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悲哀の観覧車

作者: 近藤京

「おひとりですか?」

 不思議そうにキャストが問いかけた。

「はい」

 僕はかすかに答える。「今日は、僕にとって特別な日なんです」

 キャストは慰めるように微笑み、ではこちらへどうぞ、と僕を案内した。

 横浜のコスモクロックは周りの高層ビルやマンションに負けじと存在感を放っている。ネオンカラーに彩られた観覧車は闇を背景に横浜の影の象徴として来訪者を迎える。

 だが、そんな煌びやかな観覧車も今の僕には見るに耐えない悲しみの象徴だった。

 キャストがゴンドラの扉を開ける。僕はゆっくりと乗り込むと同時に、ゴンドラは「ぎい」と軋む音が反響した。

 ゴンドラが上昇し始めると、僕はふと、彼女と一緒に観覧車に乗ったあの日を思い出す。彼女は幸せそうに微笑んでいて、僕は思い切ってプロポーズをした。彼女はうつむいて、耳を赤くしていた。

 しかし、彼女はあの日から数ヶ月後に急病で亡くなってしまった。

 その日から、僕にとってこの観覧車は悲しみの象徴に変わってしまったのだ。

 遠くから見る観覧車は非常に遅く見える。しかし、いざ乗ってみるとその速さに驚く。あっという間に地上の人々が小さくなってしまった。

 みなとみらいの夜景は悲しいほど美しい。数々のビルが光り輝く中、海面に映る明かりが揺らめいていた。辺りを覆う夜特有の冷たさが街の明かりによってほのかに温かみを帯びている。それは消えかけた火に手をかざしている時のようだ。辛く切なく悲しい灯だ。

 目を凝らしてよく見れば、やはりみなとみらいにはカップルが多いことがよくわかる。桜木町駅からみなとみらいまで歩いたのに、そのことに全く気がつかなかった。

 次第に遠のくカップルたちを僕は見つめ続けた。

 いきなりゴンドラが揺れた。僕は隣を振り返る。しかしそこには虚空が広がっていた。

 今では行き場の無い左手をそっと隣の席に置く。もう夏も近いのに、その席は、雪のように冷たかった。

 ゴンドラが高く上昇し、地上から遠くなるにつれて、遠くに輝く星々がますます小さく見えていく。僕にはその事実がたまらなく悔しかった。

 ゴンドラは頂上に差し掛かった。僕は両手を窓に貼り付け夜空を凝視した。

 ゴンドラは何事もなく頂上を通過する。

 僕は夜景を見る気力を失いうなだれた。涙が左手に落ちた。

 ふと顔を上げると、後ろのゴンドラで体を寄せ合うカップルの姿が見えた。すぐに見えなくなってしまったけれど、二人の姿は、僕の心をほんの少しだけ、温めた。

 そのとき、左手の薬指の付け根がキラリと光った。それは彼女との婚約を誓った指輪で、今でも僕はその指輪を外すことができなかった。

 その指輪を見て、僕は、静寂の中に咽び泣いた。堰を切ったように溢れ出る涙。止めようにも止められない自分に情けなさを感じるも、彼女の笑顔がちらつくたびに、その勢いは益々激しくなってゆく。

 ゴンドラはまもなく地上に到着する。

 キャストが扉を開ける。

「足元にお気をつけください」

 僕はキャストに満面の笑みをむけ、ありがとうございますと伝えた。

 そのときの顔は、きっと、目を真っ赤に腫らし涙で汚れていただろうが、不思議と気にならなかった。

 観覧車から降り立ち、大地を踏みしめる。海風が僕の涙を拭い払う。

 再び夜空を見上げると、心なしかそこにある星々が近づいているような気がした。

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