五章 歪んだ日常④
『自分の都合のいいことしか許せないあんたなんかより、孝二のほうがずっと格好いいわよ!』
教室のドアの前で千里が叫ぶ。鍵山の視線が千里をとらえる。
『何だその言葉は? 逃げられると思っているのか?』
鍵山の右手が動く。途端、教室のドアが開き、数名の男子生徒が入り込んでくる。千里は驚き、振り返る。
『その女を抑えつけろ!』
男子生徒は言われるがまま、千里の腕をつかみ上げ、床に抑えつけた。千里が悲鳴をあげようと口をあけるが、途端男子生徒の手で口をふさがれる。
『強情な女だ』
鍵山はそう言いながら、千里の髪をつかみ、持ち上げるようにして体を起こさせる。
『まずは一発お返しだね』
そう言うなり、鍵山の手が千里の頬を引っ叩いた。千里の憎しみのこもった眼がこちらを睨んでいる。
『何だその眼は? お前が先にやったことだろう? 本当はこれくらいじゃ足りないくらいだぞ?』
鍵山の口から押し殺したような嘲笑が漏れる。
『もう一度、よく考えてみない? 千里ちゃん。俺は出来るだけ乱暴なことはしたくないんだ。本当だよ。君が首を縦に振ってくれるだけさ。俺のような特別な人間の彼女になれるんだ。この機会を逃したら君は一生後悔することになるよ』
千里の口元を覆っていた男子学生の手が離される。千里は目に涙を浮かべ、沈黙したままこちらを睨んでいる。
『君がそんなに拒否するなら……君の彼氏にも危害が加わることになるよ? それでもいいのかい? 君は自分の為に彼氏を犠牲にするの?』
その言葉に、千里の眼に一瞬驚きの色が浮かぶ。だがそれはすぐに消え失せ、こちらを憐れむかのように口元に笑みを浮かべる。
『あんたみたいな奴にやられるわけないじゃん。孝二は強いし――それに優もいるし』
『…………』
『馬鹿みたい。一人の女をこんな大勢で抑えつけてさ。こんなことして人を見下して、何が楽しいのよ。あんたみたいな奴を臆病者って言うのよ』