一章 ためいき④
「んで、そしたら『ふざけるな!』って、刀剣振り回してきたってわけなんだよ~。そこで僕は~」
「…………」
再び話が喧嘩自慢になってきたので、スルーする。
こいつはこういうところが無ければ良い奴なんだが……。
ちなみに孝二の彼女は優に全く興味を示さない十人中の一人なので大丈夫。
それにしても、まぶたが重たい。こりゃ午後の授業は爆睡確定だね。
孝二は大きく口を開け、眠気を吐き出す。
頬を撫でる風が心地良い。
まだなお言葉を吐き出すことを止めない優を尻目に、体の欲求に従い、眼を閉じる。
…………。
夜。
公園。
笑顔。
微笑み。
ぼやけた月。
ナイフ。
血。
悲鳴。
涙。
サイレン。
そしてコートの……。
「…………!っ」
突然下げていた頭をがばっと上げ、眼を見開く。
「どうしたの?」
隣の優の声。
その声で、今、眼が覚めていることを体が理解していく。
「い、いや、なんでもない……」
右手を額に当て、息を吐く。右手の感触が、額の血管がどくどくと脈打っていることを知らせる。
「大丈夫? 顔色悪いよ」
優が孝二の顔を覗き込む。
「ほんと大丈夫だ。ちょっと嫌な夢を……」
「?」
とりあえず深呼吸。そして眼をつぶる。
風の感触。
優の声。
周りの雑音。
匂い。
だるい暑さ。
それら一つ一つをゆっくりと体中にしみ込ませるようにイメージする。
水の中で漂うように。そしてその中にゆっくりと沈みこんでいく。
深呼吸。
そして再びイメージ開始。
何度か繰り返したら、ゆっくり眼を開け、息を吐く。
これでだいぶ落ち着いた。自己流の精神安定法だ。ぜひ皆さんもお試しあれ。
孝二はまぶたをゆっくりと上げる。
向かいのベンチで、先程喧嘩をしていたカップルの女のほうが、別の男といちゃついているのが眼に映る。
なんという手の早さ。というより最初から二股をかけていたらしい。
孝二の脳裏に先程の男の気絶した顔がよぎる。
――気の毒に……。南無。
「轟~大丈夫~?」
勝手に男の冥福を祈っていると、隣の優が肩を揺さぶってきた。
「轟~返事~~。じゃないと僕心配~」
「…………」
肩をうっとうしく揺さぶる優。
「あぁ、大丈夫だから。揺さぶるのを止めてくれ」
それでも揺さぶりは止まらず、ますます激しくなる。
「轟~、今日プールサボってたでしょ~。こんな暑いのにプールサボるってどうしちゃったの~。お馬な女子じゃあるまいし~」
ガクガクと頭が揺さぶられ、脳がシェイクされる。
「あぁ、大丈夫だって……って、いい加減止めろ!」
そう言って、肩を掴んでいる優の手を払いのける。
優は払いのけられた手を、軽く握りながら言う。