1-20 長い寄り道
ア……アレェ……?
1/8に予約投稿してたハズなんだケドナ……?
オカシイナ……??
明音が去った後、引き続き試験結果から誠人の名前を探したが、結局彼の名前は見当たらなかった。
見落としがあったとは思えないが、そうなると彼はこの学校の生徒ではないということになる。
一体どういうことだろうか。
だが、考えて分かることでもないのでとりあえずは教室に戻るしかない。
そのまま昼休みを終え、午後も変わらず退屈な授業。
その永遠にも感じた授業を終え、放課後。
「………………よし」
祐に小さな幸運が舞い降りた。
しかも二つ。
一つは、如月結束が午後から早退したこと。
昼休みの後、なぜか彼女は教室に現れず、その後岩垣から家の都合で早退したと告げられた。
彼女に何かしらの用事ができたと言うのなら、ひとまず今日は彼女に呼ばれることはないだろう。
そしてもう一つは、授業が終わる時刻が他のクラスに比べて中々に早かったこと。
冬鳴明音がどこのクラスかは知らないが、これだけ早ければ彼女が迎えにくる前に逃げられるだろう。
そもそも、結束の呼び出しがなくなったのだとしたら迎えにくることすらないのかもしれないが。
だがどちらにしろ、早く帰るに越したことはない。
祐はそそくさと帰り支度を済ませ、教室を後にする。
祐の教室は3階だ。
足早に階段を降りて、渡り廊下を通り、昇降口前。
まだ試験結果は張り出されたままだった。
祐は自分の下駄箱から靴を取り出すと同時に張り出された紙をチラリと見る。
すると、たまたま見たところに明音の順位が見える。
[143位 冬鳴明音]
見えたのは順位までだったが、今逃げ足を止めてまで彼女の試験結果を見る必要もない。
祐は靴を履き替えて校舎を出る。
「………………」
しかし、143位………か。
冬鳴家は確か研究分野を専門としていた家のはずだが、戦闘向きでないはずの家の子女があれほどの成績を取るとは。
さすが邦霊トップの如月、その傘下といったところか。
「…………俺、あいつ以下か。ちょっとへこむな」
そんなことを言いながら、祐は校門を抜ける。
その時だった。
「はあっ、はあっ………」
背後から、悪い予感しかしない荒い呼吸が聞こえてくる。
祐はお願いだから違ってくれと願いながら、ゆっくりと首だけ後ろに振り向いた。
そして、その願いは呆気なく消え去る。
「はあっ、はあっ、………何……逃げてるんですかっ…………待っててと言ったでしょう」
「………わざわざ追いかけてきたのか」
「…………そりゃあ………もう………」
「……なんか喋りたいならとりあえずその息遣いをどうにかしろよ」
「あ………あなたのせいでしょう!」
そう言いつつも彼女は、はぁはぁと呼吸を整え、最後に、はあぁーとため息混じりの一呼吸を置いて、言う。
「びっくりしましたよ!授業中、教室の扉の外に堂々と廊下を歩いているあなたが見えたんですから!」
「………は?お前………」
3階にある一年の教室は、祐がいる11組と10組だけだ。
つまり、
「………隣のクラスかよ……………」
幸運なんて全く持って舞い降りていなかった。
11組もクラスがあってまさか隣のクラスだとは思わないだろう。
まさかこんなに早く追いつかれるとは。
………だが。
「頑張って追いついてきたところ悪いけど、俺は行かないからな。あいつとはもう関わらないって約束して、言質も取った。もうあいつに会う理由も義務もない」
「…………へえ、約束。昼休みの時も言ってましたけど、約束約束っていう割に、自分は守ってないじゃないですか」
「…………はあ?約束?俺が?」
「結束様が仰ってましたよ。もしあなたが呼び出しに応じないのであれば、この話を出せって」
「………お前、まじで何言ってん………」
瞬間、祐は何かに気づいたかのように、目を見開く。
……………うわあ。
まずい。
思い出してしまった。
如月結束との、約束。
昨日の実技試験で、俺はあいつと賭けをして負けた。
確か、俺が負けた時の条件は…………
「…………厄災の情報か……」
祐は誰の目から見てもわかるほどに落ち込んだ声で言う。
「あなた、結束様に負けたらしいじゃないですか。やはり結束様以上の才能の持ち主などこの世にはいないのです!霊能力だって………」
そこまで言って、彼女は言葉を止める。
これ以上は口に出してはいけない内容だ。
だがおそらく、「霊能力だって、ただ謎の不運に見舞われてコントロール出来なくなっているだけで、もし能力がまともに使えたなら結束様は一番最強です!」みたいなことを言いたいのだろう。
「………そうだな。少なくとも、媒体霊術じゃ俺は一生あいつに勝てる気がしない」
「ええ、ええ。そうでしょう!やっとあなたも結束様の偉大さに気づいたのですね」
「………俺はそもそもあいつを弱いなんて思ったことは無いけど、そんなことはいい。とりあえず、分かった。呼び出しは受ける。だけど、賭けの清算が終わったらもうあいつとは関わらないからな」
「私からすればあなたと結束様が関わらないのは大歓迎ですけど」
「そうか。初めて気が合ったな」
「………気持ち悪いです。早く行きましょう」
明音は苦い顔をしながら歩き出す。
校門を抜けて祐を追い越すが、歩みは止めない。
このままついてこい、ということだろう。
「………………なあ、そういえば」
祐は彼女に話しかけつつ後ろをついていく。
「……………………」
「……なんであいつは……」
「いい加減にして下さい。結束様はあいつではありません」
「……じゃあなんて呼べばいいんだよ。『如月』だと家の名前みたいに感じるし、下の名前で呼んだらお前怒るだろ」
「………それでも、あいつよりはマシです。下の名前でも十分虫唾が走りますけど」
「あ……そ。じゃあ、結束はなんで今日早退したんだ。俺を呼び出すってことは、家の用事じゃなかったのか?」
「………おえっ。………結束様はあなたを呼び出すにあたって、午後から準備に入られました」
明音はわざとらしく嗚咽する。
「おえっ、じゃねえよ。ってか、準備?」
「結束様に会えば分かります。今は黙ってついてきてください」
「……………うーん」
俺はただ結束に厄災の情報を教えるだけだ。
確かに周りにはあまり広めたくないことなのである程度の情報規制は必要だろうが、準備とはそのことだろうか。
だとしたらわざわざ午後の授業を休んでまでやることでもないと思うが。
「……………………」
まあよく分からんが、彼女に会えば分かるらしい。
なら別に今頑張って考える必要もないだろう。
◆
それから、しばらく互いに無言の時間が続いた。
もう20分ほど歩いたか。
結束がどこで待っているのかは知らないが、厄災の情報を渡すことを考えると、おそらくは人気のない場所を選んでくれているはずだ。
そして今歩いているのは市街地のど真ん中。
まだ着くまで時間がかかりそうだな。
そんなことを思っていると、明音が急に20分の沈黙を破ってくる。
「そういえば………昨日は、あなたに強く当たりすぎました。あなたは私情で動いていたとはいえ、私と結束様を助けてくれた。あの時はそれを否定するような態度を取ってしまいましたが………あなたと恭也さんが命の恩人であることは、重々承知しています。…………その、ありがとうございました」
祐に背を向けたまま、彼女はそう言う。
「………………んん?」
急になんだこいつ。
何か感謝されたぞ。
心なしか喋り方もしおらしくなっているような……………いきなり人格変わったか。
だが、祐の思考を遮るように彼女は声のトーンを上げる。
「と、本当なら言おうと思っていたんですけど」
「いや言ってんじゃん」
「言おうと思ったんですけど!!」
彼女は足を止めて振り向き、ダン!とその場で足踏みする。
「……………言ってんじゃん」
「言おうと思ってたんです!」
「………なんだよ」
「……夏越祐。やっぱりあなたは、結束様と関わることは許されない。たとえ命の恩人だったとしても」
「……………………」
夏越、と。
昨日隠していたはずの家の名を、彼女は言った。
……………これは、
「結束様に教えて頂いた訳ではないですからね」
「…………別に、俺は何も言ってない」
「でも、そういう顔をしていました」
「どんな顔だよそれ」
「そんな顔です」
「自分の顔は見れん」
別に結束を疑っていたわけではない。
ただ、可能性の一つとして考えていただけだ。
というかあの時は隠さないと面倒くさいことになりそうだったから隠していただけであって、今となっては結束が俺のことを明音に話そうと別に構わないのだが、彼女としてはこういう小さなことに対しても主人の体裁を守りたいのだろう。
「………お前の事は私が独自で調べた。ていうか、学校の生徒一覧に普通に名前載ってるし、わざわざ調べなくても分かるっての」
「まあそうだろうな。てかお前、敬語どうした。さっきまで無駄に言葉遣い気にしてたろ」
「もう、如月の私有地に入ったからな。ここなら周りの目を気にする必要はない」
「………ちょっと待て。如月の私有地だと?ここが?」
まだ市街地の中だぞ。
どこが私有地だって言うんだ。
「ここら一帯の土地、そして建物は全て如月が運営する企業ビルと如月が管理している住宅物件しかない。もちろん住んでいる住人も如月に敵意がないと判断された人間に限られている」
「………まじかよ」
市街地一帯なんて水無月ですら持っていなかったぞ。
まあ同じ金持ちでも、その金の使い道は家によって異なるからな。
ここら一帯を如月が買い取ったのも、何か理由があるのだろう。
どんな理由なのかは知るよしもないが。
「てか、市街地が私有地っておかしくないか?市街地なのに一般人は入れないってことになる」
「入れないことはない。当然、如月の関係者以外は諜報管制室から常時監視されているけどな」
「いやいや」
何が当然なんだよ。
なんで市街地に入っただけで監視されにゃならんのだ。
「もしかして、俺も監視されてる?」
「あんたは大丈夫。冬鳴である私と一緒だから。アラートは反応するだろうけど強い監視がつくことはない」
「…………いつの間にかとんでもない所に連れてこられたんだけど」
「ここはただの通過点だけどね。お前の目的地はこの先にある…………ほら、あそこ」
祐は明音の視線の先を見る。
駅周りのように賑わっている市街地。
だが、その市街地はある場所から急に途切れ、草木の生い茂る樹海と隣接していた。
『人工』と『天然』をバッサリと断絶しつつ共存しているかのような様は、明らかな異様さを放っている。
こんな不可思議な土地の構造も私有地だからこそできる所業だろう。
「この先で結束様がお待ちだ」
「………………」
………なぜだ。
なぜ、ただ情報を渡すためだけに、こんな異様な場所を指定する。
それとも、賭けの清算はただの口実で、俺を呼び出した目的は別にあるのか。
…………いや、だがどちらにしても。
「………なあ、この樹海の先も如月の私有地なのか?」
「もちろん」
「なら俺がこの先に進むことはない。敵地で情報を吐く馬鹿がどこにいる。俺が厄災のことについて話すのはあくまでも如月結束に対してだけだ」
「だが、それを口外するなと約束したわけではないんだろ?」
「…………なんだと?」
「お前から得た情報をどうしようと結束様の勝手だ。情報を得た後の制約は賭けの内容にはないからな」
「…………ふざけんなよ、お前」
「何もふざけてはない。悪いのは全て、賭けに応じた上で負けたお前だ」
「…………………」
何か言い返したいところだが、悔しいことに彼女の言うことは正論だ。
負けた俺が全て悪い。
正直、あの賭けを受け入れた時は彼女の実力を測りきれていなかったこともあって、慢心していた。
こちらのリスクに対して彼女のリスクの方が明らかに大きかったため、負けても大したことがないと錯覚してしまったのだ。
だが、いざ負けて厄災のことを話さなければならないと思うと、
「…………………くっそ、うぜえな」
「………ま、安心しろよ。色々言ったけど、結束様に会ったところでお前にはそこまで損するようなことは起こらない」
「…………何だよそれ。やっぱり結束が俺を呼び出したのは、違う目的か」
「会えばわかると言ってるだろう。いいからついてこい」
「………………」
明音は止めていた足を進ませ、樹海の中へと入っていく。
祐は足取りが重くなりつつも彼女の後を追った。
少し歩くと背後は完全に木々で見えなくなり、太陽の光が遮られているのもあって、周囲が暗くなる。
それに加え草木で足元が隠れてよく見えず、非常に歩きにくい。
まるで、昨日の実技試験の樹海の中の様だ。
そのまましばらく前に進むと、やがて明るい場所に出る。
そこは、人工的かつまたまた異様な場所だった。
直径50メートルほどの、舗装されたコンクリートタイルが円状に敷き詰められており、その円周上には、タイル代わりの触媒石板が等間隔にはめ込まれている。
円の周りの木々は綺麗に剪定されており、唯一太陽の光が差し込むその場所は、樹海に包まれた聖域のようだった。
そして、その円の中心に、1人の少女が立っている。
それは言うまでもなく、
「………………如月……結束」
「円の中に入れ。後は結束様の話を聞けばいい」
「………………」
ここまで来れば、呼び出しの理由が情報のためではないのは明らかだ。
情報のためだけに、ここまでの施設を用意したりしない。
彼女が今何を考えているのかはわからないが、賭けの事を脅しに使われている以上ここは従うしかない。
祐は、円の中に一歩足を踏み出した。
「…………………」
触媒石板は反応しない。
円の中に閉じ込めるタイプの媒体霊術ではなかったか。
俺を拘束するためにこんなところまで呼び出したのかと思ったが、違うとすればこの触媒石板はなんだ?
………今のところ、分からないことだらけだ。
とりあえず、結束と話をする必要がある。
「……………よ。また会ったな。会いたくなかったけど」
「………ごめんなさい。こんなところまで呼び出して」
「まったくだ。もしかしたら今日も話しかけられるかもーってぐらいの覚悟はしていたが、まさかこんな強引に呼び出されるとは思わなかった」
「…………………」
彼女は黙ったまま、俯いて気まずそうな顔をする。
まるで祐を呼び出したことに罪悪感を感じているような顔。
強引に誘っておいて、そんな顔をするのはずるいだろ。
まるでこっちが悪いことを言ったみたいになる。
美人だからこそできる技だな。
「………そうね。賭けで勝ったことをダシにして呼び出したのは悪かったわ。だから、今回の用件が済めば厄災の情報を教えるのは、無しにしてもらっていい」
「………………へえ」
それはありがたい。
と言いたいところだが、彼女の用件を聞かない限り安心はできない。
もしそれが受け入れ難い事なら「受け入れなければ厄災の情報を教えてもらう」と言われ、苦渋の2択を強いられる事になる。
「………で、その用件ってのは?」
「……………ええ、まずは単的に言うわ」
「…………………」
祐は静かに拳を握りしめる。
………どうか、どうでもいいことであってくれ。
賭けに負けてしまった手前口に出すことは出来ないが、正直厄災のことについては一言たりとも語りたくない。
「……………私と……ここで戦って欲しいの」
「……………………」
祐は、彼女の言葉に眉をひそめた。
本当に申し訳ございません………
次回は予定通り1/15水曜日となります。
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