……………俺らは明日、確実に…………」
その男はコートの下に来ている服の襟元に手を伸ばし、何かを祈る様にグッと力を込める。
…………………そして。
「…………………水無月祐を、殺す」
その、握り締められたボタンは蝋燭の揺れる灯りに照らされ、深く彫られた校章が金色に鈍く光っていた。
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