五章 歪んだ日常⑯
「ひどい面だな」
「……悪かったな」
真は軽く鼻を鳴らしながら、右手を差し出す。
「だが、根性は気に入った。ほら、手を貸してやろう」
「…………」
差し出された右手と真の顔を交互に見る。そしてしばらくして、孝二はその右手をつかんだ。
「……ありがとう」
孝二はそうポツリと呟いた。
「何、こちらも礼を言わせてもらおう。奴を捕らえる手間が大分省けたからな」
「奴……?」
その言葉を聞いた瞬間、孝二ははっとしたように辺りを見渡す。
「そうだ。鍵山の奴は?」
「さっき校舎に逃げていくのを見たぞ」
「それなら追いかけないと!」
走り出そうとする孝二の肩を、真が押さえる。
「心配するな。もう奴は逃れられない。ここから先は私達の仕事だ」
孝二は真に顔を向ける。サングラスの奥の鋭い瞳が孝二をとらえていた。
「保健室に行くぞ。額の傷を治療しないとな」
孝二は納得のいかないような顔を向けるが、真の有無を言わさぬ迫力に気圧され、結局曖昧に頷くしかなかった。
「それでいい。ガキは素直が一番だ」
真が歩き始める。孝二はその背中を追いかけようとして、ふいに何かを感じて振り返った。誰もいない中庭を見渡す。そして視線を空へと上げ、完全に日の傾いた夜空を眺める。
「!!」
孝二は目を見開き、その場に立ちすくんだ。
「どうした?」
孝二の様子に気付いた真が振り返る。
「この空は……見覚えがある」
突然の孝二の言葉。真は眉をひそめ、同じように夜空に視線を向ける。
「この空がどうしたって?」
「見たんだ。確か真達が転校してきた日だった」
孝二は振り返り、真に向き直る。
「まだ刻印の目が開きっぱなしだった時だ。その時に一瞬だけだが妙なものを見たんだ。ちょうどこんな星空だった」
真は視線を下ろし孝二を見る。
「何を――見た?」
「…………」
真の言葉に一瞬孝二は言葉に詰まる。やがて、ゆっくり吐き出すように言葉を紡いでいく。
「本当に一瞬だけだったから、何かまでは分からなかったけど――」
孝二は顔を上げ、そこから見える屋上を指さす。
「屋上だ。屋上にそいつはいた」
「そいつ?」
「あぁ」
孝二は真の顔をまっすぐに見つめ、こう言った。
「悪魔だ。黒い、禍々しい姿をした悪魔だ」




