1-18 夢現つ、桜道
目を閉じていても分かる。
そこは学校、体育館の中だ。
燃え盛る炎。
凍てつく氷塊。
屋内にも関わらず、轟く稲光。
そして目の前には視界を埋め尽くす血の海と、無数の死体。
それはまさに誰の目にも見てわかる地獄だった。
燃え盛る炎。
焼かれているのは今まで学校生活を共にしてきた自分の友だ。
凍てつく氷塊。
氷漬けにされているのは生まれた時から愛してやまなかった自分の母だ。
轟く稲光。
雷火によって左胸に焦げ穴が空いているのは、いつも優しく心から尊敬していた担任の先生だ。
だが、水無月祐はその死体の面々を前に眉をひそめ、つまらなそうに頭をかきながらため息をついた。
ああ、またこの夢か
と思う。
それでも、その気持ちとは裏腹に、悪夢は続いていく。
炎に包まれた、かつての友。焼き焦げた顔はもはや原形を留めておらず、右目は焼け落ちていた。だが、既に死んでいるはずの彼はぎゅるんと首をこちらに回し、残った左目を見開いて、言う。
「ああ、痛い、痛い、痛いよ。……痛いなぁ……なぁおい、祐。なぁ、水無月祐うぅぅ。なんでえ、なんで殺したぁ!?殺したんだよ、俺たちを!!!!………おぅ……あ…………は。あっはははははああああっ!!」
その言葉に反応する間も無く、次は氷漬けになり、身動き一つ取れないはずの母が、流せないはずの涙を流し、動かないはずの口をゆっくり開く。
「ねぇ…………祐。体が、動かないわ。冷たくてぇ、苦して…………なんかぁ、は、は。とても気持ちよくてぇえ………。すごく………凄く、痛い……………痛い痛い痛い痛い痛い!!!!なんで!?なんでぇええ!!!!!!」
どこから出しているか分からない声で、そんなことを言う。
そして祐はこの後の展開も知っていた。
錯乱して叫ぶ母から目をそらし、心臓に風穴が空いていた教師に目を向ける。
すると、やはり事切れているはずの彼は立ち上がり、穴の空いた左胸を苦しそうに両手で押さえる。
「があああぁ、ああ、ああ、ああ!おい、なあ、水無月祐ぅ。どうして、私を殺す?こんな…………こんなぁ!?ああ………うはは、は!!はは!!!は?!この殺人鬼が!消えろ、呪われろ!忌々しい邦霊の犬がぁああ!!!」
そう言って教師はゾンビのように両手をだらんとこちらに向け襲いかかる。
その手が祐に触れようとした瞬間、カッ、と視界を遮るほどの雷光が煌めき、教師に直撃する。
「がぁっ!………」
教師は、白目を剥いて倒れる。
今の雷で完全に脳は機能しなくなっただろう。
いや、そうでなくとも既に死んでいるはずだが。
「……なん、で…………」
それでも彼は縋るように手を伸ばすが、そこまでだった。
教師は気を失い、パタリと手を地に落とす。
「……………」
祐は無表情のまま倒れている教師をしばらく見つめ、やがて目をそらして周りを見渡す。
やはり、地獄だった。
もはや死んでいるのかも分からない無数の人間が、嗄れ声で同じようなことを呻きながら近づいてくるのだ。
そして、祐はもうこの夢を何百回も見ていた。
初めて見るようになったのは、去年の3月からだ。
中学2年生を終え、春休みに入る前の終業式。
この地獄が現実として起きた日。
まだ、自分が水無月祐だった頃。
その日から、毎日のようにこの記憶が夢として流れるのだ。
「…………クソだな」
祐は震えた声で、静かに拳を握りしめる。
何度見てもこの光景に慣れることはなかった。
むしろ毎日同じ夢を見ることであの日の恐怖がいつまでも鮮明に、より深く刻まれていく。
それともこれは、暗示だろうか。
この悪夢を。
現実を。
恐怖を、決して忘れてはいけないという、自分への暗示。
「………………」
だが祐は、この夢がもうじき終わることを知っていた。
この夢は録画再生のように、毎回同じところで始まり、同じ所で終わるのだ。
だから祐は心の中で5、4、とカウントダウンを始める。
「ああぁ、祐。痛い、痛い。うぅ…………痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃいいいい!!!!!!…………あが………う、あ…………………」
よろよろこちらに歩いてくる内の一人が、そんなことを言う。
女の声だ。
だが、身体中火焙りになり、誰なのかすら分からない。
もうミイラのように萎れて、干からびたはずの彼女の体。その目はなぜか涙で潤う。
「祐……………たす、け………」
「……っ!?彩紗っ!!」
祐は、その助けを求める声に反射的に反応し、手を差し伸べ……………ようとしたところで、止まる。
瞬間、思い出す。
「…………………クソが」
祐は表情が歪むのほどの勢いで歯軋りを立てる。
ああ、この夢はいつもこうだった。
この日起きた出来事だけでなく、俺の記憶すらも繰り返される。
全ての記憶ではないが、今のようにいちいち何度も気づきたくないような。
思い出す度、胸を刺すような事ばかり記憶から抜け落ち、何度も痛感させてくる。
初めて彼女を失うのは、これで何百回目だろうか。
そしてここからは、知っている光景。
涙腺から溢れた水滴が頬を伝うと共に、彼女の体は顔から瓦解し、その場に崩れ落ちた。
「………………」
祐はそれを黙ったまま半眼で見つめ、3、2……とカウントを再開した。
すると、次は目を向けていなかったところから、急に首を両手で掴まれる。
「っ………」
祐は、一瞬目を見開くがこれは予期していたことだ。
1…………
「あはははは、なぁ!お前も……お前も一緒に死んじまえよ!」
普段から温厚だった校長先生。…………父さんの直属の部下が、半分焼け残った顔で叫ぶ。
だが。
……………0
瞬間、目の前が真っ暗になった。
どっと体が重くなる感覚。
意識が少しずつ鮮明になる感覚。
祐は、すぐにそれが眠気なのだと分かる。
夢から覚めたのだろう。
何かをフライパンで炒めるようなはじける脂の音と、微かに香るトーストの匂い。
開いたカーテン。小窓から差し込む光。
なんとも理想的な朝の知らせだ。
「うーん……」
祐は体を伸ばし起き上がる。
「………あー、いい朝だなぁ」
この匂いは、きっと恭也が朝飯を作っているのだろう。
ならもうじき自分を起こしに来るはずだ。
そんなことを思っていた矢先。
「ありゃ?もう起きてんのか。珍しく早いねぇ」
開けっ放しの扉の前に人が立っていた。
祐は眠そうに目を擦り、その人物を見る。
「………はよ、今起きた」
「そ。にしても早いじゃん」
「お前こそ………」
そこで言葉が止まる。
よく見ると恭也はもう既に制服に着替えていた。
「ああ、そういえば高校に入ったのか………俺」
「ええ、それ忘れる普通?」
「半年も引きこもってたらな」
「ふーん、知らんけど。……っていうか、学校行き始めても変わんないんだね、それ」
「…………え?」
「その夢」
「………………」
「『いい朝』、なんだろ?」
「…………ああ」
恭也が言っているのは、祐の口癖のことだ。
どうも毎日のように同じ夢を見るようになってから、朝起きる度に「いい朝だ」と言ってしまうようになっていた。
まるで悪夢から解放されたことを確かめるように。
過去と今を比べるかのように、そう言う習慣がついてしまった。
「毎日同じ夢なんて、こりゃもう呪いだねえ」
「………ほんとにな」
「まっ、とりあえずさ、朝飯食っちゃいな」
「ああ。ってか、火ぃ点けっ放しっぽいけど大丈夫なのかよ」
会話の途中、ずっと脂が弾けるような音が聞こえていたのだ。
気づけば微かに何かが焦げるような匂いがしなくもない。
だが恭也は動揺するそぶりもなく、淡々と言う。
「ん?いいよ。もう俺の分は作ったし」
「は?」
「今作ってんのは祐の分」
「はったおすぞ」
「とりあえず、焦げた朝飯を食いたくなかったら早く降りてきなよ。んじゃ」
そう言って恭也は部屋を出て行った。
「…………この匂い。もう手遅れだろ」
一人になった部屋でポツンと呟く。
今日の朝飯は、自分で作ろう。
祐はそう思いながら布団をたたみ始めた。
◆
高校生活が始まって、2日目。
まだ見慣れない通学路。
隣には、あいも変わらず何にそんな心弾ませているのか分からないほどルンルンな顔で歩く恭也がいる。
こんな顔を見ていると、昨日こいつと軽く口論をしたことも忘れそうになってしまう。
「ふんふふ〜ん」
「…………………」
なんかもう、朝っぱらからテンションに差を感じて隣にいられるだけでもストレスだ。
だが、やがて恭也はテンションはそのままなものの急に祐に話しかける。
「あ、そいえばさ」
「うん?」
テンションの割には小さい声だ。
ならきっと、大事な話だろう。
周りに聞かれたくないくらいには、大事な話。
「調べたよ、これ」
そう言って恭也は制服の裏から何かを取り出す。
昨日、霊獣の霊力を回収する時に使っていた、霊力測定器だ。
調べた、というのは当然霊獣の事ではなく結束の能力の方だろう。恭也が『霊獣』『如月結束』というワードを出さなかったのは周りを配慮してのことだ。
霊獣の能力はいちいち詳細を見なくとも大体予測できるし、第一もう終わった任務だ。報告書を書くのも祐の仕事ではないので祐が霊獣のことをこれ以上知る必要はない。
それに比べて、結束の能力。
こちらはめっぽう気になる。
一度見ただけではどのような能力かはよく分からなかったし、彼女の能力の情報はこれから先最強のカードになり得る可能性がある。
情報を持っていることを知られればタダではすまない諸刃の剣でもあるが。
祐は恭也に合わせて声量を落として尋ねる。
「ていうかさ、そもそもあいつの霊能力の情報回収したって、バレてないのか?」
「うん」
「………なんで」
昨日のあの状況。
彼女は恭也が霊獣の霊力を回収しているのを見ていた。
よっぽどのアホでもない限り、自分の霊力も回収されてると思うのが普通だろう。
だが、恭也は当然のように否定する。
「そもそも回収機で取り込んだ霊力から霊能力を解析することなんて出来ないからね」
「…………は?嘘。出来てんだろお前」
恭也は以前、回収機を使って自分の霊能力を解析していたことがあると本人の口から聞いたことがあった。
じゃあなんだ?
他人の霊能力は解析できないとかか?
それともまた下らない嘘?
それか…………
「…………ああ、改造か」
「そだよー」
「お前ほんとそういうの好きだよなあ。霊符特注で作ったりもしてたし。もうそういう職につけよ」
「何それ」
「改造の仕事」
「なに改造の仕事って」
「知らんけど」
「アホじゃん」
「うるせ。………てか、なんだよ。お前のせいでずっと測定器は霊能力解析出来るものとばかり」
「うわぁ。アホ祐」
「使ったことないんだから仕方ないだろ」
「いや、アホ祐だね」
「……………」
なんだその無駄にしつこいの、と言おうとしたが、ツッコんだらつけあがるのでやめとく。
それよりも、
「お前それさ………」
「違法だよ。バレたら処刑」
「……………楽しそうな顔で言うな」
「どうせあの子の霊能力の情報持ってる時点でバレたら処刑なんだから変わんないって」
「いいや変わるね。1回じゃ飽き足らず2回も処刑されるってことだろ」
「なんだそれ。祐、運命共同体の分身でもいんの?」
「バカか。一寸の虫に五個魂あるんだぞ?そのうちの二個も死んだら残り三個じゃん」
「いや、ちっちゃい虫で五個なら俺らとか多分7000個くらいあるよ」
「………確かに。ならいいな」
「ていうか魂と命って違うくない?」
「………確かに。じゃあダメだな」
「何が」
「………………知らん」
「…………………」
一緒にいる時間が長いせいで、やけに無駄話のテンポが早いのが、変に慣れてるみたいで嫌になる。
気まずいかどうかすら分からない、静寂な時間だ。
祐は自分に呆れるようにため息を吐き、
「………どうでもよすぎるな」
「俺ですら思ったから相当だね」
「…………まあ、いいや。で?」
「うん?」
「どこまで分かった?」
「ああ、あの子の事?」
「そう」
「邦霊で内密に登録管理されてるであろう彼女の能力情報は、全部。知りたい?」
「そりゃもちろん」
「ま、そうだろうね。んじゃあ、彼女の能力は………」
その先を語ろうとする恭也を祐は慌てて、しかし声を抑えつつ制止する。
「ち、ちょっと待て!」
「ん?」
「まさか、ここで口に出すつもりか!?やばいだろそれは!」
「そんなわけないでしょ。情報は、全部ここに入ってる。それを今から渡す」
そう言って、恭也は霊力測定器をトントンと指でつつく。
「はあ?端末に情報を入れたままにしてんのか。さっさと消して書面に写せよ。外部からクラッキングされたらどうする」
「これ、2世代型落ちしたものを俺独自で改良したやつなんだ。無線機能も取り除いた。少なくとも遠隔で情報が抜かれることはないよ。測定結果抜き出すのにいちいちコード繋がなきゃいけなくてめんどいけど」
「………改造だらけだな。型落ちって、むしろプロテクト雑魚そうだけど」
「邦霊が作った測定器ならね。規格で国際標準化されてる測定器は邦霊のものだけだけど、別に規格とか要らないし。他社の聞いたこともない企業の測定器買って、改造した」
「ふーん…………なるほど。じゃあ、有線設備は?あんなマニアックなもん、どうやって用意した」
「なんか、うちの研究室にあった」
「……あー……………」
研究室。
恭也が地下に勝手に作ってたやつか。
そういえばそんなのもあったな。
「初めてあそこ使ったけど結構設備整っててびっくりしたよ。埃っぽくてしんどかったけど」
「ずっと放置してたからだろ」
「うん。定期的に掃除しなきゃだね。ま、それより今はこれだ。はい、祐」
恭也が測定器を差し出す。
祐はそれを受け取り、じっと見つめた。
「俺まともに使ったことないんだけど、これどう使うんだ?」
「左上に、ぶっとい上矢印のボタンがあるでしょ。それで祐の脳内に直接情報が送られて、端末内のデータは消える。脳内に送られた情報は、それこそ外部から脳を弄らない限り一生消えない」
「へえ。便利だな」
「脳内伝達消去型のメモリーチップを使ってるんだ。これもまた別で発注した。誤操作でデータが消えたり知ってはいけない人に情報が渡ったりしちゃう可能性があるからあまり公では使われてないっぽいけど」
「…………ふーん」
ほんとこいつ、なんでも知ってるな。
まあ俺が半年間引きこもってる間、恭也は勉強なり訓練なり励んでいたようだし。
こいつの才能やものごとの吸収の速さを考えればこれだけの差がつくってもんか。
「…………ま、どうでもいいけど」
祐はぼやっと頭に浮かんだ恭也との差を思考の隅に追いやり、情報伝達のボタンを押した。
瞬間、画面部分に巻き付けられてある霊符の梵字が、薄紫色に光り始める。
それと同時に、頭の中が一瞬何かに侵食されたのがわかる。
おそらく、この端末と自分の脳内が、測定器に触れている手から霊脈を伝って繋がっているのだ。
情報量が少ないからか、一瞬で伝達は完了し、俺は情報を『知った』状態になる。
能力者名: 如月 結束
能力名:【獨法師】
霊名: オリア・バスティル
能力効果:自身の手が届く範囲内の三次元空間を能力独自の固有空間(科学的、霊力学的に11次元上にて観測不能な為、そもそも『空間』なのか『透明な物質』なのか『何らかのエネルギー』なのか、その実態は不明だが、仮名として『虚数次元』と呼称)に変換し、任意の方向へ膨張・収縮させる能力。変換される空間容量は霊力に比例する。変換された虚数次元空間は霊力による変換・操作により、元々存在する三次元空間に対して一方的に干渉することが可能であり、変換の際に両次元を跨ぐ物質は強度に関わらず断割、または押しだされる(能力発動時に選択可能)。なお、次元変換後、互いの次元は隣り合わせで『存在しようとする』ため、互いの次元同士が常に均等な力で押し合う様な物理作用が発生しており、結果として一度変換された虚数次元は膨張・収縮をしない限り周囲の三次元と均衡を保ちながらその場に固定される。
「………………」
なるほど。
思ったより面白い能力だ。
公式登録の情報ということもあり何やら難しい説明文だが、内容を噛み砕いていけばあの時の霊獣を吹き飛ばした現象も説明できる。
あの時。
彼女は霊獣と自分の間に虚数次元を生成した。
そして霊獣の方向へ向けて全霊力を注いで変換した空間を膨張させたんだ。
虚数次元は三次元に一方的に干渉できる為、膨張した虚数次元が霊獣に触れた瞬間、霊獣の力や質量の大きさに関係なく、問答無用で吹き飛ばした。
能力に含まれる法則を考えればむしろ霊獣は重さがある分通常より吹っ飛ぶ距離は伸びる。
この世の物理法則を無視した空間を生成し、自由に操れる。
もし彼女がこの能力を自由にコントロールできていたらとんでもない脅威になっていただろう。
だが、彼女は能力を自由に扱えない。
………………それに、
「………能力の制約、やっぱ書いてなかったな」
「そうだね。つまり彼女が能力を使えないのは制約なんかじゃなくて、別の原因があるってことだ。霊獣が憑依してるのかどうかはまだ分かんないけど」
「ふーむ………」
「それにしても、面白い能力だね。霊術九迷章典第九位項目、そして霊術第一義六目録の第5節『法則生成』にも分類される能力だ」
………こんな場所でそんなことペラペラ喋っていいのか?
と思ったが、もうだいぶ広い場所に出た。ここまでくれば監視の目はつかないだろう。こんな場所で監視されて気づかないほど俺たちの目は節穴じゃない。
それに………それでも俺たちに気づかれないほど優秀な奴が相手なら、とっくに測定器の端末から情報を抜かれている。
恭也もそれを分かって霊術第一義六目録の話を持ち出したのだろう。
霊術第一義六目録とは、簡単に言えば霊術九迷章典の逆だ。
霊術九迷章典は霊符などの媒体霊術に昇華されるまで解明が進んでいない能力を分類した物だが、霊術第一義六目録は媒体霊術化に成功した能力を解明された順に第1節から第6節までナンバリングされた物だ。
まあ、第6節は『諸能力』、つまり『その他』なので解明された順には含まれず老番になるが。
彼女の能力は「虚数次元」という独自のルールで動く『なにか』を生成し、それに準じた法則が働く。
よって第5節『法則生成』に当てはまる。
このような複雑な能力だと、いくつかの項目に当てはまる場合もあるのだ。
「てかこの能力、結構グロいこともできるよな。………何がとは言わないけど」
「うん。たしかに、あまり想像したくないようなことができる」
空間を変換した瞬間に両空間を断割できるということは、敵の目の前で空間を変換すれば、一瞬で胴体だけくり抜いて両手両足、首までバラバラの死体が完成する。
しかも恐ろしいことに、これは空間の『変換』だけで可能な現象なのだ。
膨張・収縮の必要もないため、昨日の霊獣を吹き飛ばした時のように霊力を多量に消費する必要はない。
敵が目の前にいる。それだけで条件を達成してしまうのだ。
霊術士同士の戦いで手の届く範囲まで接近するということは中々ないが、自衛手段としては最強クラスの戦法だろう。
それなら、なぜあの時結束は霊獣の体をバラバラにしなかったのかと言われれば、おそらく霊獣に霊力が通用しないことが関係している。
『変換』による空間生成は霊力による作用であることに対して、『膨張・収縮』はあくまでも「操作すること」に霊力を使っており、空間の膨張に関してはただの物理現象だ。
そう考えて彼女は『霊術による物理攻撃』として空間の膨張という攻撃手段を選んだのだろう。
だが、あれは霊獣だったからこその異例の対応。
もし人間相手なら『変換』でサクッと終了だ。
「………あいつの目の前に立つといつでも自分を殺すことができるって考えるとめっちゃ怖いな」
「確かに怖い。彼女を怒らせちゃダメだね。『変換』だけなら能力の操作は要らない。今の彼女でも十分できる」
「うわ。そういえばそうか」
「うん。でも………そうだな。きっと邦霊の中枢部は、能力のこの部分に着目してこんな能力名をつけたのかな」
「能力名?」
「うん。獨法師なんて、皮肉にも程があるなと思ったんだよ。でも、『誰も隣に立てない』『隣人を殺す独裁者』的な意味だとしたら皮肉ながら的を射てるし、センスもある。まあ、それでもこの能力名をつけた人は、相当性格悪いと思うけど」
「……………獨法師………ね」
能力名がつけられるのは、能力が霊術九迷章典や霊術第一義六目録に分類できる程まで解明された時だ。彼女も含め、大体の場合は物心ついた頃には能力名は付けられていたと思うが…………彼女が従者にだけ素の話し方で接しているところを見て、何となく彼女が孤独に見えた。
もちろん、これはただの主観だ。
彼女の生い立ちに能力名が何か関係してるというわけではない。
でも、どことなく。俺に……………
「…………………………」
いや、やめよう。
こんなこと、考えても何も生まない。
それに、
「………………くだんね」
「うん?」
「いや………何でもない」
祐はそう言って、黙ったまま通学路を歩く。
「………………………」
祐が結束と関わることはもうない。
昨日、これ以上互いに関わらないことを約束して、言質もとった。
「…………………………孤独」
もうすぐ、俺と………………彼女も通う、学校だ。




