一章 ためいき①
午後の昼休み。
ひたすらに眠い授業から開放される、ひと時の時間。
だが、空に浮かぶ太陽が、暑いのか暖かいのか分からない熱線で、地上をじりじりと焼き、気温が嫌というほど、ぐんぐん上がる。
それでも生徒達は、暑さに負けず、それぞれの昼休みを友人と共に満喫する。
「両者、いい勝負です」
そんな中、中庭のベンチに腰掛け、飲むヨーグルトを片手に、焼きそばパンを貪り食っている男がいた。
適当に分けた髪に、ボタンを二つ開けた学ラン。形だけのベルトに裾が地面に付き、端が破れたズボン。
顔は良くも無く、悪くも無く、どこにでもいそうな平凡顔。悪く言えば、目立たない。唯一印象的なのが、額を覆うように巻かれた包帯だった。
「巧みに攻撃をかわし、カウンター。だが、避けられた」
パンの最後の一口を口に放り込む。ヨーグルトを流し込み無理やり飲み込む。
「ハイキック、さらに回転してのネリチャギをかまし……お、決まった」
先程から彼は何をしているのか? それは――
「はい、女の勝利です」
頭の中で、カンカンとゴングを鳴らしつつ、彼はそう呟いた。
彼は実況中継をしていた。
その対象は向かいのベンチにいる男女のカップルだ。
彼がこのベンチに来ると、二人が喧嘩をしていた。それがあまりにも激しいので、暇つぶしに見物していたのだ。
「女、とどめに男の喉に足を振り下ろした……って、さすがにあれはやばいか?」
止めに入ろうと立ち上がるが、女は男の襟首をつかみ、そのままずるずるとどこかに引きずっていった。
「…………」
彼は再びベンチに腰掛ける。
軽くため息。
「暇……」
彼はそう呟き、ポケットからタバコの箱を取り出す。そして一本手に取り、口にくわえる。だが火は付けない。これだけで何かと落ち着くのだ。
そして何か暇つぶしになるものはないかと周りを見渡してみるが、誰もいない。
そもそもこの中庭のベンチはあまり人が寄ってこない。
春は花粉がやたら多く飛び散り、夏はやたらに蚊が多く、秋は銀杏臭く、冬は冷風吹きまくり。
だが、彼は別に花粉症でもなければ銀杏の匂いも嫌いじゃない。それに、寒さには鈍感で、何故か蚊が寄ってこない体質なので、人が近寄らないこの場所は、まさに絶好の休息場なのだ。
木が揺れ、わずかな熱風が頬を撫でる。
風に揺れる雑草をボーっと眺め、軽く深呼吸。気分が落ち着いてきた。
そういえば今月の小遣いの残りが、そろそろやばいことになっていることを思い出した。
残り二千円。次の小遣いがもらえるまで、あと二十日。一日平均百円までの計算になる。
――え~と、五日間の昼飯代が飲み物とパンで二百円。それ×五で千円……って、もう半分無くなってるじゃん!
それからあらゆる試行錯誤を繰り返すが、結論。
――無理です。一日百円って、一介の高校生にはきつすぎです。てか、一ヶ月の小遣い三千円って少ないだろ……多分……。
また今月も、そしてこれからも友人から借りることになるだろうという、先々に不安を覚え、ため息を吐く。
「はぁ……」と再度ため息を吐き、
「それにしても遅いな……」
と言い、彼は再び周りを見渡す。
そんなことを何度か繰り返し、もう何度目か分からない小遣い計算を再び始める。
それがいい感じに、仕上がりかけた頃、砂利を踏む音とともに、やたらとうるさい声が響いてきた。
「うわ、ここほんと蚊が多いなぁ……。でも血を吸う蚊ってたしか全部雌なんだよね。だから僕に寄ってくるこの蚊達も僕の血を求めて集まってくる可愛い子ちゃんと脳内変換すれば…………良い訳無いか……」
「…………」
聞き覚えのあるその声に軽くため息を吐きながら、首をねじりその声の主のほうに顔を向ける。
「遅かったじゃねえか、優」




