五章 歪んだ日常⑰
「何で、俺がこんな目に……」
薄暗い廊下。
鍵山は割れた額を手で押さえ、脚を引きずるようにその場所を歩いていた。抑える手の隙間からは、ぽたぽたと血が滴り落ちている。
「……ちくしょう。完璧だったはずだ。CWAの連中を仕留めて、そして永遠に俺が皇帝として君臨する。その予定だったってのに!」
鍵山は辺りを見渡し、右手を掲げる。
「くそ、奴隷共がこない。一体どうなってやがる」
何度も悪態づきながら、鍵山は歩を進める。廊下は静まり返っており、聞こえるのは自分の荒い息と足を引きずる音だけだ。
鍵山は少し歩くたびに何度も辺りを見渡す。そして誰もいない校舎を再び歩き始める。
「くそ……。誰か、誰かいないのか……?」
鍵山は何度もそう呟く。最初は淡々とした言葉だったが、徐々にそれに嗚咽が混じっていた。
「ちくしょう……」
その時、突然ポケットから電子音が鳴り響いた。
「ひい!」
突然のことに鍵山はその場で腰を抜かす。どうやら携帯電話が着信を告げたようだ。鍵山は急いで自分のポケットから携帯を取り出す。
『やぁ、鍵山君かい?』
「!!」
予想外の電話の相手に、鍵山は一瞬声が出なかった。
「あ、あ……」
『どうやら負けてしまったようだね。だから言っただろう? CWAを甘く見るなと』
「あぁ、マスター!」
鍵山が電話を受け取った相手。
『せっかく君に刻印の能力を与えてあげたというのに、残念だよ』
「マスター! 俺が過信していました。助けてください!」
それは鍵山に刻印を与えた張本人だった。マスターと呼ばれた男は言葉を続ける。
『あぁ、その為に電話をしたんだ。君がCWAに捕えられるわけにはいかないからね』
「あぁ、ありがとうございます。マスター! それで、俺はどうすればいいですか?」
『そうだね……』
電話の相手は少し考え、そして言葉をこう続けた。
『屋上まで来てくれるかな? 夜空がすごく綺麗だよ』