五章 歪んだ日常⑥
『あんたにはそれで十分でしょ?』
鍵山の手が動き、千里の頬を思いっきり引っ叩いた。
『このアマ! 人の顔に唾を吐きやがって!!』
千里の襟首をつかみ、その場に押し倒す。
『犯してやる! 糞アマがっ!!』
鍵山は襟を乱暴に破り取る。千里の下着が露わになり、鍵山の中に奇妙な興奮が生まれる。
『ははっ! どうされたい? 怖いか!? この糞アマ!!』
千里の顔をつかみ、こちらに向けさせる。千里は涙を流しながらも、こちらを嘲笑うかのように見つめていた。
『……おい、なんだその眼は』
鍵山の声が曇る。千里は肩を揺らしてこちらを笑っている。
『犯せば? 好きなだけ。それで何になるって言うの? あんたが私に何をしようと、私はずっと孝二だけを愛し続けるの。あんたは空っぽな体だけで満足すればいいのよ。この体がどんなに汚れようと、孝二は私をずっと見てくれるもん。あんたなんかには分かんないでしょうけど』
『…………』
千里のまっすぐすぎるその視線に、思わず鍵山は目をそらした。それは千里の迫力に気圧されたことを物語っていた。
鍵山は静かに立ち上がり、無言のまま窓辺に置いてある自分の鞄に歩いて行く。
鞄を開き、そこから取り出した物。それは一本のナイフだった。鍵山はそれを強く握りしめ、千里のもとへ戻っていく。
『何? 今度はそれで脅すの?』
千里の嘲るような言葉。鍵山は無言のまま、自身の左手に持つナイフを見つめる。
『何、簡単な話だよ』
鍵山の体が震えているせいか、ナイフの切っ先がぶれている。鍵山は視線を千里に向け、静かに口を開いた。
『君の彼氏を殺してやるよ。そんなふざけた戯言が永遠にほざけないようにね。ただし殺すのは僕じゃない』
鍵山は右手を掲げる。その掌に奇妙な紋様が浮かび上がってきた。
それは玉座のような形をしていた。中心に『IV』と描かれており、その玉座の左右には錫杖のような物が対称的に描かれていた。
『ナンバー4。この刻印の名は『皇帝』』
その右手が伸び、千里の額に触れた。