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それは、いつかの霊術世界  作者: 河野古希
第一章 日天子の厄災 編
21/35

1-19 試験結果



時は過ぎ、昼休み。

霊術士養成校の最前線を走る月園高校に、無駄な時間は許されない。

入学したばかりにも関わらず、レクリエーションや授業の導入のようなものは一切なく、無情にも今日から早速本格的な授業がスタートした。


昨日は実技試験があったこともあり、今日の授業は学科がメインだった。

さすが邦霊の直下の学校なだけあって、授業のレベルは相当高いが、それはあくまで学生の範疇での話。

水無月で物心ついた頃から厄災が起こったあの日まで日毎夜毎(ひごとよごと)、史上最強の霊術士の元で霊術に没頭してきた祐にとっては、聞いているだけであくびが出るような内容だった。

授業中が退屈で仕方がない。


しかも、これでまだ午前中が終わっただけというのだ。

本当、心の中で何度ため息を吐いたことか。


「はぁ〜……」


遂に口からもため息が出る。

こんな毎日がこれからずっと続けば、夏越としての立場とか以前に学校がつまらなすぎて退学しちまいそうだ。


全く。周りの生徒も、よくもまあこんな子守唄のような授業を何時間も聞いてられるものだ。

とはいえ、祐は今までの自堕落な生活習慣がまだ体から抜けていないという別の要因もあるが。

それに周りの生徒にとっては、ここの授業は実のある内容だと思うが…………


「…………あれ」


祐はふと周囲を見渡して、異変に気づく。


そういえば、いつもより教室にいる生徒の数が少ない。

祐を合わせて、6人。

祐以外の5人は机に向かって何か書き物をしている。

まあ間違いなく勉強なのだろうが、その内何人かはどこか落ち着かない様な、そわそわした様子を見せていた。


……なんだ、この奇妙な雰囲気は。

今何が起こってる?


などと、考えていたところで。



「………………ああ」


祐は、今日が実技試験の結果発表の日だったことを思い出す。

そういえば、昼休みになったら試験結果を張り出すみたいなことを朝のHRで岩垣が言っていたような気がする。

確か、張り出し場所は昇降口前だったか。


おそらく、今教室にいない生徒はその試験結果を見に行っているのだろう。他のクラスの生徒もいることを考えると、今頃昇降口前は生徒でいっぱいかも知れない。

今教室でそわそわしているこいつらは結果を見に行きたいけど、おそらくまだ人が多いから昇降口前の(ほとぼ)りが冷めるまで待っている感じか。


「……………」


………うーん。

どうしよう。


試験結果を見に行くか。行かないか。


敵だらけのこの学校では、祐はことあるごとに目をつけられる。

今日も朝学校に来た時、廊下を歩いているだけで周囲の視線を集める始末。

祐が試験結果を見に昇降口前まで行けばほとんどの生徒が結果に目を向けているとはいえ多少なりとも注目を浴びてしまうだろう。


「……………」


だが純粋に試験結果が気になるというのも事実。

サバイバル形式の実技試験。霊能力が使えなかったとはいえ、祐はあの試験では一切手加減せず、持ちうる全ての力を出し切った。

まあ力を出し切ったというのは、試験にというより如月結束に対してだが。


最初は邦霊の人間に自分の手の内を晒すのはどうかとも思ったが、媒体霊術に限って言えば別に隠すほどの実力を持っているわけでもないし、結束との賭けもあり、手加減なんてしている余裕もなかった。


不本意ながら全力を出してしまった試験だったが、その全力を邦霊の優秀な人間達が評価してくれると言うのなら純粋に見てみたい。


それに、結果が張り出されているということは生徒全員の結果が学校中に知れ渡ると言う事だ。

当然、祐の結果も。

誰の目にも見えるように順位を張り出すという事自体は何も珍しくない、ごく普通の発表方式だ。

だが『夏越祐』にとって、それは普通になり得ない。

周りの生徒にとって校内で唯一の敵である「夏越」の人間は、どれだけの実力を持っているのだろう。そう考える人間は決して少なくない。

そしてその結果によって周りの祐を見る目は変わってくる。

なら、自分の立場を把握するためにも、結果を知っておいて損はないだろう。

そう考えれば、多少の注目も仕方ない。


「…………行くか」


もう何人か教室に戻ってきた生徒も見られる。


祐は静かに腰を上げた。










昇降口前。

予想はしていたが、昼休みに入ってそこそこ時間が経っているにも関わらず、張り出された紙の前はやはりまだ多くの生徒で賑わっていた。


何人かがちらちらと祐を異物のような目で見るが、さすがにこの場で危害を加えてくるような真似はしないだろう。


周りの視線を無視して、祐は人混みをくぐり抜けながら前に進む。

結果を目の前で見れるところに近づけば近づくほど人がぎゅうぎゅうに混み合っているが、満員電車の中で押されるかのように祐は自然と前に進んでいく。


しばらく進むと、横長に張り出された紙にぎりぎり文字が書いてあるのが見える。

これ以上進むと戻るのが面倒なので祐は足を止めて目に見える結果を一瞥する。


すると、意外にも早く自分の結果が目についた。



[211位 夏越祐]


 解符技能値:127.4


 威力効率:39.7%



とのこと。

それを見て祐は、


「おいおい……………」


順位だけじゃなくて、そんな具体的な数字まで張り出すのかよ。

確かにこの学校は祐以外邦霊の人間しかいないので『邦霊』という組織内で考えれば機密漏洩にはならないのかもしれないが。


ていうか、威力効率の39.7%は「媒体霊術の元となった霊能力に比べてどれだけの出力なのか」という数値なのだろうが、解符技能値の127.4はなんの数字を表していて、どれくらいすごいのかが全然分からんぞ。


まあ解符技能値という言葉自体この学校に来て初めて知った言葉なので仕方ないのかもしれないが………あとで恭也にでも聞いてみるか。



と、思ったところで、ちょうど張り紙の一番右に説明書きのようなものを見つける。



[学年平均]

解符技能値:124.5

威力効率:44.8%

※解符技能値は解符に要した時間とその際の消費霊力との合算値(数値が低いほど好ましい)

※試験中に起動した結界の中で最も良い数値を反映。(解符技能値において、結界が六芒星結界(ヘクサガンル)の場合、乱鎖星(らんさせい)符による霊力消費分は技能値の平等化のため勘定せず)

※順位は各数値だけでなく、生存時間、試験中の立ち回り、戦略等の総合成績。




「…………うーむ」


何やら色々と書いてあるが、とりあえず分かったのは俺は数値だけで言うならこの学校の平均以下ということだ。


「…………ま、一年以上ブランクあったし、こんなもんだろ」


周りの誰かに言う訳でもなく、一人でそんなことを呟いてみる。


霊術は訓練すればするほど上達するが、その逆もまた(しか)り。しばらく使わないでいるとすぐに感覚が衰えていってしまう。

特に威力効率39.7%という数字。

霊術を扱うのが久しぶりすぎて、暴発のリスクが一気に高まる40%のラインに完全にびびって威力をセーブした結果だ。


しかもこの数値はおそらく、結束に仕掛けた木の幹に隠した結界の数値。

つまりたっぷり時間をかけて準備した結界の数値だ。


結束に出会い(がしら)放った結界は十分な準備が出来なかったので、これよりもずっと威力効率は低かっただろう。

(ゆえ)に、完全にこっちが有利だったはずの結界同士のぶつかり合いで押し負けた。


実際、祐が試験の時まで霊術を一年以上使ってこなかったのは事実だが、それを言い訳がましく口に出してしまうあたり、なんとも情けないものだ。


「…………………」


だが、順位は211位。

確か一つのクラスに40人超える程度の生徒がいるのでこの学校の一年生は約450人くらいか。

各数値が平均以下なのに順位が平均以上ということは、説明書きにもあるように立ち回りや戦略面が評価されたのだろうか。

生存時間に関しては一応クラスで2位だったしな。


………………どちらにしろ、自分が元水無月の人間という謎の自負があったせいで、思ったより悪い成績に少しショックになってしまっているのは事実である。


「……………むう」


祐は現実から逃げるように他の順位へ目を向ける。

すると、少し前の方に知っている名前を見つける。



[198位 神崎恭也]


 解符技能値:121.3


 威力効率:46.5%



ということらしかった。

祐はその数値を半眼で見つめる。


各数値とも平均以上ではあるが、昨朝、異常な速度で五芒星結界(ペンタグラム)をポンポン打ってきた奴がこんな低い数値なのはあり得ない。

試験に手を抜いているのは明らかだった。


「相変わらずいけすかねーな、あいつ」


祐はつまらなさそうに頭を掻く。


恭也が媒体霊術を使って本気で戦うのは見たことがないが、今までのあいつの実力を見るに、もしかするとあの如月結束ともいい勝負になる可能性がある。

威力効率はさすがに結束の方が高いだろうが、起動速度でいえば恭也も負けていない。

あくまで目算なので実際にどうなるかは何とも言えないが。


「………そういえば、あいつは」


結束の名前を見つけようと、順位を上から探そうとして、しかし一瞬でその名前を見つけてしまう。


「…………うわ」



[1位 如月結束]


 解符技能値:88.3


 威力効率:56.9%



邦霊の軍に所属する一級の霊術師から見ても息を呑むレベルの数値だ。

ちなみにその下の2位は解符技能値98.7、威力効率49.0%。


圧倒的な差をつけてトップに躍り出ている。


「こりゃ、恭也でも勝てんな」


どんなに恭也が本気を出しても、さすがにこのバケモノみたいな数値を超えられるとは思えない。

威力効率が50%を超える奴なんて今まで見たことないぞ。


……だが、やはり邦霊直下の学校なだけあって、他の生徒のレベルも相当高いな。

よく見ると、上位の方には如月結束だけではなく、4位の長月侑、26位には初空七瀬など、知っている名前がちらほら見受けられる。


長月侑はともかく、初空まで上位にいるのは意外だな。

邦霊傘下の家に所属していてここまでの成績を取れれば、養子として邦霊直属の家から声がかかることもあるかもしれない。


試験結果は、見てみると思ったより面白かった。

他にも祐が下した4人のクラスメイトやおそらく同じ学校に在籍している冬鳴明音。あと愛華豹悟。

あいつは確か2年生だったが、上級生も試験を受けているようで、1年生の下に試験結果が張り出されている。

この学校に入ってまだ日は浅いが、意外にも名前が浮かぶ人間は多い。

彼らは何位だろうか。

ものすごく気になるというわけではないが、知っている人間の成績を見るというのはそれだけで一興だ。


祐はつらつらと流れるように知っている名前を探す。


「…………………まてよ」


そういえば……………誠人は。

あいつは、試験結果(この中)に名前があるのか?

昨日誠人を見つけた時、あいつは制服を着ていた。

つまり、この学校の生徒だということ。


たとえ飛び級していたとしても、この学校に在籍しているのなら全学年の試験結果の中に必ず名前がある。


「……………………」


祐はさっきよりも目を凝らして順位を一つずつ確認していく。




だが、その時。



「……ん?」



服の裾が何処かに引っかかったような感覚がある。

が、人混みで隠れて何に引っかかっているのかが見えない。


というか、周りは人だらけなので引っかかるものなんかないはずだ。

もしかすると、他の生徒の制服のボタンか何かに………


「うおあ!」


突然、引っかかっていた所から思いっきり後ろに引っ張られる。

その勢いで祐は人混みを脱し、転びそうになるのを中腰で踏ん張って堪える。


「な、なにっ!?」


思わず大きい声が出てしまうが、周りがざわざわしているせいか変に注目されることはなかった。


だが、一体何が起こったのだろうか。

祐は中腰のまま上を見上げる。


「…………お前」

「私の名前はお前じゃない。あなた、如月の帰属家に対してそんな言葉遣いなんて、礼儀もなっていないようですね」


茶色がかった明るい黒髪を内巻きにしたミディアムボブ。

昨日廃病院で出会った、如月結束の従者。

冬鳴明音がそこに立っていた。


おそらく、こいつが『裾が何処かに引っかかったような感覚』の犯人だろう。


わざわざ人混みの中から俺を見つけて引っ張ったのか。


「………何だよ、お前。何の用だ」

「話の前に、その言葉遣いを直しなさいと……」

「ふざけるな。もう俺には話しかけるなと言ったはずだ」

「それは結束様の話でしょう?私はそんな約束をした覚えはありません」

「………………」


祐は、中腰からスッと身を上げ、こちらを睨み上げている明音と目を合わせる。


……こいつ、昨日とはだいぶ雰囲気が違うな。

昨日会った時は学校ではなかったというのもあってブレザー姿が新鮮に見えるというのもあるが、一番違うのは…………そう、言葉遣いだ。


相変わらず俺に嫌悪を示すような憎ったらしさは滲み出ているが、そんな俺にも敬語を使って話している。


周りの生徒(邦霊の人間)の目がある手前、一応冬鳴家としての立ち振る舞いに気を遣っているのだろう。

彼女の素を知っているが故に、隠せていないようにも見えてしまうが。


「お前が話しかけてくるってことは、どうせあいつについての話だろ。ならどっちにしろ聞く必要はない」

「結束様をあいつ呼ばわりなんて…………全く、何でこんな奴が………」

「あ?何だそれ。お前、まさかまだ俺らの関係を誤解しているのか」

「そうじゃない。あなたみたいな人が結束様と関わること自体許されないんですよ。なのに、結束様はあなたに用があるから呼び出して欲しいと……」

「知るか。関わったのは成り行きだ。っていうか、やっぱりあいつの話じゃねえか。しかも、呼び出しだと?」


如月結束は言うまでもなく祐と同じクラスだ。

彼女は今日も普通に学校に来ていた。

同じクラスにも関わらず従者を使って呼び出しとはどういうことかと思うが、おそらく昨日の約束が尾を引いて、直接伝えられなかったのだろう。

だが呼び出すということは、どちらにしろもう一度彼女と関わると言うことだ。


「もう関わらないって約束しといて、よくもまあ簡単に裏切ろうとするもんだな」

「…………あなたがどう思うかなんて知りません。とにかく、放課後私が迎えにくるので教室で待っていてください。…………それでは」

「……………………」


そう言って明音は踵を返し、去っていった。









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