五章 歪んだ日常⑤
『千里ちゃん……』
鍵山はつかんでいる千里の髪をますます締め上げる。千里の顔が苦痛に歪む。
『君はこんなに美しいのに、何故こんなにも性格が悪いのかなぁ』
千里の襟首をつかみ、顔を近づける。
『あんまり聞き分けの悪いことばかり言っていると、お仕置きするよ? まぁ、要は――』
鍵山は口を千里の耳元に持っていき、静かに告げた。
『犯すよ?』
その言葉に千里の肩が若干強張った。
顔を千里の前まで戻す。千里はまっすぐにこちらを見返していたが、その表情の奥からは恐怖が見て取れた。その反応に満足するかのように、千里の瞳に映る鍵山の表情が大きく笑みの形に歪む。
『どうしようかなぁ? 千里ちゃんがわがままばっかり言うなら、不本意だけどお仕置きしないといけなくなっちゃうんだけどね』
最低な不快感を催すねっとりとした声。千里の体が恐怖をこらえきれなくなり、体が徐々に震えていく。その眼からあふれた涙が頬を伝っている。
『ねぇ、千里ちゃん。君はどうしたい?』
千里の両眼から次々に涙がこぼれていく。今まで必死にこらえていたものが崩壊してしまい、止められなくなってしまったのだ。
孝二は目を閉じてしまいたかった。こんな表情の千里を見続けたくはなかった。だが、これはただの映像ではない。
過去に起きた現実なのだ。
『ねぇ、答えてよ。千里ちゃん』
鍵山の言葉。涙を抑えきれず――それでも何かを必死にこらえるように表情を強張らせ、こちらをまっすぐに見返している。
『ねぇ、答えてよ』
途端、視界が一瞬曇った。
『うっ!』
鍵山の小さい悲鳴が漏れる。やがて視界が徐々に元に戻っていき、再び千里をとらえる。
『君はなんて下品なんだろうね……』
『ふん』
千里は涙を流しながら――それでも微笑みを浮かべ、こちらを見返していた。