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それは、いつかの霊術世界  作者: 河野古希
第一章 日天子の厄災 編
24/35

1-22 霊能力VS媒体霊術



媒体霊術の扱いにおいて重要な要素の一つである『威力効率』。

だが、『威力』とは単純な攻撃力ではなく、その霊符の性能に関わる全ての出力が該当する。

例えば剛弾符なら、弾の威力はもちろん、弾速、弾の太さ、射程限界、着弾時の爆発力など、他にも様々な要素が『威力』に該当する。

つまり威力効率が1%上がれば、それら全ての要素が1%上がるということだ。

故に威力効率は、たった数%の差でもその性能はまるで別物となる。


試験結果を見た限りでは、如月結束の霊符の威力効率は56.9%だった。

40%を下回っている祐とは15%以上の差がある。


霊能力が上手く使えないとはいえ、媒体霊術においてはやはり彼女は異常だ。



そんな彼女から放たれた結界は………



「……速い」


瞬く間に生成された彼女の剛弾結界は凄まじい速さでこちらに向かってくる。


祐に攻撃が届くまで、1秒にも満たないだろう。


「………………」


だが、祐は落ち着いて目を閉じる。

彼女の攻撃は脅威だが、祐が霊能力で戦うとなればまず何よりも優先すべきは第三の眼(微弱な風)の展開だ。


祐は、昨日の霊獣との戦いで一つ分かった事がある。

それは、霊能力にほとんどブランクを感じなかったということ。


『体外』に放出した霊力を霊符に込める"媒体霊術"に比べ、『体内』に巡らせた霊力を憑依している霊に媒介させることでそれを()()として表に出す"霊能力"は、一度定着させた感覚を失うことはあまりない。


それでも1年以上霊能力を使わなければ多少は衰えているだろうと思っていたが、様々な性能の風の生成や操作方法どころか、それに合わせた体の動きもほぼ1年前と変わっていなかった。


そして、全盛期の頃と同じなら第三の眼はコンマ数秒で展開できる。

展開した後でも、攻撃を避ける余裕はある。


「…………………」


微弱な風が、風の操作限界まで行き届く。

祐はゆっくりと目を開いた。


「よし」


やはり狙い通り、まだ攻撃は避けれる。


祐は両腕に風を(まと)い、地面に向けて放った。


「おいしょっ!」


その勢いで祐の体は宙へ飛び上がる。


結束の剛弾結界がさっきまで祐がいた場所を一閃し、そのまま円を抜けてその先の木々をまるで無いものかのように討ち払っていく。


「………馬鹿かよこれ。食らったら即死だな」


もう何度も見たがやはりとんでもない威力だ。


だが、感動している場合ではない。

彼女も初手の攻撃が避けられるのは想定内だろう。

なら、次の攻撃を備えている。


見ると、複数の結界が既に彼女の周りを囲っていた。

どうやら最初の一発は俺を空中に誘い出すためのものだったらしい。


「……………うーん」


この円内は昨日と違って天井や壁がない。

つまり、一度空中に飛んでしまえばそこから軌道を変えることができない。

今、俺は完全な(まと)だ。


………そう考えると幹や枝を足場にできる樹海の方が有利だったな。

まあ監視を警戒することの方が優先なので仕方ないのだが。


それに壁や天井がない場所でも別に問題はない。



既に、自分が飛ぶ先には小陣符を起動している。

祐は空中に生成された小陣符を蹴り上げ、地面に着地しようとする。


「盾を足場に………!」


目を丸くしてこちらを見る結束が視界に入る。


「………………」


なんだ、その驚いたような顔は。

そんなに大した創意工夫でもないだろう。

お前は、こんな下らないことでは驚かない。


ならその表情は、


「嘘だな」


そう呟いた瞬間、第三の眼が不可解なものを捉える。

祐が着地しようとしている真下だ。


そこには、ざっと10枚以上の霊符が宙に浮かんでいた。


「……これは」


トラップ型の爆撃用霊符、『怨衝符』。

それらが全て霊糸(れいし)で繋がり、立体的な蜘蛛の巣の様に広がっていた。

アレのどこかに触れればたちまち全ての霊符が反応し、爆発する。


さっきの驚いた表情は油断を誘ってこの罠に気付かせないための演技か。



どうする。

今からまた盾を足場にして着地点をずらしても、その先にまた罠を置かれて自分の場所をどんどん失う。


そしてステージの狭さを考えると、彼女は自分だけ爆発に巻き込まれないよう、自分の立ち位置に合わせて霊符を出力改変しているはずだ。

つまり爆発の威力はそこまで高くないと見た。


それなら、


「斬るか」


彼女の立ち位置を考えれば、まだ今の距離なら爆発してもここまでは届かない。


祐は右手を拳銃のように構え、真下に向ける。

いちいち照準を定めている時間はない。

適当に打てばどっかに当たるだろ。

もし当たらなければ、


「そんときゃそんとき」


右手の指先から風が放出される。

規模は小さいがその分一点に気圧を集中させた鋭い一撃。

その一撃が張り巡らされた霊符の中へ突入し、その射線上の霊糸を次々と斬っていく。

斬られた霊糸は、その切り目から薄紫色に順次発光し、その光が霊符にたどり着いた瞬間、爆発する。

一枚爆発すれば、その爆発はたちまち周りの霊符を巻き込み、仕掛けられていた怨衝符が次々と誘爆する。


だが、


「……はあ?」


爆発の規模が想定よりずっと大きい。


見ると、知らぬ間に結束の周囲に複数の小陣結界が展開されていた。

自身に防御を備えて、自分ごと巻き込む程に爆発の威力を高めに調整し、祐を無理矢理にでも爆発に巻き込む算段だろう。


なんつー強引な手段だ。


「おいおい。霊力もったいないお化けがでるぞ」


このままじゃ爆発の渦中に突っ込んでしまう。


祐は咄嗟(とっさ)に解符していた小陣符を真下に投げて即起動させ、展開された盾に向かって拡散型の風を両腕から放ち、落下速度を殺す。

そこから爆風の勢いに乗せてさらに風を放つことで上へ飛び上がり、爆風から逃れる。


だが結束はおそらくまだ攻撃の手を緩めていない。


第三の眼がこちらに真っ直ぐ向かってくる何かを捉える。

爆発に隠れて見えないが、おそらく結束の剛弾結界だろう。


「………………」


彼女は試合が始まった直後からずっと、こちらに隙を与えないよう怒涛に攻撃を仕掛けてきている。


彼女は媒体霊術で戦っていることもあり、霊能力で戦う祐に比べて霊力消費量が激しい。

だから最初は様子見でこちらの動きに対して対応する様な後出しの動きで霊力を温存するよう立ち回ってくると思っていたので、こちらが準備する間も無くいきなり攻撃を仕掛けてきたことには驚いた。


この連続攻撃にどんな狙いがあるのかはわからないが、結局霊能力さえ起動してしまえば彼女が何を仕掛けてこようと、それが媒体霊術である限り、その場の機転で容易にあしらえる。


今の剛弾結界による攻撃も、爆風に隠すことで騙し撃ちしようとしているみたいだが、生憎(あいにく)第三の眼(この能力)は万能すぎるんでな。


「何やっても無駄だ」


祐は戦いの最中に霊力を込めていた無数の小陣符を辺りにばら撒き、起動させる。

起動した小陣符は、全て祐の足場だ。


第三の眼で結界の射線と一発毎の偏差を的確に読み取り、足場と風を利用して照射を次々と避けていく。


結束は爆風のせいで祐に命中したかどうかの判断ができない。

なら、祐を確実に仕留めるために、この爆風が収まるまで攻撃を仕掛けてくるだろう。

だがやはり何発撃とうと無駄だ。


結束は第三の眼の存在を知らないので攻撃を読まれていることなど知る由もないだろうが。


やがて爆風が少しずつ収まっていくと、結束の照射攻撃が止まる。


油断はできない。

第三の眼が、また何か反応を示している。


だが…………なんだ、これは。

物の形や感知霊力から結界のように感じるが、それにしては、大きい。

何らかの霊術である事は確かだが、それが何なのかが読めない。


………なんだ、この霊術は。

あいつは、何をしようとしている?


「………………」


爆風が完全に止み、視界が晴れる。

今まで隠れて結界を撃ち続けていた結束の姿が見える。


そして、それと同時に


「っ!!?」


今までずっと余裕を残して戦っていた祐が、初めて目を見開いた。







 ◆






「……………いける」


如月結束は小さく呟く。


この戦い。ステージがこの円内に指定された時点で私はずっと一つのことを意識して戦っていた。


それは、彼に三法印を使わせないこと。

昨日、彼が霊獣との戦いで見せた高速機動。

あれを見せられた時、私は絶句した。

霊獣は彼の攻撃に全く反応できなかったが、遠目で見ていた私でさえ、その姿を捉えることはできなかった。


あれをやられれば、私は彼の速さについていけずになす術なく敗れるだろう。


彼の霊能力か三法印、どちらかを止めなければいけない。

霊能力はノータイムで起動するため止めることは難しいが、霊符で発動する三法印なら起動までに時間がかかるし、私の方が解符技能値が圧倒的に高いから彼が三法印を起動させる前に邪魔に入ることができる。


その上、三法印は3つの霊符の相乗効果を発揮させるために3枚を同時起動させる必要があるので、普通の霊符を使うよりも起動に時間がかかる。


つまり、三法印を止めるだけなら簡単だ。


だが、それだけでは意味がない。

闇雲に攻撃を続けるだけじゃ三法印を止めることはできてもダメージは与えられない。

彼は霊能力だけで私の攻撃に容易に対応できるほどの実力を持っている。

このまま攻撃を続けて最終的に仕留められなければ逆にこっちが先に霊力が枯渇して敗北する。


決め手が必要だ。

可能性が高い、なんてものではない。

確実に、100%相手を殺し切る決め手がいる。



ずっとその隙を探していたが…………遂に、爆風とそれに紛らわせた剛弾結界で時間を稼ぎ、今その決め手は完成した。


「……………まじかよ……!」


彼は小陣符の上に立ち尽くしたまま、愕然(がくぜん)としていた。

さすがに予想外だったのだろう。


爆風が晴れた先に()()()()()()()()()があることは。


「これは……『無限結界(レギオンリンク)』か!?」


霊符を繋ぎ合わせることで出力を上げる結界。無限結界(レギオンリンク)は、その結界を複数連結させ、さらに出力を倍増させる、媒体霊術の最高等技術。


しかも、この無限結界(レギオンリンク)の恐ろしい所はその名の通り、重ねる結界の数に限りが無いことだ。

もちろん、結界が増えればそれ相応の技術が必要になってくるが、無数にも結界を重ねれば、極論国一つを滅ぼしかねないほどの凄まじい威力を発揮する。


だからこそ無限結界(レギオンリンク)というのは、本来、国家や邦霊の様な大規模な組織が戦争の抑止力の為に持つもの。

いわば『霊力で生成できる核兵器』なのだ。


もちろん、私が単体で発動するならそれほどの規模ではないだろうが、そもそも単体で発動することが難しい。


だが、だからといって発動できれば無敵というわけでもない。

無限結界(レギオンリンク)には、致命的な弱点が2つある。


1つは結界を重ねれば重ねるほど起動に時間がかかること。

それこそ、国で保管しているような無限結界(レギオンリンク)は多くの人間がじっくりと時間をかけて触媒石板(リトグラフ)に霊力を注ぎ、何年もの歳月を経てようやく完成させるものだ。



もちろん一対一の戦闘で発動する規模なら、何年もの時間がかかることはないが、それでもそれなりの時間を必要とする。


私はこの無限結界(レギオンリンク)を起動するためにあらかじめ複数の剛弾結界を起動しておき、爆風に紛れてそれらを撃ち込んで彼に隙を与えないように時間を稼ぐことでこの弱点を克服した。


そして、もう1つの弱点。

それは霊力効率がひどく悪いということだ。


ある時、邦霊の霊術研究者は少しでも霊符の威力を高めるため、霊術理論に基づいて『結界』というものを発明した。

5枚でしか繋げないという制約はあるが、人間が持つ霊力量を考えると霊力効率の基準は十分に保たれている。

だが、無限結界(レギオンリンク)が発見されたのは、その昔、霊術士が戦争中に勢いで成功させたという理論もクソもないきっかけだった。


無限結界(レギオンリンク)が発見されて邦霊も研究を進めているが、未だに「理論化」までには至っていない。


故に、無限結界(レギオンリンク)というのはかっこいい名前が付いているだけの『ただ無理矢理結界同士を連結させる技』なので、生成時の霊力漏れが極めて激しい。


私は今、結界を四重に重ねて無限結界(レギオンリンク)を起動しているが、これを放てば私の霊力は底を尽きてしまうだろう。


だが、それでも使う価値はある。

この四重の結界はステージであるこの円よりも大きい。

これは何を意味するか、口に出すまでもないだろう。


私はこのために彼を空中まで誘導したのだ。

彼が地上にいる時に無限結界(レギオンリンク)を放てば、風の能力で飛んで避けられてしまう。

けど、彼が空中にいるこのタイミングなら。

真下から上へと放たれた結界は射程限界約1.7kmまで上空を突き抜け、彼の逃げ道を完全に奪う。


私は、万能な彼の能力にも一つだけ弱点があることを知っていた。

それは、攻撃や機動力に特化しすぎていて防御が(おろそ)かになっていること。

今、彼には逃げ道がない上にこの大技から身を守る術もない。


それに彼の風の能力で威力を出すには、その分霊力を込めて振りかぶる動作が必要だから、私の攻撃を迎え撃つ余裕もない。


唯一逃げの択があるとしたら転界符だが、(あらかじ)め解符でもしていない限り、今更起動したところで間に合わない。


完全に……詰みだ。


「これで…………終わりよ!」


結束は連結された結界を放つ。


凄まじい反動。

その衝撃に結束さえも後退りしてしまう。


円を完全に包んだその結界は一直線に真上へ突き進み、祐に襲いかかる。




………だが、それでも彼は表情を変えないまま、足場の盾に立ち尽くしていた。



これは…………

勝負を諦めた?

いや、それとも……………




「………やっぱり、凄いよ。お前の()()()()は」


彼がそう呟いた瞬間、無限結界(レギオンリンク)の光が彼を包み、その姿は一瞬にして見えなくなる。


勝負が…………決まった。


「………………」


ステージの円を覆っていた触媒石板(リトグラフ)の光が消え、無限結界(レギオンリンク)が強制解除される。


試合終了によって、緊急転界システムが作動したのだ。


気付けば、結束と祐は試合開始を宣言された初期位置に転送されていた。


「…………うん?何だこれ。試合終わったってことか?」

「………ええ。この勝負、私の勝ちよ。約束通りあなたの霊能力について教えてもらう」

「………………はあ?何言ってんだ、お前」

「………え?」


祐はとぼけた顔で首を傾げる。


「私が勝ったらあなたの能力の詳細を教えてもらう約束でしょう。今更しらばっくれたって、()がすつもりはないわよ」

「え………いや、そうじゃなくてさ」

「?何よ………さっきから何を言って…………」



瞬間、緊急転界システムからアナウンスが流れる。




訓練施設使用者(ファシリティユーザー)《如月結束》:規定ダメージレベル22%オーバー 転界システムにより、仮想戦闘システムバーチャルストラクチャー --"強制終了(ブートクイット)"]


「………………え?」


結束はその電子音に耳を疑った。


「おお、アナウンス、試験の時とはまた違うな。何かかっこいい」

「ち、ちょっと待って!どういう………ことなの」

「はあ?どうもこうもない。俺の勝ちだろ。何でやられたお前が気づかないんだよ。………………ああ、致命傷になるダメージは痛覚OFFにしているのか」

「……………私の結界はステージを全て覆っていた!あなたが反撃できる余地なんて無かった!」

「でも、俺が勝った。なら反撃できる余地があったんだよ」

「…………なんで………」


その時、ステージの外から明音の明るい怒号が響いた。


「ちょっとお!!今の試合は無効!無効だあ!」

「ああ?これは真剣勝負だぞ。いくらお前とはいえ、ここで主人に肩入れするのはさすがにナンセンスだな」

「肩入れなんかじゃねえよ!だってお前、今明らかに反則しただろ!」

「…………反則ですって?」


結束は祐をじっと睨む。


「………おい、なんだその目は。反則なんかしてねーからな」

「…………でも、そうでもしないとあの状況は説明できない。………一体何をしたの?」



例えば、樹海の中に狙撃手を用意していた?

………いや、如月の私有地であるこの場所で気配を隠して私を狙うことなんてできる訳がない。


なら、円周上の触媒石板(リトグラフ)の設定をいじって、転界システムを故意に起動させた?

………いや、これもないか。

私の連続攻撃を避け続けながらそんなことをする余裕はないだろうし、そもそも明音の目を盗んでそんなことできるわけがない。


「だから、何もしてないって言ってるだろ。いい加減負けを認めろよ」

「でも………あの時、何が起こったか分からないのよ。頑固になっているんじゃなくて、そもそも負けた理由が分からないの」

「んなこと言われてもなあ」

「負けを認めるのはお前だよ!」


明音がまたまた会話に乱入してくる。


「しつこいぞお前」

「だって私は見たからな!お前が目の前で反則してるのを!」

「は、何だよそれ。じゃあ言ってみろよ。俺がどんな反則したのか」

「ええ、ええ!言ってやりましょう!あなた、あの時………」


ドクン、ドクン、と。

結束の鼓動がわずかに上がる。


彼が、何をしたのか。


『如月の私有地でイカサマを働いた』その内容によっては彼は如月に目をつけられる可能性がある。


例えば、この仮想訓練システムをあらかじめジャックしていたとか。


あまり想像したくはないが、彼は諜報管制室を掻い潜った恭也さんと一緒にいた人だ。

油断できる相手ではない。


そして……明音が口を開く。


「あなた………円の外から攻撃したでしょう!!」

「……………え?」

「…………声でかいんだよ………」


呆れた顔の祐を横目に、結束は呆然としていた。


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