汗はにおいし気にせよ乙女
紙にGペン、タブレット、そして一応「可愛い女の子の描き方」という本……と、オレは阿舞野さんが絵を描くのに必要そうなものを色々と揃えた。
「じゃあ、始めようか?」
「ゆらっち、ありがとー」
阿舞野さんはベッドから腰を上げ、オレの隣に座る。
「窮屈だからブレザー脱ごっと」
そう言って、彼女はブレザーを脱いだ。
「あ、よかったらハンガー使いなよ」
オレは阿舞野さんに部屋にあるハンガーを取って渡した。
「ゆらっち、やっさしー!」
そう言って、阿舞野さんは満面の笑顔を見せた。
そうかな。
別に優しさとかじゃなく、ふつうはハンガーを勧めて当然だと思うけど。
でも、阿舞野さんのいまの笑顔を見たら、やっぱりオレの中にもなんだか嬉しさが込み上げてくる。
顔がにやけそうなので、さっさと始めることにした。
さて、何からどう教えようかと思案していたとき、ブレザーをハンガーに掛けて、再びオレの横に座った阿舞野さんが「ちょっと待って!」と、焦ったように言った。
何事かと、オレは固まる。
すると彼女は、自分の右腕を高く上げて、脇のところへ自分の鼻を近づけた。
「クッサ!」
阿舞野さんが声を上げる。
突然のことで、オレの目が見開いた。
「ごっめーん、ゆらっち! アタシ、今日デオドラントスプレーしてないから、マジで汗臭いかも」
阿舞野さんが頭をかきながら苦笑いを見せる。
「い、いいよ、べ、別に気にしないから」
オレは答えた。
びっくりした。
緊張して固くなっている身体が、一層引き締まってしまった。
でも電車の中から今まで阿舞野さんの間近にいたけど、特に嫌なにおいは感じなかった。
むしろいい匂いがしてた……気がする。
でもやっぱり女子は細やかな臭いが気になるものなのだろうか。
オレも今まで女子のにおいを近くで意識することなんて無かったけど。
「そう? それならいいけど。気になったら言ってよ? 実は汗臭いって思われてるなんて、超ハズいし」
「う、うん、大丈夫。それよりじゃあまずは、可愛いって思わせる顔の描き方から教えよっか」
「ウンウン!」
オレはペンを走らせて、描き慣れた自分のオリジナルキャラの描き方を教えることにした。
まず可愛いキャラの基本は、顔や目は丸く描くこと、鼻は点だけで、なんなら描かなくてもいいこと、顔の中に十字を引いて目や鼻、口のバランスを取ること、などを色々と教えてゆく。
遊びで教えて欲しいのだろうと思ってたけど、阿舞野さんは真剣に話を聞きいていた。
彼女も隣でオレの真似をして描いてゆく。
しばらくして、誰かが部屋ドアをノックする音が聞こえた。
オレがドアを開けると、母さんがトレーを持って立っている。
「あの、お茶を淹れたけど、お邪魔だったかしら?」
母さんはホホホと不気味な笑い方をした。
オレは「どうも」と冷淡に受け取る。
「あの、命、母さんちょっと買い物へ行ってくるからね。お友達もゆっくりくつろいでいってね」
そう言ってまたホホホと不気味に笑い、下へと降りていった。
変な気を使って、それでも親か?
親が子どもの不純異性交遊を勧めるつもりなのだろうか。
呆れながらも阿舞野さんに、紅茶とチョコレートを渡す。
「わ、マジ? ありがとー!」
そう言ってチョコレートを一つ、口に放り込むと再び紙と向き合った。
「できた! ちょっと見て、これどう!? 初めて描いたにしては良くない?」
また阿舞野さんが笑顔を見せる。
見ると、阿舞野さんが握るペンから、オレが創作した女の子キャラが生み出されていた。