猫をかけない少女
新学年がスタートして2日目。
今日から放課後に漫画部の活動が始まる。
先輩が卒業して部活に残っているのは三人だ。
部長を決めなきゃいけないな。
三人だから別に誰でもいいような気がするけど。
でもやっぱり三年がなるべきかな。
だとしたらオレか、もう一人、嵯峨ってやつのどちらかだ。
まあ、今日まったり話し合って決めよう。
二年の女子部員、衣川って子にどっちが相応しいか指名してもらっても良いな。
とにかく高校最後の一年だから、なんとか世間にバズるような作品を、ひとつでもいいから思い出として作りたい。
そんな青春的な気持ちがオレにもあったのだ。
家でざっくり描いてきた原稿をまとめる。
力を入れているメインの作品は、一応、紙で下書きした後にデジタルに描き写すのがオレのやり方。
部活で使う原稿を、トントンとの上で紙をまとめる。
おっと……!
努力の結晶である原稿を大切に扱い過ぎ、握力が弱々だったせいか、うっかり床にばら撒いてしまった。
あ〜あ……。
塵や埃や、みんなの靴が運んできた校庭の砂とか、床の汚れが紙に付着しちゃうよ。
げんなりしているオレの隣で友達と楽しげに会話していた阿舞野さんが、散らばっている気づき「大丈夫!?」と声をかけてきてくれた。
「あっ、いや大丈夫……」
オレは慌てて拾い集めようとする。
すかさず阿舞野さんも、友達との会話を中断して一緒になって集めてくれた。
なんか申し訳ない。
その途中、拾った原稿を阿舞野さんはじーっと眺めていた。
ヤバイ……。
エロい漫画を描いてるヤバい奴だと思われたか?
阿舞野さんから不審者が隣の席にいると思われてしまう。
「すっごぉい! これってゆらっちが描いたの!?」
阿舞野さんは目を丸くして驚いていた。
あれ? 予想と違う反応。
「他のも見せてよ」
そう言われてつい反射的に手にした原稿を渡してしまった。
「なになに?」
阿舞野さんの友達も覗き込んだ。
これは……、恥ずかしさが倍増だ。
「下手でごめん……」
何も悪いことをしていないのに、反射的に謝ってしまった。
自己肯定感の低いオレ。
「ちょっと待って! これだけ描けるのすごくない!?」
阿舞野さんは他の原稿も興味深そうに見る。
「なにこれ、マジで上手くない!? しかもこの絵の子、超かわいいい!」
彼女はずっとオレの絵を誉めてくれた。
こんな展開を想定していなかったので、なんて言えばいいのか、言葉が思い浮かばない。
「いいなぁ。実はアタシ、絵が上手くなりたかったんだよねー」
そう言って阿舞野さんは自分のノートに、何やらスラスラと描き始めた。
「アタシの絵ってさ、このレベルだよ」
そう言って、オレに見せてきた。
……確かに酷い。
マルと棒と謎の線で構成されたカメのような生き物。
もしふざけてではなく、真剣に描いてこのレベルならば、阿舞野さんはいわゆるジョークで言われる方の『画伯』だ。
「でも一応、カメには見えるから特徴は捉えてるんじゃないかな」
褒めてもらった人に辛口なことを言うのも気が引けるので、とりあえず角が立たないように発言に気をつけた。
「……ネコなんだけど」
阿舞野さんは答えた。
しまった。
現実はオレの想像を遥かに超えていたようだ。
返事に詰まる。
「これがネコぉ!? ちょ、うずめ、いくらなんでも下手くない? マジウケる!」
阿舞野さんの友達も絵を見て机を叩き、爆笑。
阿舞野さんは頬を膨らせた。
「いいなぁ。マジでアタシもこんなふうに描けるようになりたいなぁ」
彼女は両手でオレの原稿を持ち、興味津々な感じで言った。
どうも怒ってはないようだ。
「そうだ! 教えてよ、絵の書き方」
……えっ?
「ってか、良いでしょ! せめて女の子ひとりでも描けるようになりたい」
阿舞野さんは身を乗り出して言う。
オレが学校の人気者に絵を教える?
驚きで心臓が強く脈打った。
そんなことがあっていいのか。
「え、あ、うん」
反射的に短い相槌が出る。
「ゆらっちって、部活入ってる?」
「えっと、漫画部を少々……」
動揺で言葉が変だ。
「今日部活ある?」
「一応」
「アタシもライバー部の活動、今日あるんだ。
だからさ、部活終わった後に教えてくれない?」
えーっ! いきなり今日から!?
「ね、いいでしょ、いいでしょ!? ゆらっちの連絡先教えてよ。部活終わったら連絡するからさ」
そう言って、阿舞野さんは自分のスマホを取り出した。
なんという積極性!
これも人気者の特性だろうか。
「ってか、うずめって、すぐ誰とでも仲良くなれんだね」
阿舞野さんの友達も驚きと呆れが混ざったような、なんとも複雑な顔をしていた。
たぶんオレもいま同じような顔をしてると思う。